30.吟遊詩人と冒険譚とバンド
――AL103年4月12日――
現実では朝9時頃にダイブをしたのだが、AIWOnにログインすると天と地を支える世界では既に昼を回っていた。
相変わらず時間の流れが違う為、時差?を埋める調整に苦労するな。
帰魂覚醒した場所はシクレットに来た時に取っていた宿の部屋だ。
この宿は一般的な造りをしていて、1階が食堂で2階以上が宿泊部屋となっている。
取り敢えずは1階の食堂に下りていくと、そこにはアイさんとトリニティが昼飯を食べているところだった。
「鈴鹿くん、お帰り」
「おかえり~」
「クルゥ」
「おう、ただいま」
俺は2人が食事をしている席に座り、店主に向かって昼飯の注文をする。
テーブルの上では騎乗縮小リングで小さくなったスノウがスープを飲んでいて俺を迎えてくれる。
それにしても・・・朝や夕方ならわかるが、何でわざわざ昼間に宿で食事を摂ってるんだ?
昼に戻ってくる時間があったらその分外で情報収集が出来るだろうに。
と、よくよく考えれば俺を待っていたと言う事に気が付いた。
おそらくアイさんが現実に行って戻ってくるだろう時間を計算してわざわざ俺を迎えに来てくれたんだと言う事に。
そのさり気ない気遣いに感謝しながら俺は『旋律の使徒』についての報告を聞く。
「俺が居ない間にどれ位『旋律の使徒』の事を調べられた?」
「一通りの事は調べられたよ。
『旋律の使徒・Rhythm』ことハーティー・ルグラン。
拠点を持たずに珍しい音楽を求めて彷徨う吟遊詩人。最近はここシクレットにとどまっているらしいね。こっちとしてはアイさんの情報通りで有りがたかったけど」
「吟遊詩人なのか。『旋律の使徒』らしいな」
「あら、逆よ。吟遊詩人だから女神アリスに『旋律の使徒』に選ばれたのよ」
なるほど。俺はアイさんの指摘に納得する。
そう言えばエンジェルクエストは俺達異世界人が天と地を支える世界に招かれると同時に与えられたクエストだったな。
となれば、それ以前は26の使徒は存在しないことになるから、そのハーティーとかいう人物は使徒の前から吟遊詩人だったと言う訳だ。
「で、『旋律の使徒』様の居場所もちゃんと突き止めているんだろうな」
「当たり前よ。『旋律の使徒』を調べれば直ぐに居場所が分かったわ。ここばシクレットだから身構えてたけど、あっさり調べられたからちょっと拍子抜けしたくらいよ。
彼は主に『旋律の使徒』と言うより吟遊詩人として活動しているみたい」
「ハーティーが今活動拠点にしている場所は大通りにある『陽光の微笑み亭』って呼ばれる大宿よ。
そこで夕食時に唄を披露しているわ。
昨日私たちも確認の為その宿に行って唄を聞いてきたけどあれは凄いわね」
「うん、あたしは唄なんてさっぱりだったけど、あれは聞いてて凄かった」
どうやら2人は既に『旋律の使徒』を確認済みみたいだな。
ふむ、トリニティは兎も角、アイさんが凄いと言うほどの吟遊詩人なのか?
これは是非ともその唄を聞いてみたくなってきたな。
「それじゃあ、早速今夜にでも接触しよう。ついでだからその唄とやらも聞いてみるか」
「分かったわ。あ、そうそう、『旋律の使徒』とは戦わなくていいからそう身構えることはないよ」
「はぇ? 『旋律の使徒』と戦わなくていいのか? じゃあどうやって使徒の証を手に入れるんだよ?」
トリニティからの思わぬ情報に俺は思わず間抜けな声を上げてしまう。
これまでの26の使徒は大抵が戦闘がらみで証を入手していたからてっきり『旋律の使徒』もそうなのだと思っていたのだが。
・・・よくよく考えれば『竜宮の使徒』や『牙狼の使徒』は直接戦ったわけじゃないし、『探求の使徒』『正しき答えの使徒』『偽りの答えの使徒』『神託の使徒』は戦いすらしていないしな。
『旋律の使徒』も相手は人間で、戦闘系じゃない吟遊詩人なんだ。
それを考えればわざわざ戦いが必然って訳でもないか。
「さっきも言ったけど、ハーティーは珍しい音楽を求めているのよ。だから聞いたことも無い音楽を教えてあげれば使徒の証を授けてくれるって」
「随分安い使徒の証だな!」
「ハーティーにとっては使徒の証より珍しい音楽の方が価値があるんでしょうね。と、そう言う訳だから異世界の珍しい音楽をよろしくね!」
「え? 何故そこで異世界の音楽が出てくる」
「え? だって異世界の音楽はこっちじゃ珍しい音楽になるでしょ?
