75.魔都と神都と最後の七曜都市
俺達は魔都と呼ばれる日曜都市サンライトハートに来たわけだが、流石にいきなり侵入と言う訳にはいかない。
今までは各都市に潜入していた『AliveOut』のメンバーが居たので内部への手引きをしてもらっていたが、今回は手引き無しでの潜入となる。
日曜都市は他の都市と違い内部との連絡が一切つかないという完全に封鎖された都市となっている。
それ故に都市内部の状況が分からない魔都と呼ばれているのだ。
各都市は八天創造神がそれぞれを支配していたとは言え、流石に都市間の流通はあったわけだ。食料は勿論の事、生活必需品や生活環境を整える物資などが。
だが日曜都市は他の都市とのやり取りをせずに一都市で全てを賄っているという。
その秘密を探るべく他の都市のアルカディア人や、日曜創造神を攻略する為の情報を集めるべく潜入した『AliveOut』のメンバーが居たりしたのだが、誰一人として戻って来た者はいないらしい。
既に何人もの調査員や捜査員が潜り込んだが一向に帰還者が見られない為、最終的に日曜都市には手を出さずに放置すると言う結論に達した訳だ。
まぁ『AliveOut』としては天と地を支える世界や異世界への帰還の為、いつかは日曜都市に手を出さなければならないのだが・・・
「その役目を俺達がするわけだ」
俺達はまずは日曜都市の郊外――一応用心を取ってかなり離れた位置に降り立ったわけだが、これまでとは勝手が違い、まずは自分たちで都市内部の情報を集めなければならない。
「まぁそうなるわね。で、問題はどうやって都市内部の情報を集めるか何だけど」
親父がその手段を皆に問うと、それに名乗りを上げたのは謎のジジイとトリニティだった。
「そうさな。まずは儂とトリニティの2人で潜入して情報を集めてこよう」
「あたしは元々鈴鹿達の専属盗賊だからね。情報収集はあたしの役目よ」
うーん、トリニティ1人だけだと心配だったが、謎のジジイも一緒だとまず大丈夫だろう。
とは言え、今まで誰1人として戻って来ない魔都だ。連絡手段の確保は必須だろう。
その辺りは謎のジジイが携帯念話を幾つか所持していたのでそれを借り受けることになった。
「こんな事だったら疾風を連れて来た方が良かったかな?」
「確かにあ奴なら潜入捜査には持って来いのユニーク職だからのぅ。まぁ居ない奴の事を言っても仕方あるまい。今ある手札で出来ることをするだけじゃ」
親父が連れてくるメンバーを間違えたかな?と後悔しているが、というか、え?おじさんって盗賊系の人だったのか?と疑問を覚えないでもない。
唯姫も自分の父親がそう言った手の人間だったというのが信じられないようで何度も首を傾げていた。
まぁ、謎のジジイの言葉を見ればAngel In時代のゲームシステムの職業として有効だと見て取れる。
時空神の能力としても時空魔法で内部への潜入は容易だろう。
「取り敢えず内部に侵入して都市内部の状況を確認して、外へ出れるかを試してみようと思うわ」
「日が暮れる前には戻る予定じゃ。それまでお主たちは日曜都市周囲の観察を頼む」
今の時間は昼前だから半日もあれば事前調査としては十分だろう。
残された俺達は外から日曜都市を観察しながら出てくる者が居ないかを見張る事となる。
トリニティと謎のジジイは何か姿を隠す魔法を使って日曜都市へと向かって行った。
因みにスノウは騎獣縮小の首輪で小さくなっており、ガジェットも同様に小さくなってこの場で俺達と待機だ。
流石に小さくなったとはいえ、魔都内でドラゴンを連れて歩くのは憚られる。ましてや黄金の竜ともなれば尚更だ。
そして待つこと数時間。
日曜都市は変わった様子は見られず、内部から出て来る者の姿は誰1人として見えない。
用心を重ね、低空飛行ながらもスノウに乗って他の地点も確認を取ったが変化は何も無かった。
だが、日が暮れるまで戻ると言っていた2人は完全に日が落ちて辺りが暗くなっても戻って来なかった。
「最初の1・2時間は定時連絡はあったんだけど、それ以降ぷっつりと連絡が途絶えたわね」
親父の言う通り最初は携帯念話に定時連絡はあった。
だが暫くして連絡が途絶えたのだ。
最初は直ぐに連絡を取れない状況下なのかと待っていた。向こう側の状況が分からない為、不用意にこちらから連絡する事を避けていたのでただひたすら連絡を来るのを待っていたのだが、結局日が暮れるまで連絡は無かった。
こちらからの情報が漏れるのを覚悟して一度携帯念話で連絡を取ってみたが繋がることは無かった。
それでも連絡は無くとも日が暮れるまでは戻ると言っていたのでそれまで待っていたが、結果は見ての通りだった。
「噂通りと言えば噂通りなんだが・・・まさかGGまでも魔都の手に掛かるとは思わなかったな」
「少なくとも最初は連絡があったんだ。何か不測の事態が起こったか、強制的な能力が働いたか・・・」
