52.聖Alice神殿と天界の使徒とアーシェ
聖都アリア。
最初は小さな宿場町だったのが今ではAlice神教の巡礼都市として一大都市を築いている。
この都市を訪れる多くはAlice神教教徒であり、それを護衛する冒険者たちである。
そして人が集まるところに多くの物流が動くことにより商人も自ずと集まることになる。
だがこの町に住む多くの住人はAlice神教教徒であるが故、極めて悪事が少ない都市でも有名だとか。
お蔭で盗賊のネットワークである盗賊ギルドが存在しない為、情報を集めるのに一苦労だとトリニティはぼやいていた。
俺達は聖Alice神殿に行く前に聖都アリアで『天界の使徒』の情報を集めることにし、今日は聖都アリアで一晩宿を取ることにした。
因みに騎獣縮小の首輪が壊れてしまったため、小さくすることが出来なくなったスノウは町の外で待機だ。
馬や走竜と言った普通の騎獣なら町の騎獣ギルドに預けれるのだが、残念なことにスノウの10mもある巨体では流石にそれは不可能だ。
おまけに銀色の竜ともなれば目立ってしょうがない。
その辺はスノウも心得ているのか、不満もなく人目から隠れるように町の外で待機している。
聖都アリアを訪れた俺達はまずは拠点となる宿を取り、そこから互いに情報収集をすることにした。
トリニティは盗賊ギルドは無いが、聖都アリアに滞在している盗賊とコンタクトを取り情報を集めようとしているみたいだ。
今回はアイさんはトリニティとは共に行動をせず、別用件で独自行動するそうだ。
そして俺はアーシェと情報を集めに町中を散策する。
と言うか、俺達には情報収集とかは無理なので、出来る範囲で町の様子など――町の景気や治安等だ。こういった些細な情報も重要らしい――を調べてみることにした。
まぁ、ぶっちゃけただの観光だったりする。
別の意味としては気負いしすぎているアーシェを落ち着かせる意味合いもある。
「おい、アーシェ。ホットドックがあるぞ。食べるか?」
「う、うん・・・」
「・・・今からそんなんだと疲れるぞ。折角の観光だ、楽しめよ。
それとも明日お袋さんに会っても、折角の観光を楽しめませんでしたって言うつもりか?」
俺の言葉にアーシェはハッと顔を上げる。
「そ、そんなことないよ!」
「だろ? だったら楽しんだ方がいいだろ? 今日の出来事を土産話にしないと。アーシェがこれまで旅してきたことに加えてな」
「・・・うん! そうだね。お母さんに会ったら沢山の土産話をしないといけないね」
ようやく明るくなったアーシェは張り切って観光を楽しみ始めた。
露店などの食べ物屋での買い食いや、幾ら聖都でも有り過ぎな聖Alice教会を見つけて「おかしいだろ!」と互いに喚いていたりとそうして時間を過ごし、俺達は夕方に宿に戻った。
トリニティとアイさんも既に戻って来てたらしく、全員そろってから夕食を摂りながら互いの情報を共有した。
「集めた情報によると、どうも『天界の使徒』はかなりヤバいらしいよ」
トリニティがそう言うと、アーシェは少し顔をしかめる。
批判しているわけでは無いが、自分の母親の事をそのように言われれば当然面白くないからな。
「ヤバいって言うと?」
「直接的な戦闘は無いけど、そのクエスト自体が生か死かのほぼ二択らしいの」
「戦闘無しで生きるか死ぬか・・・? 何かのとんちか?」
「そのままの意味よ。クエストの内容は『天界の使徒』からの裁きの炎を受ける事。
これまでの人生が悪であれば裁きの炎によって焼かれ死に至るらしいわ」
げ、マジか? 悪の判断基準がどれほどか分からないが、これってクリアできる奴の方が少ないんじゃないのか?