それに最近のハーティーは異世界の音楽に興味を抱いて集めているって情報だし」
おおう、確かにロックとかは俺達にとってはありふれた音楽だが、こっちにしてみればかなり刺激的な音楽になるんだろう。
なるほどな。これはかなり楽にRの使徒の証を手に入れられるかもしれないな。
ただ・・・問題があるとすれば俺に歌の才能が無いって事だ。
AIWOnはゲームだが、天と地を支える世界と現実は隔絶されてデータとかの持ち込みは不可能だ。
つまり現実の音楽をこっちに伝えようとすれば、頭の中に覚えさせて人前で披露しなければならない。
で、音痴とまではいかないが、俺が現実の音楽を再現できるかと言えば微妙と言わざるを得ない。
しかも、カラオケとかならノリでいけるが、こっちで皆が注目している中で歌等を披露するなんて恥ずかしいじゃないですか。
あ、いや、皆と言っても大衆の中で披露するわけじゃないからそこまで恥ずかしいわけじゃないけど・・・
ああ、アイさんやトリニティの前で披露するんだからやっぱりハズいな、これ。
「う~ん、これ一度離魂睡眠して流行の音楽を頭に叩き込んだ方がいいのか? いや、でも俺の歌唱力でそこまで再現できるか? ああ、くそ、こういう時に現実のものが持ち込めないって言うのはもどかしいな」
「おーい、鈴鹿ー? あれー? アイさん、何か鈴鹿がおかしくなっちゃったみたい」
「あー、どうやら何かトラウマを抉ったみたいね。鈴鹿くんはそれほど歌が上手いわけじゃないみたい。
どうやって異世界の音楽をこっちに持ってくるか悩んでいるみたいね」
俺がブツクサ悩んでいる間、アイさんとトリニティの2人は何やら話し込んでいた。
と言うか、アイさんが生暖かい目でこっちを見ているんですけど。
「大丈夫よ、鈴鹿くん。私が『旋律の使徒』に異世界の音楽を教えるから、鈴鹿くんはどの歌が良いか選んでくれれば。
ほら、私最近日本に戻って来たばかりだから最近の日本の歌がどれがいいか分からないから」
おお・・・! ここに女神がいる。
そうか、何も現実の音楽を知っているのは俺だけじゃないんだ! アイさんも居るじゃないか!
ん? と言うか、最近日本に戻って来たばかりなら俺が選んだ音楽も分からないんじゃないのか?
俺がそのことを告げるとアイさんは何も問題ないと言ってきた。
「大丈夫よ。鈴鹿くんが選んだ歌をちょこっと現実に戻って調べて来るから」
ちょこっと戻ったくらいで歌を覚えれるって・・・アイさん、貴女は音楽に関しても規格外なのですか。
俺はアイさんに感謝しつつ最近の流行の歌のタイトルを教え、アイさんは一度離魂睡眠して現実に戻って行った。
俺とトリニティは夕方まで時間が余ったので、シクレットの観光をすることにした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
トリニティは昨日の『旋律の使徒』調査時にはビクビクしながら町を歩いていたらしいが、今日は晴れやかな笑顔で町の観光を楽しんでいた。
トリニティの頭の上にはスノウが乗っかっている。
スノウは随分とトリニティに懐いていた。
飼い主?の俺としてはちょっと複雑だ。
俺やアイさんは離魂睡眠をしていない時もあるから、トリニティにスノウの世話を任せっぱなしだから殆んどずっと一緒に居る様なものだ。
そりゃあ、懐かないわけないか。
「まぁ、良く考えれば町の一般住民全員が闇の住人って訳じゃないからね。
普通に生活している人も居れば、闇に関わっている人も全く無関係な人も居るから」
「いや、分からないぞ。何気ない住人が実は闇の構成員だったってこともありうるぞ」
