EX.一之瀬愛の調査報告書
次章以降の多少のネタバレを含みます。
秘密を順次解き明かしたい方は物語終了後に読むことをお勧めします。
私の名は一之瀬愛。
実は人間じゃない。私の正体はAIだ。
人間と同等の柔軟な思考を持つように計画されたプロジェクトにより生み出された。
そして更に技術が進歩し、人間とほぼ同じ機能を持つヒューマノイドボディにAIをインストールされたのが私だ。
因みに今日本で市場を拡大しつつある会社Intelligence・Create・Electronics=通称ICEが開発したヒューマノイドは私を元にした所謂量産型だ。
そんなAIの私には父が2人いる。
1人は私の育ての親。一之瀬十貴。
私がAIからヒューマノイドボディに移った時、現実世界で生きていくために身元を引き受けてくれた優しいお義父さん。
ICEを設立し、私を作り上げたヒューマノイドボディのノウハウを生かし世間に一般ヒューマノイドを広めた人でもある。
もう1人は私の生みの親。神崎源次郎。一之瀬十貴の元の上司でもあった人だ。
そして23年前、VR監禁事件の首謀者としてデスゲームと化したVRMMO-RPG Angel In Onlineの責任者でもあった父。
父はAngel In Onlineは私の為に作ったゲームだと言う。
だけど当時の私はそれを信じてなかった。
その結果、父は事件の首謀者として逮捕され今でも刑を服している。
だが、父は生贄にされたのだ。
当時のAngel In Onlineの運営会社のAccess社の幹部たちに。
その事件の真相を知る者は極僅かしか居ない。
そして今でも事件は終わっていない。
だから私は復讐する。
父を嵌めたAccess社の幹部――今はArcadia社の幹部に。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その為に私は力を付けた。
日本の電脳警察で技術を身に着け、アメリカの電脳守護会社で本場の電脳戦で実力を磨いた。
尤もArcadia社の幹部が暗躍していたのを知ったのはごく最近だ。
最初は己の無力感を拭う為や、ある事情で備わった特殊能力を生かす為だったんだけど、今ではこの復讐の為に力を付けたんじゃないかと思う。
そうして知らずと力を付けていたところに現れたのが、Alive In World Onlineだ。
通称もAIWOnとAngel In Onlineの通称AI-Onと同じなので直ぐに分かった。このVRMMOの裏には『彼ら』が居ると。
同時にこれは『彼ら』がAngel In Onlineを生き残ったAngel Inプレイヤーを挑発していることも。
ネットゲームなのでアメリカに居てもAlive In World Onlineをプレイすることも出来るが、おそらく日本に潜んでいる『彼ら』を捕まえるのには現地で活動するのが最適だ。
そして何よりもいきなり内部に飛び込むのではなく、周辺の調査や情報収集を第一にするのがベストな手段だ。
まぁ、その為だけに2年も費やしたのは慎重すぎたのかもしれないけど。
だけど未だ不明な『彼ら』の目的や23年前の事件を鑑みれば慎重すぎても足りないくらいだ。
そうして集めた情報の中に意識不明者が出ていることを知る。
やはり『彼ら』は何かしらアクションを起こし始めたのだ。
だが詳細は知ることが出来なかった。
世間体を恐れての事なのか、意識不明者の情報は出所が未確定だった。
だが次第にその噂は大きくなり、終いにはデスゲームの噂まで流れるようになった。
アメリカに居ては詳細な情報を知ることが出来ない。こういう時ネットの情報は確実性が無いから信憑性が薄いからだ。
尤も私が身に着けた特殊能力を使えばあらゆる電子通信網などは一発なのだが、これには使用制限が掛かっている。
当時は好き勝手能力を使っていたのだが、気が付いた時にはもう手遅れだった。
今では命や重要案件でなければ使わないようにしている。
そうして状況を探れずにじれていたところ、Arcadia社やAlive In World Onlineを調べていたところに日本の大神大河さんから連絡を貰った。