人間だれしも生きているだけでも善だけでなく悪も擁しているからな。
例えば普段している食事もあれも命を奪っていることにもなるし、人間2人以上いればそこには互いの感情が行き来あう。それが他者を傷つける事にもなりうる。
そう考えれば、このクエストのクリアがどれだけ難しいかよく分かるものだ。
「そう難しく考えなくてもいいわよ。クエストを受けた時点でもトータルでの善悪の判断らしいからね。
特に異世界人は天と地を支える世界で生きてきた行いが基準になるから、鈴鹿くんは心配はいらないわよ」
そんな俺の悩みを吹き飛ばすかのようにアイさんがあっさりとこのクエストの難しさを否定してきた。
「あー、そっか。俺が天と地を支える世界に来てからの行動が基準になるのか。
確かにこっちに来て2か月くらいだからそんなに悪い事をしていない・・・よな?」
「寧ろ人助けやなんかで善行の方が多いんじゃないかしら?」
そういやそうだ。
エンジェルクエストがあったとは言え、ジパン帝国の港町ロングネスでの『竜宮の使徒』の人魚の件然り、深緑の森での屑異世界人の獣人誘拐事件の救助然り、『災厄の使徒』による蹂躙されたサーズライ村の救助然り、第四衛星都市ハレミアでの違法獣人奴隷の解放然り。
こうしてみると意外と俺も色々やってんだな。
・・・ジパン帝国で思い出したが、そういや俺、あの国の女帝から恨まれているんだっけ。ロリの王の証の所為で。
う、うん、それを上回る善行をしているから大丈夫だな。うん。
まぁ、俺は大丈夫なのだが・・・
「トリニティは何か危なさそうだな。盗賊ってのも良くなさそうだし、俺達と出会った時は強盗紛いの事をしようとしてたよな?」
俺の言葉にトリニティはビクッと肩を震わせる。
その考えに至ってなかったのか、今思い出したかのようにトリニティは顔を青褪めて慌てはじめた。
「そ、そそそそんなこともあったっけ・・・? でででででもあれって未遂だったし、鈴鹿達だって許してくれたって・・・
それに盗賊が駄目なら殆んどの盗賊はダメじゃない。と言うか、あたしが盗賊をやってるのは鈴鹿の指示でもあるじゃないの!」
「あはは、うそうそ、冗談だよ。
トリニティも俺達と一緒に行動してるんだから人助けや何やらでそれすら上回る善行をしているよ。
俺達にそれだけ尽くしてくれてるんだ。それだけでも悪じゃないさ」
「ちょっ・・・いきなりその不意打ちはズルいわよ」
いきなり褒め称えたものだからトリニティは不意を打たれて顔を赤くしながら口をとがらせボソボソと文句を言っていた。
「後それと、『天界の使徒』は神殿内ではかなりの地位を持っているみたい。
神殿内と言うより、Alice神教内ではと言う意味だけど」
トリニティは誤魔化すように別の情報を伝えてくる。
「そういや『天界の使徒』って何で聖Alice神殿に居るんだ? Alice神教の関係者か何かなのか?」
「うーん、そこまで詳しくは調べられなかったけど、『天界の使徒』はAlice神教に於いて女神アリスの次に位が高いとされている存在らしいわ」
「は? マジでか?」
「え? じゃあお母さんって神殿内じゃ一番偉いの?」
驚く俺とアーシェ。
アーシェとしてはお袋さんの地位が高いとそれだけ会う確率が減るのではないかと言う心配をしているのだと思うが。
その点は俺はそれほど心配していない。エンジェルクエストを受ければ自ずと『天界の使徒』に会えるからな。
アーシェもそれは分かってはいるが、やっぱり心配なのだろう。
「神殿の最高責任者は他に居るから一番偉いと言う訳じゃないけど、それ相応の扱いを受けているのは間違いないわね」
そりゃあ女神アリスの次に位が高いともなれば、ほぼ神様扱いじゃないのか?
エンジェルクエスト自体も女神アリスが依頼者だし、26の使徒も女神アリス直属の部下みたいなものだし。
26の使徒の中で『天界の使徒』だけがAlice神教で特別扱いなのは些か疑問だが、まぁ聖なるイメージって事で選ばれたんだろうな。
そうだとすればAlice神教の教えは女神アリスを讃えるものと言うより、教会引いては総本山である聖Alice神殿が都合のいいように教えやら経典やらを解釈又は作っている可能性があるな。
・・・まぁ、宗教と言うのは何処でも似たり寄ったりか。
「それにしても、トリニティはよく情報を集めてこれたな。盗賊ギルドが無いのに」
「盗賊ギルドは無くても人は集まるからね。人が集まるところに情報あり。情報あるところに盗賊――鼠ありってね。
この町でそれなりに鼠のネットワークが出来てるからそこの符丁を見つければ後は簡単よ」
「大したもんだよ、お前も。最初に会った時とは違い今や立派な盗賊だからな」
「だから何でそんなに持ち上げるのよ・・・
まぁ良いわ。それでその『天界の使徒は』は聖Alice神山頂上にある聖Alice神殿に居るのは間違いないわ。
でも集めた情報によると、その『天界の使徒』に会うまでがかなり面倒見たい。
会う鼠全員がくそ坊主に気を付けろって言うのよ」
くそ坊主・・・?
