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Alive In World Online  作者: 一狼
第9章 Unknown
46/83

45.模倣の使徒と影武者とドッペルゲンガー

「なぁ、アイさん。アイさんは何者なんだ?」


 俺の質問にアイさんは少々バツの悪い表情をする。


「アイさんの事は信用しているし信頼している。これまで色々助けてもくれた。

 これまでの旅でアイさんが普通じゃない事も知っている。そのことを何時か言ってくれるだろうと俺はこれまで黙っていた。

 けど、今日見せたアイさんの力――『XXXの使徒』の能力に干渉したあの力は普通じゃない。

 それともアイさんみたいな電脳守護会社(サイバーガーディアン)の技術者は同じような事が出来るか?」


 基本、VRワールドの中からプログラムに干渉することは不可能なはずだ。

 ダイブ中はVRのプログラムで構成された身体(アバター)はシステムに干渉するコンソール以外にプログラムを操作することが出来ない様になっている。


 それがアイさんは指先一つで不可能なはずのプログラムに干渉している。


「あれは――あの『力』は私だけしか使えないわ。けど無制限に使える訳じゃない。色々と制約があるのよ。

 だからこれからも『力』があると期待しないで。あれは人には過ぎたる力なのよ」


 『力』――アイさんは自分にAIWOn(アイヲン)のシステムとは別の『力』があると認めた。

 それがプログラムを操作する技術者としての力なのか、それとも超能力のような脳波で干渉する身体的な力なのか。


 ともあれ、その『力』はどうやら使用するには条件があるみたいだ。

 尤も諸刃の剣の『力』らしいのでおいそれと使用することも憚れるっぽい。


「でもその『力』でアイさんは色々と俺達を影から助けてくれたわけだ」


「そんなに言うほど『力』は使ってはいないわよ。でもまぁ、不自然すぎたから鈴鹿くんにはばれていたみたいだけどね」


「そりゃあ、ね。考えてみれば最初から色々と不自然だらけだったから。

 慣れてしまえばアイさんだから、で済ませられちゃう自分が居るんだよなぁ」


 AIWOn(アイヲン)に初めてダイブするにも拘らずフルスペック装備&在りあえない身体能力&誰からも教わった訳じゃないのに魔法の力。

 第四都市ハレミアではエチーガの野郎の強制命令権(マスターコマンド)が何故かまるっきり効かなかった事。


 そして極めつけは今回の『XXXの使徒』の能力――女体化を強制的に元に戻してしまう能力に、相手の望む物を指先一つで与えてしまう『力』。


「それで? 鈴鹿くんは何を知りたいのかな?」


「そりゃぁ・・・」


 ・・・俺は何を知りたいんだ?


 疑問に思っていることを口にしたのはいいが、今さらアイさんの秘密を暴いて何をしたいのだろうか。俺は。


 アイさんへの確固たる信用か? それともアイさんと共にする為の力か? もしかしたらアイさんの抱えている本当の目的を知りたいのか?


 そうだ、アイさんには親父から依頼されたAIWOn(アイヲン)の調査&俺の護衛の他に、本当の目的があるはずだ。


 幾ら親父に依頼されたからと言って、わざわざアメリカから高々ゲームの為――いや、今は最早ゲームの範疇を越えているが――に戻ってきてダイブするのだろうか?