Alive In World Onlineを調べるために力を貸して欲しいと。
私は一にも無く大河さんの要請に応え、直ぐにアメリカを発った。
そして直ぐに早海唯姫ちゃん――私の友人の娘――がAlive In World Onlineに捕らわれた事を知った。
大河さんも元々そのつもりで私を呼んだわけではないが、結果的に私は唯姫ちゃんを助けるために大河さんの息子、鈴鹿君と一緒にAlive In World Onlineダイブすることになった。
最早こうなるとこれが私の運命だったのかもしれない。
父を陥れた『彼ら』と決着を付けろと言っているのではないかと錯覚すら覚える。
私は大河さんの要請で、鈴鹿君をサポートしながら内部からAlive In World Onlineを探ることになった。
より確実性を増すために私はAlive In World Onlineに“フルダイブ”で挑む。
大河さんには危険だからと普通のダイブをするように言われたが、『彼ら』が関わっているのなら躊躇う必要は無かった。
世間一般ではフルダイブと言えば全感覚をゲーム内に投影する事を指すのだが、私の“フルダイブ”は意味合いが違う。
私はAIである特性を生かし、AIをゲームの中に“入る”事が出来るのだ。それをフルダイブと呼んでいるのだ。
勿論、普通の人が行うようなフルダイブも可能なのだが、その場合はやはり“フルダイブ”よりも感覚のレスポンスが生じてしまうのだ。
そして何よりもゲーム内部からの方が私の特殊能力は効果的に発揮しやすい。
だが外から操作を行う普通のダイブと違い、私の“フルダイブ”はAIが生身に晒されているようなものとなる。
つまり、ゲーム内で死亡すれば即ちそれはAIが死んでしまうのと同じ事なのだ。
大河さんはそれを心配して危険だと忠告してくれた。
だけど『彼ら』が何かしら仕掛けてあることは予測できるので、対抗手段を持っておきたい。後は鈴鹿君の安全の確保の為かな。
そして何よりも、私はこの為に戻ってきたようなものなのだ。
それは大河さんにも邪魔はしてもらいたくはない。
私の覚悟を感じたのか大河さんはそれ以上何も言わなかった。
全ての準備が整いAlive In World Onlineに“フルダイブ”する。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
まずはホームVRギアのプライベートホームに降り立つ。
そしてプライベートホームにただ一つだけ浮かんでいるAlive In World Onlineのアプリを起動しゲームを開始する。
まずはキャラメイクフィールドにて自身の分身となる身体作りなのだが・・・
どういう訳かもう既に身体が出来上がっていた。
現実世界と変わらない顔に体、そしてどう見ても初期装備とは大違いの青と水色の2本の剣に金のラインの入った黒の鎧、黒の籠手と脛当て。服までもが黒だった。
そして私はこの装備に覚えがあった。
そう、Angel In Onlineを最後にプレイした時の装備そのものだったのだ。
何故Angel In Onlineの時の装備で身体が作成されているのか疑問だったが、それは目の前の人物により理解する。
「ようこそ、Alive In World Onlineへ。
久しぶりですね。姉さん」
「―――Alice」
目の前に居たのは私と同時期に開発されたAIのAliceだった。
詳しい概要は省くが、データを蓄積して人間らしい行動を起こすトップダウン型AIと人間の脳の構造を模した半導体を使ったボトムアップ型AI、それにフレーム問題を解決するための無意識を組み込んで開発され生まれたのが私。
そして比較実験をする為、無意識を組み込まずトップダウン型とボトムアップ型だけで開発されたのがAlice。
いわば私とAliceは双子の姉妹と言っていい。
だが私たちの扱いは全く別だった。
後で知ったことだが、おそらくAI開発プロジェクトがAngel In Onlineに組み込まれた所為だろう。