ヴァイさんの言いたいことはよく分かる。謎のジジイならそんな噂を吹き飛ばすような存在感を醸し出しているからな。
だが結果としては噂が真実だと言う事を確かめる事となってしまった。
アッシュの言う通り不測の事態か強制的な能力とかなんだが・・・この場合どちらかと言うと強制的な能力ではないかと思う。日曜創造神かJudgementの。
謎のジジイが居て不測の事態とはあり得ないと思いたいしな。
「そこはわたしも同意見ね。GGが居て不測な事態なんてありえないわ。おそらく魔都の能力に関係している事ね」
俺の意見に親父が同意してくれる。とは言え、その魔都の能力がどういったものかまだはっきりとわかった訳じゃない。
出来ればもう少し詳しく知りたいのだが、内部に潜入したトリニティ達と連絡が取れないとなれば・・・
「今度は別の誰かが内部の状況を調べて来るしかないわけだ。この場合は戻って来れないかもしれないのを前提で」
「そうなるわね。まさかただ黙っていつ戻って来るかも分からないGG達を待っている訳にもいかないし」
「そうすると今度は誰が向かう?」
今残っているメンバーで隠密行動に長けた者が行くのがベターなのだが・・・やべぇ、誰もいねぇ。
辛うじて親父やヴァイさんが適当か?
この2人は元々天と地を支える世界で独自調査をしていたわけだからある程度は隠密行動が出来るはず。
親父も同じ判断をしたのか、自分とヴァイさんが日曜都市に潜入する事にした。
そして俺と唯姫の2人も同行する事になった。
「一応、鈴鹿の持っているユニコハルコンの治癒能力が魔都に対抗できるかもしれないし、唯姫ちゃんの複数の祝福を受けし者もその可能性があるわ。
勿論戦闘能力も考慮した上でね」
意外と応用が広いな、ユニコハルコン。まぁ対抗できるかまだ分からないが。
そう言った面で言えば親父の持っている月読の太刀も似たような物らしい。
確かルナムーンの祝福により呪いを完全に無効化出来るとか。
魔都に張り巡らされているのが呪いなのか分からないが、ルナムーン神殿でケイジの『契約』の効果を緩和したことから期待できるかも。
「美刃さん達は明日の朝になってわたし達が戻って来なかったら木曜都市に戻ってベルザ達と別の対策を練ってほしいの」
「・・・ん、了解」
「仕方ないか・・・とは言え、フェンリル達まで戻って来なかったらどうやって対策を練るっていうんだよ」
「くっ・・・分かった。私達の出来ることをするまでだ」
「いまいち釈然としないけど、七王神にそう言われれば従うしかないわね」
美刃さんは直ぐに納得してくれたが、アッシュは俺達が戻って来なかった場合は最早どうする事も出来ないのではないかと少々諦め気味だ。
リュナウディアは連れて行ってもらえない事に己の不甲斐無さを感じており、アイリスに至っては自分の手で解決できない事が少し面白くないみたいだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
美刃さん達の移動用にガジェットを残し、スノウは非常脱出用に俺達に付いてこさせる。
とは言ってもスノウは目立つために親父が用意した背嚢の中に隠れているが。
俺達はすっかり日が落ちて暗くなった闇に紛れて日曜都市の内部へと侵入した。
日曜都市は防壁に囲まれて東西南北に門が設置されている。
造りとしては天と地を支える世界の王都エレミアに似た感じだな。
今は日が落ちている為、門は閉ざされている。
侵入するには門とは別の衛兵用の通用門を通るか、或いは防壁を乗り越えるかの2択の方法がある。
まぁ隠密スキルも無い上に衛兵を誤魔化して通用門を通る手段が無いから防壁を乗り越える方法を使ったのだが。
親父の見立てじゃ防壁の上には警戒用の魔法などは仕掛けられてないとの事だった。
親父は勿論の事ヴァイさんも俺もジャンプ戦技の虚空ジャンプで簡単に防壁を超えた。
唯姫も祝福の天駆で防壁を乗り越えた。
俺達は出来るだけ目立たないようにそっと降り立ったわけだが、どうやら都市内部の住人には気が付かれなかったみたいだ。
取り敢えず誰にも見つからなかったとは言え、周囲を警戒しながらすぐさまその場を立ち去りどこか別の場所で身を潜める。
「町の様子を見てどう思う?」
「なんかこう、思っていたのとは違うな。魔都と言うからもっとドロドロしたのを想像したんだが・・・」
「うん、火曜都市や金曜都市のように住人には緊張感が見られないね。どちらかと言うと木曜都市のように和やかな雰囲気を感じるわ」
俺の言葉に唯姫も同意しては他の都市の様子と比べていた。
俺達は素早く移動しながら都市の様子を伺っていたが、そこに居た住人達は明らかに明るい表情で暮らしている様子が伺えたのだ。
日が落ちてからも魔法の明かりに灯された都市を外出している様子は現実世界の街中を髣髴させる。
それだけ治安がいいのが分かる。分かってしまう。
・・・そう言えば、防壁の門の所に衛兵が居たな。日曜都市は衛兵による治安維持が行われているのか?
