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Alive In World Online  作者: 一狼
第8章 Intelligence-Inspiration-Imagination
44/83

43.強制命令と野盗と魔王信者

「―――は?」


 目の前の惨状にエチーガの野郎は呆けた顔を見せていた。

 自信満々に放った腕利きの3人は今は俺達の前に蹲っていたからだ。


 トリニティが戦闘の出来ないソフィアテレサとハレミアで一番権力者であるイーグレッド都市長を守るため2人の前に立つ。

 俺とアイさんとバダックで向かってくる3人を相手する。


 一番厄介だと思われる老執事こと元A級冒険者の『大蛇』はアイさんがあっさり組み伏せ地面へ押し込んで、残った2人の獣人を相手していた俺達の成り行きを見守っていた。


 組み伏せられた老執事は何が起きたのか分からず必死に抵抗を試みているが、一向に動くことが出来ずにいる。


 残った2人の獣人は俺とバダックで対処した。

 俺が竜人(ドラゴニュート)でバダックが猿人(グルモンク)だ。


 竜人(ドラゴニュート)は青色の鱗をしており持っていた槍を俺に突き付ける。

 室内でありながら器用に俺に穂先を突きつける技術は素晴らしいものがあるが、意に沿わない命令なのかその技にキレは無い。

 俺はユニコハルコンを抜かずとも素手でその穂先を弾きながら槍を掴み引き付け体勢を崩したところで、疾風迅雷流の歩法で間合いを詰め鳩尾に一撃で悶絶させる。


 バダックの方も猿人(グルモンク)と素手の殴り合いでお互い応戦していた。

 まぁ猿人(グルモンク)は格闘戦を得意とする種族らしいのでそれはいいのだが、バダック、お前は虎人(ガルディグ)だろう。種族的に不利なんじゃないのか?

 虎人(ガルディグ)はそのしなやかさやスピードで相手を翻弄しながら戦う種族じゃなかったっけ?

 尤も『力の使徒』らしいっちゃぁらしいのだろうが。


 お互い友情を深める様な殴り合いの末、勝利したのはバダックだ。

 猿人(グルモンク)は息も絶え絶え地面に転がっている。


 そんな様子が信じられなかったのか、エチーガの野郎は間抜けな声を上げていたのだ。


「―――は?」


「さて、おめぇの自慢の連れは見ての通りだ。これでもまだ俺達を排除できるとでも思ってんのか?」


 バダックは痣だらけになり強面が増した虎顔でエチーガの野郎を睨めつける。

 それに追従するようにイーグレッド都市長が降伏を勧めた。


「ヤーヴェイ伯爵、大人しく投降してくれ。これ以上無様な真似を晒すのは貴殿も貴族として望まないものだろう。

 貴殿が人族至上主義と言うのは理解している。何故とか理由は聞かない。私はハレミアの都市長として法を犯した貴殿を捕らえねばならない」


 イーグレッド都市長も甘い事で。

 明らかにエチーガの野郎は獣人らを差別化し、無理やり狩りと称して連れてきて奴隷にしているんだ。

 幾ら人族至上主義が蔓延っているハレミアとは言え、この事件は流石に人権(この場合獣人権か?)を蔑ろにされた大問題だろよ。

 まぁ、相手が貴族であることを考慮した上での発言なんだろうな。


 だがそんなイーグレッド都市長の気遣いもエチーガの野郎には馬耳東風で、この期に及んでも野郎は平然と俺達を見下ろしている。


「はぁ・・・使えない奴らだな。獣人のくせに何をやっているんだよ。お前らの役に立つことと言えばその無駄に高い身体能力で俺達の代わりに戦うことくらいだろう。

 戦う事ですら出来ないお前らは本当に役立たずだな」


「そ、そんな! 待ってください! どうか見捨てないで下さい!」


「ごほっ、ま、待ってくれ。俺はまだ戦える・・・」


 エチーガの野郎の役立たず発言に獣人たちは慌てて弁明に走る。

 そんな2人の獣人にもう用は無いとばかりに侮蔑の視線を送った後、もう1人の役立たずに視線を送る。


「役立たずと言えばお前もだ。『大蛇』。元A級って本当か? そんな女に組み伏せられて恥ずかしくないのか?」


「これはお恥ずかしい限りで。ですが言い訳をさせてもらえれば、彼女は別格です。私にはこの結果は恥ずべきものではありません。私は指示に従ったまでです」


 存外に指揮官――この場合エチーガの野郎が相手の力を見抜けない無能だと言っているのだが、エチーガの野郎はそんな事には気が付かずあっさりと老執事を見捨てた。


「ふん、まぁいい。役立たず共はもういらん。大人しく死んでろ。精々その残った体は実験の役に立ってもらうがな。

 じじいはシクレットに返品だ。精々向こうとの縁に役立ってもらう」


 その言葉に2人の獣人は項垂れてしまう。

 てか、実験って何だよ。あれか? ヤバい薬の人体実験とかか?

 何気に叩けば出る埃が沢山あるような発言が飛び出してきたよ。

 そして老執事もシクレットの暗部に送り返すって・・・てめぇ、他国と戦争の引き金を引きたいのかよ。

 人族至上主義だけでなく、どうも典型的な悪徳貴族らしいな。


「さて、投降しろと言う事だったな、都市長。だが、残念だがその要望には応えられない。何故ならこんな状況でもお前らは俺には勝てないからだ」


 ようやくこちらに意識を向けたエチーガの野郎だったが、この期に及んでもまだ勝つ気でいるらしい。

 その強がりの根拠と言えば『人に言う事を聞かせる能力』を過信しているのだろうが・・・マジか? マジで本物の能力なのか?


「『命令(コマンド):跪け』」


 エチーガの野郎のその言葉に俺達全員がその場に跪いた。

 ドラゴンであるスノウもその場に頭を垂れて地に伏せていた。


 なっ!? 体が言う事を聞かない!?


「くくくっ・・・あーっはっはっはっはっ!!!

 どうだ!? 見たか、この力!! 誰も俺の言う事に逆らえないんだよ!! そう、例え都市長だろうと使徒だろうとな!!!」


 高らかに笑うエチーガの野郎尻目に必死になって起き上がろうとするが、指一本言う事を聞きやしない。

 マジで『人に言う事を聞かせる能力』があったのか!?