坊さんもああ見えて俗世にまみれている存在だからな。
いつの時代、どの世界でも宗教は政治や金に無縁とは言えない組織であり、そこに属する人物も一筋縄じゃいかなかったりする。
って事は、聖Alice神殿もその例に漏れないって訳か。
聖と名が付く割に裏表がある組織と言う事か。これは気を引き締めないと。
「神殿内部の情報は集めれなかったのか? 派閥とか、政治的な影響力とか」
「ここからじゃ無理ね。直接神殿で集めないと。
当たり障りのない事なら分かるけど、それだってそこら辺に居る一般の人だって知ってることだし」
「そうか。後は行ってみないと分からないか」
「あたし達はエンジェルクエストを受けに行くだけだからそこまで心配する必要はないと思うけど?」
「そうだといいんだがな」
どうも厄介事の匂いがしてならねぇんだよなぁ。
「アーシェも明日にはやっとお母さんに会えるわね」
「うん。ボク、アイさん達には感謝してもしきれないよ。幾ら使徒だからって普通なら連れてきてもらえないからね」
「あら、感謝するのはまだ早いわよ。明日お母さんに会ってから、ね」
「うん!」
俺とトリニティとで聖Alice神殿の事で悩んでいる隣では、アイさんとアーシェが明日の『天界の使徒』――アーシェの母親に付いてあったら何話そう、どんな顔をしたらいいのかな?とか語り合っていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――AL103年5月18日――
次の日、俺達はスノウに乗って一気に聖Alice神山の頂上へと飛んだ。
するとどういう訳か、武装した神官が神殿を囲うようにこちらを警戒していた。
俺達がスノウで各都市や町に近づくときはスノウの光属性魔法のルクスミラージュで幻影を被せながら必要以上に警戒させないようにしていた。
今回もいつものように幻影を被せて近づいたんだが・・・
「あれって、どう見てもこっちを警戒しているよな?」
「まぁ、見えてるんならそれは警戒するでしょ。なんせ10mもの竜が近づいてくるんだもの」
スノウは俺達の仲間と言う意識だったからそれほど気にはしなかったが、確かに10mクラスもの竜が近づけばそりゃぁ警戒もするか。
「と言うか、何で分かったんだ? 見えないはずだよな?」
「あーと、多分、気配探知とか魔力探知じゃない? もしかしたらボクみたいに危険察知の能力を持っている人が居るとか?」
「その場合は危険察知は意味ないわね。だってあたし達は攻撃を仕掛けてるわけじゃないし」
「だけど、そうか。Alice神教を総べる総本山だから空からの警戒は怠れないって訳か。納得」
取り敢えず俺達はこのまま攻撃されるのは拙いので幻影を解いて攻撃の意思が無い事を示しながら山頂の神殿の側へと降り立つ。
向こうも俺達に攻撃の意思が無い事を確認し、それでも一スノウが地面へ降り立つのを警戒していた。
「あー、すみません。俺達『天界の使徒』のエンジェルクエストを受けにきた者ですが。
こっちのドラゴンは俺の騎獣ですので害はありません」
「そうですか。このドラゴンは騎獣でしたか。
我々も空への警戒を怠れないのでこのような物々しい対応を取ったことを理解していただければと」
「いえ、それは当然かと。寧ろ無警戒に近づいた俺達の方こそ失礼しました」
俺達が神殿に害を為す者ではないと分かったところで武装神官は警戒を解き数人の対応者を残し、各々の持ち場へと戻っていった。
その残った内の代表者の1人、最初に声を掛けてきた神官が今一度確認の為訪ねて来た。
「それでエンジェルクエストを御受けになると言う事ですが、貴方方全員がそうなのですか?」
「いえ、受けるのは3人です。俺と彼女ら2人。この子は俺達の付き添い・・・みたいなものです」
この子呼ばわりしたアーシェが俺を睨んでいた。
そんな目で見るな。見た目は幼女だからこっちの方が話がすんなり通るんだよ。
