54.アルカディアとはぐれと紫電
大神鈴鹿、Tの使徒の証を手に入れる。
大神鈴鹿、ドワーフの隠れ里に行く。
大神鈴鹿、白銀鼠と戦う。
大神鈴鹿、天界の使徒を助ける。
大神鈴鹿、「生きる」使徒と戦う。
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転移魔法陣の光が収まると、そこは見渡す限りなだらかな丘が点々と存在する丘陵地帯だった。
そしてそこに立っていたのは俺1人――トリニティもアイさんも居なかった。
「どういう事だ?」
普通に考えればアルカディア転送時に聞こえた謎の声と、重なるように現れた別の魔法陣が関係しているのだろう。
つまり何者かに邪魔をされ通常転送されず転送先にエラーが生じたとか。
その過程でトリニティとアイさんともはぐれてしまったと。
「参ったな。少なくとも2人ともアルカディアに転送されているとは思うが・・・
見つけるのにも一苦労しそうだな」
取り敢えず人里を捜して動きたかったが、まずは丘陵地帯の向こう側に山が見えたのでそれを目指して歩き出す。山は食料の宝庫だからな。
今の時点で一番重要なのが食糧問題だ。
予備の武器やらポーション等の回復アイテム、そして食料などの諸々の物資はアイさんの闇属性魔法シャドウゲージに仕舞っていたからだ。
今の俺の所持品は装備している武器防具のみで、バックパックなどの荷物など一切持っていない。
「こういった事態を予想してポーチぐらい持っておくべきだったか」
そう後悔するも、今となっては後の祭りだ。
町や村を見つけたらバックの1つでも買っておかないと。
「と言うか、ここがアルカディアと思って行動しているけど、アルカディアだよな?」
暫く1人で黙々と歩いているとふと何故かそんな事を気になった。
当たり前のようにここがアルカディアだと思っていたが、そうとは限らない。
何故なら、今目の前に数匹のモンスターが現れたからだ。
「アルカディアって神の住む理想郷じゃなかったのかよ!」
群れを成して襲ってくるモンスター――額にシカなどのような枝分かれした一本角の生えた狼がこちらを威嚇しながら取り囲むように迫って来ていた。
「グルルルル・・・」
狼タイプは個々に襲っては来ず連携してくるから厄介だ。
先制する役、牽制する役、追い詰める役、止めを刺す役等それぞれしっかりと役割を持って行動している。
そしてそれを統制するのがこの群れのボス、この中でひときわ大きな狼だ。角の形までもが矢鱈と豪華だ。
「群れのボスを倒せば切り抜けられる、か?」
狼の数は10匹+ボス。
まぁ普通ならヤバいんだろうが、俺も天と地を支える世界では散々鍛えられたからな。これくらいなら問題ないと言いたいところだが・・・アルカディアの初見のモンスターだ。
普通のゲームのようにこれはチュートリアルで雑魚モンスターを宛がったのなら気楽にいけるんだが、今の俺は転送時のエラーで訳の分からないところに転送されたわけだからな。
ここが激ヤバの危険地帯とも限らない。
情報が無い時点で極力戦闘は避けたいところなのだ。
「ガァ!」
ボス狼の声と共に包囲していた狼が一斉に襲い掛かってくる。
俺は背後から迫る狼をサイドステップで避けて、狼が通り抜け様にユニコハルコンを抜き放ち切り裂く。
「ギャン!」
『「生きる」使徒』との戦いで磨かれた気配探知により背後から襲ってきているのがバレバレだ。
とは言え、狙ったわけでもないので脇腹を浅く切った程度だ。
【主よ、いきなりの大ピンチだな】
「見りゃあ分かるだろ! 黙ってろ!」
鞘に納めている時は喋れない所為か、抜いた途端にこれまで黙っていた分を取り返すように話すユニコハルコン。
余りにもお喋りすぎるので普段は鞘に納めて黙らせている。
って、元々戦闘時以外は納めっ放しだよな。こいつのお喋りの印象が強すぎて普段も何もあったもんじゃない。
【主よ、こいつらは獣人王国の北のハイドバイドの森に住むグルネルトヴォルフだ。弱点は角。切り落とせれば途端に弱体化するぞ】
「それを早く言え!」
そうか、そう言えばこいつは師匠と共に旅をしてきた訳だからそれなりにモンスターの知識があるわけだ。
ドワーフの長老に打ち直しをしてもらう前は喋れなかったからその知識は生かされなかったが、そうと分かればこいつのお喋りも捨てたもんじゃないな。
熟練のパーティーのように次々と波状攻撃を仕掛ける狼を剣姫流ステップで避け続けながら反撃をしていたわけだが、これまでは首や足を狙って切っていたのを角に目標を変更する。
「剣姫一刀流・刃断!」
剣姫流にしては珍しい速さではなく力を主体とした技だ。
腰を据え体重を乗せた武器破壊を目的とした力技による振り降ろしの一撃。
ガキンッ!
