エイプリルフールはもう少し先だよなあ
四人でゆっくり歩いて着いた先は、白鳥さんのお屋敷だった。通称、白鳥邸である。
「おっ、おかえり~」
逢坂君がソファーの上でくつろぎながら、僕達を出迎える。彼は当たり前のように、長期休暇になると白鳥さんの家に居候しに来る。従兄妹だからといって、年頃の男女が一つ屋根の下で生活するのって、どうなのだろうか。何か間違いでも起きたら、どうするんだ。まあ、もし何か起きたら、逢坂君を刺しに行くだけだけど。
「それは物騒やなぁ」
「え、何が?」
「ああ、いや。何でもないで」
びっくりした。思ったことをうっかり言葉に出しちゃったかと思った。
「で、この子が弟君か」
逢坂君が膝を折って、弟と目の高さを合わせる。
実際に見ても、驚かないんだな。白鳥さんが事前にラインで伝えておいてくれたお陰で、身構えれたのだろう。
「可愛ええなぁ。凛に似とるし。君、将来こんな男前になれるんやで。良かったなあ~」
逢坂君が弟の頭を撫でる。別に頭を撫でられて嫌がる様子もないが、喜んでいるようにも見えない。表情がなかった、無表情なのだ。そこに、一抹の不安を覚えた。
「何処が似てるの?」
「目とかかなぁ」
「へえ、そうなんだ」
自分では、よく分からないけれど。
「そろそろ事情を説明してもらいましょうか、烏丸君」
白鳥さんが、弟の頭を撫で繰り回している逢坂君を咎めるような目をして言う。早く座れ、という目だ。
「そうだね……」
僕は弟をソファーの上に座らせ、自分もその隣に腰を下ろす。高村君と逢坂君が向かい側のソファー、白鳥さんは一人掛けの椅子に座る。
そして、僕は語り始める。
「今日のお昼頃にね、この子が突然やって来たんだよ。ああ、もちろん一人で来た訳じゃないよ、父の元部下だったらしい人が連れて来たんだよ。ほら、僕の父はちょっとしたお偉いさんだったから、部下もけっこういるんだよね。その中でも信頼していた人を選んだんだと思うよ。なにしろ、トップシークレットだからね。……実は隠し子がいました、なんて」
ちなみに僕、烏丸凛のトップシークレットは二つある(二つあるならトップじゃないが)。一つ目は、心が無いこと。二つ目は、ホストクラブで働いていたこと。道路交通法は守っても、労働基準法は破っていた。
「まあ、隠し子といっても、僕と両親は同じだよ。今まで僕が知らなかったってだけで。血が繋がっている分、そこは不幸中の幸いって所かな」
「……ちょっと待て。じゃあ、その子は今まで何処にいたんだよ? あと、何で今更になって発覚したんだ?」
高村君が口を挟む。それを今から説明しようとしたんだけどなあ。
「施設に預けられてたみたいだよ。……僕の両親が、ふと気付いたんだって。そういえば、もう一人子どもいたな、って。今更遅過ぎるだろ、と思うけどね」
白鳥さんも高村君も逢坂君も、ぽかんと口を開けている。僕の両親の無責任さに、呆れているのだろう。
「僕の両親は、ずっと旅行中なんだけどね。昨日、突然電話がかかって来たんだよ、国際電話。今イタリアにいるらしくて、トレビの泉見たとか言ってた。呑気なもんだね。で、ローマの休日の話をした後、何の脈絡もなくこう言ったんだよ。『実は、君には弟がいるんだよ。多分そのうち会えると思うよ』とか何とか。いや、この時は全然信じてなかったよ。エイプリルフールはもう少し先だよなあ、くらいに考えてた。……でもこうして、この子が現れて『君の弟だ』って紹介されたら、いや紹介された時点ではまだ疑ってたな、証明書的な書類を色々見せられて、やっと信じられたよ」