確かに日曜都市には神軍が居ないとは聞いていたが。
「確かに予想外とは違うが、これは好都合でもあるな」
「好都合?」
ヴァイさんの好都合と言う言葉に俺と唯姫は首を傾げる。
「衛兵らしきものに注意をしていれば何もこそこそ隠れることは無いって事さ。街の様子から治安は良いみたいだし、住人は周囲に人間を警戒している訳じゃない。
周囲を警戒しながらこそこそと動く方が返って目立ってしまうのさ」
「現実世界でもあるでしょ。あまりにもキョロキョロしている方が不審人物に見えるって言うのが」
ああ、親父達の言いたいことが何となく分かった。
ここは治安が良い所為か、現実世界の雰囲気に近い。
そんな中で睨みを効かせながら歩いていれば不審がられるって訳か。
それならばと、俺達は敢えて堂々と姿を晒してトリニティ達の足取りを追う事にした。
だが、それは次の瞬間には全く無意味なものと化した。
感覚的には何かねっとりした空気が通り抜けたように感じたが、何処にも変化は見られない。
・・・いや、何か変だ。何がと言われれば分からないが、雰囲気? 気配? 何かがおかしい。
俺は警戒を促そうと唯姫達の方を振り返るが、そこには俺を不審な目で見る唯姫が居た。
「唯姫?」
「あの・・・貴方誰ですか? 気安く話しかけないでもらえます?」
「・・・・・・・・・は?」
俺は唯姫が何を言っているのか分からなかった。
一歩唯姫に近づくが、その分唯姫が一歩下がる。明らかに俺を怖がっている。
「おい唯姫、冗談はよせよ。今はそんなふざけた事をしている暇は無いんだ。さっさとトリニティ達を捜して情報を集めないと」
「あたしは唯姫じゃありません。ナンパですか? 申し訳ないですけど他をあたって下さい。あんまりしつこいと人を呼びますよ」
本気だ。本気の目で俺を拒否している。
俺は思わず親父の方を見る。唯姫がこうなったんだ。まさかとは思うが親父達にも異常が起きているのかもしれないと。
そして案の定、親父達もおかしくなっていた。
「なぁなぁ、ちょっとでいいから俺に付き合ってよ。悪い思いはさせないからさ」
「お断り。見知らずの相手にホイホイついて行くほどわたしは軽い女じゃないんですけど」
何故かヴァイさんが親父をナンパしていた。
俺は思わず呆気に取られ親父達を凝視していたら、向こうがこちらに気が付いて話しかけて・・・いや注意してきた。
「貴方もわたしをナンパするつもり? はぁ、男ってどうしてこう・・・」
「おい小僧、今彼女は俺がナンパしているんだ。横から手ぇ出すなよ」
親父、男ってって嘆いているけど、あんたの中身は男だろうが・・・
ってそんな突っ込みを入れている場合じゃない。これは明らかに魔都の、日曜創造神かJudgementの何かしらの能力の影響だろう。
戸惑っている俺を余所に、唯姫は俺を気味悪がり逃げるように離れ、親父はヴァイさんをあしらいながらの場から去ろうとする。
マズイ、今離れ離れになると二度と再会できないような気がする。
俺は慌てて唯姫を引き留めようと唯姫の腕を掴む。
「き、きゃぁぁぁぁぁぁ!」
唯姫は拒絶の悲鳴を上げ、俺は初めての唯姫の拒絶に思わず掴んだ腕を離してしまう。
そして悲鳴を聞いた親父が唯姫の前に庇うように立ち塞がり腰に下げた刀に手を置いた。
「ちょっと、嫌がる女の子を無理やり連れ回そうなんてナンパにしては質が悪いわよ。あまりにもオイタが過ぎると見過ごせないわ」
親父は殺気を滲ませながら手にした刀をチラつかせこれ以上近づくなと警告する。
そして俺を警戒しながら唯姫に話しかける。
「大丈夫だった? 最近はああいう手合いが多いから気を付けないと」
「ありがとうございます。最近男の人が怖くて・・・貴女みたいな人は憧れます。もしよければお名前を教えてもらえますか? 色々と教えて欲しいんです。そのどうすれば貴女みたいになれるのか」
