38.刀装と狐人と妖刀
まさかの2万文字。
「剣姫一刀流奥義・天衣無縫!!」
ズガァァァァァァァァァァァンッ!!!
俺の放った一撃がヴォルフガングを斬り裂き、攻撃の余波で吹き飛ばす。
奥義である天衣無縫は複数の属性を融合して放つ俺の持つ技の中でも最も威力がある攻撃だ。
だが――ヴォルフガングを斬り裂いた手応えは今までとは全く異質なものだった。
予定ではヴォルフガングの魔闘気の防御を突破してその体を斬り裂くつもりだったが、予想に反して返ってきた手応えは分厚い鋼の板に刀を打ち付け反動でこっちの手が痺れるようなものだった。
「っつあーー、何だこれ。メチャクチャ威力があるじゃなぇか。しかも見た事のない属性の魔法剣だし」
そう言って吹き飛ばした方向から聞こえる声に目を向ければ、そこに居たのは体毛を黄金に輝かせ更に力強さを増した黒光りするオーラを纏ったヴォルフガングだった。
「なん・・・っだそりゃ」
「ははっ、これか? 魔闘気の究極系の超魔闘人だ!」
って、超サ○ヤ人じゃねぇかっ!!!!
え、まさか超サ○ヤ人2や3があるわけじゃないよな?
流石にそこまで行ったなら使徒の証の特殊スキルじゃないと勝てないぞ。
「この超魔闘人じゃなかったらさっきの鈴鹿の攻撃は防げなかったな」
高々魔闘気に防がれるほど天衣無縫の攻撃は弱くは無いんだがな。
おそらくだが、攻撃の当たる瞬間に超魔闘人で威力の増したオーラを集中させて盾にしたんだろう。
『おーーっと、出ました! ヴォルフガング選手の超魔闘人!! これは思ったよりも早い展開です!』
『それだけ鈴鹿の攻撃が鋭かったのだろう。実際あの魔法剣の属性は我も見たことが無い』
『なるほど! その見たことも無い攻撃がヴォルフガング選手の超魔闘人を出させたと!
これは強い選手と闘いたいヴォルフガング選手の思惑通りか!? この後の展開はどうなる――――!?』
マズイな。また天衣無縫を放つためには複数の呪文詠唱を唱える為時間がかかる。
しかも更に力を増したヴォルフガングの攻撃を凌ぎながらだと尚更だ。
「さて、第2ラウンドと行こうか」
ヴォルフガングは更に魔闘気を高め一足で俺の間合いへと詰める。
「っく!」
先ほどよりも力強い拳や蹴りの暴風が俺を襲う。
とてもじゃないが速さも先ほどと段違いで全部躱しきることが出来ないでいた。
致命傷になりそうな攻撃はユニコハルコンで捌いてはいるが、そのほかの攻撃はクリーンヒットしている。
リュデオから貰った黒コートのお蔭でかなり衝撃を和らげてはいるが、塵も積もれば何とやら、ヴォルフガングの攻撃は体の芯まで響いて来て流石に動きが鈍り始めた。
何時もなら間合いを詰めたりするのに瞬を使っていたが、今回は距離を取るため後方へと瞬きを使う。
だが、そんな俺の行動を見透かしたかのようにヴォルフガングは両腕を腰だめに構えてから素早く突き出す。
「超・魔闘波!!」
全てを飲み込まんばかりと思われる黒光りする閃光が俺を襲った。
瞬きで着地した瞬間を狙われたので咄嗟に躱すことも出来ずに両腕を交差して衝撃に備える。
超・魔闘波によって弾かれた俺は体を燻ぶらせながらアイさんの居る方へと吹き飛ばされた。
黒コートのお蔭で一応無事だが流石にこれはキッツいなぁ。
「っと、鈴鹿くん、結構手こずっているみたいね」
何気なく会話をするアイさんだったが、相手をしているリザルトにしてみれば堪ったものじゃ無い光景が繰り広げられていた。
リザルトは初っ端から本気モードで、背中に日輪の如く時計の針の様に投槍を展開させ、マシンガンの様に次々投擲している。
しかも自らの翼で空を飛びこちらから手出しの出来ないよう空中からの攻撃だ。
それに対し、アイさんは青の剣と水色の剣の二刀流で襲い掛かるジャベリンを打ち砕いている。
それだけに止まらず水色の剣――インフィニティアイスブレードで氷の剣を生み出しリザルトへと放っているのだ。
もっとも空中機動や追撃のジャベリンで迎撃されている為氷の剣はリザルトへ届いていないが、リザルトの攻撃が精彩を欠いているのはアイさんにとっても防ぎやすい攻撃となっていた。
傍から見ればお互いが射撃で打ち合う銃撃戦のように見える。
だが片方は避けるのに必死で、片方は全ての攻撃を平然と弾いている。
しかもアイさんは平然と俺と会話しているのだ。
これにはリザルトも恐れおののいていた。
『これは凄い! アイ選手、リザルト選手、お互い投擲戦技の撃ち合いだぁ!!
空中からの攻撃が有利と思われたリザルト選手、だがアイ選手は平然とリザルト選手の攻撃を防いでいる! これはどちらかが先に音を上げた方が勝敗が決まるかぁっ!?』
「くそっ! 化け物め!」
「あら、化け物は酷いんじゃないかしら? か弱いレディに向かってそれは無いでしょう?」
「アイさん、か弱いはちょっと語弊があるんじゃ・・・」
「何か言った?」
「いえ、何でもありません」
そんな会話をしている間にも追撃の為ヴォルフガングが迫る。
「っと、鈴鹿くんちょっと交代ね」
「え? って、うわっ!?」
アイさんがその場を反転して迫りくるヴォルフガングに向かう。
俺はアイさんが急に引いたため、リザルトの放つジャベリンを慌てて振り落す。
「どけ! 女!」
「ちょっとはお姉さんの相手もしてもらおうかしら?」
アイさんは両手の剣を逆手にし、ヴォルフガングが放つ拳を柄頭で全てを捌く。
まさか全てを捌かれると思わなかったヴォルフガングは一瞬動きが止まる。
その隙をついてアイさんが右手の拳をヴォルフガングの体に当て、ゼロ距離で拳戦技の寸勁を放つ。
「ぐおぉぉぉっ!?」
ヴォルフガングは後方に飛ばされると同時にアイさんは俺と交代しジャベリンを打ち払う。
「鈴鹿くん、後はよろしくね」
相変わらずアイさんの実力は未知数且つ規格外だな。
俺は飛ばされたヴォルフガングを追いかける。
「わ、ヴォル。急に割り込まないでよ」
ヴォルフガングはトリニティ達の戦いの場へ放り出されミントに文句を言われていた。
つーか、相変わらずハイヒールなんかでぴょんぴょん飛び回って躱せるな。
蛇腹剣のモード・無弦の剣だっけ?
ミントはトリニティが放つ紐無し分割の蛇腹剣の刃をひょいひょい避けていた。
トリニティもまだ完全に扱いきれている訳じゃないので宙に飛び回る刃を自在には操れていない。
「っとすまん。邪魔はするつもりは無かった。っていうか、こっちの方の女もなかなかやるな。女と侮っていたが認識を改めるべきか?