 しかも俺と言うお荷物を抱えてまで。


「アイさん。俺はアイさんの本当の目的が知りたい」


 AIWOn(アイヲン)初見にもかかわらず、普通なら知りえない異常なまでのAIWOn(アイヲン)の知識。

 AIWOn(アイヲン)の前身であるデスゲームVRMMO――Angel In Onlineの生き残りであろうAngel Inプレイヤー。

 NPCのはずの謎のジジイとのお互い関わり合いがあるような言動。


 他にもいろいろあるが、アイさんが何の為にAlive In World Onlineにダイブするのか本当の目的が知りたくなった。


 これからも行動を共にする為にも。


 俺のその問いにアイさんは少し悩んだ末、答える。


「私の本当の目的は言えないわ。鈴鹿くんももう半ば巻き込まれている形になっているけど、これ以上は巻き込めないから。

 鈴鹿くんは何も知らずに唯姫ちゃんを助けることに集中して欲しいの」


「そりゃぁないぜ、アイさん。これまで一緒に旅をしてきた仲間じゃないか。今さら巻き込めないとか・・・」


「それ、唯姫ちゃんが死んでしまった後でも言える?」


「・・・っ!」


 そう言われてしまえば俺には何も言えない。俺のAIWOn(アイヲン)の目的は唯姫を助け出すことなのだから。


「心配しないで。そんなことにならない為にも私が一緒に居るのだから。だから鈴鹿君には唯姫ちゃんを助けることに集中して」


「・・・分かった。これ以上は聞かないよ。少なくともアイさんを俺の側に居るように頼んだ親父の事を信じることにするよ。

 引いてはそれがアイさんを信じることに繋がるからね」


「・・・ありがと」


 そう言ってアイさんは微笑む。そして一転、これまでにない真剣な表情で次の言葉を紡ぐ。


「・・・そうね、一つだけ答えてあげるわ。私の本当の目的。

 ――私は復讐者(リベンジャー)よ」


 その時のアイさんは深く沈んだ昏い瞳を醸し出していた。


 復讐者(リベンジャー)――それはアイさんが何かに対して復讐を目論んでいることを示唆している。


 アイさんがこんな表情をするほどのその相手は――?


 その瞬間、これまでのピースがカチリと嵌まるのが分かった。


 その相手とはAlive In World Onlineの運営会社であるArcadia社の幹部――Angel In OnlineのAccess社のデスゲームを画策した黒幕。

 今回の唯姫たち昏睡者を作り出した首謀者。


 そいつらがアイさんの復讐の相手だと。


 なるほどな。だから半ば巻き込まれている、か。


「・・・なぁ、アイさん。もし俺の手が必要になったら言ってくれ。いつでも手を貸すぜ」


 俺も唯姫をこんな目に遭わせた奴らに一発入れたいからな。


 そんな俺の考えを察したのか、いつも通りのアイさんが微笑みながら答える。


「もう・・・言ったでしょう? 鈴鹿くんは唯姫ちゃんを助けることに集中してって」


「これだけアイさんに世話になっているんだ。唯姫も1つの恩くらい返しておけって言うさ」


「はぁ、そう言うところはお父さんの大河さんにそっくり」


 む? 親父も俺と似たようなことをしたことがあるのか?


「へぇ、鈴鹿のお父さんって鈴鹿みたいな性格なんだ」


 これまでトリニティは俺達の会話に口をはさめず黙って聞いていたが、場の空気が変わったことでようやく安堵の表情を見せていた。


「いや、親父はどちらかと言うと大人し目な性格だぜ」


「うーん、それはどうかなぁ・・・ああ見えて大河さんは意外と苛烈よ? 鈴鹿くんが大河さんの本当の姿を知らないからね。

 大河さんはVRでは実は・・・」


「実は・・・?」


「内緒。これを言ったら大河さんに怒られちゃう」


「ちょ、そこまで言っておいてそれは無いよ」


「うん、あたしも気になる」


 勿体ぶった言い回しに、親父の秘密の暴露の寸止め。これにはトリニティも気になったみたいだ。

 ・・・今度離魂睡眠(ログアウト)をした時、親父に聞いてみようか。


 少し疑問は残るものの、アイさんは少しだけ俺達に歩み寄ってくれた。

 今はそれで良しとしよう。

 アイさんの言う通り俺の目的は唯姫を助けることだ。アイさんの秘密が気にはなるものの、俺の目的を違えては本末転倒だからな。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ――AL103年5月4日――