「そう、ですか。・・・いえ、失礼しました。ドラゴンを騎獣にする方々ですから実力は折り紙つきなのでしょう。我々が心配するのも余計なお世話でしたね」
あー、そう言う事か。
確かに今の俺達のパーティーは男は俺1人のハーレムパーティーだから実力を疑われても仕方がないのか。
尤も『天界の使徒』のクエストは戦闘能力は関係なしの一種の裁判みたいなものだから代表者の神官の心配もあまり意味がないものだけどな。
「それでは神殿内に案内いたします。
それで、そのドラゴンはどのように致しますか?」
今更ながらに騎獣縮小の首輪の便利性を実感するな。
あれが無いとこうもスノウの取り扱いに苦労するとは。
今まではスノウも一緒に居るのが当たり前だったのに。
「迷惑でなければこのままここに留まらせていただければ。特に世話も必要ないですし。
スノウも大人しくここで待っててくれよな?」
「グルゥ・・・」
スノウは首をもたげ俺に頬ずりするとそのままその場で丸くなって寝始めた。
それを確認した後、神官は俺達を連れて神殿内に案内する。
「それではこの場でお待ちください。担当の者をお呼びいたしますので」
案内された一室で俺達は担当の者が来るのを待つ。
暫くすると、俺達を出迎えたのと別の神官が現れた。
そいつは一見して分かるような宝石やゴテゴテした指輪などの貴金属を身に着けたでっぷりとした男だった。
明らかに典型的な小悪党に見える。
「お待たせしました。
私は天徒皇様のお世話をしておりますバークレイ・エドモントと申します。
この神殿での役職は枢機卿を賜っております」
おおう、思ったよりも大物だった。
確かAlice神教では現実と同じように役職が助祭・司祭、司教、大司教、枢機卿・教皇の順で偉くなっていくはず。
そしてその上で、Alice神教独特の位の天徒皇を設けている。これに就いているのが『天界の使徒』だな。
と言うか、頭の1人が現れたじゃないか。
まぁ、一番偉い天徒皇を世話するんだからそれなりの地位に付いてないと駄目なんだろう。
「それで皆様方は天徒皇様のエンジェルクエストを御受けになると言う事ですが・・・天徒皇は大変お忙しい方にございます」
そこには分かるだろうな?と言うエドモント枢機卿の鋭い視線が投げかけられる。
やや若干だが俺達を見下すような侮蔑の視線も含まれていた。
枢機卿にとっては俺達冒険者は下賤な身分の者にしか見えないからそう見下すのは仕方がないのかもしれないが。
「え? 忙しいって・・・もしかして予約とか取ってなきゃダメだったの!?」
「いえいえ、そうではありません。天徒皇様はAlice神教を代表するお方です。それ相応の地位にいる為、何かとご都合と言うものがあります。
それに神の教えを説く者としても霞を食って生きているわけではありません。お布施など頂けなければとてもとても」
アーシェはここまでお袋さんに来て会えないと言う事態に慌てた。
それに対してのエドモント枢機卿の態度も慣れたものらしく、含みをある言い方で返す。
おそらく、エドモント枢機卿の言葉の裏には出すもん出せと言う事なんだろうな。
仮にも最高の地位にある『天界の使徒』――天徒皇様に会いたければそれ相応の金を積めって事か。
これがトリニティが集めた情報にあったくそ坊主の事だな。最初に思った小悪党と言うのも間違ってなかったか。
さて、どうするか。
エドモント枢機卿――ああ、くそ坊主でいいか。こいつに金を積むのもやぶさかではないが、素直に出すのも面白くないな。
あくまで俺達はエンジェルクエストを受けにきただけであってAlice神教の教えを乞うに来たわけじゃない。
金を積む――お布施を出す意味は無い。
くそ坊主の言う通り霞を食って生きていける人間は居ないので、お布施を無心するのは分かるが、このくそ坊主の言うお布施は高額になるのは目に見えている。
そしてそれがくそ坊主の懐に入るのも予想できる。