鈴鹿との決着が着いたら手合せしてみてぇな。っと、その前に鈴鹿との決着を付けないとな!」
ヴォルフガングはミントの側で迫りくる蛇腹剣の刃を拳で弾きながら追いかけて来る俺を見据える。
トリニティとミントの戦いの場から一歩引き、拳を腰だめに構える。
「拳戦技・二連拳!」
連続で放たれる拳を紙一重で躱しながら俺は瞬刃を放つ。
一撃を入れるも超魔闘人によって高められた魔闘気に阻まれ確実な一撃とはならない。
ならば魔闘気の防御を上回るまで攻撃するまでだ。
「剣姫一刀流・瞬刃乱舞!」
前後左右、ヴォルフガングに連続で瞬刃を叩き込む。
流石にこれにはヴォルフガングはその場で足を止め防御に徹した。
よし、このまま押し切ればいける!
次第に手数が少なくなり、亀のように丸まったヴォルフガングにチャンスと思い圧を掛けて魔闘気の防御を突破しようとしたが、俺はこの時ヴォルフガングは力を溜めていたことに気が付かなかった。
「っ舐めるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ドンッッッッッッッ!!!!
突如ヴォルフガングから爆発するような魔闘気により吹き飛ばされた。
何事かと見れば、ヴォルフガングはスパークする魔闘気を身に纏い、黄金に輝く体毛は逆毛立っていた。
うおおおぉぉいっ!? マジで超サ○ヤ人2じゃんかっ!!
「俺にここまでさせたのは鈴鹿で12人目だぜ」
・・・いや、それ微妙な人数だな。
俺は吹き飛ばされた後の体勢を立て直す暇も無く、更に速度を増したヴォルフガングによってさっきとは逆に俺が防御に追い込まれる。
超魔闘人2となったヴォルフガングの攻撃は剣姫流ステップ、剣捌きによる拳の捌き、魔法による迎撃、そのどれもが上回って次第に俺の体に打撃へのダメージが蓄積される。
っく、リュデオの黒コートが無ければとっくにお陀仏だな、これ。
とは言え、いつまでも防御に回っていてはヴォルフガングを倒すことは出来ない。
明らかに身体能力の面で獣人であるヴォルフガングに負けている上に、超魔闘人により更なる差が付けられている。
俺が勝っている点と言えば剣姫流による技だけだろう。
それも圧倒的な差じゃなく、僅かな差にしか過ぎない。
ここから逆転を狙うとなれば、別の力、そう使徒の証の特殊スキルだろう。
「オラオラ! どうしたどうした! てめぇの力はそんなもんか!? まだまだ力を出しをしみしているんじゃねよ!」
・・・仕方ねぇ。最優先されるのは優勝じゃなく、『闘争の使徒』のクエストをクリアする事、ヴォルフガングに勝つことだ。
この後の試合に影響する特殊スキルのデメリットはこの際無視だ。
身体能力面での差、無くさせてもらうぜ!
「特殊スキル起動! Fang!!」
特殊スキルの起動により、俺の体は獣人の身体――狼神へと変化する。
『おおっと! 鈴鹿選手、使徒の証の特殊スキルを起動しました! これは己の体を神狼フェンリルの獣人へと変えるFangだ!
これでヴォルフガング選手の獣人としての利点は無くなったか!? 狼同士の決着はどうなる―――――!?』
『わぁ、勇者様カッコいいです!』
『っち、馬鹿が。この期に及んで出し惜しみをしおって』
実況のレイチェルによって観客席が大いに盛り上がる。
あまりの歓声によって俺はこの時のアーノルド国王の呟きは聞き取れなかった。
「ひゅう♪ まさかフェンリル様のクエストをクリアしていたとはな。いいねぇ、まだまだ楽しめるじゃねぇか」
「それはどうかな? これで身体能力の差は無くなった。体は同格。技はこっちが上。心は楽しむためのお前と勝つ気でいる俺、どっちが上かな?」
ヴォルフガングも技が僅かに俺が上回っているのは分かっているだろう。
後の勝敗を決めるのは心だが、技の分がある分こっちに勝敗は傾いているだろう。
そう思っていたのだが――
「それはどうかな? 言っておくが俺の変化はこれで終わりとは言ってないぜ?」
ドドンッッッッッッ!!
「超魔闘人3!!!」
黒光りするオーラが尋常じゃないくらい発光し、ヴォルフガングの頭部の逆立つ黄金の体毛が地面に届かんばかり伸びていた。
って、マジかよ。本当に超サ○ヤ人3じゃねぇか。
・・・いや、超サ○ヤ人2があった時点で予測できたことだ。
「ぶべらっ!?」
気が付けば一瞬で俺は殴られ吹き飛んでいた。
早さは今までの比じゃない。まるで見えなかった。
俺は慌てて体勢を立て直しユニコハルコンを構える。
だが、それでもヴォルフガングの動きを捉える事が出来ず、為す術も無く攻撃の嵐に晒される。
・・・やべぇ、これ出し惜しみしている場合じゃねぇ!
「特殊スキル並列起動! Start! Zone!」
Startのスキルで身体能力を2倍に、Zoneのスキルで集中力を研ぎ澄ませ感覚を延ばし時間の流れを緩やかにする。
特殊スキルの並列起動によりヴォルフガングの攻撃にも対応し、全てを捌ききる。
「って、マジかよ。超・魔闘人3の攻撃を全部捌ききる、だと・・・?」
「ふぅ・・・この状態でいられる時間は限られている。悪いが速攻で終わらす」
ヴォルフガングは超・魔闘人3の状態の攻撃を全て防がれるとは思っていなかったのか、目に見えるくらい動揺していた。
その隙を逃さず俺は輪唱呪文・圧縮呪文の併用で連続で鞘に掛けながら居合切りを放つ。
「剣姫一刀流奥義・百花繚乱!!!」
Zone Lv2によって感覚が研ぎ澄まされ周囲の色と音が消え失せる。
同時に周囲の動きが緩慢になり時間の流れが止まったように感じる。
時間停滞の中、俺は先程と逆にほぼ棒立ち状態のヴォルフガングに融合魔法剣の連続居合切りを放ち続ける。
魔闘気の防御力を上回った攻撃はにより、殆んど一瞬でヴォルフガングは崩れ落ちた。
「がふっ・・・・・・」
ドサリ。
突然のヴォルフガングの倒伏により会場は一瞬静寂に包まれた。
そして次の瞬間、割れんばかりの大歓声が闘技場に響き渡る。
『な、何が起こったぁっ―――――――――――――!!?
気が付けば一瞬のうちにヴォルフガング選手が打ち倒されていた!! 鈴鹿選手の謎の攻撃が勝敗を決めました!!
リザルト選手とミント選手、ヴォルフガング選手が倒れた時点で降参の意を示しました!!