 次の日、俺達は王城の一角の訓練場に居た。


 デュオが上手い事取り計らい、王族――第三王子を通じて『模倣の使徒』のクエストを受けることが出来た。

 で、細かい事は全て吹っ飛ばしていきなり『模倣の使徒』とのクエストが開始されたわけだ。

 因みに今日もスノウは『月下』でお留守番だ。


 今、目の前に居るのは3体のドッペルゲンガー。

 体の輪郭がぼやけて、のっぺりとした人の形をした影がそこに佇んでいる。

 この姿で人前に現れることは滅多になく、大抵は王族の影武者として人の姿でいることが殆んどらしい。


 ドッペルゲンガーと聞けば現実世界(リアル)では自分のそっくりした姿で現れ、見たら死ぬと言われている都市伝説だ。

 AIWOn(アイヲン)ではモンスターとして種族を確立しており、人の姿に化けるのは都市伝説と共通らしい。

 但し、真似るのは姿形だけじゃなく、記憶も模倣する。

 その為、人に紛れることの出来るモンスターとしてA級の危険度とされている。


 尤も、目の前のドッペルゲンガーはエレガント王国の王族の影武者として仕えているので人を襲う事は無い。

 おまけに3年前の女神アリスよりエンジェルクエスト発行と同時に『模倣の使徒』として任命されたのでほぼ無害な存在となっている。


 『模倣の使徒』は1体だと思っていたが、どうやら3体とも『模倣の使徒』らしい。

 もっと深く調べれば『模倣の使徒』は3体だけじゃなく複数体居ると言う話だ。

 群体として1つのモンスターと見なし『模倣の使徒』としているみたいだ。


 本来であれば王族仕えのドッペルゲンガーを借り受けると言う事なので、それなりの肩書のある人物が監視やら見届け人としていなければならないのだが、今ドッペルゲンガー達は26の使徒としてこの場に居るのでこの訓練場には俺達と『模倣の使徒』以外誰も居ない。


 他に誰も居ない訓練場で俺は目の前の『模倣の使徒』へ声を掛ける。


「それで、俺達は『模倣の使徒』を倒せばエンジェルクエストはクリアか?」


『そうだ。我々を倒せばCの使徒の証を授けよう。

 私たちのクエストをクリアする条件は我々と戦闘を行い、命を奪うか参ったを言わせることだ。

 勿論我々も君たちの命を奪うような攻撃を行う。ここで命を失っても文句が無ければクエストを開始させてもらう』


「了解だ。寧ろそっちの方がシンプルで分かりやすい」


『ならば始めよう』


 そう言うと『模倣の使徒』はその姿を変える。

 そして目の前に現れたのは寸分たがわぬ姿をした俺、トリニティ、アイさんだ。


「うわぁ・・・ここまでそっくりなんだ・・・」


 思わずトリニティが俺達の姿を真似た『模倣の使徒』を見て声を漏らす。


 うむ、トリニティが声を漏らすのも納得できる。これは結構不気味だな。目の前にもう1人の自分が居るなんて。


 だが、これは調べていた通りだ。

 『模倣の使徒』のクエストは自分の姿をした『模倣の使徒』との戦闘をすることだ。

 よくある「自分自身に打ち勝つことがこのクエストの真の目的だ」と言う訳だ。


『さぁて、一丁気張りますか!』


 俺のコピーが腰に差したユニコハルコンを抜いて疾風迅雷流でもあり、剣姫流の瞬動(瞬)を使って一気に間合いを詰める。


 その一撃を俺は居合切りで防ぎ、すかさずサイドステップを駆使した左右からの斬り込み――剣姫一刀流・刃翼をお見舞いする。


 だがそれは読まれていたらしく、俺のコピーにあっさりと防がれる。


『おっとぉ、俺の事だからいきなり奥義を撃ってくると思っていたが、結構慎重じゃねぇか』


「奥義を撃つのに準備が居るって知っているだろうが。いきなりは流石に出来ねぇよ!」


 記憶までコピーされちゃたまんねぇな。やり難いったらありゃしない。


 トリニティの方でもトリニティのコピーが蛇腹剣を抜いて鞭のようにしならせながら攻撃をしていた。

 迎撃の為、トリニティも鞭モードにした蛇腹剣を振るいお互い火花を散らせながら撃ち合っている。


 ・・・あれって、お互い絡むことは無いのかな?