「これは・・・どういった原理か知らないが、本物の能力みたいだな。確かにこの能力があれば獣人たちに言う事を聞かせるのは容易いか。

 だが・・・この能力も無制限ではあるまい。その証拠にわざわざ獣人を奴隷にしている」


 こんな状況でもソフィアテレサは冷静に分析をしていた。

 そしてその言葉を聞きつけたエチーガの野郎は少し目を見張りながらソフィアテレサを見た。


「ほう、少しは頭の回る奴がいるな。

 確かにこの能力・強制命令権(マスターコマンド)命令(コマンド)は一時的にしか効果が無い。永遠に命令を実行する永続命令(エターナルコマンド)を実行するには少々条件が必要になる。

 だが、今の貴様らを排除するのに命令(コマンド)で十分だ。男共はここで排除し、女共は後でじっくり永続命令(エターナルコマンド)を植え付けてやる」


「随分とまぁ強気でいられるものだ。伯爵のその能力、生まれつきのものではあるまい。マジックアイテム・・・いや違うな、使徒・・・神か?

 おそらく第三者から与えられたものだろう。つまり伯爵はその人物には逆らえないはずだ。いつまで強気でいられるのであろうな?」


 流石にこの発言には無視できなかったのか、明らかにエチーガの野郎は驚愕の表情でいた。


「貴様・・・頭が回り過ぎるのも厄介だな。

 ・・・確かに貴様の言う通り俺のこの能力は『あのお方』から授かったものだ。くくく・・・だが、俺のこの能力は使徒さえも凌駕する! そうだ、『あのお方』もこの能力の前には無力なのだ! 最早この世界に俺に逆らえる者などいやしない!!」


 いや、どう考えてもその『あのお方』は対策を取っているだろ。

 そんな無敵なような能力を自分で与えておいて、与えた自分に効くようにするわけないじゃん。


 尤も、与えた本人以外にも効かないような人も居るみたいだけどな。


 気分よく語っているエチーガの野郎の目の前で、悠然と立ち上がる人物がいた。


 最初っから蹲っていて跪いているように見えていた人物――アイさんだ。


「―――は?」


 その光景を見てエチーガの野郎は再び呆けたような声を出していた。


「な、何故命令が効かない!? くっ! 『命令(コマンド):跪け』!」


「残念だけど私には効かないみたいね。理由は聞かないでよ? 秘密なんだから」


 エチーガの野郎の命令(コマンド)を無視してアイさんはゆったりとした動きで近づいていく。

 そのゆったりとした動きがまたエチーガの野郎に恐怖を誘っていた。


「『命令(コマンド):動くな』! 『命令(コマンド):私に近づくな』!! な・何故効かないぃぃぃ!? う・嘘だ! こんなことはあり得ないっ!! お・俺はこの世界の神になるんだ!」


 おいおい、この野郎、そんな大それた夢を見ていたのか。

 こんなのが神になったら天と地を支える世界は(エンジェリン)は地獄だろうな。


 アイさんが近づく恐怖に耐えられなくなったのか、エチーガの野郎は身を翻して転がるようにして逃げてしまった。


 奴が目の前から居なくなったことで命令(コマンド)が切れたのか、ようやく動くようになった。


「くそ、ようやく動けるようになったか。っとこうしちゃいられない。あの野郎を追いかけないと」


「あ、待って。今すぐは無理に追いかけない方がいいわ。下手に追い詰めると何をしでかすか分からないからね」


 俺がようやく動くようになった体の動きを確かめながらエチーガの野郎を追おうとするとアイさんが止めに入った。

 俺は慌てて足を止める。


「って、じゃあどうするんだよ。まさかほっとくって言わないよな? このままハレミアの外へ逃げる可能性だってあるし」


「都市の外へは逃げないと思うわよ。少なくとも命令(コマンド)の効かない私を放っておくとは思え無いもの。何処かに潜伏して私を狙ってくるんじゃないのかしら。

 ・・・そうね、ねぇ貴方なら彼が何処に行ったのか分かるんじゃない?」


 そう言いながら組み伏せから解放された『大蛇』がその場に蹲った状態でどうしようかこちらを窺っていた。


「はて? 敵である私に尋ねるので? もしかしたら虚偽の報告をするのかもしれませんよ」


 まぁ確かに野郎の執事の言う事を信じるのはどうかと思う。

 けどそう言っている時点で嘘を言わない確率がかなり増してるんじゃないのか?

 そのことを裏付けるかのようにソフィアテレサから『大蛇』の言動の保証をしてきた。


「それは無いだろう。まず第一にお前は伯爵の奴隷ではない。それ故伯爵を庇う理由が無い」


 あ、本当だ。よく見れば獣人2人にあるような白の奴隷首輪が付いていない。


「第二に、『大蛇』は一人の人間に仕える様な忠誠心のある者ではない。執事の格好をしているが、それはポーズだろう。

 そして第三に、伯爵の言う永続命令(エターナルコマンド)を植え付けられている確率は21%と『予想』される。これは伯爵が『大蛇』をあっさり捨てた事から始めから使い捨てにするつもりだったのだろう。後は女性ではないから面倒な条件がある永続命令(エターナルコマンド)の労力を使う事はしないだろう」


「えっと・・・と言う事は、このお爺さんは自分からあの伯爵に仕えていたって事? あんなのに?」


 トリニティが信じられない面持ちで『大蛇』を見ていた。

 まぁ、俺も同じ気持ちだけどな。


「大人の世界には色々あるのですよ、お嬢さん。ともあれ、案内しろと言われれば案内いたします。信じる信じないは貴方方の自由ですが」


「良いわよ。案内をお願いね。まずは後始末をして体勢を整えてからね」


 アイさんがそう言うのなら俺達は『大蛇』の言う事を信じるまでだ。


 後は残りの獣人2人の扱いと、違法をしていたアルバを衛兵に引き渡す手続きを取る。

 獣人2人は現時点ではエチーガの野郎の奴隷と言う事でこの事件が解決するまでイーグレッド都市長の預かりとなった。


 流石に人族至上主義の都市とは言え、法を犯した者への取り扱いは厳しくイーグレッド都市長の名の元集まった兵士たちは厳正な対応をしていた。


 そしてそんな時、都市の外側から大きな音が聞こえてくる。


 ドオオオォォォォォォォォォォォン・・・・・・

 ドオオオォォォォォォォォォォォォォン・・・・・・

 ドオオオォォォォォォォォォォォォォォォン・・・・・・


 何事かと思って外へ出て音のする方を見れば都市を覆う城壁があると思われる方向から何本もの煙が上がっていた。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「まさか・・・この都市を襲撃してきた?」