準決勝第一試合、鈴鹿選手チームの勝利だぁっ―――――――――――――!!!』
100万の軍勢を率いた『災厄の使徒』をも退けた特殊スキルの並列起動だ。
流石にこればかりはヴォルフガングと言えど対応できなかっただろう。
はぁ、何とか勝つことが出来たが、この後の決勝戦は俺は使い物にならないな。
試合終了後、ヴォルフガングは負けたにも拘らずさっぱりした表情で「また今度やろうぜ」なんて言ってきやがった。
気持ちは分からんでもないが、超・魔闘人を相手にするのに特殊スキルを使わなければならないので、その後のデメリットによる丸1日使い物にならなくなるので勘弁して欲しいな。
ヴォルフガング達が退場した後、俺達は控え席で準決勝第二試合を観戦する。
尤も俺は控え席で身体能力半減により、横になった状態での観戦だが。
「ハーティーとマクレーンには悪い事をしたな。こんな状態じゃ決勝戦は相手にすらなりゃしない」
「しょうがないわよ。ヴォルフガングのアレは特殊スキルでもなきゃどうしようもないわ。
ま、ハーティー達はトーナメント運が無かったとして諦めてもらうしかないわね」
普通であればほぼ優勝が間違いないのだから運が良かったなんだろうが、2人の目的は俺との対戦だからな。
この場合はトリニティの言う通り運が無かったと言う事になるだろう。
「あ、第二試合が始まるわよ」
― 準決勝第二試合 ―
KTNチームの稲離がどれ程の使い手かは知らないが、ハーティーとマクレーンの2人にとってはこの試合は消化試合だろう。
――そう思っていたのだが、試合の結果は予想外のものだった。
『決着ぅぅぅぅ―――――――!!
なんと準決勝第二試合を制したのはKTNチーム、いえ、『刀装の使徒・Katana』の刀字選手だぁっ―――!!』
そう、実況のレイチェルが言う様に、KTNチームの稲離の正体は『刀装の使徒』だったのだ。
試合開始からハーティーとマクレーンの攻撃が押していたのだが、ハーティーが稲離のフードを斬り裂いてその顔を晒してからは一方的に攻撃されていたのだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『クハッ! 俺様の顔を晒すとは中々やるな。流石は使徒に選ばれただけのことはある。
だが、所詮使徒止まりの腕だな。そっちの鼠人も戦闘向けの使徒だが、平均的過ぎて決定打に欠ける。
・・・やはり本命はあいつだな』
そう言いながら正体を現した稲荷――刀字は俺の方をチラリとみる。
『おいおい、随分と余裕だな。確かに俺の使徒の力は平均的だが、その分安定した力が出せるんだぜ。
『勇敢な使徒』は集団戦が得意だが、1対1でも十分に戦える。今の俺の力が全力だと思うなよ』
『残念ですが僕の戦い方は使徒と言うより剣姫二天流としての戦い方がメインなんですよ。ですから僕に使徒としての力を期待されても困りますね。
・・・ですが、剣姫流の使い手としては流石に僕の実力を過小評価されるのは我慢なりませんね』
2人は刀字の挑発に怒りを燃やし明らかな敵意を差し向ける。
そんな2人の敵意をさらりと流し、刀字はフード付きマントを脱ぎ去り口元を覆っていた布をはぎ取る。
そして何か念じたと思うと控え席に隠されていた7本の刀が飛び出し、刀字を囲むように宙に浮かんでいた。
『自在刀・・・』
その様子を見ていたトリニティがぼそりと呟く。
おそらくだが『刀装の使徒』の力だろう。
ありがちだが、自在に宙に浮いた刀を操る全方位攻撃が出来る特殊能力だ。
両手で構えていたうちの1本も宙に放ち、刀字は1本の刀を握りしめ残りの8本の刀を操りハーティーとマクレーンの2人に向かって行った。
『クハッ! そこまで言うのならその力、俺様に見せてみろ。俺様を納得させるだけの力をな!』
そこからは一方的だった。
先ほどまでの戦いは手を抜いていたんじゃないかと思うほど、刀字の攻撃は苛烈を極めた。
全方位の刀の攻撃はまるでファ○ネルやドラグ○ンの様に死角から、あるいは意識しにくい上から等対応し辛い攻撃に、本体である刀字も1本の刀を手に防御を打ち破らんばかりの一撃や、フェイントを巧みに使った斬撃を放っていた。
ハーティーは剣姫流のステップや二刀流戦技、魔法剣などで対抗していたが、刀字の動きを上回ることが出来なかった。
マクレーンも堅実に剣と盾で刀字の攻撃に対応していたが、8本の自在刀の一点集中攻撃により盾を失い、その隙を突かれて放たれた刀字の戦技に崩れ去ってしまった。
『クハッ! やっぱこんなもんか。やっぱメインディッシュはあいつか。
さぁ、来いよ。鈴鹿。決勝戦を始めようぜ!!』
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『刀装の使徒・Katana』刀字・ハルブレイド。
天と地を支える世界ではありふれた狐人ではあるが、その素性は多くの謎に包まれている。
3年前の女神アリスより発行されたエンジェルクエストの後に何処からともなくふらりと現れ、気が付けば『刀装の使徒』として名を馳せていた。
しかも使徒としてのクエストも相手を殺してしまうほど激しい戦いもあれば、戦いもせずにあっさりと使徒の証を渡してしまう事もあり、何を目的としているのか不明だ。
戦い方も独特で、刀を背中に左右に2本ずつ4本背負い、左腰に2本、右腰に2本、腰の後ろに1本と合計9本の刀を装備して戦う九刀流の使い手だ。
9本の刀をくまなく使うべく、使徒としての特殊能力自在刀で挑戦者を圧倒する。
「鈴鹿、気を付けろ。あいつ冗談抜きで強いぞ。おまけにあの刀全部が妖刀だと思う」
「・・・悔しいですね。しかも剣姫流が全く通用しませんでした。これほど己の力の無さを嘆いたことはありません。
月並みですが、刀字に剣姫流の本当の強さを見せてください」
ハーティーとマクレーンは余りの傷に担架で医務室へと運ばれて行った。
そしてすれ違いざまに悔しさの思いとアドバイスを授けてくれた。
まぁ、同じ剣姫流の使い手としてハーティーの気持ちも分かるし、マクレーンの妖刀のアドバイスも有りがたいんだが・・・今の俺は特殊スキルのデメリットで殆ど戦えないんだよ。
つーか、まさか『刀装の使徒』が武闘トーナメントに出て来るなんて聞いてないぜ。
「鈴鹿は後ろで控えてて。あいつはあたしとアイさんとで相手するから」
「そうしたいのはやまやまだが、刀字のご指名はどうも俺らしいぜ。見逃してもらえるかどうか怪しいな」
アイさんの事だから『刀装の使徒』相手でも大丈夫だとは思う。
トリニティも最近は戦闘面でも頼りになりつつある。特殊ギミックのある蛇腹剣もあるしな。
だけど何故だかは知らないが、刀字の目的は俺らしい。
まぁ、俺達の方も『刀装の使徒』にはエンジェルクエストしての用がある。
ここでデメリット中だからと引くと言う事はあり得ない。
「ま、いざとなったら俺も戦いに参加するよ。この状態でも戦えないことは無いからな」
「鈴鹿くん、無理はしないでね。ここで死んでしまったら全部が無駄になるから」
「分かってるよ。唯姫を助ける為ここで死ぬわけにはいかないからな」
俺は重い体を引きずり、刀字の待つリングへと上がる。
俺の前に庇うように立つトリニティとアイさん。
対するは9本の刀を装備する『刀装の使徒・Katana』刀字。
その傍らには申し訳ない程度に控えている無地名。
― 決勝戦 ―
『さぁ! いよいよ決勝戦です! 準決勝ではどちらの試合も大番狂わせがありました!