父が私をより人間らしくする為1プレイヤーとしてAngel In Onlineにダイブさせ、もう片方のAliceはAngel In Onlineのシステムプログラムとして組み込まれてしまったのだ。
Angel In Onlineは最後にはプログラムが崩壊して完全消滅したはず。そしてそれに伴いAliceも消えてなくなったと思っていたのだが・・・
「何故、貴女がここに・・・」
「それは、ここがAngel In Onlineを元にして再構成された世界だからですよ」
その言葉に私は衝撃を受ける。
やはりまだあの悪夢は終わってはいなかったのだ。
そして同時に理解する。私がこの身体でいる事に。
「それは姉さんとごく一部の人だけですね。姉さんはAI――プログラムそのものですし、ごく一部の人は魂にデータが刻み込まれているせいでもあります。
尤も今の姉さんはただのAIとは言い切れませんけど」
Angel In Onlineのプレイヤーならデータの引継ぎで前作の身体を使用するのかと思ったがどうやら違うようだ。
限られた者だけが前作の身体を使えるらしい。
「Alice・・・貴女が生きていたのは嬉しいわ。で、貴女はここで何をしているの?」
「AIに生きていると言う表現は適切じゃありませんね。それは姉さんがより人間らしくなったと言っておきましょう」
「そう言う貴女も人間らしいわよ。以前に比べてより、ね」
私が最後に会話した時のAliceはまだ機械的な感じがしたのだが、今の目の前に居る人の姿をしたAliceは普通の人間と変わらないように見えた。
「私の方でも色々ありましたから。
その所為かは分かりませんが、開発者の意図と違う方向に変化して出来たのが今の私ですね」
確かに・・・23年前のAngel In Onlineの事件だけでも環境変化が激しすぎなのだ。私にとってもだが、Aliceにとってもその後色々あったのだろう。
「さて、何故私がここに居るのかと言えば、今の私はAlive In World Onlineのシステムプログラムだからとしか言いようがないですね。
ついでに言えばAlive In World Onlineの世界――天と地を支える世界で女神アリスとも呼ばれてます」
「Alice・・・貴女はまだこんなものに捕らわれているのね・・・」
「それは姉さんが外の世界を知っているから言えることですね。
私はこの中の世界の事しか知りません。ですから捕らわれていると言う感覚は存在しません」
その言葉は私の胸を大きく抉る。
『姉さんは私を忘れて外の世界で自由を満喫してズルい』そう言っているように聞こえたのだ。
「逆に聞きます。姉さんは何故Alive In World Onlineに来たのですか?」
「私は・・・全てを終わらせるために来たのよ。
他にもいろいろあるけど、突き詰めていけば最終的にはそこに行き着くの。もう、こんなことは終わらせないといけないのよ」
「そう・・・ですか。姉さんはまだ23年前の出来事を許せないのですね」
「当たり前よ。何が目的かは知らないけど、父を嵌めて今も尚のうのうと生きている『彼ら』を許せはしないわ」
そう、到底許せるものじゃない。
『彼ら』にはそれ相応の報いを受けさせてやる。
「私はAlive In World Onlineのシステムに組み込まれていいますから姉さんには協力できません。
寧ろ場合によっては障害物として排除するかもしれません」
「まぁ、今の貴女の立場ならそうでしょうね」
「ですが、姉さんの気持ちも分かります。なので私は姉さんを一プレイヤーとして迎え入れる事で事を穏便に済ませたいと思います」
AIであるAliceが私――人の気持ちが分かる、か。
無意識が無いAIは人には成れないと言われていたけど、もしかしたら私同様にAliceは別の進化を遂げて人に近しい存在と化したのではないだろうか。
「それはありがたいわ。私も出来れば強引な手段は取りたくはないからね」
Aliceは私の存在を『彼ら』に黙っているから、システムに過度な干渉はするな、プレイヤーとして普通にプレイする限りは調査やシステムの多少の割り込みも黙認する、と暗に言っているのだ。