 まさかのあり得ない光景にイーグレッド都市長は呆然としていたが、直ぐに意識を切り替え行動に移した。


「すまない。私は襲撃に対応する為に城に戻る。ヤーヴェイ伯爵については貴方方に頼む」


 そりゃあ流石にここでNOとは言えないだろう。

 都市を治める長としてこの襲撃の事態に当たらなければならないのだから。


「まぁ、こればかりは仕方がないな。道中何かあれば拙いからバダックを同行させるよ」


「了~解。今の雇い主は鈴鹿だからな。雇い主の意向には従おう」


「すまない。早急に事態が片付いたら私も合流しよう」


 当然、バダックだけじゃなく後片付けの処理をしていた数人の兵士も一緒だが。

 一刻を争う事態なのでイーグレッド都市長はすぐさま城へと向かった。


 イーグレッド都市長は直ぐに戻ってくるって言ったが、流石に大都市である衛星都市の襲撃だ。1時間や2時間で片付く問題でもないだろう。

 俺達がエチーガの野郎を追っている間はもう戻ってくることは無いな。

 最高権力者の直接的な協力が得られないのはちょっとキツイかもしれないが、後は野郎を追い詰めるだけなので問題ないだろう。多分。


「さて、こっちはも野郎を追い掛けよう。事態は変わっちまったんで準備をしてからなんて悠長なことは言ってられなくなった。

 下手をすればこの騒動に乗じて奴は完全に姿を眩ますかもしれないし、逆に襲ってくるかもしれない。

 ・・・て、あれ? 襲ってくる方がこっちとしてはありがたいのか?」


「まぁそうなんだけど、出来れば襲われずに捕まえたいところだよね。常に気を張っているのって疲れるから」


 トリニティは特にS級の祝福(ギフト)・危険感知があるから意識をそちらへ向けざるを得ないからな。


 俺達は残りの後始末をハレミアの兵士たちに任せて『大蛇』の案内の元、エチーガの野郎を捕まえるべく向かった。

 向かうのは俺とトリニティとアイさんとソフィアテレサだ。

 野郎の命令(コマンド)が効かないアイさんは必須だし、襲撃に対応する為トリニティの危険感知も必要だ。

 ソフィアテレサはこれまでも何度か行っている、『知恵と直感と想像の使徒』の特殊能力である『予想』が野郎の行動を読みやすくするし、状況の対応に大いに役立つはず。


 ・・・あれ? そうすると一番必要ないのは俺か?

 いやいや、戦闘要員は必要だよな。うん。抵抗する野郎が仕掛けてくるのかもしれないし。


 『大蛇』が向かう先は先程襲撃があった煙の上がる城壁の方だった。


「おいおい、マジかよ。騒動のど真ん中に突っ込むってのか?」


「ご主人様はいざと言う時の為に緊急避難用の隠れ家の拠点をお持ちです。それも直ぐに都市外へ出られるようにと、城壁付近を用意してました」


 幾ら強制命令権(マスターコマンド)があるとは言え、悪徳貴族らしくいざと言う時の備えはしていたか。

 それがまさか襲撃の渦中にあるとは思わなかったが。


 煙の上がる方角に進むにつれ騎士やら兵士やらが見え始め、避難している市民を誘導していた。

 そしてちらほらと襲撃者と交戦している者も見え始めてきた。


 襲撃者は如何にも野盗と言う格好をしてるが、腕やら頭やらに赤のラインが入った漆黒の布を巻きつけていた。

 そして意外にも手にした獲物で騎士や兵士たちと互角に渡り合っていた。


「こんな大都市を襲うなんて何考えているんだ? 見たところ野盗どもの練度は高そうに見えるが、それだけだろ。すぐに鎮圧されて終わりじゃねぇのかよ」


「・・・いや、見たところこやつ等はガルバッハ魔徒野盗団だ。天と地を支える世界(エンジェリン)で最も規模の大きい最悪の集団だな」


「なんだ、その中二テイストに溢れる名前の野盗団は」


「奴らが最悪だと言われるのは頭を始め全員が魔王信者と言う事だな。魔王信者は破滅思考により交渉の余地が殆んど無い。

 この野盗団は強奪目的よりも混沌とした世界を望み、その為の破壊活動を繰り広げているんだ。自分が死ぬことも厭わずただひたすら物を壊し人を殺し混沌を撒き散らす。そのついでに活動をするための強奪をする」


 それはもう盗賊団じゃなくテログループじゃねぇのか?


 そう言っている間にも襲撃の中心に舞い込んだ俺達にも野盗団と思しき野盗たちが襲ってきている。

 殆んどが片手間で倒しているのだが、段々と数が多くなり歩みが遅くなる。


「おい! 『大蛇』! あの野郎の隠れ家はまだか!?」


「ここから50m先に見える赤い屋根のあの屋敷です」


 『大蛇』の示す方向にはこの下町には似つかわしくない、赤い屋根の立派な庭付きの屋敷が見えた。


 ・・・あいつやっぱりアホだろう。

 緊急避難の隠れ家なのに隠れる気が全然ねぇじゃねぇか。


「ふむ、ここまで大量の人数を送るとは・・・もしやこれは・・・」


 俺達に守られながら戦況を分析していたソフィアテレサが何かに気が付いたようだが、その前に新たな野盗が襲ってきた。

 但しエチーガの野郎が引き連れてきた野盗がだ。


「させない!」


 トリニティがソフィアテレサに向かってくる投げナイフを蛇腹剣を鞭モードにして弾き飛ばす。

 エチーガの野郎の一番の狙いはアイさんなので数人がかりで襲っていたが、アイさんが振るう2本の剣が次々と野盗を屠っていく。


「ちっ、所詮は薄汚いコソ泥か。まぁいい、『命令(コマンド):この女を襲え』!」


「ちょっ!?」


 エチーガの野郎が下した命令(コマンド)によりそこら辺に居る野盗のみならず、騎士や兵士、そして俺達も己の意思に関わらずアイさんを襲い始めた。

 幸いスノウは上空に飛ばして状況を確認してもらっていた為、命令(コマンド)の範囲外だった。


「くくく、流石に無関係な兵士どもや、自分の仲間まで傷つけることは出来まい」


 おおお!? こいつちょっと時間を置いて冷静になったらちゃんとした解決策を持ってきやがった!