だが俺の放った渾身の一撃が狼の角に阻まれた。
「なっ!?」
【主よ、我は切り落とせればと言ったぞ。グルネルトヴォルフの角はヒヒイロカネ並みに硬い。我の刀身を以ってしても切り落とすのには並大抵の技術が必要になる。
今の主には少々荷が重いとは思うが】
おいぃぃぃぃぃぃぃ! ヒヒイロカネ並みの強度って、そりゃあA級並みのモンスターじゃねぇか! 下手をすればS級か!?
やっぱりここって激ヤバ地帯かよ!! どんだけ運がねえんだよ、俺!!
意外な角の固さに驚いたものの、数合打ち合ううちに対処方法が見つかる。
と言うか、冷静になれば特段難しいモンスターでも無かったのだ。
硬いのは角だけであって、肉体の方は普通の狼とそれほど変わらない。
つまり立派な角に目が行きがちだが、体の方を狙って動けばそれで十分勝てる相手だった。
ユニコハルコンが余計な事を言った所為で狙いを見誤ったと言うのが一番の原因だったりする。
「ギャィン!」
4匹ほど切り捨てると、ボスを含む残り6匹はこちらを遠巻きに警戒していた。
暫く互いに睨みあうが、ボスが一声鳴くと狼の群れは踵を返して引き上げていく。
「ふぅ・・・何とかなったな」
【流石は主だ。角以外を攻撃すれば勝てるのだが、あの角を目の前にしてそれを実行できる者はそう居ない。
グルネルトヴォルフの角の攻撃は意外と厄介なものなのだが】
「あー、確かに角をメインとした攻撃だったな。ま、その分角の攻撃が外れれば無防備だから攻撃しやすかったぜ?」
【それを簡単に出来るから流石と言っているのだよ、主】
「簡単って・・・これくらいできなきゃエンジェルクエストなんて攻略できないぜ。
まぁそれはそれとして、思いがけずに肉が手に入ったな」
俺は早速狼を解体する。
その場で血抜きをし、皮を剥いで肉を分ける。
天と地を支える世界に来たばかりの時、一応トリニティから剥ぎ取りの仕方を教わっていたので覚束ない手捌きで何とか解体をする。
解体し終わった後の残骸を穴を掘って埋めておく。
因みに立派な角はヒヒイロカネだから売れば大金になるし、加工すれば最強の硬度の武器になるのだが、今は持ち運びが困難なため泣く泣く角も一緒に埋めた。
肉の持ち運びには、なめし方が分からないから剥いだままの状態で皮を繋ぎ合わせて簡易袋を作り、そこに解体した肉を詰めて運ぶことにした。
一応食料は手に入れたが、目指す先は山のままにして再び歩き出す。
黙って歩くのもあれだから気を紛らわせるためにユニコハルコンの鍔を親指で少し鞘から抜いた状態にしているのだが・・・
【我は武器なのだぞ。それなのに肉の解体に我を使うなどと・・・】
「仕方無いだろ。解体用のナイフなんか無いんだから」
【主は冒険者と呼ぶにはまだまだ未熟だな。冒険者はいざという時に備え準備をしておくものだぞ? それなのに1人に全ての荷物を預けておくなどと・・・
前の主はその辺はキッチリしておったぞ。前の主とは雲泥の差だな】
確かに1人で黙って歩いている時よりも賑やかなのだが、逆に賑やか過ぎてウザい。
そして何気に師匠と比べて批判までしてくる始末だ。
「黙って聞いてれば言いたい放題だな。このまま鞘に収めてもいいんだぞ?」
【む、それは主も困るのではないのか? 1人旅と言うのは意外と寂しいものだ。こういう時にこそ我の語りかけが旅の清涼を担うのだ。
よって我はこのままの方が良いと思うぞ】
流石に鞘に納められるのは嫌がったのか、俺に理由をかこつけながらもやめてくれと懇願する。
脅しが聞いたのか、それからは俺が話しかければ一言二言返す感じでいたので、気晴らしにはなった。
そうして暫く進んでいくと、丘陵地帯を抜けて山の麓へと辿り着く。
ここまで来るのに相当時間が掛かって日も落ちて辺りが暗くなり始めていた。
「やべぇな。山で食料どころか野宿の場所を先に捜さないと。せめて雨露が凌げる場所があればいいんだが・・・」
所々岩肌がむき出しになった起伏の激しい山道に差し掛かり、運がいい事に近くに川が流れているのを見つけた。
傘代わりになるような大樹や洞窟なんか見つかれば御の字だったが、この際贅沢は言ってられない。