「あー、まぁそうなんだけどね。
エレミアでも乞食は鼠――盗賊ギルドの情報屋の情報収集を担っているから、それを考えればそこら辺の露店のおっちゃん達は実は・・・って事もあり得るよ」
電子ネットワークで情報が溢れた現実とは違って、天と地を支える世界では情報収集の基本は人だ。
ありとあらゆるところに人の目を光らせそこから情報を集め取捨選択をしていくのだ。
その為、そう言った組織は情報員をいかに紛れ込ませるのかにかかっている。
トリニティも言ったように、乞食に紛れ込ませたり(乞食そのもから情報を買ったり)大勢の人と接する店の従業員だったり(店から何を買ったかと言うのも情報になる)するのだ。
「でもそればかり考えていちゃ観光は楽しめないよ。
昨日は情報収集でちょっと気を張っていたけど、今日は観光だからね。折角だから楽しまないと!」
「まぁ昨日はえらい目にあってたって話だから、今日くらいはいいか」
トリニティは昨日の事は『旋律の使徒』の情報以外のことは言わないが、やはりと言うか何と言うかアイさんに弟子としてしごかれたらしい。
本人は弟子のつもりはないが、アイさんが既にその気で色々仕込んでいるとか。
昨日もさり気なく誘導しつつ情報戦のイロハを叩き込まれてそれなりに精神が消耗していたみたいだ。
その反動か、今日は「楽しむぞー!」はしゃいでいた。
俺達は幾つもの露店を見て回り、スノウと一緒に串焼きみたいなものを食べたり、トリニティはアクセサリーの1つ1つを手にとっては自分にかざしたりして楽しんでいた。
そんな中、一際目立つ小物があった。
「わー、これ綺麗ー。ねね、これすっごく綺麗だよね」
そう言ってトリニティが手にしたのは髪飾りだった。
先が二股になっていて、飾り部分は桜の花びらを模した装飾をしていた。
特に桜の花びらの部分はピンク色の宝石――後で調べたら紅水晶だった――を用いており、精巧かつ大胆なデザインで小さいながら美しい存在感を醸し出してる。
まぁぶっちゃけ、髪飾りと言うよりはかんざしと言った方がいいかもしれないが。
「ああ、凄いな、これ。まさか天と地を支える世界にここまでの技術があったとはな」
「お、お客さん達、お目が高いね。それは異世界の技術を学んだ天地人が作ったカンザシと言う奴だよ」
店主がカンザシに見入っている俺達に声をかけてきた。
ああ、やっぱり。これカンザシなんだ。
つーか、異世界の技術と言うより、これを作ったその天地人の腕が凄いんじゃないのか?
「へー、これって異世界の髪飾りなんだ。
ふーん、いいなぁー、欲しいなー」
「欲しければ買えばいいじゃんか。それくらいならトリニティも買えるだろ?」
値段は1,000ゴルド――銀貨1枚とちょっと髪飾りにしてはお高いが、これまで一緒に冒険をしてきて同じくらい稼いだトリニティには払えないことは無いはずだ。
「ふーん、いいなぁー、欲しいなー」
「いや、だから欲しければ買えよ」
「ふーん、いいなぁー、欲しいなー」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
俺が黙るとトリニティも黙り込む。
「ここは「俺が買ってやるよ」って言うところじゃないのっ!?」
「何で俺が金を出さなきゃならんのだよっ!? そう言うのは恋人が言うセリフだろ!」
「そ、そんなの恋人じゃなくても男の甲斐性を見せる場面でしょ!
これがアイさんだったら鈴鹿は同じことを言えるのっ!?」
トリニティの思わぬ反撃に俺は口を噤んでしまう。
アイさんの名前を出すのは卑怯だろう!