「ちょっとー!? 何でアイさんを攻撃してるのよー! 言う事を聞いてよあたしの体ー!!」


「な、何故体が言う事を聞かない!?」


「わ・私は市民を守る騎士だ! 市民に剣を向けるなど以ての外なのに・・・!!」


「に・逃げてください! そこの女性!」


 突如体が言う事を聞かなくなったのに戸惑いながらも、エチーガの野郎の命令(コマンド)に従い容赦なくアイさんを攻撃を繰り出す騎士や兵士。

 そして俺とトリニティと『大蛇』も例外ではなく、ユニコハルコンや蛇腹剣をアイさんに放っている。

 ソフィアテレサは・・・まぁ、戦闘要員じゃないので遠巻きにまごまごしていたりするが。


 そんなアイさんは剣姫流顔負けのステップで数十人の攻撃を躱し続けていた。


「うーん、流石にこの状況は上手くないわね。出来ればあまり使いたくなかったんだけど・・・」


 アイさんはステップを止めその場に止まり、手を翳す。

 そして一瞬光を放鷹と思うと、俺達の体に自由が戻ってきた。


「―――は?」


 今日でその顔を見るのは3度目だな。

 エチーガの野郎は命令(コマンド)が強制解除されたことに呆けた顔を見せていた。


「な・・・何なんだ、お前は・・・! 『命令(コマンド):あの女を襲え』!

 ・・・なっ!? 命令(コマンド)が効かない・・・!? そんな馬鹿な・・・!

 『命令(コマンド):あの女を襲え』! 『命令(コマンド):動くな』! 『命令(コマンド):俺の言う事聞けぇぇぇぇぇっ』!!!」


 エチーガの野郎の叫び声が響き渡るが誰一人命令(コマンド)の言う事に従わなかった。


「えっと・・・アイさん何かした?」


「ちょっとね。流石に状況が状況だから彼の強制命令権(マスターコマンド)を消したわ。出来れば使いたくなかった手段だけどね」


 いやいやいや、何でそんなことが出来るんだよ!?

 それってエチーガの野郎に強制命令権(マスターコマンド)を与えた『あのお方』と同じような力を持っているってことか?

 えーー!? アイさんってAngel Inプレイヤーだと思ってたけど、もうAngel Inプレイヤーだけじゃ説明が付かなくなってきたぞ!? アイさんて本当に何者なんだよ・・・


「よっと!」


「ぐぎゃっ!」


 突然自分の能力が消えた事に戸惑っているエチーガの野郎をトリニティが蛇腹剣で縛り上げる。

 刃物で縛り上げるなんて容赦ないな、トリニティ。


 その間にソフィアテレサが騎士や兵士に協力を仰ぎエチーガの野郎を捕縛し、イーグレッド都市長の居る城へ連行してもらう。

 と、その前に・・・


「おい、お前にその強制命令権(マスターコマンド)を与えた『あのお方』ってのは何者だ?」


 縄で縛られたエチーガの野郎は憎々しげにこちらを睨みながらも律儀にも答えた。

 俺達が『あのお方』に敵わないと思っているのか、それとも自分が破滅したから道連れに巻き込もうとしたのか。


「ふん、俺も詳しい正体まで知っているわけでは無い。見た目は中性的で男か女かもよく分からない姿をしているが、とんでもない力を秘めた人物であることは間違いない。あの威圧は思い出しただけでも身震いがする。

 本人は何の力も無いしがない使徒だと言っていたが、どこまで本当か」


 使徒、だと?

 残りの26の使徒の中に相手に祝福(ギフト)とは違う能力を授けることが出来る使徒が居るのか?


 エチーガの野郎の性格を見た限りじゃ、その使徒もまともな性格をしていないのでは?

 こうなると分かっていてその使徒はエチーガの野郎に強制命令権(マスターコマンド)を与えた節があるように感じるのだが。


 話は終わったとばかりに、エチーガの野郎はさっさと連れて行くように兵士達に尊大な態度で指示を出す。

 勿論そんな態度でいれば扱いが乱暴になるのは目に見えている。

 兵士達はエチーガの野郎を引きずるように連れ去っていく。


 エチーガの野郎が連れ去られたのを確認した後、ソフィアテレサは周囲の状況を一瞥し言葉を口にする。


「ふむ、これで取り敢えずハレミアの違法獣人奴隷の流通を潰した訳だが・・・今度はこの状況を片付けるとするか」


 俺達の『知恵と直感と想像の使徒』のクエストは違法獣人奴隷を解放することだ。あ、いや違うか。人助けの手伝いをすることがクエストだったははず。

 ならこの状況を片付けるのもクエストの一環ってわけだ。

 まぁ、流石に自分の用事が片付いたから目の前の惨状をほっぽってさようならじゃ白状過ぎるよな。


 どうやら爆弾で城壁を破壊したらしく、崩れた城壁から次々と野党がハレミア内部へと侵入していた。

 俺達の周囲以外にもどうやらあちこちで騎士団や兵士と野盗団の戦闘が行われているらしい。


「じゃあ早く野盗らを倒さないと! このままじゃ町のあちこちに被害が出るよ!」


「まぁ、待て。この場は騎士団と兵士たちに任せるのだ」


 目の前の惨状に慌てて手を貸そうとしたトリニティだったが、ソフィアテレサが待ったをかける。

 そう言えばさっき何かに気が付いていたな。


「この場のガルバッハ魔徒野盗団の囮だ。奴らの目的は反対側に位置する宝石商が狙いだ」


 野盗団を鎮圧している騎士からも別の場所が襲われていると言う声が聞こえてきた。


「なんだと!? ベッツ宝石商とクウル宝石商が襲われているだと!? まさか、この野盗団は囮か!?

