理事長を怒りにいくぞ
さて、情報が集まったところで、レッツ理事長室です。
日を改め、装備を整え、ぬかりがないかチェックしたところで、理事長室をノックします。
この間の恨みをこめて強めにドンドン叩きます。
「どうぞ」
「失礼します」
中に入ると、2人掛けのソファーににふんぞり返っている、丸まると太った理事長を確認し、すかさずに話し始めます。
「理事長、ひどいじゃないですか。善処しますって言ってくれたのに」
「水月さんですか」
かまわずドンドン言っていく。
「何も変わっていません。改善案を読んでいないどころか、なにもしてないんじゃないですか?」
「んー、それは・・・」
「私はいじめがあるっていいました。私もいじめを受けています。なのにどうして何もしてくれないんですか?貧乏だからですか?」
「えーと・・・・」
「理事長は何かをしてくれたんですか?だったら教えてください」
「いや、だから・・・・・・・・・えーと・・・・・・・・・」
「何もしてないっていうことでいいんですか?」
「・・・・・」
「じゃあ、私は警察に訴えます。それでいいんですよね」
「ま、待ちたまえ」
やっと焦った声を出した理事長に、内心を隠して憤った声を出し続ける。
「なんですか?」
「それは困る。うちは金持ち専用の学園なんだよ。君が利用した学費免除だって、沢山の寄付金から出しているんだよ」
「だからって、いじめられても黙っていろっていうんですか?」
「そんなことはない。でも、君が騒ぐと君の担任も、君も困ったことになるんじゃないかな」
「脅しですか?」
「そうじゃない。ただの可能性だよ。それに、君は君のお友達にかばってもらえばいいんじゃないのか?」
「友達とはケンカ別れしました。もう助けてくれません」
そう言うと、理事長は急に声のトーンを変えました。
「なんだ、貧乏人が。この僕がわざわざゲームの腕をとめて話を聞いてやったのに、いちいちうるさいな。そんな面倒くさいこと僕は知らないんだよ。早くでていけ」
「追い出すんですか?」
「うるさい。友達の影響のないお前なんて怖くも無い。はやく出て行け」
無理やり理事長室から押し出されると、急いで教室に戻りました。
やった。成功です。
家に帰ってさっそくカセットテープをラジカセに入れて証拠を増やします。
次の日わくわく顔をした私を不審に思った方が多かったようですが、ふふふ、見逃してくださいね。リベンジです、ふふふ。
今日も楽しく理事長室をドンドン叩くと、中にはまたしても2人掛けのソファーに埋もれた理事長がいました。
「また来たのか。貧乏人が」
挨拶がひどくなっています。今まではユリウス君に遠慮していたのかもしれませんね。
「ええ、来ました。ブタ理事長」
「なんて口を利くんだ。やっぱり君を躾けた担任はすべて首にしよう」
「どうぞ」
「なっ」
「理事長に人事権がないことはすでに分かっています。首にできないでしょう?」
コフーコフーと鼻息の荒さに嫌になってきます。
なんで動いてないのに汗がでるんでしょうね。
懐からカセットテープを取り出し、見せ付けます。
「昨日の理事長の台詞は全部テープに取りました。これがマスコミに流れたらどうなるでしょうね」
「こんなテープ!」
興奮して真っ赤になった顔でそう言うと、私が持っていたテープをとりあげ、ぐしゃぐしゃにしました。
すみませんが、想定内の出来事です。
「残念、ただの空のテープです。何個もコピーして、預かってもらっているんですよ。このテープがテレビから聞こえたら理事長のママンは悲しくて泣いてしまうかもしれませんね」
その言葉に急に青い顔になったかと思うとアタフタしはじめました。
「ママンには内緒にしてくれ」
「いいですよ」
そこでにやりと笑うと続けていった。
「その代わり、言うことを聞いてくださいね」
高笑いをしたくなりましたが、なんとか堪えました。変なものに目覚めてしまったら大変ですからね。
さて、これでやっと学園側のいじめ対策に取り組めるだろう。
そう思った私に、思いもかけない言葉が襲い掛かるのはその日の放課後、意気揚々と理事長室に入ったときでした。
「正直に言おう、僕にはこれが読めなかった」
さっそくレポートについての意見を聞いた私に、お菓子を片手に持った理事長がまた2人掛けのソファーに沈みながら言い放ちます。
知りたくありませんでしたよ、そんなこと。
小学生に自信をもって言わないでください。
「ついでに言うと、僕の言うことを聞いてくれる教師は1人もいない」
もはや言葉もありません。
どうりでこの学校には集会も、校長先生ならぬ理事長の挨拶が全くないわけです。
そういえば、入学式ですら見たことが無いかもしれません。
さて作戦会議だと張り切っていた私ですが、理事長の取り繕うのをやめた言葉の数々に、またしても敗戦気分です。
「いや、式に出ないのには理由がある」
なぜでしょう。聞くのに心の準備がいりそうです。
「僕は1人でこの部屋からでれない」
「は?」
「体が重すぎて疲れてしまう。いつもママンが専用の車椅子を持って迎えにくる」
もう駄目です。
ちょっと休憩を所望します。
趣味の悪い理事長室の趣味の悪い紅茶セットを使い、二人分紅茶を入れます。
お茶でも飲んでちょっと一息・・・。
そんな私の前で理事長はボトボトボトと角砂糖を紅茶が入っているラインまで入れました。
もちろん溶けません。
理事長は、そんな角砂糖をボリボリとほう張りながら、紅茶を飲み干しました。
「水月さん、おかわり」
思わずベシコーンと持っていたお盆で頭を叩いてしまったのはご愛嬌ではないでしょうか。
「なにするんだ」
本人はなぜ叩かれたのかもわかっていないようです。
「砂糖は2個まで!」
なぜこんなことを言っているのでしょう。
さっそく明日にでも全校集会を開いてもらって、イジメはだめだという学校の決意をしめしてもらおうと思ったのに、それを言う人間がママンの車椅子で来ては効果はゼロでしょう。
せめて演説中くらいは自分の足で立ってもらわなくては・・・。
「砂糖は疲れたときにいいってママンが言ってるんだぞ」
ちょっと、もう無理です。出直しましょう。
「また明日、お昼休みにお邪魔します」
こうして、脅すことに成功したはずなのに精神力をガリガリ削られてしまった私はまたしても家に帰って作戦を練り直すのでした。