「これでいいかしら?」
そう考えを巡らせていたのだが、アイさんが素直にくそ坊主に金を渡した。
それも朱金貨(100,000G=1千万円)を。
流石にこれには予想外だったらしく、くそ坊主も一瞬呆けていたものの戸惑いの笑みを浮かべていた。
「え、あ、ああ、た、確かにこれならば我々としても大変助かります。だがしかし・・・」
だがしかしの言葉にはこんなに貰っていいのかという意味があったと思うが、アイさんはワザと勘違いした振りをして更に朱金貨を取り出す。
「あら、それでは足りなかったかしら? それじゃあこれも追加しますね」
そう言ってアイさんは朱金貨を2枚3枚と追加していき、最終的にはくそ坊主の手の中には10枚の朱金貨が握られていた。
あまりの金額にくそ坊主は顔を引きつらせてアイさんを見る。
アイさんはにっこりと笑顔をくそ坊主に向けて一言。
「それでは天徒皇様とのエンジェルクエスト。よろしくお願いしますね」
その笑顔にここまでやって不手際があったら承知しないからなと言うのを込めて。
「それは勿論。それでは早速御面会の手続きをしてまいりますのでもう少々お待ちください」
くそ坊主が去った後、俺はアイさんを問い詰める。
「何であんなくそ坊主に金を渡したんだ?」
「あら、そんなに不満かしら? あんな保身しか考えてない阿呆に大金を渡したのが」
くそ坊主と言っている俺もだが、アイさんもなかなか辛辣な言い方をする。
「ああ、不満だね。何を好き好んでくそ坊主を儲けさせてやる必要があるんだよ」
「アーシェがお母さんに会うのに無用のトラブルは避けたかったのよ。お金で解決できるならそれに越したことは無いからね」
ああ、そう言う事か。
あの手の人物は金銭で物事が動かせると思っているからそれに合わせてこちらで動きを誘導したって訳か。
しかもあれほどの大金を渡せばかなりこちらに融通を利かせるだろうし、かなりへりくだる態度を取るだろう。
「アーシェ、お母さんに会えるわよ」
「う、うん」
トリニティがアーシェの緊張を解しつつ面会の準備が整うのを待つ。
準備が整ったとくそ坊主が現れて、更に別室へと案内された。
そこはシンプルでありながら白を基調とした教会の集会場のような部屋だった。
その正面の台座の前に1人の女性が立っていた。
彼女が『天界の使徒』であり、アーシェの母親なのだろう。
「お母さん!!」
アーシェは母親を見るなり声を上げて駆け寄った。
「お母さん、会いたかった! ボク、ずっとお母さんを捜していたんだよ!」
これまでの想いもあり、遠慮なしに抱き付き涙を流すアーシェ。
感動の母娘の対面に俺達は静かにその様子を見守っていた。
だが、それを芳しく思わない者も居た。
エドモント枢機卿――くそ坊主だ。
「き、貴様! 天徒皇様に無礼だぞ!」
ずかずかと近づいて容赦なくアーシェを引っ叩いて引き離す。
「あぐっ!?」
「アーシェ!」
トリニティが駆け寄り地面に転がされたアーシェを抱き起す。
その間にもお袋さんは無表情のまま黙ってアーシェを見ていた。
・・・? なんかおかしい。
自分の娘が会いに来たのに表情を一つも変えず、更には暴力を振るわれたのに何の反応も示さないとは。
美刃さんの無表情とは違い、お袋さんはまるで人形のような無表情だ。
「アイさん、あれ、明らかにおかしいよな?」
「そうね。おそらくだけど、何かしらの精神支配を受けていると思うわ」
精神支配・・・あのくそ坊主の傀儡って訳か。
俺達の分析の間にもアーシェやトリニティとくそ坊主が言い争いをしていた。
「お母さん! ボクだよ! アーシェだよ! 何で! 何で何も言ってくれないのっ!?」
「ふん! 天徒皇様は俗世の穢れを禊ぎ身を清めたお方だ。天徒皇様には血縁者など居らん!
仮に貴様が天徒皇様の娘だとしても何処にその証拠がある。貴様の様な血縁者を装って近づく輩など掃いて捨てるほど見たわ!