 だが、もう一方の戦い――アイさんの方はどうも様子が違っていた。


『が、がぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』


 突如、アイさんのコピーが唸り声を上げてその場に蹲りだしたのだ。

 流石にこれには2人の『模倣の使徒』も驚いて攻撃の手を休めアイさんのコピーを凝視していた。


『が・が・が・が・が・が・が・が・が・が・・・・・』


 そうしてアイさんのコピーはそのまま気を失いその場に倒れ、元のドッペルゲンガーの影の姿に戻った。


『これ、普通じゃないわよ。何をしたのっ!?』


 トリニティのコピーがアイさんを睨み問い詰める。


「悪いけど私は何もしていないわ」


『何もしないでこうなる訳ないでしょ!』


 まぁ、アイさんは何もしていないよな。いや、本当。

 それに納得しないのがトリニティのコピー。


『いや、これは・・・アイさんのコピーに俺達の能力が耐えられなかったんだ』


 だが俺のコピーは俺の記憶があるから理解していた。

 そう、『模倣の使徒』の能力がアイさんが俺達に秘密にしている『力』に耐えきれなかったのだ。

 言ってみれば許容量超過(キャパシティオーバー)だってわけだ。


 これも予定通りだ。

 アイさんの『力』を考えれば必然的にそうなるだろうと予想はしていた。


「えっと、この場合どうなるのかな?」


 いきなり対戦相手が居なくなったアイさんが少し困った風に尋ねる。


『いや、これはアイさんの能力が俺達の能力を超えていたと言う事でアイさんはクエストクリアだ』


 アイさんは戦わずしてクエストクリアした。

 後は俺とトリニティがクリアするだけだ。


 戦う必要が無くなったアイさんは倒れた『模倣の使徒』を抱えて訓練場の隅へと移動する。


 残った俺達は戦闘を再開した。


『いきなり仲間1人が離脱したのは予想外だったが・・・お前をコピーした今となってはお前の考えが良く分かる』


 対『模倣の使徒』戦では作戦はほぼ意味をなさない。

 何故なら作戦を立てた記憶までもコピーされるからな。


 だけど実は『模倣の使徒』には確立された対策があったりする。

 コピーされるのは実は身体能力と記憶だけで、武器・アイテム等は形だけしかコピーされないのだ。


 俺のコピーがコピーされたユニコハルコンを奮っているように見えるが、実際あのユニコハルコンは形だけで治癒能力は持たず、素材がオリハルコンであるその強度は半分あればいい方だ。


 トリニティの蛇腹剣も同様だ。

 ギミックの一つとして組み込まれている蛇腹剣を繋ぐ紐が無く、魔力で分割された刃を操る、モード・無弦の剣まではコピーできないのだ。


 そしてこれが一番『模倣の使徒』として対策されているのが、使徒の証の特殊スキルだ。

 とりわけ、一番最初にクリアする『始まりの使徒』で得られる特殊スキル・Startは身体能力を2倍にする。


 挑戦者が特殊スキルを使用すれば、使徒の証を使えない『模倣の使徒』はほぼ相手にならないのだ。


 そこに気が付くのが『模倣の使徒』のクエストでもあったりする。


 だが俺達はその方法は使わない。


 『模倣の使徒』のクエストは純粋に身体能力だけの戦闘能力を試すクエスト――と思われがちだが、実際は少しばかり違う。


 「自分自身に打ち勝つ」ように見えて、実は自身の成長を促す裏の意味のあるクエストなのだ。


 『模倣の使徒』のコピーはリアルタイムでのコピーではなく、コピーした時点での身体能力と記憶をコピーする。

 すなわち、コピーした以降の変化は影響されないのだ。


 己と同等の力を持った者を相手に打ち勝つには己を少し成長させれば越えられる。

 そのことを気付かせ更なる力を得る為――それがこの『模倣の使徒』のクエストの真の意味だ。


 だから俺達は武器や使徒の証を使わずに俺達自身の力でこれまでの俺達を越えて、この後の未だ判明していないエンジェルクエストに対抗する為にもここでレベルアップしようと修行の意味合いもあったりする。


『面白い! なら過去の俺達を越えて見せろ! 言っておくがそう安々と越えられると思うなよ! こっちにも『模倣の使徒』としての意地があるからな!』



 コピーした俺の記憶を呼んで俺のコピーは喜んで俺と対峙する。


 ・・・俺ってこんなにも戦闘狂(バトルジャンキー)だったか・・・?