「わたしなんて大したことは無いわよ。でもそうね。貴女みたいな女の子が酷い目に遭うのは頂けないわ。いいわ。暇なときで良ければいろいろ教えてあげる」
そんな会話をしながら親父は唯姫を引きつれてこの場を去っていく。
俺はそんな唯姫達をただ黙って見ている事しかできなかった。
「お前あれは無いよ。ああいう強引なのは悪い手じゃないが相手を見て選ばないと。明らかにあのお嬢ちゃんには悪手だろう。
つーか、お前の所為でこっちのナンパも失敗したじゃねぇか。はぁ、今日は日が悪いのかもな」
そう言いながらヴァイさんも今日は帰るかなと呟きながら俺の前から姿を消した。
一体何がどうなっている!?
唯姫達は俺の事を全く知らない者として見ていた。幼馴染である唯姫や今は女の身体だけど血の繋がりのある父親ですらこの有様だ。
ヴァイさんなんかは当然俺とは赤の他人の関係に成り下がっている。
これは記憶を改竄されたのか・・・?
親父に至っては完全に女だと思い込んでいるし。
なるほど、これが魔都の正体なら確かに内部に潜入した者達は戻っては来れないだろう。
何せ自分が何者か分からなくなるんだ。これじゃあ外へ出ることも連絡を付けることも不可能だ。
・・・ん? 待てよ。それじゃあ何で俺は俺でいられるんだ?
俺だけ影響がない? それとも何かの意図で俺だけが記憶改竄の能力から外されている?
もしかして親父が言っていたユニコハルコンの治癒能力が効果を無効にしている?
俺はユニコハルコンの鯉口を切って話しかける。
「ユニコハルコン、お前は影響ないか?」
【主よ。どうやら状況は芳しくないみたいだな。我は無機物故影響ないみたいだ】
「そうか、お前まで俺を知らないと言えば立ち直れないくらい落ち込むところだったぜ。
俺が何の影響がないのはお前の治癒能力が効いているとかか?」
【残念ながら今回の件に関しては我の力はそこまで及ばない。仮に記憶喪失を治癒しようとしても一筋縄じゃいかないのが普通だ。ましてや記憶操作ともなれば治癒だけじゃ何ともしがたい】
「そうか・・・分かった。今の状況を改善するには原因を突き止めるしかないか」
どうやら俺に記憶改竄の能力が効かないのは別の影響らしい。
いや、今は考えてもしょうがない。俺のままでいられるならそれはそれで好都合だ。俺だけでも外の美刃さん達にこの事を知らせって・・・ああ、携帯念話は親父が持っているじゃねぇか。
くそっ、結構ショックだったみたいだ。唯姫に拒絶されたのが。
思いのほか動揺していて頭の巡りが悪くなっているみたいだ。
このまま唯姫達を放置している訳にもいかないから何とか記憶を取り戻させるか、場合によっては記憶改善のままここから連れ出すしかないな。
そうなれば早速唯姫達を探し出さないと。
と言うか、何で黙って見送ってしまったんだ。ああ、ショックの影響はかなり大きいみたいだ。
取り敢えず唯姫と親父が向かった方向に行こう。こういう時トリニティが居れば・・・ってああそうか、トリニティ達もこの記憶改竄の能力を受けたのか。
と言うか、トリニティ達の事をナチュラルに忘れていた。
やべぇな。ガタガタじゃねぇか。
・・・一旦外に出て状況を立て直すべきか? いやいや、まさか唯姫を置いていくわけにはいかない。何のために俺はここに居るんだ。他の奴らには悪いが今は唯姫が最優先だ。
俺は魔法の明かりが灯された夜の都市を不振がられない程度に周囲を捜索していく。
周囲の住人達は買い物帰りの親子、これからどこの店で食事をしようか相談しながら腕を組んでいるカップル、仕事帰りのビジネスマンっぽい男など、ここがファンタジー感溢れる世界だという事を忘れる程、現実世界を思い出させる。街並みや服装を除けばだが。
まぁ中には武装した冒険者が居るので完全に現実世界と同じとはいかないが。
俺は唯姫と親父が進んだ方向へひたすら歩いているが、一向に2人の姿を見つけることが出来ない。
何処か建物の中に入ったか?