今回は四天王の3人がチームを組むと言う優勝候補の闘争チームを下した鈴鹿チーム!
もう一方の優勝候補であった使徒コンビチームを下したKTNチーム! しかもその正体はなんと『刀装の使徒』だったと言うおまけ付き!
準決勝で使徒の証の特殊スキルを使った鈴鹿チームは不利か!? はたまた実質1人と言うKTNチームが不利か!?
目が離せない決勝戦!! どちらが優勝を手にするのか!!』
実況は盛り上がっているが、今の俺に準決勝の様な活躍を期待してもらっては困る。
決勝戦の対戦相手の刀字も何を期待して俺を狙っているのか。
「おい、てめぇが俺に何を期待しているのか分からんが、今の俺は特殊スキルのデメリットで殆ど戦えねぇぞ」
「クハッ! 問題ない」
俺の疑問に対し刀字は背中の1本の刀を抜き放つと、次の瞬間にはトリニティとアイさんを抜けて俺の目の前に居た。
「まずはその厄介なものを取り払ってやる」
刀字は手にした刀を振り下す。
その一撃は油断していた俺を斬り裂いた。
くそっ、油断した!
デメリットの影響で体が鈍ってたとは言え、こうも容易く間合いを詰められるとは。
いや、待てよ。幾らなんでもアイさんとトリニティが反応しないなんてあり得なくねぇ?
俺を斬り裂いた刀字は次の瞬間には元の位置に立っていた。
これは間合いを詰めたと言うより、空間を飛び越えてきた・・・?
「クハッ! どうだ? 体の調子は。これで貴様を縛っていたデメリットは無くなったはずだ」
そう言われてみれば、斬り裂かれたはずの俺の体には傷一つ付いていなかった。
それどころか先ほどまで重かったからだがいつも通りの動きを見せていた。
「クハッ! この妖刀の名は水無月。水面に映る月の如く斬り裂いたものの異常状態を通常状態へと治す力を持っている。
そう、例え特殊スキルの能力上昇だろうとデメリット状態だろうとな」
・・・マジか? それってとんでもない能力じゃないのか?
「尤もあくまで異常状態を治すだけであって特殊スキルの再使用の時間まで伸びた訳じゃない。今の貴様には使徒の証の特殊スキルは使えないままだ。
クハッ! それでも貴様の力を発揮するには十分すぎるがな。
さぁ! 貴様のその力見せてみろ!!」
・・・刀字の狙いは俺の力を見極める事か?
まぁいい。デメリットの影響が無ければ十分に俺も戦力になる。
わざわざ楔を解き放ってくれたんだ。お礼に全力で相手になってやる。
「アイさん、トリニティ、『刀装の使徒』もああいっている事だし、全力で相手になってやろうぜ」
「そうね。こっちが捜す前に向こうから出向いてくれたんだもの。余計な手間が省けて助かるわ」
「2人とも油断はしないようにね。向こうから来たってことはそれなりに力を持っている事でもあるんだから。
それと噂程度だけど、もしかしたら『刀装の使徒』は『闘争の使徒』より強いって話しよ」
ああ、それは相対しているだけで十分分かるよ。
アイさんに言われるまでも無く、刀字から発せられる気はヴォルフガングよりも上回っているのが分かる。
それはハーティーとマクレーンの戦いを見れば一目瞭然でもある。
「クハッ! 準備も整った事だし、始めようか!!」
次の瞬間、刀字の装備していた刀が一斉に自動で抜き放たれ宙に浮かび上がる。
腰の後ろに差した刀だけは自分の手で抜き取り、他の8本の刀は刀字を中心に円を描く様に回っていた。
「行け! 我が妖刀たち!」
刀字が手にした妖刀を突き出し宙に浮かぶ刀を操る。
迫りくる刀をアイさんとトリニティが受け持ち、その間に俺は刀字に向かって間合いを詰めユニコハルコンを振るう。
9本の内で一番刃が長い妖刀――大太刀か?――を両手で構え俺の攻撃を防ぐ。
「クハッ! 厄介な自在刀は女どもに任せ貴様は本体である俺を狙う、か。
悪くは無いがそれでは俺の相手は務まらないぞ」
アイさんは青の剣――インフィニティアイスブレードで生み出した氷の剣を自在刀同様に操りながら迎撃しているが、どうにも状況は芳しくない。
妖刀の1本から細いワイヤーが蜘蛛の巣状に飛び出し氷の剣を全て絡め取る。いや、実際はワイヤーじゃなく、ワイヤーの様に丈夫な本物の蜘蛛の糸を吐き出しているのだ。
そしてさっきの刀字の様にアイさんの間合いを一瞬で詰めた妖刀の攻撃によってアイさんは動きが封じられていた。
トリニティの方も蛇腹剣を鞭状に伸ばし妖刀を弾き飛ばしてはいるが、どうも思ったように操れずに蛇腹剣を持てあましていた。
いや、あれは妖刀が蛇腹剣の動きを妨害しているんだ。
1本の妖刀に引き寄せられるかのように蛇腹剣の剣先が動き、また逆に弾かれるように蛇腹剣が不明瞭な動きをしていた。
ちぃ、全部が全部妖刀だけあって一筋縄じゃいかないな。
本体の方――刀字も剣の腕は別格らしく、攻撃は鋭いものだった。
そして合間を見ては背後から、頭上から自在刀で妖刀を操り俺を攻撃してくる。
俺は剣姫流ステップで攻撃を躱しながらユニコハルコンを振るうが、躱しきれないのは黒コートの防刃を当てにして左腕で弾き返していく。
が、不意にその左腕が何もないところに引っ張られバランスが崩れてしまった。
これはトリニティの蛇腹剣を妨害していた妖刀か――!?