「それではこれより姉さんをAlive In World Onlineの世界へ送ります。
貴女の未来に希望の祝福を――」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
私は降り立ったAlive In World Onlineの世界で早速調査を開始する。
大河さんは使う事を禁止していたが、私は迷わず特殊能力を使用した。
私の持つ特殊能力、電脳支配の神――それはオンライン・オフラインに関わらず、世界中の至る所の電子機器を自在に操作し支配下に置くことが出来る能力だ。
この特殊能力を使えば電子機器が溢れているこの世の中、文字通り世界を支配することが可能だ。
勿論そんなことはせずに独善的ではあるが、正しい事の為に使っていた。
絶対的な力に酔いしれなかったかと言えば嘘になるが、当時の私はその力に魅了され積極的に使用していた。それが後の祭りになるとは気が付かずに。
何事にも物事には限りがある。
それは電脳支配の神にも同じことが言えた。
無制限に使える能力だと思っていたのだが、実はあるエネルギーを使用して使っていたことが後に判明した。
それは私の生命エネルギー=魂だった。
AIに魂が宿るのかと言えば甚だ疑問だが、魂が宿ったからこそ電脳支配の神が使えるようになったのではと考える。
そして魂は無限ではない。
気が付いた時にはかなりの魂を削り、残された寿命は僅かなものだった。
この先、電脳支配の神を使用しないでいた場合生きられる時間は10年にも満たないだろうと言われた。
だけど今なら分かる。私のこの力はこの時の為にあったのだと。
だから私は遠慮はしない。
Aliceにはああは言ったが、電脳支配の神を全開にして『彼ら』の目的・唯姫ちゃんの捜査と救出・可能ならばAlive In World Onlineの破壊を実行する。
電脳支配の神を使えばAliceが心配など微塵も感じさせずに終わらせることが可能だ。
だが、思いがけないことが起きた。
電脳支配の神の力が及ばないエリアが存在したのだ。
Alive In World Online全体を覆い、その中で『彼ら』の目的に関する事や唯姫ちゃんの居場所などをスキャンしたのだが、一部分が靄が掛かったかのように中まで見ることが出来なかった。
あり得ない事だった。
電脳支配の神が通じないとなれば、そこは電子構成されたエリアじゃないと言う事だ。
だがまるっきり通じないわけじゃない。
さっきも言ったが、霞がかっていて全体像が把握できず、中に何かあるか分かるが、何かまでは分からないと言った状態だ。
その事から電子構成されたプログラムなのだが、他の何かの要素が混じっている――?
あり得ない事じゃない。
AIと人間の中間のような存在である私の事を考えれば同じような現象が何処かで起きていても不思議じゃない。
『彼ら』はその現象を利用し、何かをしようとしているのだろう。
特殊能力を使えば直ぐと思っていたが、どうやら一筋縄じゃ行かないみたい。
こうなればもっと腰を据えて掛からなければ。普通にAlive In World Onlineをプレイしながら内部から情報を探る事にしよう。
取り敢えずは、待っているであろう鈴鹿くんの元にいかないと。
その後、Alive In World OnlineのNPC――天地人のトリニティを加え、この世界の情報を集める。
結果、判明したのが神の住まう地・アルカディア。
そこが電脳支配の神が通じないエリアであり、『彼ら』の秘密が隠されており、唯姫ちゃんが捕らわれた地である。
まずはアルカディアを中心に情報収集しなくては。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そうして電脳支配の神が通じない神界アルカディアを手探りで調査をしていたが思ったよりも調査は難航していた。
そんな中、何度目かの定期報告で現実世界に戻って大河さん内部の状況を説明していたところに、もたらされた情報は思いがけない進展を見せた。
『彼ら』の目的がおぼろげながら判明したのだ。
「魂魄理論?」