 戦いに歓んでいる俺のコピーを見て少し複雑な気分になる。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 あれからどれくらい経っただろうか。

 体感ではもう何時間も戦っているように感じるが、実際のところ1時間くらいと言ったところか?


 俺と俺のコピーはお互い同じようにステップを刻み、同じようにユニコハルコンを振るう。

 まさに千日手のように同じ行動を繰り返す。

 中々自分の壁を越えられずにいた。


 だが同じことを何度も繰り返してきたせいか、おぼろげながら自分の弱いところが見えてきた。

 第三者視点として外から自分(俺のコピー)の動きを見ていると、自分でも気が付かない隙が見えてくる。

 それを修正しながら長時間の戦闘で上手い具合に力の抜けた自然体の力でユニコハルコンを振るい、最速の剣速を生み出す。


『ちぃ! こっちの動きを見て自分の動きを修正するか! なかなかやるじゃねぇか!』


「目の前に良い手本がいるからな!」


 そう言えば師匠との訓練もぶっ続けの戦闘だったなぁ。

 剣姫流の基本の1つである足捌き。師匠はこれを重点に訓練を施していた。

 俺はそれを思い出しながらこれまで培ってきた戦闘をも思いだし、基本の足捌きを刻む。


 自然体による剣速、基本の足捌き、外から見える隙を修正。これらを忠実に実行していくと次第に俺のコピーの攻撃が当たらず、逆に俺の攻撃が当たり始めてきた。

 そしてついには剣姫一刀流の技が決まる。


「剣姫一刀流・瞬閃!」


 剣姫流の瞬動から刀戦技・居合一閃を放つ技だ。


 俺の放った一撃は見事俺のコピーを斜めに斬り裂いて致命傷を与えた。


『がはっ・・・!』


 俺のコピーはユニコハルコン(もどき)を取り落とし膝をつく。


『見事だ。よくもまぁこのクエストでしっかりレベルアップを果たしたじゃねぇか』


「まぁな。これほど良い修行の相手は居ないからな。なんせ第三者視点で自分動きを観測できるんだ。何処が悪いのか分かりやすい。

 そう考えるとこのクエストは良く出来ているよ」


『ふん、大半の挑戦者は楽をしようと武器やアイテムで挑んでくるからこのクエストはそこまで重要視されてねぇよ』


 普通はそうだろうな。俺もそのつもりでいたんだからな。

 だが、『模倣の使徒』に挑戦するに当たりデュオ達から色々情報を貰っていた。

 そこでこのクエストの真の意味を悟り、修行には打って付けだと気が付いたのだ。


『まぁ、普通はここで終わりなんだろうけど、このままお前の予定通りだと少々癪に障るんでこっからは予定外の追加ステージだ。

 お前の記憶の中に面白いものを見つけてな。見事対処できれば使徒の証の能力を上乗せしてやる』


 ん? それは『宝石の使徒』や『力の使徒』みたいにクエスト攻略内容によって使徒の証の特殊スキルが変わるってやつか?