「クハッ! 貰った!」
その隙を逃さず刀字は刀戦技・桜花一閃を放った。
俺はバランスを崩した体勢に逆らわず、逆に勢いを付けてジャンプする。
そして空中を蹴って刀字の攻撃を躱しながら頭上を越え背後へと降り立つ。
着地と同時に回転するようにユニコハルコンを一閃させる。
が、その間に1本の妖刀が割り込み攻撃を阻む。
「クハッ! あぶねぇあぶねぇ。そういやリザルトのクエストの時その戦技を使っていたっけな」
「ちっ、この自在刀も厄介だが、その妖刀も厄介だな。まさか何もないところで動きを邪魔されるとは思わなかったぜ」
「ああ、これか? これは妖刀・磁界。その名の通り斬りつけた所に磁力を発して磁界と反発や引き寄せを行う事が出来ると言う代物だ。
欠点としては磁力を与える場所は1箇所のみってところだけどな」
ああ、なるほどな。あの引っ張られたのは磁力か。
「いいのか、そんな簡単に妖刀の秘密をばらして」
「クハッ! いいんだよ。まだ妖刀は沢山あるからな!」
刀字は大太刀妖刀を手放し、別の妖刀を手に取り向かってくる。
勿論、手放された大太刀妖刀は宙に浮き、自在刀として攻撃に加わる。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
刀字との戦闘は決定打を欠いたまま長期戦と化した。
俺達3人の連携の前には刀字の自在刀も攻撃を届かせるまでには至ってはいないが、逆にこちらの攻撃も刀字には届かないでいたのだ。
一番厄介なのが3本の妖刀だ。
妖刀・魔力喰い。文字通り魔力を喰らい魔法攻撃のみならず魔法剣すらも無効化する妖刀だ。欠点としては刀字も同じくらい魔力を消費すると言う事だ。
まるでハーティーの魔剣月を壊す者みたいだが、こちらは魔力を喰らうので魔法以外の魔力攻撃も無効化される。
妖刀・狭間斬り。相手との間合いを一時的に斬り裂き、お互いの距離をゼロにする妖刀だ。言わば瞬間移動をすると思ってくれればいい。
そして一時的と言う事で効果が切れれば元の間合いに戻るという、使いようによっては究極のヒット&ウェイが出来るのだ。
これが試合開始直後、アイさんとトリニティを抜いて俺の間合いに入ることが出来た理由だ。
妖刀・土蜘蛛。剣先からワイヤーの様な丈夫な蜘蛛の巣を吐き出す能力を持ち、蜘蛛の巣だけでなく土属性魔法をも操る地味に厄介な妖刀だ。
目に見える蜘蛛の巣を囮にして、極細の見えない蜘蛛の巣でトラップを張りながら他の妖刀の援護をしてくるのだ。
刀字が自慢げにべらべらと妖刀の特殊能力を話してくれたおかげである程度ではあるが対応は出来ていた。
が、それ以上にはこちらからも攻撃は届かない。
戦技・魔法ともに妖刀に阻まれるからだ。
一応、逆転の目を狙って準備はしているのだが・・・
「クハッ! そろそろ奥の手を出したらどうだ? 準備はしているんだろ、その鞘で」
狙いを見抜かれた俺は動揺を悟られない様に平静を務める。
「確かに鞘の中までは俺様の魔力喰いは届かないからな。こそこそ準備するのには打って付けだ。
だが、その技はヴォルフガングの時に見せてもらった。俺様にも通じるか試して見せろよ」
・・・確かに一度奥義を見せたな。だからと言ってそう簡単に対策は立てられるような技じゃないはずだ。
気を付けるのは魔力喰いの妖刀だけだ。
あれに触れられれば天衣無縫の融合魔法だろうと無効化されるからな。
俺は刀字の誘いに乗るのは癪だったが、これ以上決定打に欠けるままの戦いにはピリオドを打ちたかったので敢えてここは刀字の誘いに乗ることにした。
「通じるかどうか刀字の体で試してみな」
そう言いながら俺はユニコハルコンを鞘に納める。
鞘の内側に掛けられた8種の魔法が融合してユニコハルコンの刀身に魔法剣として収まる。
俺はチラリとトリニティの方を見てアイコンタクトを取り、特殊スキルは使えないがZoneを使用した時の感覚を思いだし、右手を柄に手を添え奥義を放つ為意識を集中させた。
対する刀字は妖刀の1本を手に取り刀身に手を添えて力ある言葉を唱えた。
「妖刀・竜閃よ、竜吠えて牙と成れ!」
力ある言葉により普通の刀のように見えた妖刀・竜閃は鍔が大きくなり刀身を覆うように純白のエネルギーが刃が形を成していた。
見た目は刀と言うより大剣だ。
ってか、解号で姿形を変えるって斬○刀かよ!!
「クハッ! 来な!」
刀字は大剣妖刀・竜閃を肩に担ぎ、左手で手招きをする。
俺はそれに合わせるかのように瞬きで間合いを詰め奥義を放つ。
「剣姫一刀流奥義・天衣無縫!!」
抜き放たれたユニコハルコンには融合魔法を纏っており淡い光を放っている。
それを打ち消す為、居合の軌道上に妖刀・魔力喰いが差しこまれた。
だが、それは予測済みだ。
魔力喰いが差しこまれると同時にトリニティの放つ蛇腹剣が魔力喰いを弾き飛ばす。
魔力喰いを弾き飛ばしたことにより蛇腹剣の魔力も失い、勢いを無くして地に落ちたが十分役割を果たしてくれた。
もらった!!
天衣無縫の一撃が刀字に決まろうとした瞬間、何故かその軌道上には魔力喰いがあった。
魔力喰いに触れた瞬間に天衣無縫の融合魔法が失われ、ただの居合斬りとなった攻撃は止められてしまった。
っち、狭間斬りか!
おそらく刀字も魔力喰いが防がれるのを分かっていたのだろう。
それを予想して狭間斬りで再び魔力喰いを差し込んだのだ。
俺の攻撃を防いだ刀字は決着を付けるべく大剣妖刀・竜閃を振り下す。
振り下された竜閃を目の前に、俺は防がれたユニコハルコンを咄嗟に手放し俺の攻撃を防いでいた魔力喰いを手にし、逆に刀字の竜閃の魔力を喰らう。
「なにぃっ!?」
魔力を失った竜閃は普通の刀へと姿を変え、弾き飛ばされる。
そして魔力喰いを手にしたと同時に、左手でユニコハルコンを逆手で掴み掬い上げるように無防備になった刀字を斬り裂いた。
「がはっ・・・!!
ま、まさか俺様の魔力喰いを逆に使われるとはな・・・しかも手放したと思った貴様の獲物を逆の手で使うとは・・・」
考えてやったことじゃない。咄嗟に体が反応したんだ。
とは言え、敢えてそれを言わないで俺は内心を悟られないよう如何にも狙った風に装う。
「常に二手・三手先を読んでこその強者だろう?」
「クハハッ! いいだろう。合格だ。貴様のような強者を待っていた。
ここからは・・・殺し合いだ!!」
体に大きな傷を作って血を流し続けているにも拘らず、刀字は再び大太刀妖刀を手にし襲い掛かってきた。
しかもこれまで向けられていた気は鋭く切り裂くような殺気となって。
確かに武闘トーナメントは自己責任で死んでも文句は言えないが、刀字のそれは明らかにトーナメントのそれとは異質を放っていた。
既に試合はトーナメントの試合としてではなく、互いの命を奪い合う殺し合いの場と化していた。
「くっ!」
俺は止むを得ず応戦するが傷の影響なのだろうか、先ほどまでと違って刀字の動きは精彩を欠いていた。
そのくせ殺気だけはどんどん鋭さを増している。
その殺気の所為でただの斬撃が途轍もない攻撃へと変化していた。
「クハハッ! 不思議か? 俺様の動きが悪くなったのに攻撃は鋭さを増していることに」
刀字は左手で1本の妖刀を手にする。
「これは妖刀・自戒。己に戒めを課すことによって力を得ることの出来る妖刀だ。
俺様が戒めたのは人を殺すこと。
制限が解かれた今、力は落ちたが俺様本来の狂気を纏う事が出来る。さぁ、貴様は俺様のこの狂気を凌ぎきることが出来るか?」
何だよそれ! ハンデで増幅していた力が無くなったのに、逆に増幅していた力が無くなって強くなるってどんな反則だよ!