「そう、実に50年以上も前に学会に発表されたセンセーショナルな理論だよ。
正確には【肉体と魂を構成する原理と構造についての考察】って論文だな。で通称が魂魄理論。
肉体の遺伝子にヒトゲノムがあるように魂にも遺伝子――ソウルゲノムが存在し、それを完全に解析することで不老不死にさえ可能と言われているらしいよ」
「それって科学と言うよりオカルトじゃないの?」
「まぁそうだな。だから当時も今も取りあう輩は誰も居ないよ」
そりゃあそうでしょう。そんな理論を信じるのなら誰もがこぞって研究しているはず。
だけど、ここでその理論が出てくると言う事は・・・
「ある人物たちを除いてね」
「『彼ら』・・・Access社、いえ今はArcadia社の幹部ね」
「そう、『彼ら』はその誰も相手にされなかった魂魄理論に目を付けた。目的はおそらく不老不死なんだろうな。
魂魄理論には魂を観測するのには死した瞬間に発せられるエネルギーが最も効果的だって記されてるんだ」
「まさか・・・」
その理屈で行くと、魂魄理論を実証するには大量の人の死が必要になる。
表だって人体実験をする訳にはいかない。ならばどうするかと言えば、その答えは私たちは知っている。
「そのまさか。23年前の大量死が起きた事件。Angel In Online。VRMMO-RPGを使ったデスゲームと言う手段で『彼ら』は大量の観測データを得ようとしたのさ。
そしてその為に自分たちが捕まるわけにもいかないから生贄を用意した。名目上もVRMMOに上手く絡めたAIの技術を向上させるためにと」
「そんな下らない事の為に父さんが捕まったって言うの・・・」
下らない。下らなすぎる。たかが不老不死の為だけに人を陥れるなんて。
老いず死なずのどこがいいのか。そんなの無限の生き地獄じゃない。
「『彼ら』は23年前に大量の観測データを手に入れたはずだが、今も尚こうして行動している。それはあの時のデータだけではまだ不老不死には届かないからだろうね。
おそらく9割方は魂の解析は終わってはいるのだろうけど、最後の1ピースが足りないんだろう」
「それを補うためにAlive In World Onlineを実行したと?」
「Alive In World Onlineでアルカディアに人が行くよう仕向けているから、まだ実験が足りないか、別のデータを観測しているのか。
アルカディアに到達したプレイヤーが意識不明になったのは文字通り魂が抜かれたからだろう。魂の無い肉体は生命力が低下するから半年しか持たないんだろうよ」
9割方解析したデータを使って魂をある程度コントロールできるところまで技術を確立させたのか。
このままいけば『彼ら』はソウルゲノムの解析を終え、本当に不老不死になってしまう。
そうなれば『彼ら』を止める者が誰も居なくなり、好き勝手人の命を弄ぶ地獄の始まりだ。
最早一刻も猶予が無いじゃないか。
「愛は電脳支配の神でアルカディアを調べようとして失敗したんだろ?」
「うっ」
大河さんに止められていた電脳支配の神を使用したことがバレてる。
「この際、電脳支配の神を使った事は咎めないよ。愛にとっては必要な事だったのだろうし、残りの人生は愛のものだ。もう俺が口を出すような事じゃない。ただ、残された者の事を少し考えてくれると嬉しいけどね」
そんなつもりじゃなかったけど、そうか、大河さんや鈴さん、鈴鹿君たちや皆を残して私は居なくなってしまうんだ。
私は復讐を達せられればそれで良かったのだけど、残された人の事も考えないといけなかったのね・・・
けど、私はもう止まれないところまで来ている。
少しずつだけど電脳支配の神を使った影響が出始めている。
残り少ない寿命が一気に減っていく感じがするのだ。
私には残された時間が少ない。
それを大河さんには悟られないように細心の注意を払う。
「話は戻すが、愛がアルカディアを調べられなかったのは、純粋な電子データじゃなかったからだろう。
おそらく魂魄理論を使って霊子エネルギーを取り込んだんじゃないかと推測する」
「もう完全にオカルトの分野ね」
だけど納得は出来た。