水源があっただけでも儲けものだと思う事にした。
そうして川の側で落ち着ける場所を探していると、そこに先客が居た。
中肉中背でこのAIWOnでは珍しい黒髪の男だった。
その事からおそらく異世界人ではないかと思われた。
男は木の枝を集め火を起こし川から取ったと思われる魚を焼いていたが、俺が近づいていることを既に察しており警戒を露わにしてこちらを伺っている。
向こうの素性が知れないが、折角の情報源だ。これ以上の警戒をさせないようにこちらに敵意が無い事を示すために両腕を上げながら近づいていく。
「敵意は無い。出来れば警戒を解いて、席を同伴させてもらえれば助かるんだが。こちらには肉がある。それを提供しよう」
薄暗い中、互いの顔が見えるくらい近づくと男は少しだけ驚きを見せた後、何がおかしいのかにやりと笑い無防備にも警戒を解いた。
「ああ、肉があるのか。それはありがたいな。いいぜ、座りな。旅は道連れって言うしな」
「すまんな。助かる。アルカディアに来たのはいいが、いきなり訳も分からない場所に飛ばされて途方に暮れてたんだ。おまけに仲間ともはぐれるし。
普通はちゃんとした場所に転送されるものじゃないのかよ。ったく」
「そうだな。普通は人の居る施設へ転送されるはずだ。幾らなんでも鈴鹿みたいに丘陵のど真ん中ってのは聞かないな」
俺がこのアルカディアに飛ばされた時の状況を話すと、流石にそれはあり得ないと言われた。
ランダム転送魔法陣でもない限り、普通は転送魔法陣から転送魔法陣へと決まった位置へと送られることになっている。
当然、アルカディアは天と地を支える世界からの受け入れをする為の魔法陣を備えた施設があり、そこでアルカディアの住人が管理をしているはずだ。
尤もこの男もついさっきまで普通に天と地を支える世界に居たのだが、足元に転送魔法陣が現れたと思ったら気が付いたらここに居たと言う。
って言うか、俺と同じ迷子なんじゃねぇか!
よくそんなんで如何にも普通にアルカディアに来たみたいなことを言えたな。
男は紫電と名乗り、思っていた通り俺と同じで異世界人だと言う。
天と地を支える世界ではソロプレイをしており、AIWOnの世界を堪能していたと言う。
「鈴鹿は不思議に思ったことは無いか? AIWOnのNPCは優秀すぎると」
「いや、これが普通なんじゃないのか? 俺はVRMMOをするのはAIWOnが初めてなんだよ」
「ああ、そうだったな。普通のVRMMOのNPCのAIはもっと融通が利かないようなものなんだよ。
まぁそれでも初期の頃のVRMMOに比べればそれでも優秀なんだが」
紫電の話によればNPCと言うのは人間のように考えて行動しているように見えて、実は決められたパターンになぞって行動しているに過ぎないと。
だがAIWOnのNPCは突発的な出来事にも対応が様々だし、パニックにもなる、まるで本当の人間のようだと。
そもそもがこのAIWOnを構成する世界自体があり得ないと。
大地に緑が芽吹き、風が匂いを運び、海は命を育む。灯は人々の心を癒し世界はまるで生きているかのように鼓動を感じる。
そしてここアルカディア(と思しき場所)もより顕著にそれを感じるのだと言う。
まず他のVRMMOじゃあり得ない事らしい。
「現実世界と同等の世界を作ろうとしたらどれだけの技術が必要になると思うんだって話だよ。
この辺に落ちている石ころ1つ取っても素材や形・大きさと言った膨大なプログラムを組むのに、こんな無造作にあちこちに落ちていること自体がおかしいんだよ」
・・・言われてみればそうだ。
AIWOnに慣れ切ってしまっていて気が付かなかったが、あまりにも当たり前すぎる。
今さらながらに俺はこの世界の恐ろしさを感じた。
そしてその世界を裏側から牛耳っているであろうArcadia社の幹部たちの目的がおぼろげながらも見えてきたような気がした。
「とまぁ、疑問を並べたところで今の俺達は現実世界に帰る術はないんだが」
どうやら紫電もAIWOnの意識不明者の噂を知っていたらしい。アルカディアにくれば現実には戻れないと言う事を。
って、そうだよ! ここがアルカディアだって分かる簡単に確かめる方法があるじゃないか!