 くそっ、蒼氷騎士団第2部隊とハレミア兵士軍の第4から第6部隊は宝石商に回れ! 残りの部隊は急いでこの場を鎮圧するぞ!」


 この場の指揮官らしき騎士が指示を出すと指示を受けた騎士や兵士たちが慌てて反対側の方角へと進んでいく。


「そしてその宝石商も実は囮で、次に狙うのは奴隷商たちの犯罪奴隷だ。

 重罪を犯した犯罪奴隷はそれだけで混沌の糧となりやすいからな」


「宝石商を襲うと見せかけて実は戦力増加の為の奴隷の確保とは。つーか、犯罪奴隷は命令が出来る黒の奴隷首輪をしているから戦力としてはいまいちなんじゃ?」


「命令を下せるのは主人だけだからな。その主人が死んでしまえば首輪があろうがなかろうが関係ない。

 奴隷商に居るうちは奴隷商が主人に設定されているから、襲撃と同時に殺せば何の問題も無い」


 あー、言われてみればそうか。

 本来なら所属が国や都市に移り自由奴隷になるのだが、そのまま連れ去れてしまえば首輪以外縛るものが無くなるからな。

 仮に主人が生きていたとしても主人と離れてしまえば奴隷の意味が無い。尤も首輪をしてるからまともな職には就けないが、そのまま野盗団に就職すれば無問題と。


 よく見れば野盗団の中には黒の奴隷首輪を付けたままの奴も居る。


「と、見せかけて、実は奴隷商も囮だ」


「はぁっ?」


 え? ここまでやって全てが囮だって?


 驚いている俺にソフィアテレサは野盗団の本当の目的を告げる。


「ガルバッハ魔徒野盗団の真の狙いはこの都市のトップであるベルトランデ都市長だ」


「目的は都市長なのか!」


「ああ、あちこちに囮をばら撒いて戦力を分散したところにベルトランデ都市長を討てば、この都市は混乱に陥る。

 人族至上主義の者が溢れる中で、ベルトランデ都市長は共存派筆頭だ。その都市長が亡くなればハレミアは歯止めが利かなくなるだろう。

 そのついでに囮でありながら活動資金と戦力増加を狙った一石二鳥、いや一石三鳥の作戦だな。

 実によく出来た作戦だ」


 実は囮にもそれなりに意味があると。囮なのには間違いないが、あわよくば成果も上げると。

 そしてトップを殺せば確かに荒れるわ。

 それこそが野盗団の、いや魔王信者の狙いだ。


 これを考えた奴――まぁ野盗団の頭だと思うが――かなり頭が切れるな。

 そしてそれを見抜くソフィアテレサは流石『知恵と直感と想像の使徒』と言うところか。


「その知識を人々の役立てに使えばいいものを。カザンのバカ者め」


 何やら馳せる思いがあったのか、遠くを眺めながらソフィアテレサはぼそりとそう呟いた。


 ちょっと待て。何やら聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ。

 そしてそれはトリニティも聞き逃さず耳に入っていたらしい。


「・・・え? もしかして知り合い?」


 思わず聞き返すトリニティ。


「ああ、30年ほど前に私の知識を教えた弟子だな。奴は幼少のころから目端が利いており頭が回る奴だったが・・・まさか魔王信仰を盲信し、野盗団に成り果てるとは」


「ちょっとーーーー!? え? これって実はソフィアテレサにも責任の一環があるって事?」


「む、そう言われると少なからず責任を感じてしまうではないか。

 まぁ確かに弟子に正しき道を示せなかった私にも責任はあるだろう。タイミングよく私の前に現れたのだ。この機会を逃す手もあるまい。

 すまないが、バカ弟子を諌めるのに手を貸してもらえないか?」


「何を今更。俺達は最初から使徒のクエストとしてソフィアテレサに手を貸しているんだ。

 ソフィアテレサは堂々と俺達に頼めばいいんだよ」


「そうよ。ちょっとビックリしたけど、教えを悪用しているカザン?が全面的に悪いのよ。

 ソフィアテレサは師として文句を言う権利があるわ! 勿論あたし達はそれに手を貸すわ」


「ソフィアテレサも思うところがあると思うけど、今はこの事態を治めるためにその知識を使うところじゃないのかしら?」


 俺、トリニティ、アイさんとソフィアテレサに言葉を掛ける。


「・・・すまないな。早速だが、カザンを止める為、ベルトランデ都市長を救う為、城へ向かおう」


 俺達は頷き合い、城へ向かおうとしたところでふと思い出したようにトリニティが呟いた。


「そう言えば『大蛇』は・・・?」


「あ」


 そう、気が付けばあの老執事の『大蛇』が消えていた。

 どさくさに紛れて逃げやがった。


「今はしょうがないわ。後で都市長に捜索をお願いしましょう。

 彼の素性は怪しいけど、今はフリーのただの執事よ。それほど心配することは無いわ」


 取り敢えず俺達はアイさんの言葉に納得し、足早に城へと向かう。

 敢えてその場では言わなかったが、闇の繋がりがそう簡単に切れるはずがない。

 おそらく『大蛇』は何かしらの指示を受けてこの都市に、エチーガの野郎の元へ潜り込んだんじゃないのだろうか?