・・・よくよく考えれば、記憶操作された唯姫達は何処に住むつもりなんだ?
唯姫たち以外にも侵入者が居た事から日曜都市の人口はその分増えていることになる。そいつらの生活環境はどうなっている? わざわざその分の住居を用意しているんだろうか?
実は記憶改竄された侵入者は中央の城――この場合は陽菜城になるのか?――に集められ何か枷を付けらているか、最悪始末されている可能性もある。
・・・いや、無いか。だったら最初から記憶改竄ではなく傀儡状態にして陽菜城へ誘導しているはずだ。
「にしても・・・くそっ、完全に唯姫を見失ったみたいだ。どうする? どうする? どうする? どうする?」
【主よ、落ち着け。今唯一動けるのは主だけだ。その主が取り乱してどうする。これはピンチであると同時にチャンスでもある】
「ああ、落ち着いているとも。俺はすっごい冷静だ。唯姫を取り戻しブルブレイヴとJudgementを倒し、日輪陽菜をぶっ殺す。俺のやるべきことは決まっている」
【駄目だ・・・完全に頭に血が昇っている。どうにかして主に冷静さを取り戻してもらわなければならないのだが・・・
む! 主! 向こうを見ろ!】
ユニコハルコンに言われた方を見ると、そこには建物と建物の間の影で蹲っている女が居た。
よく見ればその女は俺達より先に日曜都市に潜入していたトリニティだった。
俺は思わず駆け寄り話しかけようとして一瞬躊躇いを覚えた。
トリニティも唯姫達と同じく記憶改竄を受けているはずだ。だとしたらトリニティに取って今の俺は見ず知らずの赤の他人で不審者だ。
記憶改竄された唯姫やトリニティ達をどうにか集めて日曜創造神達の撃破、或いは日曜都市からの脱出をしなければならないのだが、俺はトリニティにまであの他人を見る目で見られると思ったら軽く恐怖を覚えてしまったのだ。
今までずっと天と地を支える世界や神秘界を一緒の旅してきた仲間。
そう、ずっと一緒だったのだ。トリニティとは。
そのトリニティから他人として見られる。これほど恐ろしい事があるのだろうか。
どうやら俺は思いのほかトリニティを仲間以上の存在として見ていたらしい。
そんな俺の動揺を知ってか知らずか、蹲っていたトリニティが先に俺を見つけた。
トリニティから放たれる無遠慮の言葉の刃に俺は思わず身構えるが・・・
「鈴鹿! ・・・って、あ。ご、ごめん。無遠慮に話しかけちゃって。えっと、あの、あんたあたしの知り合いに似ていて・・・」
声を掛けられたと思ったら突然言い訳を始めたトリニティ。
おそらくだが俺と同じように一緒に居た謎のジジイに突如他人扱いされた事が堪えているのだろう。
だがそれはトリニティが俺と同じであることの証明だ。
「トリニティ、大丈夫だ。俺はちゃんとお前の事を覚えている」
その言葉にトリニティは目を丸くし、次の瞬間涙を流しながら俺に抱き付いてくる。
「鈴鹿! 鈴鹿! 良かった・・・お爺ちゃんにもユキにもフェンリルにもあたしを知らないって言われて・・・」
「唯姫達に会ったのか!? 唯姫は何処だ!!?」
俺の怒鳴り声に一瞬驚いたものの、トリニティは直ぐにいつもの盗賊としての顔に戻り頭を巡らせていた。
「ごめん。去って行った方角は分かるけど、何処に行ったかまでは・・・」
「いや、状況が状況だ。動揺するなと言う方が無理だから責めやしねぇよ。行った方角を覚えているだけまだ有難いさ」
「・・・うん、ありがとう。
ユキたちはこっちに行ったよ。フェンリルが折角だから家に来ないかとか言ってたけど・・・」
俺とトリニティは唯姫達が向かったと思われる方向へ駆けだす。
ふざけた真似をしやがって。日曜創造神かJudgementかは知らねぇが、唯姫に手を出したことを後悔させてやる。
次回更新は3/7になります。