とは言え、あくまで鋭さを増しているのは殺気に過ぎない。
刀字の体は自戒の力が無くなったことも然ることながら、体の傷の影響で次第に追い込まれていく。
蛇腹剣に魔力を込め直したトリニティと無数の氷の剣を操るアイさんの援護もあり、俺達の勝ちは揺るがないように見えた。
俺には刀字が勝ち目が無いのに挑んでくる姿はまるで殺せと言わんばかりに見えた。
いや、実際そうなのだろう。
「どうした! 俺様を殺すつもりで来い! でなければ俺様は貴様を殺すぞ!」
「悪いがもう決着はついた。お前の体はそこまでは耐えられねぇよ」
「ちっ、ここにきて日和ったことを言ってんじゃねぇよ。だったらこれならどうだ?」
俺達の攻防の間に突如影が差しこむ。
攻撃寸前に割り込まれたことにより俺の攻撃は止まらずその影ごと貫く。
その影はこれまで控えて目立たなかった無地名だった。
「クハハッ! もらったぁ!!」
おそらくこれも妖刀の力なんだろう。
無地名は操られていて無理やりトーナメントに参加させられていたんだと思われる。
そしていざと言う時、今の様に盾にして使うつもりでいたのだ。
俺は人を道具扱いする刀字に怒りを覚えた。
「バカヤロウッッッ!!!」
無地名からユニコハルコンを抜き放つと同時に傷を癒し、返す刀で大太刀妖刀ごと刀字の腕を斬り落とし止めの突きで心臓を貫いた。
「ぐふっ・・・・・・それでいい。それで貴様は俺様のものだ・・・」
刀字はそのまま血を流しながら地に伏せた。
心臓を貫いたとは言え、ユニコハルコンの癒しの力を使っての攻撃だったので、死に至るまでにはなっていない。
『決着ぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!!!
途中、刀字選手の予想外の行動に驚いたものの、今回の武闘トーナメントを制したのは鈴鹿チームだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!』
実況のレイチェルの声と同時に観客席から大歓声が飛び交っていた。
ああ、そう言えば武闘トーナメント優勝だっけ。すっかり忘れていたな。
「ああ、やっと終わった。もう、こんなに慌ただしいクエストも勘弁して欲しいわね」
「鈴鹿くん、トリニティ、お疲れ様。これで獣人王国のクエストも全部完了ね」
トリニティとアイさんが労いを掛けてくる。
確かに『闘争の使徒』と『刀装の使徒』のクエストを連続で行えば疲れもするか
まぁ、何はともあれこれで「とうそう」の4つのクエストは完了だ。
仲間を盾にした刀字には一瞬殺意を覚えたが、流石に殺すまではしない。
その刀字の側には大太刀妖刀が転がっていた。
もしかしたら刀字は妖刀の影響であんな性格になっていたかもな。
そう思いながら俺は大太刀妖刀を手にする。
ドクンッ!!
次の瞬間、俺は意識を失った。
奇しくも俺がさっき思った妖刀の影響と言うのは事実だったのだ。
俺はそのことを己の体で体験することになる。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「クハッ! いいねぇ、いいねぇ、流石は俺の見込んだ身体だ」
「これはちょっと厄介ね・・・」
「鈴鹿! 目を覚ましなさいよ! 何簡単に体を乗っ取られているのよ! バカじゃないの!?」
意識を失い目を覚ますと、そこには大太刀妖刀を手にしてアイさん達に差し向けている俺が居た。
俺の周囲には8本の妖刀が自在刀で浮いている。
既に応戦の後が見え隠れしていてアイさんやトリニティには更なる傷が出来ていた。
俺は体を動かそうとしたが反応はせずに別の意識が俺の体を動かす。
自在刀による8本の妖刀と俺の持つ大太刀妖刀がアイさんとトリニティを襲う。
幾ら止めようと念じても俺の体は言う事を聞かずに勝手に動き2人を傷つけていく。
(くそっ! 誰だ、俺の体を勝手に使っているのは!?)
(クハッ! まぁだ意識を保ているのか。もう分かっているんだろ? 貴様の体はこの俺様が頂いた!)
(ふざけるな! 返しやがれ! 俺の身体!)
(クハッ! 残念だがこの体はもう俺様のもんだ。こうやって俺様は人様の体を乗っ取って生きているのさ。だから観念して貴様も俺様に体を明け渡すんだな)
体を乗っ取るだと・・・?
『刀装の使徒』にそんな能力があったのか・・・?
(お前・・・何者だ・・・?)
(俺様か? 俺様は今貴様が手にしている大太刀妖刀・魂鋼そのものだ。俺様は俺様を手にしたものを乗っ取り生きている妖刀なんだよ。
そしてこの魂鋼そのものが『刀装の使徒』でもある)
なん・・・だと・・・!?
あの狐人が『刀装の使徒』ではなく、この妖刀そのものが『刀装の使徒』だと!?
(俺様が貴様を狙っていたのも俺様の体になりうるかを試していたのさ。そして見事俺様の新しい体として合格を得たってわけだ。有りがたく使ってやるから感謝しな。
さて、これ以上喚かれちゃ迷惑なんで念入りに消しておくか)
刀字・・・いや魂鋼がそう言うと俺の意識は闇の底奥深くに沈んでいった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「やーい、やーい、デブ唯姫~~!」
「豚は豚らしく豚小屋にいきなよ」
そう言いながら悪ガキ共は唯姫に石を投げつける。
ああ、これはガキの頃の出来事だな。
この頃の唯姫は丸々太っていて悪ガキ共に馬鹿にされていた。
ガキの頃の弱者を見つけるのに敏感で、容赦なく言葉で、暴力で虐めをしてきたりする。
俺はそんな悪ガキ共の虐めが気に入らず、いつも唯姫を庇うように前に立ち悪ガキ共を殴っていた。
「ちくしょー、覚えていろー!」
「何でそんなデブ庇うんだよー!」
悪ガキ共は捨て台詞を吐きながら泣きながら去っていく。
「うるせぇ! 一昨日きやがれ!」
今思えばこの時の俺は随分過激だったと思う。
ガキの喧嘩と言えど、容赦なく拳を振るっていたんだから。
「ぐすっ・・・鈴くん、あり、がとう・・・」
「泣くなよ。唯姫は俺が守ってやるから」
未だ泣きつづけている唯姫の頭を撫でて落ち着かせる。
ふと気が付けば逃げ去ったはずのガキ共の1人がまだ俺達の目の前に立っていた。
「何だよ。まだ唯姫を虐めるつもりかよ」
「クハッ! そうか、そいつが貴様の心が保っている理由か。だったら話が早い。そいつを殺す」
いつの間にかそのガキの手には似つかわしくない大きな刀を持っていた。
そして躊躇いも無く俺達に向かって振りかざす。
「おわっ!? 刃物なんて卑怯だぞ!」
「クハハッ! よくそんなことを言う暇があるな。俺様は貴様たちを殺そうとしているんだぞ?」
こいつの言う事は良く分かる。だがまだ成長しきっていないガキの俺にはいきなりの凶行にビビってしまっている。
それでも残った理性で唯姫を庇いながら刀を持ったガキから離れようとしていた。
「クハハハッ! 大人しく殺されろ! そうすれば楽になるぞ!」
気が付けば刀を持ったガキは頭に獣耳を生やし、お尻から尻尾を生やしていた。
まるで獣人だ。
「鈴くん、何あれ・・・!?」
「何でもねぇよ。あれはただの悪ガキだ」
そう強がりを言うものの、俺は唯姫を庇いながらガキ獣人の刀に切り刻まれていく。
・・・いや待て、何で切り傷を付けられるだけで済んでいるんだ?
