女の涙の価値
困った顔をした二人が救われたのはそれから15分ほどたってからのことで、まあまあどうしたの?と茜ちゃんのお母さまが顔をのぞかせてくださったからです。
そして、現在大きな応接室でケーキとオレンジジュースをいただきながら、茜ちゃんのお父様とお母様、お兄様、茜ちゃんに囲まれております。
「うぅ、ひっく。ごっくん」
泣きながらケーキとオレンジジュースを平らげていくわたし・・・。
作法には気をつけて不快にならないように食べていますが、途中でひっくひっくなるのはご愛嬌です。
ケーキうまいな、ジュースもうまいな、でもクッキーうぅ。
笑い顔になりそうで泣き顔になる私を可笑しそうに見るお父様、かわいそうにと、途中でハンカチで涙を拭いてくださるお母様、左手をぎゅっと握ってくれてる茜ちゃん、バツの悪そうな顔をしている馬鹿兄貴。
カオスです。非常にカオスな状況でございます。
ひとしきりケーキを食べきり、オレンジジュースを飲みきって、なんだかささくれだった気持ちが癒された気がして、やっと気持ちが落ち着いた気がしました。
そんな私を見て取ったのか、お父様がおもむろに話をはじめます。
「で、どうしてお前は茜の友達を罵倒し、手土産を粉砕するという最悪な行いをしたのかな?」
馬鹿兄貴は後悔をにじませた声で答えます。
「茜を利用して、僕に近づこうとしてるのかと思いました」
「それはどうして?」
「茜に友達がくるから仲良くしてほしいと頼まれて、それをクラスの女子に話したら、茜をいじめている子だと教えられました。僕に近づくために無理やりにうちに来るようにしたんじゃないかと言われて頭にきてしまいました」
「つまり、お前は本人に確かめもせずに本当かどうかもわからない話をうのみにしたんだね」
「はい」
「今は反省している?」
「はい」
「じゃあ、するべきことがあるよね」
そこでくるりとこちらを向いた馬鹿兄貴は
「ごめん。悪かった」
と頭を下げてきました。
うむ。普通ならここでいいですと言うのかもしれません。
「許しません」
えぇ、許すわけないですよ。そんな底の浅い謝罪で。
「慰謝料を要求します」
「やっぱり、噂どおり嫌なやつなんだ。金が目当てなんだろう」
むかついたのか、またしても罵倒です。底が浅すぎて嫌になります。
「お前は全くなにも学んでないんだね。沙良ちゃん、慰謝料の内容をいってごらん」
お父様にうながされたので続けます。
「まず、私と一緒に茜ちゃんのクッキーを上手に焼きなおすこと。お手伝いの参加は原則認めない。次に、ビルの清掃を1週間ほっかむりして頑張ってくること」
「なっやりすぎだろう」
「女の涙は金より重いって麗子さんが言ってた」
怒る馬鹿兄貴に淡々と返答する。
「ふふっ、沙良ちゃんの教育を頼まれたはずが、うちのあきらが教育されてるね」
楽しそうな声で第三者の介入が入った。
「あきら、やってこい。特にビルの清掃のほうはうちの系列にもぐりこませてやる。手助けは一切せず、食堂とトイレを中心にするっていうのでいいかな?沙良ちゃん」
「はい」
納得がいかなさそうな顔をした馬鹿兄貴はしかし、しょうがなし頷いた。
へっ、噂の現場でもまれてこいや。
「さて、もともとの話に戻ろうか。今日は沙良ちゃんの教育についてだったね。うちのが君の音楽全般をみることになっている。茜と一緒に習ってもらおう。うちのはピアニストとしても活動していたから期待してくれていいと思うよ」
「あなたったら」
仲良し夫妻でございますね。お二人とも上品な美しさを持っていて、二人の茶色い髪の毛はパパ譲りなのかな。気の強そうな意思をもった兄貴はパパ似で、やさしい感じの茜ちゃんはママ似なんですね。
「ありがとうございます。一生懸命がんばります」
よくよく考えると初対面で号泣、息子には条件つけて許さないとか言ってる生意気な子供なんですよね、私。懐の深さにびっくりでございます。
でも、習わせていただく限りは一生懸命頑張りたいと思います。