 そのことをアイさんが気が付いていないはずがない。勿論ソフィアテレサもだ。


 まぁ、確かに今はこの状況を片付けるのが最優先だからな。『大蛇』の事は後回しにされても仕方がない。

 イーグレッド都市長の後始末の仕事が増えるだけだ。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 俺達はハレミアの城内を駆け抜ける。

 今は指令室となっている戦刃の間と言う大部屋にイーグレッド都市長が居ると言う事なので俺達はそこを目指していた。


 上空偵察から戻ってきたスノウによると、城壁破壊の襲撃地点から反対側ともう一方の別方角でも襲撃があったようだった。

 ソフィアテレサの予想通りとなると、イーグレッド都市長が狙われる可能性が大だ。


 城に着いた俺達は素性の知れない人物であるためすんなり中へ入ることが出来なかった。

 が、タイミングがいいのか悪いのか、着いた途端に城の中から大爆発が聞こえてきたのだ。

 それもイーグレッド都市長が居ると思われる大広間からだ。


 俺達はその騒ぎに乗じて強引に城内へと入って行く。

 そして大部屋で目にしたのは、外から真っ直ぐにぶち抜いてきたと思われる壁の大穴と、襲撃者――ガルバッハ魔徒野盗団の頭と思わしき人物であるカザンと交戦している血塗れのバダックとバダックに庇われているイーグレッド都市長。

 その周辺には都市長を守ろうとして斬られている数人の兵士たちや騎士達。


「だぁりゃぁぁぁぁっ!!」


「遅い!!」


 バダックが放つ拳はカザンに届くことなく肘の根元から切り落とされた。


 カザンは見た目は野盗団の頭とは思えない程に目麗しい容姿をしており、その流れるような金髪は煌めくような光沢を放っていた。

 体型も大柄ではなくスマートでとても荒事に向いているようには見えなかった。

 てか、確か年齢は30歳を超えているはず。見えねぇ・・・


 そんな見た目とは裏腹に手に持つのは身の丈もある大剣であり、それを羽の様に軽々と振り回してバダックの腕を切り落としたのだ。


「さて、ここで使徒を殺せれば言うことは無いが、これ以上は時間は掛けられない。今回の目的は都市長の死だからあんたは後で殺してやるよ」


「へっ、随分と俺も舐められたものだな。たかが片腕が無いだけでそう簡単にこの場をひくと思ってんのか? あ?」


「だからこそ、今はお前の相手は出来ないんだよ。流石に手負いと言えど使徒相手に時間が掛かりすぎる。

 さっさと都市長を殺してこの場をずらから無いと」


「いーや、残念だがそれは無理だな。何故なら俺の時間稼ぎは十分に役に立ったぜ」


 そう言いながらバダックはニヤリと俺達の方を見た。

 なるほどな。バダックはソフィアテレサの知識により、俺達が来ると信じて時間稼ぎをしてた訳か。


 つられてこちらを見たカザンは驚愕の表情を見せていた。


「先生・・・」


「久しぶりだね、カザン」


「どうしてここに・・・」


「敵を討つなら頭を狙うべし。これは私が教えた戦術だよ。

 城壁を破壊し騒動を起こし注目させ、その他の囮を使い戦力を分散させる。その上でガルバッハ魔徒野盗団の主義を考えればおのずと君の目的が分かると言うもの」


「流石は先生だ。

 それにしても・・・まさかこんなところで再会するとは・・・まさかわざわざ俺を狙ってきたとか?」


「私がこの都市に居たのは偶然だ。私は私の目的を以ってこの都市に居たに過ぎないよ。

 だが偶然とはいえ、この場で出会えたのは僥倖だ。君をこの場で止める。私は与えた知識をこのような事に使うと教えた覚えはないからね。

 ・・・何処で道を間違えたんだろうね」


 ソフィアテレサのその言葉を聞いたカザンは少しバツが悪そうに苦笑していた。

 が、直ぐに気を引き締め再び緊張の空気を纏った。


「知識だけで戦闘はからっきしの先生が俺を? 御冗談を。大方お連れの方が俺の相手をするんでしょう」


「確かに私は戦闘はダメだが、私の知識によって運用される兵は私の力と言っても間違いではあるまい」


「物は言いようですね、先生。

 いいですよ。先生がこの都市に居た時点で作戦の半分は失敗したようなものですし、時間を掛け過ぎてしまいました。折角だから作戦変更で今後の憂いを絶つために先生を攫っちゃいます。これからは俺の為に知識を使って下さい」


「断固断る」


「そんな事言わずに」


 カザンは手にした大剣を振りかぶり、一気に間合いを詰めてきた。

 俺はカザンとソフィアテレサの間に割って入り大剣を受け止める。


 その間にアイさんはバダックの応急処置に向かい、トリニティはソフィアテレサを連れてイーグレッド都市長の居る壁際へ下がる。


「まずはお前からか。そして次は女2人。頼りにしているお前らを殺せば先生も自分の無力さを思い知るだろう。

 ――だから死ね」


 一度鍔迫り合いの状態から一気に押し込まれ、弾かれた大剣は再び高速で振り下ろされる。

 繰り出される斬撃を俺は剣姫流のステップで躱す。


 カザンの斬撃は力強く鋭くその上で速度が尋常じゃない。

 辛うじて躱してはいるが、何度か攻撃がヒットしている。

 リュデオから貰った黒コートが無かったら傷だらけになっていただろうな。

 とは言え、完全に斬撃を防げるわけでは無い。

 それ以上の攻撃が当たれば流石に防ぎきれずに斬撃や衝撃がコートを突き抜ける。


 俺はこれ以上攻撃を受けないためにも速度を増したステップで斬撃を躱しながら攻撃を繰り出す。

 そして俺の攻撃は面白いように当たる。革鎧に守られているとは言え、それ以外の部分に俺の攻撃が当り血塗れになっていくカザン。

 カザンの斬撃速度とは裏腹に、体捌きの速度が遅いのだ。

 いや、常人に比べればかなり早いが、剣姫流のステップと比べると遅いと言わざるを得ない。


 どうも動きがチグハグすぎるな。


「どうした、随分と満身創痍じゃないか。そんなんでソフィアテレサを連れ去るとはよく言えたな。

 手にした武器が優秀すぎて自分の強さを勘違いしていたのか?」


「へぇ・・・良く分かったな。大剣(これ)が特別だって。優秀な人間なところに優秀な武器が運ばれてくるもんさ。

 とは言え、確かに俺はこの裂光の大剣を使いこなせていない。これを使いこなせればその名の通り光速で大剣を振るう事が出来るんだがな。

 今の俺に出来るのは精々高速で剣を振る事だけだが・・・それでも十分すぎる。お前らを殺すにはな!」


 これまでにない速度で斬撃が俺を襲う。

 狙いはユニコハルコンを持った右腕。

 これまでにも執拗に腕を狙った攻撃を繰り出していた。


 ここに来るまでソフィアテレサの知識とトリニティの情報によると、ガルバッハ魔徒野盗団の頭領のカザン・ガルバッハの戦闘術は主に相手の戦闘力を奪う為、武器ごと腕を切り落とすことに特化しているらしい。

 特に相手が強ければ強いほど力を発揮し、見えないほどの速度の斬撃で腕を切り落とすと言う。

 その為付いた二つ名が『腕斬り(ワンギリ)』。


 相手が強ければ力を発揮するのはおそらく魔剣の力を一瞬だけでも引き出しているからだろうな。

 今俺の右腕を狙っている斬撃もその力を引き出したからだろう。

 この一撃は黒のコートでも防ぎきれまい。


 ならば・・・俺は敢えて斬られるように右腕を差し出す様に突き出す。


 ザシュッ!