幾ら腕っぷしが強くても今の俺はただのガキだ。
普通なら簡単に斬られているはずだ。
「鈴鹿くん、しっかりして。貴方は何の為に戦っているの?」
声のする方を見れば、そこにはガキ獣人の攻撃を2本の剣で防いでいるアイさんが居た。
今の年齢よりも若い感じがするが、間違いなくアイさんだった。
「・・・アイ・・・さん・・・?」
「なんだ、貴様は? 邪魔をするな」
「鈴鹿くん、思い出して。貴方はすべきことを。貴方の守りたいものを」
――俺のすべきこと。俺の守りたいもの――
俺は背中に庇っている唯姫を見て思い出す。
そうだ、俺は唯姫を守るため力を付けた。そして唯姫を助ける為AIWOnに飛び込んだんだ。
それを、こんなところで躓いている訳にはいかないんだ。
気が付けば俺の手にはこれまで旅を共にしてきた相棒・ユニコハルコンが握られていた。
――キィィィィン
ユニコハルコンからもまるでしっかりしろと激励を飛ばすように哭いている。
ああ、悪かったよ。少し気が抜けていたみたいだな。
当初の頃の気を張っていた時ならこうやって体を乗っ取られることも無かっただろうよ。
「アイさん、俺はもう大丈夫だ。俺の目的も改めて認識させられたしな」
「ふふ、それでこそ鈴鹿くんよ」
アイさんはガキ獣人から身を引いて剣を収める。
そして俺はガキ獣人の前に出てユニコハルコンを一振りする。
「バ・・・カな・・・何で、この精神世界に武器を持って来られるんだ・・・!?」
俺の一撃を受けたガキ獣人はそのまま光の粒子となって消え去った。
そして俺の放った一撃の軌跡から空間にひびが入り、ガラスが割れるように崩れていく。
俺は背後の唯姫を振り返り言う。
「唯姫。必ず助けてやるから待ってろよ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
目が覚めるとそこには武器を構えたトリニティとアイさんが居た。
そして俺の手にあったと思われる大太刀妖刀・魂鋼は砂の様に崩れ去っていた。
「えっと、鈴鹿? 意識が戻ったの?」
恐る恐るトリニティが訪ねて来た。
「ああ、俺だよ。悪いな、何か手間を掛けさせたみたいだ」
「っ! 本当にそうよ! 何を簡単に乗っ取られているのよ! もう! 本当に心配したんだからね!」
周囲の状況を見るに俺が魂鋼に乗っ取られてそんなに時間はたってないみたいだな。
「鈴鹿くん、お帰り」
「アイさん、ただいま。アイさんのお蔭で助かったよ」
「ん? 何の事かな?」
とぼけている・・・って訳でもないな。
そうするとあの精神世界で会ったアイさんは何だったんだ?
それとも・・・俺はガキの頃にアイさんに会ったことがあるのか?
『ええっと、これはいったい何があったのでしょうか? 突如チームメイトに襲い掛かった鈴鹿選手。それに応戦していたアイ選手とトリニティ選手。
仲間割れと言うには少し状況が違うような気がしないでもないのですが・・・』
流石に何が起こったのか分からないのか実況も観客席の客たちも混乱していた。
だが、アーノルド国王はある程度こちらに起こったことを推測しているみたいだった。
『これは・・・『刀装の使徒』の最後の悪足掻きとみていいだろうな。どうやら最悪の事態は免れたみたいだからそれほど心配することも無いだろう。
ともあれ、武闘トーナメントは鈴鹿チームの優勝で間違いはない。これより表彰式に移る。準備をせい』
無事とは言い難いが、こうして『闘争の使徒』と『刀装の使徒』の連続クエストを含んだ武闘トーナメントは何とか俺達の優勝で終わらせることが出来た。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――AL103年4月29日――
「なんだ、もう行ってしまうのか。出来ればもう一戦やりあいたかったんだがな」
「無茶言うなよ。次の武闘トーナメントは2ヵ月後だろう。俺にはそんなに時間は無いんだよ」
ヴォルフガングが拳を突き出して言うが、俺にはこれ以上寄り道している暇は無いんでな。
昨日の武闘トーナメントを終えた俺達は直ぐに次の目的地に向かうべく朝一で出発の準備をしていた。
そこへ見送りに来たヴォルフガングとリザルトとミントの四天王が揃っていたのだ。
まぁ、四天王と言っても『刀装の使徒』の刀字が、いや魂鋼が居ないのでもう四天王とは呼べないが。
大太刀妖刀・魂鋼が消滅してしまったので『刀装の使徒』も居なくなってしまったと思ったが、ヴォルフガングの話によれば女神アリスにより別の誰か、もしくは物が新たな『刀装の使徒』に任命されているらしい。
そう言えば、『始まりの使徒』の老竜エルディディアルも5代目だって言ってたな。
こうやって使徒が滅んでも女神アリスによってエンジェルクエストが継続できるようになっているみたいだ。
・・・ふと思ったが、女神アリスがエンジェルクエストを発行する目的は何だろう。
女神アリスに何のメリットが・・・いや、この場合はAIWOnの運営先のArcadiaの幹部共が何を考えているか、だな。
まぁ、碌でもない事を企んではいるんだろうが。
「また獣人王国に来たら歓迎しよう。その時はこいつらを訪ねるんじゃなく俺を訪ねてこい。こいつらに合わせてたらとんでもない目に合うからな」
「ちょっとぉ、リザルトそれは酷いんじゃないの? ボクはそこまで常識なしじゃないと思うけど」
リザルトの皮肉にミントが不満を言う。
まぁ、何となくリザルトの気持ちも分からんでもない。
「まぁまぁ。ミントも元気でね。また遊びに来るから」
トリニティがミントを宥め再開の約束をしていた。
随分と仲良くなっているな。俺の知らないところで仲を深めたんだろうか。
「さて、それじゃあ俺達もここでお別れだ。長いようで短い間だったがお前らといて楽しかったぜ」
「勇者様・・・ここでお別れなのは残念です。でも約束ですから私は羊王国に帰ります。
勇者様、私は勇者様の帰りを何時までも待ってますから!」
約束通り獣人王国でもエンジェルクエストを終えた俺達が離れるに伴って、ミューレリア姫も羊王国へ帰る事となった。
マクレーンもようやくと言った感じで安堵の表情をしていた。
こっちも約束通りこれまで保留にしていたVの使徒の証を貰う事が出来たのでマクレーンたちとはここでお別れだ。
「僕もここでお別れですね。僕もマクレーンと一緒にミューレリア姫の護衛をすることになりました。