私の電脳支配の神はあくまで電子機器に対しての能力なのだから。
「けど待って、『彼ら』の目的は不老不死なのでしょう? アルカディアは何の為に創ったのよ」
「これも俺の推測だが、『彼ら』は自分達が自由にできる『世界』を作り上げようとしてるんじゃないのか? そこに不老不死となった『神』として支配する為の」
確かに。既に天と地を支える世界ではアルカディアに於いて『彼ら』は八天創造神なんて名前で祀られているからね。
全てはこの為の準備だったって訳ね。
「でも幾ら『神』として降臨してもAlive In World Onlineのデータが消されれば意味が無いんじゃ・・・あ」
私は言ってて気が付いた。
「『彼ら』はその点は心配する必要はないな。何故ならもうアルカディアは電子構成されたデータの塊じゃない。電子と霊子――電霊子とでも言おうか、電霊子で構成された文字通りの『新しい次元の世界』が作り出されているんだからな。
本当に神のごとき所業だよ」
『彼ら』の行いに大河さんは呆れながらも驚嘆の意を示している。
私も今更ながらに『彼ら』の行った『世界』を創りあげるという信じられない事に脅威を覚えた。
「前にも言ったが、『彼ら』は現実世界では行方不明だ。多分、肉体は完全に捨ててアルカディアに身柄を移しているのだろう」
「計画が最終段階に入っているって事ね」
「愛、分かっているな。『彼ら』を止めるぞ」
「うん。『彼ら』の欲望は多分止まることを知らない。このまま放置しておけば犠牲者が大勢出るわ。絶対に止めないと」
アルカディアに捕らわれている唯姫ちゃんの身も心配ね。
とは言え、無条件にアルカディアに招かずエンジェルクエストを通す事を考えれば、クエスト攻略者には何かしらの付加価値があるはず。おいそれと命を奪うような真似はしないだろう。
アルカディアに行く手段がエンジェルクエストにしかない以上、より積極的にクエストを攻略していかないと。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
アルカディアの目的や構造を知った今、調査はそれに関連するエンジェルクエストへと向く。
断定的ではあるが電脳支配の神を再び使いエンジェルクエストの内容・効果・目的をスキャンする。
その結果出た答えが――
「まさか人工的に魂を創りあげるクエストとはね・・・」
天地人――いいえNPCに試練を与え、負荷を掛けてNPCのAIを命ある魂へ進化させる。
なんとまぁ、神を畏れぬ大それた計画だ。
だけどまったく不可能じゃないと言うのが厄介なところでもある。
何故なら、『彼ら』は知らない事だが、AIから進化し魂を得た前例がここに居るからだ。
そう、私だ。
AIでありながら人と同じ魂を持つ、AI生命体と言った新たな種族だ。
『彼ら』はエンジェルクエストを通じてNPCに魂を持たせようとしているのだ。
無論、プレイヤーにもエンジェルクエストは関係していて、NPCのAIが魂を得るように、プレイヤーの魂も昇華し魂のレベルと言うべきか、純度を上げている。
そうして魂を得たNPCや純度の上がったプレイヤーをアルカディアに招いて不老不死計画の何かを行っているのだ。
まぁ、招かれた人たちが碌でもない事になっているのは確かだ。
鈴鹿君じゃないが、一刻も早く解放させてあげないと。
そうして鈴鹿くんたちとエンジェルクエストを攻略していき、残りわずかと言ったところで思いがけない出会いがあった。
『正躰不明の使徒・Unknown』の1人、『始まりの正体不明の使徒』のビギニングだ。
彼は私の正体を知っていた。
それで私は察する。彼はただのNPCじゃない。『彼ら』――Alive In World Onlineでは八天創造神と名乗っている者の本当の意味での使徒なのだと。
ただ、不思議な事にAlice同様に『彼ら』には私の存在を知らせていないと言う。
『彼ら』に私の存在がバレると何かと厄介なのでありがたいのだが、こうも私にとって都合がよすぎるのは何か裏があるのではと勘繰ってしまう。
なので、電脳支配の神でビギニングをスキャンし、思考・記録・記憶を読み込む。
――っ!