 俺の右腕はユニコハルコンを掴んだまま肘から下が宙に舞う。


 カザンの斬撃の隙をついて左拳で革鎧の隙間を縫ってボディブローをお見舞いする。

 まさか腕を斬られながら攻撃に転じるとは思わなかったカザンはボディブローを受けてカザンは体勢を崩す。


 そして俺は宙に飛んだ右腕を素早く左手で掴み右腕の切断面に添え、ユニコハルコンで一瞬で癒着させる。


 治したばかりの右腕でカザンに向かって一撃を振り下す。


 流石にこれにはカザンも驚いて攻撃をまともに受けてしまう。

 俺の渾身の一撃は革鎧をも斬り裂き、カザンに致命傷を与えた。


「がはっ・・・! 骨を斬らせて肉を断つ・・・ってお前頭おかしいんじゃないのか?」


 カザンは皮肉を込めながら片膝をついた状態でこちらを睨んでいた。


「どうなんだろうな。お前が腕を狙ってきてるって分かってたから出来る事だけどな」


 俺は右腕をさすりながら油断なくカザンに注意を払う。

 ユニコハルコンで治したとは言え、流石に右腕の感覚が鈍くなっている。

 このまま戦闘が続行されるのならちょっと厳しいか?


 だがどうやらカザンに継戦の様子は無く、大剣を手放し片腕を上げ投降の様を示していた。

 俺はその大剣を手に取って見てみる。

 見た感じは普通の大量生産の大剣で、その質量も見た目通りの重さだ。

 とてもじゃないが片手で振り回せるような重さじゃない。

 これをカザンは片手で振り回していた? あの斬撃の速度はこの大剣の特殊能力故か?


「丁重に扱ってくれよ? それは使徒から作ってもらった俺専用の大剣なんだからな。

 俺以外が使用できないように制限されているから他の奴は使う事が出来ないけど、だからってぞんざいに扱うのは無しだぜ」


「なん・・・だと・・・!?」


 これが使徒から貰った大剣だと・・・!?


「おい、それって金髪の中性的な奴か?」


「いや、背の小さな男だったよ。まぁ全身黒ずくめで何者なのかよくわからなかったがな」


 一瞬、エチーガの野郎に能力を与えた使徒かと思ったが、どうやら別の使徒らしい。

 特殊能力を与える使徒に、特殊武器を与える使徒、か。

 一体何の目的でこいつらに力を与えているんだ・・・?


「それは聞く事が増えたな」


 カザンが降伏したので捕獲の為に兵士たちが近づき、それと一緒にソフィアテレサが話をする為近づいてきた。


「期待しているところ悪いですけど、俺はその使徒の事は良く分かりませんよ?」


「いや、私が聞きたいのは魔王信者になった経緯についてだ。その使徒が関係しているのではないか?」


「・・・流石先生ですね。そんな事まで分かるんですか。

 けど、それ以上は言えません。何故なら俺はまだ捕まるわけにはいきませんから。

 ――ファイヤーボール・バースト」


 いつの間に唱えていたのか、カザンは俺達が油断していたところを突いて無数の火炎球を生み出し解き放った。

 俺は2人の謎の使徒についての動揺、ソフィアテレサと兵士はカザンが投降するものだとばかり思っていたのでその隙を突かれたのだ。


 俺は慌ててソフィアテレサを庇い、押し倒すように覆い被さり火炎球から守る。


 火炎球の爆発と同時に、紛れさせていた数個の持続時間ゼロ・光量最大のライトの光により目を暗まされ、爆発と光が収まるころにはカザンは既に逃げおおせていた。


 逃走経路はおそらく侵入してきた時に開けた壁の大穴だろう。


 逃げた事に気が付いた騎士や兵士たちは大穴から追いかけようとしたが、イーグレッド都市長が待ったをかける。


「よい、追うな。単身でここに侵入するほどの強者だ。貴君らが追ったところでそうやすやすと捕まりはしまい。

 それよりも今は都市内部の鎮圧を優先させろ」


 その言葉に従い騎士と兵士たちは落ち着きを取り戻し都市内部に侵入したままの野盗団を制圧する為動き出す。


「逃がしてしまったか・・・仕方あるまい。この場はカザンが上手だったと言う事だろう。

 敵陣に乗り込むときは退路を確保しておくことをしっかりと覚えていたのだな」


「でも逃がしてしまったのは痛いな。あの様子だとこの後もソフィアテレサを狙ってくるんじゃないのか?」


「いやそれはあるまい。カザンは私が居なくても十分にその知識を奮う頭脳を持っている。

 私を攫うと言うのはこの場を無難に逃げる為の作戦の一種だよ」


 あー、ソフィアテレサを狙うと見せかけ実は逃げる算段をしていたわけか。

 意識をそちらに向けさせておいて、俺達の集中力を削いでいたと。


「まぁ、ともあれ都市長が無事だった訳だからもう暫くすれば事態は沈静化するだろう」


 そうだな。取り敢えず都市長を助けると言う目的は果たした訳だ。

 ソフィアテレサの目的である違法獣人奴隷の撲滅の目途もたったし、一応クエストはクリアかな?