その証拠に天徒皇様は何の反応も示さないではないか」
アーシェはそんなくそ坊主の言葉は聞かずに必死にお袋さんに話しかけるも一向に何の反応も示さない。
その様子を見ながらトリニティが普通じゃない事を強調する。
「あのさ、明らかにその天徒皇様の様子がおかしいんだけど?」
「先ほども言ったではないか、俗世の穢れを削ぎ落したと。
天徒皇様は我々人間とは別の世界の感情に住むお方になられたのだ。貴様ら下賤な人間には到底及び付かない世界のな」
「少なくともアーシェは下賤な人間なんかじゃないわよ。26の使徒の『警戒の使徒』でもある彼女を下賤呼ばわりはAlice神教としても拙いんじゃないかしら?」
「ほう・・・だが天徒皇様は他の26の使徒とは違う。女神アリス様の第一位の使徒にして26の使徒の頂点に立つお方だ。そこらの26の使徒と一緒にしないで貰おう。
これ以上騒ぎを起こすのであればこちらとしても武力行使はやむを得ない。
天徒皇様、彼女らの排除をお願いします」
「――了解した」
機械的な反応を示す『天界の使徒』。
その言葉と同時に背中から天使の翼が広がる。
「――っ!? 天使化!?」
流石にこれにはトリニティも体が強張るのがこちらからでも分かった。
思い出すのは天使化することで飛躍的身体能力が上昇し、強敵になったオークキングたち。
ジパン帝国や月神の神殿で襲ってきた天使化オークキングの強さは別格だったのだ。
なるほどな。天使化した使徒が『天界の使徒』って訳か。もしくは逆で『天界の使徒』となった者が天使化するのかもしれない。
「ははっ! 何、心配なさるな。貴様らは天徒皇様の裁きの炎により身を焼かれ清められたことになるのだ。
それにより生まれ変わり来世を正しき人として生きることになる事を光栄に思うがいい!」
このくそ坊主、段々化けの皮が剥がれてきたな。態度が小悪党に一変したぞ。
というか、おそらくこうしてエンジェルクエストに挑戦しに来た冒険者を金だけ毟り取り人知れず闇に葬った可能性もあるか。
と思ったが、それだと唯姫たちや他の異世界人がアルカディアに行けないな。
そうするかしないかの判断基準があるのかもしれない。
「大人しく神の裁きを受けるがいい」
っと、そんなことを考えている暇は無いな。
この状況をどうにか打破しないと。
一番いいのは『天界の使徒』の洗脳?を破ることなんだが・・・
そう考えを巡らせているとユニコハルコンがキィィィンと音を鳴らして訴えかけてくる。
鯉口を少しだけ切ってユニコハルコンとの念話を可能にする。
【主よ。あの者、あの神官の呪いを受けているな】
「あれは呪いなのか? って言うかこの状況でそんな事をわざわざ言うくらいだから何か対応策でもあるんだろ? 何とかしろ!」
【勿論あるとも。呪いを無効化するには月神ルナムーンの加護が必要になるが、解呪だけなら我にも可能だ】
「よし、どうすればいい?」
俺はユニコハルコンからその方法を聞きだし、今にもアーシェ達に襲い掛かろうとしている『天界の使徒』の前に立つ。
「鈴鹿・・・」
今にも泣き出しそうなアーシェの頭を撫で俺は大丈夫だと安心させる。
「アーシェ。俺を信じてお袋さんを任せてくれないか?」
「・・・うん。鈴鹿、お願い。お母さんを助けて・・・」
「ああ、任せな」
「鈴鹿、頼んだわよ」
トリニティも俺に託し、アーシェを連れてアイさんのところまで下がる。
「ふん、何をしようと無駄だ。何者も天徒皇様――最強の使徒・『天界の使徒』の強さには敵う者など居らん!!」
そりゃあ天使化した使徒が居れば最強だろうよ。それを自在に言う事を聞かせられればな。
俺は鯉口を少しだけ切ったままのユニコハルコンの柄に手を添え、居合の構えを見せる。
『天界の使徒』はそれに構わず右手を掲げ無造作に俺に近づいてくる。
「剣姫一刀流・瞬刃抜刀」
瞬刃に刀戦技・居合一閃を合わせた瞬刃抜刀で一瞬にして背後に移動しつつ『天界の使徒』を居合斬りする。
本来なら斬撃によるダメージがあるのだが、今回は呪いを解く攻撃の為、肉体的ダメージはゼロだ。
ユニコハルコンの治癒能力と、瞬間的な斬撃を合わせた斬呪が『天界の使徒』を精神支配していた呪いを解く。
同時にくそ坊主の左腕に身に着けていたやたら豪華な腕輪がパリンと音を立てて砕け散った。
「なっ!? バカなっ!? 堕天の腕輪が砕けただと!?」