 俺のコピー――『模倣の使徒』はそう言いながら元の人型の影に戻し、再び別の人物へと姿を変えた。


 その姿を見て俺は思わず動きを硬直させて息を飲む。


「な・・・んで・・・その姿・・・」


『あたしは本人が目の前に居なくても今までコピーしてきた姿も呼び出して変わることが出来るのよ。

 で、鈴くんがあたしを捜しにAIWOn(アイヲン)に来たって分かったからこの姿ならどうかなぁって。

 偽物とは言え唯姫(ディープブルー)を倒すことが出来るのか?って言う追加ステージね』


 目の前の人物は髪の色こそ鮮やかな青色なものの、その顔は現実(リアル)の唯姫そのものだった。


「ちっ! 趣味が悪いぜ」


『うーん、でも実際似たようなことが起こらないとも限らないよね? その時鈴くんはどうするの? 黙ってやられる? それとも偽物だってバッサリ切り捨てる?』


 その仕草、その口調、まるっきり唯姫そのものだ。


 ・・・これは結構くるな。

 よく漫画やゲームとかであるが、偽物だと分かっていても攻撃することが出来ない主人公とかを見ていてイライラしてたりしてたが、実際目の当たりにすると結構躊躇われるな。これ。


「黙ってやられるつもりはねぇ・・・けど・・・」


『けど?』


 俺は答えられない。


 どうする? どうしたらいい? 何か手は無いか?