 俺達は都市長に付き添い野盗団の捕縛を手伝いながら衛星第四都市ハレミアの違法獣人奴隷事件とガルバッハ魔徒野盗団襲撃事件はこうして終わった。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ――AL103年5月3日――


 昨日はイーグレッド都市長の指示の元、騎士団や兵士達がハレミアに侵入した野盗団を取押え事態を収めた。

 後は残務処理でいろいろ忙しくイーグレッド都市長は俺達の見送りには来れなかったようだ。


 バダックからは『力の使徒』のクエストをクリアしたことでPの使徒の証を貰った。

 今回はあれほどの事件の為に『力』を使ったと言う事で、Pの使徒の証の特殊能力の効果は5倍にもなるらしい。

 デメリットは勿論、24時間碌に力が入らない事だ。


 ソフィアテレサからも人助けに協力したと言う事で『知恵と直感と想像の使徒』のクエストのクリア認定を貰った。

 Iの使徒の証の特殊能力はソフィアテレサも使っていた『予想』で蓄えた知識の量と正確さでその精度が増すと言う事だ。

 これは戦闘にも転用が可能で相手の攻撃を『予想』しやすくなる。一種の予知能力だな。

 デメリットは24時間頭の働きが鈍くなる・・・下手をすればボケも発症する厄介な副作用が起こると言うものだ。


 俺達はエンジェルクエストのクリアと共に早速次の使徒を目指して今度は王都エレミアへ向かう事にする。

 その見送りにバダックとソフィアテレサが来ていた。


「はぁ~、これが本当のスノウの姿か。くぅ~、羨ましすぎるな、これ!」


「これは・・・もしかして100年前に巫女神フェンリルに仕えていたと言う白銀騎竜(シルバードラゴン)か?」


 ハレミアの門の外で初めて見るスノウの巨体な姿に片方は嬉々とし、片方は呆然と見上げていた。

 そう言えば都市中ではスノウは小さいままだったからな。この姿を見るのは初めてか。


「まぁお前らの事だから心配はいらないだろうが、気を付けてな」


「クエストとは別に君たちの協力は感謝している。お蔭で『力の使徒』と都市長との縁が出来た」


「別に俺達が居なくてもソフィアテレサの事だからそのうち縁が出来たんじゃねぇか?」


「ふ、そんなことは無い。君たちが思っている以上にこの2人と縁を結ぶのは難しいんだ。

 そしてそれは君たちにも言えることだ。違法獣人奴隷と言う難題に真摯に向き合って解決を共にした君たちの様な人と知り合えたことは私にとって掛け替えのない縁が出来た。

 もし何か困ったことがあったら訪ねてきて欲しい。私の知識が力になろう」


 なんか照れることを言ってくれるね。

 トリニティもこそばゆいのか少し照れていた。


 因みに違法獣人奴隷の件に関してだが、ハレミアに居る違法獣人奴隷はすぐさま解放され、それ以外に既にアルバ奴隷商を通じて売り出された獣人たちは追跡調査をし順次開放する予定だ。

 その為にイーグレッド都市長とバダックが力を貸すと言う事になっている。

 そう言う意味では確かにソフィアテレサは今回のクエストを通じて力強い縁が結べたと言えよう。

 そりゃあ感謝もされるわ。


「さて、そろそろ俺達は行くぜ。また縁があったら会おう!」


「バダック、ソフィアテレサ、またね!」


「2人とも無茶はしないでよね。それじゃ、また」


 俺達はスノウに乗り、空高く舞い上がる。


「ああ! また会ったら腕相撲で勝負しろや。今度は負けねぇからな!」


「また会おう。親愛なる友たちよ」


 地上で手を振る2人から見送られ俺達は王都エレミアを目指す。






 ――エンジェルクエスト・使徒の証、残り7個――






◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 このVRMMOが今一番熱い!スレ


1:この名無しが凄い:2059/05/05(月)01:10:12 ID:YppA6Gdsho

 お前ら今一番凄いVRMMOを挙げよ


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165:この名無しが凄い:2059/05/05(月)12:11:46 ID:VR36936Dsk

 おいおいAlive In World Onlineを忘れてもらっちゃ困るぜ


166:この名無しが凄い:2059/05/05(月)12:19:10 ID:TOmoroko4

 あれって既にゲームの域を超えているでしょ


167:この名無しが凄い:2059/05/05(月)12:24:36 ID:I81815Desho

 AIWOnってもう異世界だよね


168:この名無しが凄い:2059/05/05(月)12:26:59 ID:Dpbl16Slv

 それが良いんでデプ!

 ゲームでありながら異世界! サイコーでデプ!


169:この名無しが凄い:2059/05/05(月)12:31:01 ID:KOmEgA3150

 Dungeon Master Online


170:この名無しが凄い:2059/05/05(月)12:35:41 ID:Enanno2Mn

 Endless World Onlineは?

 あれって結構面白いと思うんだけど


171:この名無しが凄い:2059/05/05(月)12:44:12 ID:YppA6Gdsho

 AIWOnの仕様は凄いと思うけど、もうちっとゲーム性が欲しかったなぁ


172:この名無しが凄い:2059/05/05(月)12:45:33 ID:KyoNew3Hcp

 何を言っているんですか君たち! AIWOnはエッチな事も出来るんですよ!


173:この名無しが凄い:2059/05/05(月)12:50:36 ID:I81815Desho

 Endless World Onlineって終わらない世界をグルグル回っているだけのVRだったよな?

 あれって飽きないか?


174:この名無しが凄い:2059/05/05(月)12:55:41 ID:Enanno2Mn

 >>172 え?マジ?それって規制だらけの今の時代で結構凄いんじゃ


175:この名無しが凄い:2059/05/05(月)13:01:12 ID:YppA6Gdsho

 >>169 ダンジョンマスターになってダンジョンを創るゲームだね

 逆にプレイヤーになって他のダンジョンマスターのダンジョンを遊べるのが結構いいね


176:この名無しが凄い:2059/05/05(月)13:10:01 ID:KOmEgA3150

 Fantasy Fantasy Fantasy Online









ストックが切れました。

暫く充電期間に入ります。


                          ・・・now saving





―次章予告―


エンジェルクエスト攻略を目指し再び王都エレミアを訪れる鈴鹿一行。

『XXXの使徒』は妖艶に誘う。

『模倣の使徒』は己自身と向き合わせる。

そして『正体不明の使徒』の王都襲撃により混乱を極める。


デュオは思いがけない再会を果たす。

そしてそれはデュオ自身にも王都エレミアにも混乱を巻き起こす。

王都に忍び寄る魔人の魔の手。それを防ぐためにクラン『月下』は立ち上がる。


鈴鹿とデュオの物語が交差する時、物語は加速する――




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