本当、改めて酷い親だと思う。ここまで来ると、怒るというよりも、呆れる。呆れて物も言えない。いや、まあ長らく語った僕が言うのも何だけど。
「これを皮切りに、第二第三の弟や妹が出て来ないことを祈るね、切に。あ、もしかしたら兄とか姉かも」
「……それは、笑えない冗談だな」
「異父兄弟とか異母兄弟がいたりして……」
「泥沼だっ!」
遺産相続とかね。あの親が、子に遺産を残すのかも些か疑問ではあるけど。
「それで、これからどうするのよ?」
白鳥さんが、僕と弟を真っ直ぐ見詰めて、訊く。
「どうするって……。どうしようね……」
困った風に笑って、白鳥さんを見る。
彼女に助けを求めるように。
「育てるのでしょう? あなたはその子を引き取ったのだから。そして、その子はあなたの弟なのだから」
育てる……。その言葉を聞いた時、正直、無理だと思った。こんな僕に、人を育てることは出来ない。
「………………」
長い沈黙の後、白鳥さんが諦めたように口を開いた。
「一人で育てられないのなら、私がいくらでも協力をしてあげる。手続きとか色々と面倒でしょうから、書類に手を加えることくらいはしてあげる」
高村君が「オイオイ」とツッコミを入れる。でも実際彼女には、それをするだけの権力も財力もある。
「これは究極の選択だけれどね。あなたがどうしても、その子を育てられないというのなら、その子を私の養子にする、という手もあるわ。……私が施設から、あなたを介さずに直で引き取ったことにして、あなたとの関係を証明する書類を全て抹消して、あなたとその子を赤の他人ということにして、ね」
具体的な方法まで説明する白鳥さん。
「さすがに、それは……」
そこまで、してくれなくていい。
「わいの養子でもええで。わいも弟、欲しいし」
「遠慮しておくよ」
養子縁組は駄目だ。勿論、施設に送り返すなんて論外だ。無責任なことは出来ない、僕の両親がしたようなことをしてはいけない。
「僕が、なんとかするよ」
「……そう、それは良かったわ」
そうしなければいけない。
「あ、そういえば、烏丸君」
白鳥さんが何かを思い出したかのように言った。
「ん? 何?」
「その子、名前は?」
ああ、言ってなかったっけ。
「鈴だよ。烏丸鈴。スズの方の鈴ね」
リン、と僕と同じ音の名前を口に出す。
「おい、白鳥っ! こいつのクソ親供に説教しに行くぞ、イタリアまで。ったく、また呼び分けが出来ない名前を付けやがって!」
「そうね、もう一度、家庭内裁判をする必要があるわね」
高村君がブチ切れた。白鳥さんも怒っている。怒りを通り越して呆れていたのが、また怒りに戻ったらしい。
「二人とも、落ち着いて。……鈴っていうのは、あくまで仮名だよ。烏丸鈴(仮)って感じなんだよ、今は。ちゃんとした名前は、僕が決めていいんだってさ」
「だってさ」なんて、まるで他人事のようだ。自分の弟のことなのに。これじゃあ、無責任な両親のようだ。
「……人の親のことを悪く言うのは良くないと思うけどさ、やっぱり無責任過ぎるぜ」
さっき僕の親のことを「クソ親供」と言っていた高村君は、呆れ返ったようにそう言った。
「で、まだ決めていないのでしょう?」
「まあね。……何か良い名前ないかな?」
僕は、またもや白鳥さんに助けを求める。
名付ける、なんてどうしたらいいのか、まるで分からない。どういう脈絡で、どういう願いを込めて、名前を付けるのか、皆目見当が付かない。
「私にそれを聞いてどうするのよ、烏丸君。あなたが考えて、あなたが名付けるのよ。……だって、その子は、あなたの弟であり、家族なのだから」
その言葉が、僕に重くのしかかる。
今更、隠し子を思い出すあたり、本当クソ親って感じですね。