『もう、鈴くんたら優柔不断。こういう時は男らしくケダモノみたく襲い掛かってきてもいいんだよ?』


 そう言いながら唯姫は近づいて来ながら頬に手を当ててイヤンイヤンと首を振っていた。


 誰だてめぇは。唯姫はそんな仕草はしねぇよ。


『まぁ、そんなことが出来ないから鈴くん足りえるんだけどね。

 で、どうするの?』


 一歩一歩唯姫は歩を進め俺に近づいてくる。


 ・・・どうしよう? ・・・あ。


 さっきまでは俺自身の修行と言う意味で武器・アイテムを使わなかったが、この追加ステージはその制限を取っ払ってもいいだろう。

 そう思い、使える武器・アイテムを頭の中で検索するとこの窮地を脱する適切なものがあるのを思い出した。


「アイさん! 水無月をくれ!」


 俺は壁際で見ていたアイさんにシャドウゲージの中にしまってある1本の刀――『刀装の使徒』を倒して手に入れた水無月を貰うように叫ぶ。

 持ち主の居なくなった8本の刀は勝者である俺に所有権が発生したので俺が持つことになったのだが、俺にはユニコハルコンがあったので使わずにアイさんに預けていたのだ。


 アイさんは合点がいったようで、影の中から水無月を取出し俺に投げてよこす。


『・・・って、それ、ズルくない?』


「いいや、これが適切な答えだな。なんせ一切傷つけずに『模倣の使徒』の能力を無効化出来るんだからな」


 水無月を受け取った俺は一気に間合いを詰めてそのまま居合切りで唯姫のコピーを斬り裂く。

 だが、水無月の攻撃は相手を一切傷つけない。


 かつて『刀装の使徒』の使っていた9本のうちの1本である水無月は、ありとあらゆる異常状態を正常化させる能力を持つ。

 それは使徒の能力にも効果があり、使徒の証の特殊スキルの効果を打ち消し、デメリットも正常化させることが出来るのだ。


 勿論、『模倣の使徒』がコピーしている唯姫の姿も打消し元の姿に戻すことも可能なのだ。


 俺の記憶をコピーしていた『模倣の使徒』は当然その能力を知っており、思ってもみなかった方法で無効化されたのでズルいと言っていたのだ。


「残念だったな、お前の思った通りに行かなくて。悪いが俺は3つ目の選択を取らせてもらったよ。唯姫を斬るんじゃなく、唯姫に斬られんでもない、唯姫を助ける方法を」


『参った。

 二者択一の選択を選ばず別の3つ目の選択を選ぶか。嫌いじゃないな、そう言うのは』


 『模倣の使徒』はコピー前の人型の影に形を変え、降参の意味を込めて両手を上げる。

 言葉使いもコピー前のものへと変わっていた。


「鈴鹿君、よく気が付いたわね」


「ここに来る前にハルトに言われたことを思い出したんだよ。

 『XXXの使徒』や『模倣の使徒』では使わないだろうけど、今後必要になるからって『刀装の使徒』の刀はそのまま俺が持っていろって」


 ハルトが新たに『刀装の使徒』に任命されたのならこの8本の刀もハルトの物だろうって譲ろうとしたのだが、ハルトはそう言って頑なに受け取ろうとはしなかったのだ。

 何でも『百本刀』の二つ名を持つハルトにとって自分の冒険で手に入れたものじゃなければ使う意味が無いらしい。


 そんな訳で『刀装の使徒』の8本の刀はそのまま俺の物として所持していたのを思い出した訳だ。


「やっと勝ったー!」


 どうやら向こうでもトリニティが自分のコピーに打ち勝つことが出来たみたいだ。


 トリニティは長時間戦闘をすることで体が疲弊し不必要な力を入れない自然体の動きを覚えつつ、蛇腹剣の剣捌きと鞭捌きを徹底的に体に染み込ませてレベルアップを図れたらしい。


『なかなか面白いパーティーだな。お前たちは』


「そうか?」


『ああ、幻と言われた剣姫二天流の流れを組む剣姫一刀流を扱う異世界人(プレイヤー)の鈴鹿に、盗賊(シーフ)案内人(ガイド)でありA級クラン『月下』のサブマスターの妹のトリニティ、そしてこれ以上と言ってないくらい頼りになるサポートをしてくれる神秘的麗人(ミス・ミステリアス)のアイ。

 これだけの逸材が揃っていて普通とは言わせないぞ?』


 あー、そう言えばトリニティは案内人(ガイド)でもあったな。

 今はもっぱら盗賊(シーフ)として活躍しているから案内人(ガイド)の意味は薄れているけど。


 つーか、何だ? アイさんが神秘的麗人(ミス・ミステリアス)って。

 多分アイさんが隠している『力』や秘密を指している言葉だとは思うけど。


「普通じゃないのは認めるよ。けど、普通じゃエンジェルクエストはクリアできないんじゃないのか?」


『ふ、違いない』


 影の状態なのに『模倣の使徒』が笑っているのが分かった。

 随分と人間に紛れて生活をしていたのでモンスターである素の状態でも感情が豊かなのだろう。


「さて、これで俺達は『模倣の使徒』のエンジェルクエストはクリアだな」


『そうだな。Cの使徒の証を授けよう。約束通り鈴鹿には通常の特殊スキルの他にもう1つ一段階上の能力も授けよう』


 Cの使徒の証の特殊スキルは24分間の間、接触した対象者の姿形をコピーするものらしい。

 戦闘面では使い道がほぼ無いが、諜報等の後方支援では大いに役に立つ特殊スキルだ。

 デメリットは24時間姿形を失う。つまりドッペルゲンガーのように人型の影になってしまい、下手をすれば周囲からモンスター扱いをされてしまうものだ。


 そして俺だけが授かるLv2の能力はその姿形の身体能力に合わせた技や魔法までもコピー出来るらしい。

 Lv1はあくまで姿形だけなので同じ技や魔法を強引に放とうとしても身体機能に不具合が生じ本来の威力の10%にも満たないのだとか。

 だがLv2ならコピーした人物の100%の威力を発揮出来る。


 とは言え。


「使い勝手が悪いよなぁ。対象者に触れなければならないと言う点がネックだな」


『なに、要は使い方次第だ。何も敵を対象に使用しなくても味方に使用すれば単純に戦力が2倍だ』


「・・・それって、アイさんでも同じ効果が得られるのか?」


 そう言ってアイさんの方を見るが、アイさんの相手をしていた『模倣の使徒』は今だ壁際で気絶中だ。


『・・・要は使い方次第だ』


 ああ、はい。このCの使徒の証の特殊スキルもアイさんのコピーまでは出来ないって事だな。


 まぁいい。取り敢えずこれで使徒の証は21個。残り5個だ。


 残りの使徒は聖アリス神山の山頂の聖Alice神殿に『天界の使徒・Heaven』、始源の森の南に未だ名前の分からないTの使徒、おそらく王都周辺に居ると思われる『警告の使徒・Warning』、居場所も正体も不明の『正体不明の使徒・Unknown』、そして25個の使徒の証を集めて拓かれると言われるAの使徒。