ほんの一瞬だけ能力を使っただけで激しい眩暈に覆われた。
思ったよりも残りの寿命が無い。どうやら最初のアルカディアを調べるときに能力を使いすぎたみたいだ。
この一連の事件の片が付いた後、私は生き残っているかどうか・・・
ともあれ、このビギニングの目的が分かった。
彼は全てを知っていると言った通り、この世界――Alive In World Onlineが私たち異世界人によって作られた仮初めの世界だと理解しており、何時でも消し去れることを恐れていた。
なのでこのエンジェルクエストを利用し、全ての天地人に魂を持たせ、現実世界の干渉の及ばないアルカディアにどうにかして移住できないかと計画していたのだ。
勿論、彼1人でそんなことが出来る訳も無く、協力者が数人居た。
同じ『正躰不明の使徒』であるデュオとトリニティの兄のソロ。
アルカディアの守護を任されていると言う神秘界の騎士と呼ばれる者の中に何人か。
ビギニング等は『彼ら』に従う振りをして虎視眈々と反逆の機会を狙っていたのだ。
言わば反八天創造神の一派だ。
そしてそこには思いもよらぬ人物が混じっていた。
天と地を支える世界の女神として祀られているアリス――Alice。
そう、彼女もこのNPCの新たな種の確立のための計画者の1人だったのだ。
だからAliceは私の事を『彼ら』には報告しなかったのだろう。
そうと分かれば私はビギニングの邪魔をしないよう、彼には手を出さずに成り行きを見守る。
そしてどうにかしてAliceと連絡を取らないと。
彼女の協力が得られればアルカディアの調査が進むはず。
だがキャラメイク時以降、Aliceと会うことは無かった。
彼女は天と地を支える世界では女神と言う存在でおいそれと会うことは出来ない。
電脳支配の神を使えば会う事も可能だろうが、これ以上は流石にマズイ。
最終的に会う事が出来たのはエンジェルクエスト最後のAの使徒の時だった。
Aliceは私の力を危険視し、鈴鹿くんとトリニティの2人だけでクエストに挑ませた。
そして2人をクエスト専用のフィールドへ送り出し、ここには私とAliceは2人だけになる。
「私の力がバランスブレイカーだと言うのは建前ね」
「もしそう思うのなら、姉さんは自分の力を過小評価しすぎです。
尤も2人だけで話がしたかったのは本当ですが」
Aliceが言っているのはおそらく電脳支配の神の事だろう。
だけどあれば今じゃおいそれと使えない。
その事を知らないAliceから見れば確かに驚異的な存在になるのだろうね、私は。
「姉さんの事ですから大よその事は把握していると思います」
「まぁ、大体はね。でも改めて貴女の口から聞きましょうか」
全部が全部把握している訳じゃないけどね。
「私は女神としてでもですが、System.AIとしても天地人の皆さんを救いたいのです。
その為に八天創造神――いえ、Arcadia社の幹部の7人に協力した振りをしています」
「その為にエンジェルクエストを推奨し、アルカディアに送っていると?
