兄は死んでいた。
こんな夢を見た。
長閑な場所である。見渡せば一面に青い草が広がっていて、それが果てしなく続くように思われる。
「凛! 凛!」
突然、自分を呼ぶ声が聞こえた。其方を向いてみると、自分とよく似た顔の子どもが手を振っている。
「兄さん!」
そんな言葉が自然と口から出た。ああ、この子と自分は双子なのかと気付く。
少し離れた所には自分の父と母がいた。そういえば、家族で旅行に来ていたのだったな、と今更ながらに思い出す。
「凛! 凛!」
兄が自分を呼んでいる。自分に向かって手を振っている。きっと其方には何か面白いものがあるのだろう。
兄が背を向けて走り出す。自分も後を追いかける。
中々、追いつかない。すると、突然、兄の足が止まる。
兄は振り返ると、そのまま落ちていった。
笑顔で、落ちていった。
「兄さん!」
兄は深い深い谷底に落ちていったのだった。
自分が茫然と突っ立っていると、急に目の前が真っ暗になり、一瞬にして新たな風景に切り替わった。
じわりと気持ちの悪い汗が噴き出す。
季節は夏、場所は廃病院の屋上だった。
手摺の間から、恐る恐る下を見る。
兄は死んでいた。
「……あ、……あ、……」
声にならない声を出しながら、自分はただ戦慄していた。涙は出なかった。悲しくもなかった。ただ怖かった。
自分も、ここから落ちたら死ねるだろうか。楽になれるだろうか。
手摺を乗り越えた自分の身体は、そのまま宙に投げ出され、ゆっくりと落ちていった。
夏目漱石の「夢十夜」風に始まります。