や、確かにこれがアイさんだったら見栄を張って金を出しそうだが。
「あ~あ、ユキって人可哀相に。鈴鹿は甲斐性なしで女性に贈り物も出来ないなっさけない男だったなんて知れたら肩身が狭いだろうね~」
「あん? 誰が可哀相だって? 唯姫には当然プレゼントを贈るに決まっているじゃないか。贈らないのはトリニティだからだよ」
「はぁ~それが駄目なんだよ。自分の女にばかり構ってばかっかで少しは周りにも目を向けないと。
レディには優しく。恋人には愛おしく。全ての女性にはそれ相応に対応しないとユキって人にも愛想尽かされちゃうぞ」
「はは、兄ちゃん、ここはお嬢ちゃんの言う通り男の甲斐性を見せるところだよ。それがたとえ恋人じゃなくてもな」
トリニティのダメ出しに加え、店主からも甲斐性を見せろと言われる始末だ。
流石に俺もここまで言われれば黙ってはられない。
「いいだろう、そこまで言うんなら買ってやるよ。俺の懐の広さを見せてやるよ!」
そう言って俺は店主に銀貨1枚と叩き付けた。
「へい、毎度!」
「わぁ~ありがとう! 鈴鹿!」
トリニティは満面の笑みを浮かべながら桜のカンザシを受けとり、早速カンザシを髪に差し込む。
「どう? 似合う? 似合う?」
「あ、ああ、綺麗だよ・・・カンザシが」
「もう! 鈴鹿ったら素直じゃないんだから」
そう言いながらも満更じゃないようでトリニティは終始ニコニコしていた。
俺はトリニティと店主に乗せられて勢いで買ってしまったが、彼女の笑顔を見ているとこれはこれでいいのではと思った。
いつかはここに唯姫も加えてアイさんとトリニティと4人でこうして冒険して町を巡って行くのも悪くはないんじゃないか?
その夢を現実にする為にも必ず唯姫をアルカディアから救い出さないとな。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
プレミアム共和国第二都市シクレットの大通りにある宿屋『陽光の微笑み亭』の1階食堂には大勢の客が詰め寄っていた。
今噂の吟遊詩人の唄を聞くために連日満員になるくらい客が押し寄せているのだ。
食堂の一角で吟遊詩人――ハーティーがリュートをかき鳴らし唄を紡ぎ出す。
唄うのは天と地を支える世界で一番有名な冒険譚、魔王に挑む七王神の唄だ。
後に巫女神となるフェンリルが仲間を集め魔王を討つ。
ありきたりな冒険譚だが、それ故に歌い手の実力がそのまま唄に直結する。
ハーティーの唄は幾つもの音程を巧みに使い分けて英雄の唄を唄い上げる。
時に低く。時に高く。時に勇壮に。時に物悲しく。
今この時だけ『陽光の微笑み亭』にはハーティーの声だけが静かに響き渡る。
やがて英雄譚は終わりを迎え、ハーティーの声は緩やかに途絶える。
一瞬の静寂の後、客からは歓声と共に拍手でハーティーの唄を讃えた。
その静寂も収まらぬまま、ハーティーは次なる歌を歌うべくリュートをかき鳴らす。
先ほどまでの唄と違い、テンポよくリズミカルに音を響き渡らせそれに合わせて歌を歌う。
そう、ハーティーが今歌っているのは、異世界――現実の歌だ。
現実で今人気絶頂のイケメングループアイドル・STOP.jrのデビューソング・STOP-STEP-STAPなのだ。
今まで聞いたことのない音楽に『陽光の微笑み亭』の客は賑わいを見せる。
ハーティーの紡ぎ出すロックの音に合わせて客も手を振り足を踏み鳴らし、今この時だけの一体感を生み出していた。
さながら『陽光の微笑み亭』の食堂は小さなライブハウスと化していた。
「やっべぇな。これすっげー楽しい!」
「異世界の音楽って初めて聞いたけど、すっごい盛り上がるじゃん!」
「彼凄いわね。あれだけ歌を再現しているとはただ者じゃないわね」
アイさんアイさん、彼は『旋律の使徒』です。ただ者じゃないですよ。
STOP.jrの他にも幾つか異世界の歌を披露し、ハーティーの歌は大盛況のうちに終わりを告げた。