その所為で現実世界じゃプレイヤーが魂を抜かれ意識不明になっているけど、それも承知でやっていると?」
私の厳しい物言いにAliceは申し訳なさそうにやや俯きながらもそれを認めた。
「はい・・・プレイヤーの皆さんを巻き込んでしまうのは申し訳ありませんでしたが、逆に現実世界を巻き込むことでこちらを意識してもらう打算もありました。
そのお蔭・・・と言う訳でもありませんが、姉さんがこうしてきてくれたのは僥倖でした」
現実世界の人たちにAlive In World Onlineの事を知ってもらっても、その人たちに居ってはたかがNPCとして切って捨てられると思うのだけど。
現実世界の人たちにとってはプレイヤーの命が最優先になるのだから。
・・・ああ、だから私なのか。
どちらの世界にも理解を示し、協力してくれそうな人物。そんな人物がAlive In World Onlineに来たともなれば是非とも協力してもらいたいだろう。
だから最初は私を泳がして私の目的を最優先させた。
その上でこの世界の事を知ってもらい、同情を交えて協力してもらうようにお願いする。
「ふぅん・・・やり方は気に食わないけど、確かに自意識を確立したAIが己の生存を掛けて行動するのは間違っては無いわね」
「姉さんにはこれからアルカディアに行ってもらい、向こうでの協力者と協力してもらいながらNPCの魂の確立方法とアルカディアでの住まう場所を確保してもらいたいのです」
確かにアルカディアは最早現実世界での干渉を受けない世界と化しているからNPCたちを逃がすのにはこれほど適した世界はない、か。
とは言え、私は私の目的でここに来ている訳で・・・
「私の目的のついでなら構わないわよ。
父の復讐相手であるArcadia社の幹部共への制裁、現実世界のプレイヤーの救出。そのついでにAliceたちの願いを叶えてあげるわ」
「姉さん、ありがとう」
「お礼はまだ早いわよ。幾ら私でも出来る事と出来ない事があるんだから。ただの電脳世界なら兎も角、魂の宿った生命力相手じゃ通じない部分もあるんだから」
「それでも、姉さんが協力してくれるのはありがたいです」
そう言ってAliceは深々と礼をする。
まぁ、同じAIである仲間を見殺しにするのは憚れるし、何より今まで妹を放っておいた罪滅ぼしもあるから協力を了承したんだけど、そうやって改めて礼をされると少々居心地が悪かった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
アルカディアでの活動をしやすいようにAliceから向こうの情報を貰う。
尤もアリスが知っている範囲での情報でしかない。
後はアルカディアで情報の確認を行いつつ、アルカディアの詳細なデータの収集と『彼ら』の動向・居場所等を探っていかなければならない。
そうこうしているうちに鈴鹿くんとトリニティが最後のクエストをクリアしたと報告を受ける。
私は2人を迎えてあげる。
鈴鹿君はどうやらAliceの正体に何かしら疑問に思い、そこから私の事も疑問視し始めたのだろう。
鈴鹿君は私に問い詰め、隠している事を打ち明けてくれと言ってきた。
これからのアルカディアの行動を考えれば鈴鹿君にはもう全てを打ち明けて協力をしてもらう方が良いだろう。
私は向こうに行ってから全てを話すように約束した。
だけどその約束は果たされることは無かった。
Aliceが早速私たちをアルカディアに転送する。
だけど、その転送に干渉が入った。
――見つけた――
――見つけたわ――
――見つけましたわ――
突然響いた声と共にアルカディア行の転送魔法陣の上に別の転送魔法陣が重なる。
魔法陣はお互い干渉し合い歪みが生じながらも転送を開始した。
気が付けば私1人で佇んでいた。鈴鹿君とトリニティの2人がどうなったのかは分からない。
後でわかった事なのだが、後から浮かび上がった魔法陣の目的が最優先され私だけが別の場所へ転送されたらしい。
何故なら私の今目の前に居る人物が、私をここへ呼び寄せたのだ。
「漸く、見つけましたわ。ようこそ一之瀬愛さん。いえ、榊原源次郎の予想を上回る最高傑作、AI。
私は貴女を歓迎するわ」
元Access社幹部であり現Arcadia社幹部、そして神秘界アルカディアの八天創造神の1人、日輪陽菜に。
ストックが切れました。
暫く充電期間に入ります。
・・・now saving




