しずかとしょかん
放課後。
僕は図書室に向かった。
図書室通いは習慣のようなもので、小学校の頃から続けている。少なくとも週に一回は訪れており、常連といえば常連と言えるかもしれない。
そういえば、浅羽さんもよく、というか、いつも図書室にいるよな……。浅羽さんの方が常連だよな。ああ、図書委員だっけ。
図書室のカウンターで本を返し、読みたい本を探しに本棚を物色する。
僕がどんな本を読むかといえば、主に歴史小説か、あまり難しくなさそうな新書の本、たまに現代小説で気になった本、などだ。最近は平安から鎌倉に至るまでを舞台とした小説を読んでおり、陰陽師が出てくる作品が面白くて好きだ。何年か前に映画化もしており、中学の同好会仲間に勧められて読んでみたらハマってしまった。ちょうど高校の図書室にもシリーズが置いてあったので、有り難く読ませてもらっている。
「あっ、あった、あった」
探していた本を見つけ、カウンターに持っていく。
僕の読書ペースはそこまで早くない。多分どちらかというと、ゆっくりな方だと思う。以前、同好会の先輩にどのくらいのペースで本を読むのか尋ねてみたことがあるが、彼は文庫本なら一日で読んでしまえるそうだ。確かに、読もうと思えば読めなくもないが、僕はじっくりと情景を想像しながら読んでいきたい派なので、彼の真似は出来ないと思った。
カウンターにいたのは、浅羽さんであった。
「あ、借ります」
本のバーコードを読み取り、貸出手続きが行われる。
「はい、どうぞ」
いつも、これだけのやりとりである。
そういえば、よく浅羽さんに貸出手続きをしてもらうけど、ということは、彼女は僕がどんな本を借りているのか把握しているんじゃないか。……そう思うと、少し恥ずかしいな。
本を受け取ろうとしたが、浅羽さんは何故か両手で本をガシッと掴み放してくれなかった。
いつもとは違う反応。
「……あの、僕に何か用ですか?」
―――――沈黙。
浅羽さんは僕の問いには答えず、手元の本をじっと見つめたままだ。
「あの~、あ、浅羽さん?」
二人の間に再び沈黙が訪れる。
困った。
「……歴史に関する本なら、ここ以外にもありますよ」
と、唐突に、浅羽さんが口を開いた。
「付いて来て下さい」
そう言いながら歩き出す。図書室のカウンターから出て、本棚の方へ手招きをする。
僕は、よく分からなかったが付いて行くことにした。
浅羽さんは無言でどんどんと進んで行く。僕も無言で後を追っていたが、ふと思った。
……図書室ってこんなに広かったっけ?
既に、歩き始めてから二分以上が経過しているような気がした。
おかしい、絶対におかしい。
普通の学校の普通の図書室の本棚が、こんなに長いはずがない。
すると、通りすがりに、六十代くらいの老人を見かけた。
あんな先生いたっけ? いや、知らない。
次は大学生くらいの女性とすれ違った。そして、うちの学校の制服ではない生徒までいた。
どういうことだ?
「はい、ここです」
浅羽さんの歩みが止まる。
「ここら辺ぜ~んぶ、歴史に関する本ですよ」
腕を目いっぱいに広げて、嬉しそうに話す浅羽さん。
ここら辺がどこまでなのか、明らかに、学校の図書室よりも高い本棚を見上げて、思う。
ここはどこなんだ?
状況が飲み込めず立ち尽くす僕に、浅羽さんは言った。
「……まあ、普通は驚きますよね」
その口調はどこか慣れたようだった。
そして、衝撃的なことを言い放った。
「ここは『しずかとしょかん』……。本好きの本好きによる本好きのための図書館。本ラブなあなたにとっての憩いの場。本を愛する者しか入ることの許されない聖域。本の虫にとっての天国。……まさに、本のワンダーランドッ‼」
同好会の先輩は速読マスターです。
浅羽さん大人しくなかった……。