客たちは興奮も冷めやらぬまま拍手をし、ハーティーに向かって硬貨を投げ出す。
大半が小銀貨や銀貨であり、中には金貨を投げ込む客も居た。
銅貨を投げ込む客はおらず、それだけハーティーの歌は群を抜いていると言う事の証明だった。
俺も奮発してハーティーに向かって金貨を投げ込む。
「ありがとうございます」
「いい歌聞かせてもらったぜ。まさか天と地を支える世界に来て異世界の歌を聞くとは思わなかったよ」
「折角の異文化交流ですからね。学べるものは学ばないと。
僕にとっては歌は掛け替えの無いものです。それがこうして異世界の歌を学べるとは・・・女神アリス様には感謝の心で一杯です」
「だったら更に女神様には感謝しないとな。あんたにお願いがあって来た」
俺の言葉に先ほどまでにこやかにほほ笑んでいたハーティーの顔が少しだけ引き締まる。
ハーティーは俺が何を言いたいのかを察していた。
即ち吟遊詩人ハーティーに会いに来たのではなく、『旋律の使徒・Rhythm』に会いに来たのだと言う事に。
「少々込み入った話になりそうなので奥の部屋を借りましょう」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「それで、貴方方はエンジェルクエストに挑戦しに来たと認識して宜しいですか?」
「ああ、『旋律の使徒』としてRの使徒の証を貰いたくてね」
「ならば僕が貴方方に望むのは何か御承知で?」
「珍しい音楽。つまりは異世界の音楽を教えて欲しって事だろ」
事前に調べたとおりハーティーは異世界の音楽を望んでいる。
俺がそのことを告げるとハーティーは意味ありげな微笑みを見せて、情報にない条件を付けてきた。
「ええ、その通りです。但し今回は更にもう1つ付け加えてもらいます。
新たな異世界の音楽を僕と一緒にバンドを組んで演奏してもらいます。
それがRの使徒の証を授ける条件です」
「は? バンドだと?」
「ええ、異世界ではバンドと呼ばれる演奏方法があると言うじゃないですか。僕は是非それをやってみたい。その為の楽器も特注で注文していて昨日やっと完成したところなんですよ。
ですので、僕は君たちと一緒にバンドを組んで演奏してみたいのです」
聞くところによるとハーティーはバンドと言うのに魅せられて、それ専用の楽器――ギター・ベース・ドラムなどをわざわざ特注で制作したらしい。
そして丁度それらが完成したところに俺達が現れた、と。
「もし僕とバンドを組んでくれなければ使徒の証は渡せません」
「ちょっ、お前、それズルくないか? こっちはどうしても使徒の証が欲しいのに、今回に限ってそれは無いだろう」
「別にズルくはないですよ。僕はバンドを組みたい、貴方方は使徒の証が欲しい、お互い平等な交換条件です。
前回は前回、今回は今回です。何も問題はないはずでは?」
うわー、こいつ平気で前回の条件を覆しやがった。
とは言え、ここで俺達にこの条件を蹴ると言う選択肢は存在しない。
「あー、くそ。わーったよ。お前の望み通りバンドを組んで演奏をしてやる。
だから必ず使徒の証を寄越せよ」
「それは勿論。それでは早速今日から新しい異世界の音楽の練習に入りましょうか。
そうですね・・・お披露目は一週間後でどうでしょうか」
はい? お披露目だと?
それは何か? みんなの前で演奏をするってことか?
聞いてないぞ、それは!
「何を言っているんですか。バンドを組むからには皆に披露してこそでしょう。
仲間内でやって満足してどうするんですか」
「え? 何? もしかしてあたし達吟遊詩人デビュー?」
「吟遊詩人と言うより楽士団と言った方が正しいかもね」
アイさんとトリニティの2人は既にその気なのか満更でもない様子だ。
と言うか、ここで反対してもどうしようもないな。
全ての権限はハーティーが握っている。俺達はハーティーの望むようにバンドを組んで披露するしかないのだ。
「一週間後と言ったが、悪いが5日後にしてもらえるか?