俺はメニューを開きログアウトのボタンを押して離魂睡眠をしようとしたが、メニューそのものが開かなかった。
おおう・・・メニューが開けなければ離魂睡眠すらも儘ならないじゃないか。
これがアルカディアに行って戻って来れない原因の一つか。
「まずは人里を捜してそこからアルカディアの調査だな。帰還方法を捜さないと現実に残された肉体が心配だよ。
それはそうと、取り敢えずは腹ごしらえだ。人間腹が減っては戦は出来ず、ってな」
俺が持ち込んだ狼の肉も丁度程よく焼けて上手そうな匂いが漂ってきていた。
その匂いが俺の腹を刺激する。
よくよく考えれば俺は最後のエンジェルクエストの『「生きる」使徒』のクエストで24時間生き延びるのに必死で碌に飯を食っていないことに気が付いた。
そこからまた半日以上も丘陵を彷徨っていたので腹が減っていて当たり前だ。
と言うか、よく今まで気にしなかったな、俺。
焼けた肉と魚を貪るように喰らう俺。
俺ほどではないが、豪快に食べる紫電。
人心地ついたところで紫電は俺に飲み物の入ったコップを差し出す。
流石ソロで行動していただけあって野営用の道具などはしっかり装備していたので、アルカディアに飛ばされてもこうして野営する余裕があり、食事道具もバッチリだ。
俺は差し出された飲み物を無造作に飲むと、口の中には鉄を含むような苦い味が広がる。
って、これ血じゃねぇか!!
何を飲んだのか分かると思わず吹いて咳き込んでしまう。
「あー、勿体ねぇな。何吹いてんだよ」
「って、これ血じゃねぇか!! 何飲ませてんだよ! それとも何か? 異世界人だと言うのは嘘で、実は吸血鬼とか言うつもりかよ!」
「おいおい、俺はれっきとした異世界人だぜ。吸血鬼は夜の国から出てくることは殆んど無いからアルカディアには居ねぇんじゃないのか?
これは俺の血だよ。特殊調合したオリジナルカクテルってとこか。よく味わって飲めよ」
「飲めるか!
あんた何考えているんだ? 普通自分の血を人に飲ませるような真似はしないよな。
警戒せずに接していた俺も間抜けだが、あんた本当に俺と同じように不意にアルカディアに飛ばされて来たのか? あんた本当は何者だ?」
本当に今更ながら無警戒に接していた事を悔やまれる。
アルカディアに来て初めて人と出会えたことに気が緩んでしまっていたのだろう。
情報を得ることを優先としていた為、逆にこちらからも情報を与えていることを失念していた。
俺は紫電を警戒するためにユニコハルコンを少しだけ抜いた状態で手にしていたのでユニコハルコンから声が聞こえる。
【主よ。少なくともこの男には敵意も殺気も無い。それに、この男は主よりも遥かに強い。一戦をやらかすのならそれなりの覚悟が必要だぞ】
俺はユニコハルコンの言葉を聞き、どうするか思案を巡らす。
そんな様子を面白そうに見ていた紫電は先程と同じく気さくに声を掛ける。
「俺はただのプレイヤーだよ。お前と同じのな。
何、そう警戒しなくても別に取って食いやしないよ。俺の血をお前に飲ませたのはただの保険だよ。保険」
そう言いながら紫電は悪がきが悪戯が成功したような表情でニヤリと笑う。
その態度に俺は不思議と不快感を覚えなかった。
初めて会うはずなのにどことなく見覚えがある雰囲気を感じるのだ。
「保険って何だよ・・・ったく、悪戯もこれっきりにしてくれよな」
その言葉の全てを信じるわけではなかったが、状況から鑑みるにここで敵対してもいいことは無いのは目に見えていたので、僅かばかりの警戒をしながらも構えを解いた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その後は紫電と情報収集と言う名の雑談をしながら時間を過ごす。
「っと、薪が無くなりそうだな。結構集めたつもりだが無くなるのが早いな」