 まずは『警告の使徒』を中心に『正体不明の使徒』の情報を王都で集め、それが判明次第次の行き先を決定だな。


 そう考えながら俺達は『月下』のクランホームへと戻る。


 だが『月下』のクランホームへ戻ると俺達が調べるまでも無く、次の使徒の居場所をまるで幽霊でも見たかのように顔を青褪めたデュオから知らされることになる。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 AIWOn 『正体不明の使徒』の目撃証言スレ42


195:名無しの冒険者:2059/01/11(土)11:15:02 ID:An10Cha26

 少なくともエンジェルクエストを攻略した人がいるから『正体不明の使徒』の正体も分かっているんだよな?


196:名無しの冒険者:2059/01/11(土)11:19:51 ID:aN3nBull99

 そのはずだけど、どの証言も答えがまるっきり違うんだよな

 格好は全身黒ずくめで、体格や身長とかはバラバラ、使う能力もバラバラ


197:名無しの冒険者:2059/01/11(土)11:24:33 ID:ExpL49Ff10

 >>195 エンジェルクエストを攻略した人がいると言う根拠は?

 未だアルカディアに行ったと言う人が出てきていないのでクリア者が居ると言うのは怪しい


198:名無しの冒険者:2059/01/11(土)11:33:40 ID:h1B106expt

 俺の知っている証言だと背が小っちゃくて斧を使う使徒だって話だ


199:名無しの冒険者:2059/01/11(土)11:39:56 ID:Adl6Ms10r

 魔法特化の使徒だって聞いたね


200:名無しの冒険者:2059/01/11(土)11:45:02 ID:An10Cha26

 >>197 サーセン。『正体不明の使徒』クリアの意味


201:名無しの冒険者:2059/01/11(土)11:46:29 ID:A6B64AFwr

 あれ? 何か角の生えた女っぽい体型の剣の腕がメチャクチャ凄い使徒だって聞いたけど?


202:名無しの冒険者:2059/01/11(土)11:52:51 ID:aN3nBull99

 あー、やっぱりバラバラだな。この分だと他にも別の証言が出てきそう


203:名無しの冒険者:2059/01/11(土)11:53:15 ID:VR36936Dsk

 召喚術を使ってウザかったって話も聞くな


204:名無しの冒険者:2059/01/11(土)12:01:33 ID:ExpL49Ff10

 今まで出てきた証言を纏めると、剣、斧、槍、格闘、魔法(火)、魔法(水)、魔法(風)、魔法(土)、召喚だな

 後は背が小さいと角女?の証言あり


205:名無しの冒険者:2059/01/11(土)12:05:02 ID:An10Cha26

 で、どれが本当なんだ?


206:名無しの冒険者:2059/01/11(土)12:08:33 ID:ExpL49Ff10

 全部本当かもしれないし、全部ウソかもしれない


207:名無しの冒険者:2059/01/11(土)12:14:40 ID:h1B106expt

 おいおい、全部本当ってどんだけだよ


208:名無しの冒険者:2059/01/11(土)12:19:15 ID:VR36936Dsk

 そう言えば間違って倒してしまったって話しも聞くけど、その後でちゃんとまた現れているらしいな


209:名無しの冒険者:2059/01/11(土)12:22:33 ID:ExpL49Ff10

 別の人が新たに『正体不明の使徒』に任命されたんじゃ?


210:名無しの冒険者:2059/01/11(土)12:26:51 ID:aN3nBull99

 証言がバラバラなのもその所為か?


211:名無しの冒険者:2059/01/11(土)12:29:02 ID:An10Cha26

 いや、それにしたってバラバラな証言が多すぎのような気がするぞ


212:名無しの冒険者:2059/01/11(土)12:31:02 ID:FuJ0s8a8a

 『正体不明の使徒』の正体が不明じゃなくなっていく件についてw









次回更新は4/25になります。

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