出来れば時間を短縮してもらえるとありがたい。俺達はなるべく早くエンジェルクエストを攻略する必要があるからな」
「5日後ですか・・・それは構いませんが、その分練習内容が厳しくなりますよ?」
「ああ、構わないよ。本当は3日でも済ませられればいいんだが、流石にそれはいくらなんでも難しいだろう。俺に音楽の才能が有れば別だが」
「余程急いでいるのですね。
普通エンジェルクエストはじっくり攻略するものですが、それを早くとは・・・理由は聞きませんが、それはかなりの茨の道ではないのですか?」
「まぁ、色々あるんだよ。茨の道なのは最初っから承知の上だよ」
ハーティーはそれ以上は聞いてこなかったが、何やら興味津々でかなり俺達の事を気にしていた。
トリニティ曰く、吟遊詩人は唄の為に冒険譚には目が無く、特に危険や波乱に満ちたエンジェルクエストにまつわる冒険は唄の宝庫なのだとか。
多分隙あらば俺達のこれまでの冒険を聞き出そうとして来るのだろうと言う事だ。
別に話すほどまでの事ではないが、ハーティーにとってはその「話すほどまでの事ではない」ことが魅力的なのだろう。
・・・良く考えればこれまでのエンジェルクエストは確かに波乱に満ちていたな。
唄にしても差し支えない冒険と言えば冒険だ。こりゃあなるべくハーティーには話さない方向でいた方がいいな。
下手をすればこれまでの冒険を聞き出す為、付きまとわれる可能性もあるし。
何はともあれ、俺達はハーティーのバンド演奏披露の為の練習として5日ほど拘束されることになった。
とある倉庫に用意された楽器一式を渡されひたすら練習あるのみだった。
倉庫には風属性魔法で音を遮断する魔法が掛けられているので日中は勿論の事、夜遅くまでの練習も可能にしていた。
ハーティーは夕食時には『陽光の微笑み亭』での吟遊詩人としての仕事の為に一時抜けることがあったり、アイさんが離魂睡眠するために1日ほど席を外したりと、それ以外は殆んど4人一緒になっての練習に励んでいた。
ただでさえ練習時間が短いのに更に1日抜けられると演奏に支障があるためハーティーはいい顔をしなかったが、流石にこればかりは納得してもらうしかなかった。
――AL103年4月18日――
そうして練習に明け暮れた5日が過ぎ、俺達は『陽光の微笑み亭』で演奏披露をすることとなった。
『陽光の微笑み亭』の一角を特設ステージに変え、ステージの真ん中には音声拡張の魔法が掛かった魔道具――マイクが設置されその前にはトリニティが立っていた。
トリニティを挟んで左右にはベースを持ったハーティーとギターを持ったアイさんが。
ステージの奥にはドラムが設置され、スティックを持った俺が座っている。
そして最早定位置となってしまったトリニティの頭の上にはスノウが乗っかっている。
最初はてっきりハーティーが歌うのだとばかり思っていたが、奴はトリニティの声に目を付けていたのだ。
ハーティー曰く、トリニティの声は透き通った響き渡る声をしていて、音程の高低や強弱がはっきりしていて歌を歌うのに適していると言うのだ。
確かにトリニティは案内人として猫かぶりの時の通りやすい声や、盗賊としての荒っぽい声を上げる為の音量と低音を兼ね備えていたので、ヴォーカルに向いていると言えば向いていた。
トリニティはヴォーカルに選ばれたことに最初は戸惑っていたが、実は本人は乗り気で満更でもない様子だったりする。
スノウにもコーラス?をしてもらうと言う事でトリニティとの一緒の出演だ。
どちらかと言うと弦楽器より打楽器の方が向いているんじゃないかと言う事で、ドラムは俺が担当することになった。
最初は慣れない所為もあったが、次第にドラムを叩くリズムが分かってくると目に見えて上達していくのが分かった。
要は戦闘と一緒なのだ。
剣姫流のステップと同じでリズムを刻んで攻撃を繰り出す。
ペダルを踏んでバスドラでリズムを刻み、スティックでフロアタム・スネアドラム・タム・シンバルを攻撃する。
それにより、俺のドラム演奏はハーティーが認めるまでとなっていた。
ベースとギターはリュートが引けるハーティーと、戦闘以外にも何でもこなせるアイさんが残った楽器を選択することになった。
実際演奏しても、異世界の楽器と言えどハーティーは問題なくベースを弾き鳴らし、アイさんもプロと見間違うような演奏を見せてくれた。
俺達は一種のライブハウスと化した『陽光の微笑み亭』の食堂内で、今か今かと始まるのを待っている客の前で少し緊張した面持ちで静かに佇んでいる。
「さて、皆さんお待たせいたしました。異世界の音楽の一つ、バンドと言うのをご覧致します。
難しい前置きは省きます。まずは僕達の演奏を聞いてください。まずは異世界のSTOP.jrの最新曲・Over The Limited!!」
「スゥ・・・one two one two three four!」
俺のドラムスティックの鳴らす音と一緒に掛け声を掛け、一気に演奏が始まる。
そこからの盛り上がりは最早現実の世界のライブと遜色が無かった。
いや、現実のライブよりも人数が少ないせいか、より一体となった客と俺達とで『陽光の微笑み亭』のテンションはMAXを振り切って地響きまで鳴り響いていた。
・・・って、後で冷静になって考えてみれば、これ周囲にすんごい迷惑じゃないのか?