短い間でしたが鈴鹿達と旅を出来てとても有意義な時間を過ごせたと思います」
そう、ハーティーもここでお別れだ。
これまで獣人を毛嫌いしていたハーティーだったが、いったいどういう心境の変化があったのかかなり獣人を受け入れていた。
昨日のマクレーンとの使徒コンビで何か思うところでもあったんだろうか。
来る時はスノウに乗って一気に来たのだが、帰りは別々と言う事でアーノルド国王指示の元用意した護衛を伴った国賓用馬車で羊王国に帰ることになる。
その護衛の1人としてハーティーが含まれていたのだ。
「もう少し鈴鹿達と一緒に居たかったけど、マクレーンの頼みでしたから」
「随分とまぁ、マクレーンと仲良くなったな」
「色々あるんですよ。色々とね」
「ははっ、詳しくは聞かねぇよ。でも、ま、いい傾向なんじゃねぇの? 大分獣人に対するわだかまりも無くなってきたみたいだし」
「それは、鈴鹿達のお蔭ですね」
そう言うとハーティーは微笑んでいた。
ハーティーにとっても俺達との旅は実りのあるものだったみたいだ。
最初はちょっと人族至上主義でトラブルになりはしないかと思ってはいたが、杞憂だったようだ。
因みに、桃太達とは昨日のうちに別れを済ませている。
捨て台詞で「次に会う時までに鈴鹿に並ぶくらい強くなっているからな!」って言っていたが、どれだけ実力を伸ばせるものやら。
俺達は獣王都市の外へ出て、スノウに乗って次の目的地へと飛ぶ。
「さて、次の目的地はエレガント王国第四衛星都市か」
「そこに『知恵と直感と想像の使徒』と『力の使徒』が居るんだっけ」
「尤も『知恵と直感と想像の使徒』は放浪癖があるから第四衛星都市に居ない可能性もあるけどね」
そういやこの間まで獣人王国の臨時軍師をやっていたって話しだったな。
アイさんの情報だと第四都市に居るって事だったが、まだそこに居ればいいが。
ともあれ、取り敢えず目指す先はエレガント王国第四衛星都市ハレミアだ。
――エンジェルクエスト・使徒の証、残り9個――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
Alive In World Online攻略スレ313
948:名無しの冒険者:2058/3/7(火)22:51:24 ID:S3abGArsB9
一か所に使徒が集まってるからやりやすいかと思ったけど、これ結構めんどくさいな
949:名無しの冒険者:2058/3/7(火)22:59:03 ID:G5seITensA6
まぁ『闘争の使徒』からして挑戦時期が限定されているからね~
950:名無しの冒険者:2058/3/7(火)23:05:33 ID:Oy9so9Dth
そこは都合のいい時に攻略するしかないね
951:名無しの冒険者:2058/3/7(火)23:14:31 ID:Nage8r3Haha
一番簡単なのは『逃走の使徒』だけど、あれも結構面倒だったりする
952:名無しの冒険者:2058/3/7(火)23:16:50 ID:B6hei6Hell
ああ、分かる分かる
拘束時間もパネェし捕まえるのがすっげームズいんだよな
953:名無しの冒険者:2058/3/7(火)23:24:05 ID:h1B106expt
いあいあ、『投槍の使徒』の方がムズいよ
何あのマシンガンw
どうやって近づけってのww
しかも塔の天辺に居るしwww
954:名無しの冒険者:2058/3/7(火)23:36:24 ID:S3abGArsB9
いあいあ、『闘争の使徒』の方がムズいよ
誰かあのバトルジャンキーをどうにかしてwww
955:名無しの冒険者:2058/3/7(火)23:42:39 ID:Ba6a9uuDa
『刀装の使徒』を忘れてもらっちゃ困るな
戦いの比で言ったらこっちの方がムズいぞ
956:名無しの冒険者:2058/3/7(火)23:48:33 ID:Oy9so9Dth
>>355 え? それは無いだろう? 『刀装の使徒』って無条件で使徒の証をくれるんだろ?
957:名無しの冒険者:2058/3/7(火)23:55:24 ID:S3abGArsB9
ああ~~、『刀装の使徒』も厄介と言えば厄介か~
あのエアリアルブレイドはやり辛いね
よくある技なんだけどさぁ~実際目の当たりにすると結構苦戦する><
958:名無しの冒険者:2058/3/8(水)00:04:05 ID:h1B106expt
>>956 前ログ嫁
どういう訳か対戦相手によって対応が違うみたいだよ
959:名無しの冒険者:2058/3/8(水)00:11:31 ID:Nage8r3Haha
結局どれも厄介なのかwww
四天王はどうあっても四天王なのなwww
960:名無しの冒険者:2058/3/8(水)00:22:03 ID:G5seITensA6
ちょっと気になったんだけど、『逃走の使徒』のミントちゃんにバニーガールを教えたのって誰だろう?
961:名無しの冒険者:2058/3/8(水)00:25:33 ID:Oy9so9Dth
あ、それ俺も気になったw
兎人にバニーガール。お約束と言えばお約束だけど、その組み合わせは気づかなかったなぁ
962:名無しの冒険者:2058/3/8(水)00:26:24 ID:S3abGArsB9
あれはいいものを見せてもらった><b
963:ケモモフ命:2058/3/8(水)00:33:20 ID:km0Nmfm2L
あれを勧めたのは私ニャ!
いい仕事でした( ≡∀≡)bフ~3
964:名無しの冒険者:2058/3/8(水)00:35:33 ID:Oy9so9Dth
Good Job∑d(゜д゜*)
965:名無しの冒険者:2058/3/8(水)00:36:05 ID:h1B106expt
(≧▽≦)b Good Job!
966:名無しの冒険者:2058/3/8(水)00:36:24 ID:S3abGArsB9
(≧▽≦)b Good Job!
967:名無しの冒険者:2058/3/8(水)00:37:03 ID:G5seITensA6
貴女はいい仕事をしてくれました! ∑d=(´∀`*)グッジョブ
968:名無しの冒険者:2058/3/8(水)00:37:31 ID:Nage8r3Haha
神キタ(・∀・)コレ
ストックが切れました。
暫く充電期間に入ります。
・・・now saving