おー、どうやらその腕輪が『天界の使徒』――アーシェのお袋さんを操っていたアイテムか。
これは後でトリニティに聞いたんだが、その堕天の腕輪は天使化した者専用の支配アイテムらしい。
とある研究機関で人為的に天使化の研究をしており、その過程で出来たのが堕天の腕輪だとか。
まぁ、天使化の力を知っている身としては確かに利用できれば利用価値が計り知れないのは分かるが。
けど洗脳は良くないだろう。流石に。
「―――あ、これ、は・・・あ・あ・あああああっ」
人形のように無表情だったお袋さんの目に光が戻り、人間らしい表情を見せる。
そしてアーシェを見つけると嗚咽を漏らす。
「アーシェ・・・アーシェっ!!!」
お袋さんはアーシェに駆け寄り戸惑っている彼女を抱きしめる。
そこでようやく状況が追いついたのか、アーシェはようやく母親と念願の再会が叶った事で涙を流しながらお袋さんに必死に抱き付いた。
「お母さん・・・お母さん・・・!!」
良かったな。アーシェ。
さて、俺はそんな感動の再会を眺めつつ、この場をこそこそと抜け出そうとしているくそ坊主の足を払った。
「おい、何処へ行くつもりだ? くそ坊主」
「ひ、ひぃぃ・・・! ま、待て、儂はこの神殿の枢機卿だぞ! 儂の身に何かあれば神殿がただじゃおかないぞ!」
呆れた。この期に及んでまだそんなことを言ってるのか。
今まで傀儡だったお袋さん――天徒皇様が自由になったとなればそんな事言っている暇は無いと思うんだがな。
「待って下さい。その者の身柄は神殿に任せてもらえませんか?」
一頻りの再会を味わったお袋さんがくそ坊主をどうしようか迷っていた俺に話しかけてきた。
「お母さん・・・」
「大丈夫よ」
また操られるんではないかと心配そうに見つめるアーシェをお袋さんは優しく微笑みかける。
まぁ、ここは神殿内で悪事を行っていたのは神殿の人間だから、自由意思を取り戻した天徒皇様に任せてもやぶさかではないんだが・・・
「あんたに掛けられてたその呪い、他の者も知っているのか? だとしたら神殿の者には任せられないぜ?」
「この事を知っているのはもう1人の枢機卿と2人の大神官のみです。他の者は何も知りません。
私がこの者の言う通り俗世の穢れを禊ぎ身を清めたものと思っております」
俺はその事実に呆れ返ってしまった。
おいおい、大丈夫かよ聖Alice神殿。そんな戯言普通通じないんだがなぁ。
俺と同様に思ったらしいトリニティも信じられない面持ちで見ていた。
だが俺は別の可能性も思い浮かべた。
あー、もしかしたらそうと知りつつ見逃していたか、もしくは疑ってたが利用できると思ってか、だな。
案外これの件がバレてくそ坊主の足を引っ張る材料が出来るのを待ってたとか。
こんなくそ坊主が枢機卿なんだ。他の枢機卿も海千山千の強者だろうよ。
「この神殿のトップが教皇だろうけど、それより位の高い天徒皇様が主導するんであれば大丈夫か」
「そう言ってもらえれば助かります。
私はこれまでの数々の行いも覚えております。それは操られていたからと許されるものではないと思っております。
私はその罪を償う為にもこの神殿内の腐敗を取り除いて行きたいのです。その為にもまずはこの者の悪事を公の物としなければなりません」
「え? お母さん、それじゃあ町には帰らないの?」
てっきり一緒に炎聖国の町へ帰れると思っていたアーシェが驚いてお袋さんを見る。
「アーシェ・・・ごめんなさいね。お母さん、この神殿で罪を償っていきたいと思うの」
「でも、だって、それはお母さんが操られていたからで・・・」
「操られていたことを言い訳にしたくないの。
・・・それでずっと放っておいた私が言うのもなんだけど、アーシェさえよければ一緒に神殿で暮らさないかしら?」
少し躊躇う素振りを見せたアーシェだったが、何かを決意したように笑顔で頷いた。
「うん! 今度はボクがお母さんを守るよ! 危険な事があったらボクには分かるからね!」
そうか。アーシェの『警告の使徒』としての能力を使えば身に降りかかる危険は回避できるか。
と言うか、肉体的危機だけじゃなく、身分的危機も察知できるのか? だとすればこれほど心強いものは無いな。
「えーっと、それで『天界の使徒』のクエストはどうなるのかしら?」
事態は良い方向へ収束していたのだが、アイさんの一言で思い出す。