練習した時の倉庫をライブハウスとすれば良かったんじゃないかと思う。
実際、『陽光の微笑み亭』の周辺からは何事かと一種の騒動に発展したとか。
尤も、普段からハーティーが異世界の歌を披露して異様な盛り上がりを見せていたので周囲の住人からはそれほど抵抗が無かったとか。
寧ろ自分たちも参加させろ、外でもいいから参加してやると言った騒動が起きていたらしい。
STOP.jrの新曲、デビュー曲、STOP.jrと双璧を為す聖魔LoveGirlsのメドレー曲などの数曲を披露して俺達の華々しいバンドデビューは盛大な拍手を持って幕を閉じた。
その後の打ち上げではお客入りまじりのどんちゃん騒ぎとなった。
お客とアイさんの飲み比べ対決や、ハーティーの利き酒クイズ、酔っぱらった勢いで俺とトリニティのデュエットなどなど大いに大いに盛り上がった。
まぁ当然次の日には二日酔いによるダメージが襲い掛かったのだが。
さて、次の使徒へ向かおうと準備していたわけだが、ふとまだRの使徒の証を貰っていない事に気が付いた。
前日の打ち上げ騒ぎで盛り上がってしまい、そのことをすっかり忘れていたのだ。
使徒の証を授かるためハーティーを訪ねたのだが、出てきたセリフは思いもよらぬものだった。
「鈴鹿、君が剣姫流だったとはね・・・悪いが僕は君の剣姫流を認めません。これ以上剣姫流を名乗るのなら僕は君を斬る・・・!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
AIWOn異文化交流スレ101
774:名無しの冒険者:2059/04/04(金)17:05:12 ID:Toop2019EV
いい具合にこっちの技術が流れているね
775:名無しの冒険者:2059/04/04(金)17:09:19 ID:Paff3345AD
ああ、この前スプレー缶を見た時はマジビビったΣΣ(゜д゜lll)
776:名無しの冒険者:2059/04/04(金)17:12:51 ID:Ia13nig10T
え? スプレー缶ってあのプシューってなるスプレー缶?
777:名無しの冒険者:2059/04/04(金)17:13:42 ID:Mdi93KnG2
それは凄い! よく再現できたよね
778:名無しの冒険者:2059/04/04(金)17:16:19 ID:Paff3345AD
>>776 マジマジ まぁ中に入っていたのはただの香水だったけどねw
779:名無しの冒険者:2059/04/04(金)17:20:33 ID:Ryuun4009YS
他にはどんなのがありますの?
780:名無しの冒険者:2059/04/04(金)17:26:21 ID:Pggy954NG
僕が知っているのだとライターやマイクだね
781:名無しの冒険者:2059/04/04(金)17:27:12 ID:Toop2019EV
技術じゃないけど文化としての浴衣や着物なんかも出てきてるよ
782:くるくる満ちる:2059/04/04(金)17:31:05 ID:kurU96Mic6
ああ、そう言えば化粧品関連も充実してきてますね
783:名無しの冒険者:2059/04/04(金)17:31:19 ID:Paff3345AD
あ、マイクはこっちの技術と言うよりAIWOnとの融合って言った方が正しいかな?
音声拡大の魔法が掛かっているからこっちの技術とは言い難い
784:名無しの冒険者:2059/04/04(金)17:33:42 ID:Mdi93KnG2
あれ? 浴衣とかの和文化はAIWOnには昔からあったみたいですよ?
785:名無しの冒険者:2059/04/04(金)17:37:12 ID:Toop2019EV
え? マジ?
786:名無しの冒険者:2059/04/04(金)17:39:19 ID:Paff3345AD
昔滅んだセントラル王国に和文化の都市があったらしいけど、滅んじゃったからね
その都市とこっちの文化の融合した感じの和文化が流行りだしているみたい
787:名無しの冒険者:2059/04/04(金)17:41:33 ID:Ryuun4009YS
>>782 化粧品関連については嬉しいですね!
やっぱり女性はどの世界でも綺麗でいなくちゃ!
次回更新は10/25になります。




