わくわくするでしょう?
「ここがトイレの花子さん&太郎さんが出ると噂されていたトイレよ」
「やっぱり、花子さんの怪談ってどこの学校にもあるんだな」
深夜の学校を私達は懐中電灯で照らしながら散策している。校舎内への侵入ルートは鷲羽真琴が四年前(私が中二の時)に開拓したものを使った。夜の学校を歩いていると、やはりあの頃の思い出が蘇ってくる。
「高村君の所の花子さんはどういう話だったの?」
「ええっと……、確か女子トイレの三番目の個室を三回ノックして「花子さーん」って呼ぶと、花子さんが現れて……。続きは、何だっけ?」
「私に聞かれても分からないけど、まあオーソドックスな話だと、霊界に連れていかれるとかじゃないかしら。私の学校は便器に吸い込まれるだったけれど」
「それは……、普通に汚いな」
便器が霊界への入り口なら、それはそれで笑っちゃうけれどね。
「あっ、そうそう。これが例の火災報知器よ。どっかの馬鹿が間違って鳴らしちゃったという」
「ああ、前に聞いたやつか。へえ~、これが……でも、どうやって火災報知器を鳴らすなんて状況になったんだよ?」
「驚いた拍子にボタンを押してしまった、って言っていたけれど。それにしても、とんだハプニングよね」
そういえば、あの時は橘君と先輩が二人きりだったけれど、一体何をしていたのかしら。
「ここが心霊研究会の拠点よ」
北校舎三階の突当りにある第二理科室。放課後、ここに集まって、活動計画について話し合ったり真面目にオカルトトークをしたり、仕様のない雑談も沢山した。クラス内で孤立しがちだった私にとって、この場所は学校内で一番安らげる場所だった。
扉を開けて教室の中に入る。
「あっ、白鳥さん」
「よう、白鳥後輩」
そんな幻聴が聞こえてきそうになったが、そんなことは有り得ないのだと自分に言い聞かせる。
「それにしても理科室なのに鍵かけないって、さすがにどうにかした方がいいぞ、お前の母校の防犯意識」
私もこの事実を七不思議調査の時に先輩から聞かされた時は愕然とした。そのおかげで、校内探索がスムーズに行える訳だから文句は言えないけれど。
「まあ、劇薬が保管してある隣の理科準備室には、さすがに鍵がかかっているけれどね。他にも、生徒の個人情報が保管されてある机とかの警備はちゃんとしているらしいわ」
「当たり前だろ」
いつも座っていた椅子に座り、高村君にも腰掛けるように促す。教室内は理科室独特の薬品の臭いと夜の静寂に包まれ、人体模型の存在感も相まって、より不気味さを演出している。
「マジで何か出そうな雰囲気だよな」
恐怖の所為か少し震えた声で高村君が言う。
「何、ビビっているのよ」
「ビ、ビビってなんかねえよ?」
明らかに声が上ずっている。
「全く、こんなんじゃ本当の心霊相談が来た時どうするのよ。そういえば、あなた遊園地のお化け屋敷でも情けない姿を晒していたけれど、あんな作り物ごときで怖がるなんて、まだまだ修行が足りないわね。そろそろ慣れてくれないと困るわ」
たまに心霊スポットに連れていくけれど、一向に慣れる気配がない。その点、橘君は肝が据わっていた。少なくとも、今目の前で震えている高村君よりは。
「夜の学校に侵入して七不思議調査よ、わくわくするでしょう?」
「確かにワクワクする響きだが、実際にこの不気味な教室で人体模型に見詰められると、楽しいって気持ちよりも怖いって気持ちの方が勝つぞ」
「人体模型にビビっていた訳ね。……これでよし、と。もう大丈夫でしょう?」
私は人体模型を後ろ向きにし、高村君と目が合わないようにした。
「いや、そういう問題じゃねえって」
本当、情けないわね……。
「全くもう、これじゃいつまでたっても話が始められないじゃない」
「は、話ってなんだよ」
「何のためにここに来たと思っているのよ、この馬鹿。私の中学時代について話すためよ、それくらい察しなさいよ、この鈍感。いい? あなたは下僕らしく、そこで黙って私の話だけに集中していればいいのよ」
そう言い放ち、私は半ば強引に中学時代の話を始めた。
心霊研究会で過ごした楽しい日々は白鳥さんの心の中に残り続けています。