そう言えば俺達はエンジェルクエストを攻略しに来てたんだと。
「ごめんなさい、忘れてたわ。
アーシェをここまで連れて来てくれたことと、私を呪いから解放してくれたことを鑑みれば文句なしにHの使徒の証を授かる資格があります。
お礼の意味も込めてと言うのもありますけど」
あれ? いいのか? 特にクエスト――裁きの炎を受けた訳じゃないのに。
って、アーシェがしたように使徒の証を与えるかの裁量は使徒に一任されているか。
俺としてはクエストを受けなくてもエンジェルクエストをクリアできるんだからそれこそ文句は無いな。
アーシェのお袋さんは手を翳すと俺とトリニティとアイさんの使徒の証に光が灯る。
使徒の証を開いて確かめると、26個のアルファベットの文字が時計のようにホログラムが浮き上がり、Aを除いた25個の文字に光が灯っていた。
よしっ! これで残りあと1つだ。
ゴールが見えたと思い、喜んだのも束の間。
喜ばしい事なんだか間が悪いんだか、25個の使徒の証が揃った事により最後のイベントが開始された。
―――25個の使徒の証を確認しました。特設フィールドに於いて『「生きる」使徒・Alive』のエンジェルクエストを開始したします。これより1時間後、特設フィールドへ転移いたします。その間にエンジェルクエストの準備をしてください。繰り返します―――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
AIWOn Aの使徒想像スレ108
333:名無しの冒険者:2058/4/9(火)11:06:30 ID:D0Akakug5
いやいや、やっぱAliveが最有力候補だろう!
334:名無しの冒険者:2058/4/9(火)11:20:39 ID:s61965whBL
エンジェルクエストの最終ボスと言ったら『天使の使徒・Angel』しかないと思うデスの
335:とらとらとら:2058/4/9(火)11:25:21 ID:Tora10RaT
報酬はアルカディアでしょ? だったらArcadiaとかじゃない? 理想郷の使徒とか
336:闇を纏いし刃:2058/4/9(火)11:55:09 ID:Y3omTy818
天使は天の使徒の意味があるから天使の使徒だと意味がダブっているぞ?
336:名無しの冒険者:2058/4/9(火)12:01:54 ID:TSD1sK111
『別の世界の使徒・Another』に一票
337:名無しの冒険者:2058/4/9(火)12:04:43 ID:GiNg2Nkon
うーん、唯一の使徒・Aloneとかどうだろう?
338:名無しの冒険者:2058/4/9(火)12:10:39 ID:s61965whBL
>>336 そこまで言うのでしたら貴方にはよっぽどピッタリの候補があると思うデスの
338:名無しの冒険者:2058/4/9(火)12:18:31 ID:gGa444AsSin
『冒険の使徒・Adventure』は心を擽られるでござるな
339:名無しの冒険者:2058/4/9(火)12:22:45 ID:KyoNew3Hcp
ここは意表をついて『粘液の使徒・Ameba』とかどうかしら?
対象の服だけを溶かし裸で戦わせるの
萌えるわぁ
340:闇を纏いし刃:2058/4/9(火)12:24:09 ID:Y3omTy818
これはこれまでの戦いの最終決戦だぜ? ここは『神話の使徒・Anthology』だろ
341:名無しの冒険者:2058/4/9(火)12:36:30 ID:D0Akakug5
オーソドックスが一番だと思うんだがなぁ >Alive
342:名無しの冒険者:2058/4/9(火)12:36:39 ID:s61965whBL
>>340 ぷっ(笑) 神話はMythologyデスわ(笑)
343:名無しの冒険者:2058/4/9(火)12:40:31 ID:gGa444AsSin
>>341 その場合は何の使徒になるでござるか?
直訳すれば『生きている使徒』になるでござる
イミフでござるな
344:四季葉・明日香・嵐昏:2058/4/9(火)12:45:02 ID:EVA2014Snd
あんたらバカァ??? 何べん同じ話を繰り返すのよ
次回更新は6/29になります。