「いや、俺が捜して来てやるよ。紫電は火の番でもしていてくれ」
思ったよりも消費が激しく薪代わりにしていた木の枝が無くなり始めたので探そうと紫電が立ち上がるが、俺はそれを制し代わりに探してくることにした。
紫電を僅かに警戒しているのは勿論だが、周辺の地理を把握しておきたいと言うのも1つの理由だ。
まぁ真っ暗な中での地理の把握なんて出来るのかと言えば難易度が高いと言わざるを得ないが、していないよりはまだ僅かにマシだ。
俺は生活魔法のライトを最低限の光を確保しながら持続時間を出来るだけ長くなるように唱え、足元を照らす。
俺達が居た川辺近辺には木は無く、木の枝を探すには自然と山の中へと入って行く事になる。
幸い山は剥き出しの岩山ではなく木々の生い茂る山だ。枯れ枝があちこち落ちている。
「って、雨露をしのぐのならここで丁度いい木を捜せばいいんじゃ?」
と、ふとそんな事を思うが、流石に森木の山の中では周辺の警戒は怠れず十分な休息は取れないなと考え直す。
少なくとも川辺なら見渡しが効くので周辺を警戒しやすく、紫電も居るのから交代で見張りが出来るので十分な休息も取れる。
まぁ、紫電が信用できるのかと言えばそこはもう信用するしかないが。
紫電もこの後の事を考えるなら1人より2人の方が野営もし易いし旅の行動の幅が広がるから俺にこれ以上の警戒をさせるような真似はしないだろう。
十分な木の枝を拾い紫電のところに戻ろうとしたが、そこで俺はかなり思ったよりも山の奥に入り込んだのに気が付く。
どうも考え事をしていたせいで気が付かなかったみたいだ。
慌てて戻ろうとした時に、何やら激しくぶつかり合う音が聞こえた。
音のする方に向かえば、獣の声と人の叫び声、それと金属音がぶつかりあう音が聞こえだと判明する。
どうやら誰かが獣――おそらくモンスターと戦闘をしているみたいだ。
俺は集めた木の枝を放り出して戦闘音のする方へと駆け出す。
森山の木々を抜けると開けた場所に出る。
するとそこには昼間俺を追い詰めた角の生えた狼――グルネルトヴォルフの群れが1人の少女を襲っていた。
その少女は切り立った崖を背後にしながら次々襲い掛かる狼を剣を鞭状にしながら振るい払っている。
トリニティだった。
トリニティは一生懸命に蛇腹剣を振るうも、狼の角に邪魔をされ思ったように攻撃が出来ずにいた。
狼は巧みに角を操り放たれる蛇腹剣を絡め取り、引っ張る事でトリニティの態勢を崩す。
狼との綱引きは流石に少女のトリニティには分が悪く、引っ張られまいと踏ん張るも力負けをし、つんのめる様に前傾姿勢になってしまう。
慌てて蛇腹剣を放し体勢を整えようとするも、その隙を逃す狼たちではない。
体制の崩れたトリニティに向かって角を突き出しながら突進する狼。
避けきれないトリニティはまともにその攻撃を腹に食らってしまう。
ドワーフの里でそろえた装備のお蔭で角が腹を貫通することは無かったが、その衝撃でトリニティは崖の上からはじき出され宙に身を躍らせた。
「――――っ!!」
声にならない叫び声をあげトリニティは崖の下へと落ちていく。
無論、俺もそれを黙って見ていたわけではない。
トリニティの姿を確認してからユニコハルコンを抜いて援護に駆けつけようとしたのだが、俺が駆け付けるまでのほんの一瞬でトリニティは崖から落ちて行ってしまったのだ。
俺は狼たちを無視して脇を一直線に通り抜けトリニティを目指して崖からダイブする。
落下中のトリニティは覚悟を決めた顔をしていたが、一緒に落ちてくる俺の姿を見ると驚いた顔をしていた。
「鈴鹿っ!?」
「黙ってろ! 舌をかまない様にしてしっかり捕まっていろ!」
何とか空中でトリニティを捕まえ抱き寄せて俺達は落下の衝撃に備えた。
次回更新は8/23になります。




