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白鳥さんの黒歴史  作者: 夢水四季
白鳥さんの縁結び
232/237

正義の味方ちゃん



 更地というだけあって本当に何もなかった。座るための土管さえ無いので、立ったまま話をする。




「いやあ、君が突然訪ねてくるなんて吃驚したよ。それで、何があったんだい?」




「ちょっとした縁があって」




「ああ、そうかい。……さっきから気になっていたんだけど、君の後ろの彼は何者だい? 鷲羽君のもう一人の後輩の……、えっと、誰だったかな……」




「橘君ね」




「そう、その橘君とは違うね。不躾な質問だけど、彼とはどういう関係? もしかしてボーイフレンドかな」




 本当に不躾な質問だったので、思い切り顔をしかめる。




「そんな訳がないでしょう。彼はただの下僕、パシリみたいなものよ。会話に参加させる気もないから、無視してくれて構わないわ」




「下僕って……。最近の高校生の間ではそういうのがトレンドなのかな?」




 茶化すようなことを言われ、苛立ちを覚えたがそれについては乗っからないことにする。




「そんなどうでもいいことを話す気はないわ。さっさと本題に入りましょう」




「本題?」




「私の先輩であり、そしてあなたの友人でもある鷲羽真琴のことに決まっているじゃない。それくらい分かるでしょう?」




「ああ、鷲羽君のことね。まあ、僕達の接点といえばそこしかないし、当たり前といえばそうかもね。……で、今更どうしたの?」




 出会った時から児島達也の印象は良いものではなかった。軽薄で薄情な男だと思った。けれど、本当は軽薄な男を装っているだけなのだ。そして、今はそこが気に食わない。




「今更なんて、そんな風に先輩を過去の人にしないで欲しいわね。自分だって、そう思ってもないくせに」




 児島達也の軽薄な笑顔が引きつるのを見て、私は話を続ける。




「阿部灯」




 灯の名前を出した途端、児島達也の顔から笑いが完全に消えた。




「ど、どうして彼女の名前を……」




「それは、彼女が私の可愛い後輩だからよ」




「君も桜木高校だったのか……」




「ええ。だから、あなたが毎晩あの公園で物思いに耽っていることも、灯から聞いて知っているわ」




 児島達也は動揺と不安の入り混じった表情で私を見詰めている。普段の余裕ぶった態度も消えている。




「それで、あなたが悩んでいる内容だけどね。大学関係のことかもと思ったけど、私の勘だとやっぱり違うわね。あなたの悩みの根幹には、いつも鷲羽真琴がいるのよ。三年前、私と橘君の前では淡々と真実を語り割り切ったように見せていたけれど、本当はそうじゃなかった。ずっとずっと思い悩んでいた。自分が行動していればどうにか出来たはずだと、毎日後悔していた。時間が経てばそのうち忘れる、なんてことも出来なかった。むしろより深く思い悩んでしまう。軽薄にはなり切れない、あなたはそういう人なのよ」




「……………………」




 私が面白可笑しく過ごしてきた三年間、あるいはもっと前から児島達也は悩み苦しんでいたのだろう。自分の選択が間違っていたかもしれない、という後悔に苛まれていたはずだ。




「ねえ、そうでしょう?」




 黙りこんでしまった児島達也に向かって、問いかける。




「……君は、そんなことをわざわざ僕に言いに来たのかい? 僕が何を悩んでいようと、僕がどういう人間だろうと君には関係のないことだろう。昔のことを蒸し返して……。もう放っておいてくれよ!」




「いいえ。関係もあるし、放ってもおけないわ。私の可愛い後輩があなたのことで悩んでいて、あなたも私の阿呆な先輩のことで悩んでいるなら、私は二人の悩みを解決するわ。困っている人は助ける、たとえ本人が望んでいなくても。私はそういう正義感の強い人間なのよ」




「…………ぷっ」




 しばらく呆気に取られたように私を見ていた児島達也が、突然吹き出した。




「ははは、君は本当に……」




「ちょ、何が可笑しいのよっ」




「あはは、今時そんな正義の味方みたいなことを大真面目に言う子がいるなんて、驚いちゃってね。……君は本当に面白いよ」




 シリアスな場面で格好良く決めたはずなのに、爆笑された。ショックだ。




「なっ、馬鹿にしているのっ⁉」




「いやいや、馬鹿になんかしてないよ。面白いなって思っただけ。……で、どうやって僕を助けてくれるんだい、正義の味方ちゃん」




 この男の好感度が上がることはきっとないだろう。




「まあ、具体的なことはまだ考えてないのだけど……」




 文句が喉まで出掛かったが、何とか押し殺して話を続ける。




「私とこっちの彼、高村君というのだけど、二人で将来探偵事務所を作ろうと思っているのよ」




「へ? 探偵?」




 いきなりこんな突飛なことを言い始めたら、驚かれるのは確実だった。




「これも大真面目に言っているから、笑わずに聞きなさい。……事務所としてしっかり機能するまでに何年かかるかは分からない。本当にちゃんとやっていけるのかも分からない」




 進路希望調査に探偵になりたいと書いたら、そんな怪しい職業は止めろと職員室で説教を食らったほどだ。自分でも教師の言い分に納得はしている。




「でも、やってみせる。その覚悟はあるわ。そして探偵事務所の日々の併用業務として、鷲羽真琴の捜索をしていくつもりよ。この広い世界の中で何処にいるのかも分からない人を探すのは無謀なことかもしれない。けれどね、可能性はゼロじゃない。どうにかして先輩を見つけてみせるわ」




 児島達也は黙って話を聞いている。その表情がだんだんと穏やかなものに変わっていくのが分かる。




「だから、あなたはいつまでも過去に囚われてないで前を向きなさい。そして私達を頼りなさい」




 私は宣言する。




「鷲羽真琴は私達の探偵事務所がいつか必ず探し出す。……信じて待っていて」




 今はこれを言うのが精一杯。いつかがいつかも分からないし、見つけられる保障もない。でも、そう宣言することで、少なくとも前には進める。




「……分かったよ」




 人をからかうような笑顔ではなく、本当に穏やかな笑顔で、児島達也はそう言った。これで全てが解決した訳ではないけれど、彼の悩みが少しでも軽減できたのなら良かったと思う。




「じゃあ、私達はもう帰るわね。ここでダラダラと先輩の思い出話をしていくのも何だか格好悪いから」




「そうだね」




「ああ、最後に一つだけ。……灯のことは、まあ上手いとこやって頂戴。私の可愛い後輩なのだから、そこも忘れないで」




「うん、分かってるよ」




「ではな、児島君。またいつか……」




 先輩が言ったであろう言葉を残し、私と高村君は児島達也の元を去った。



児島君に思いを伝えられた白鳥さん。

また一歩進めたようで良かったですね。

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