77話:明津灘家SIDE.GOD
京都の府心に位置する「楽盛館」から車で40分ほど走ったところにある風情残る大きな平屋こそ明津灘本家、らしい。また、他にも京都のあちこちに道場を持つなど、京都の中でも大きな家だというのがよく分かる。
その成り立ちは古くから存在していたと言う。
そんな話を車中で聞かされながら俺は、明津灘の家に紫炎とともにやってきた。聞いていた通り、想像していたよりもずっと大きな家があった。どこからが明津灘の家の門かは分からないがかなり大きいのはよく分かった。
その家の門の前。そこに、男が立っていた。40歳か、それとも50歳か。それなりに年を召した人物である。しかし、その闘気は尋常ではなかった。並みの人物ではない。そう感じ取る。
「おとん」
紫炎がそんな風に呟きをもらした。と、言うことは、あの男が紫炎の父親なのだろう。屈強な体付き、顔の傷跡、このもれ出る闘気。間違いなく強い。
「お義父様は、俺なんかとは全然ちゃうで。刀集めが趣味でな、ドエライ刀ぎょーさん持ってはるけど、そんなん飾りや。俺は《古具》使ってんのに、お義父様は、素手で簡単に防ぎおったさかい」
明津灘木硫がそう言った。なるほど、刀集めが趣味、ねぇ……。しかし、まあ、
「集めてる刀ってのが、アンタの持ってる刀なら、見る目なしだろうけど」
まあ、あんな木っ端刀を集めてるわけはないよな。そう思いながらも俺はそんな風に呟いた。
「ああ、あんな鈍じゃあないで。2本ほどごっつ凄い刀持ってんねん」
へぇ、そいつは楽しみだ。その刀の銘を是非とも聞かせてほしいところだ。結構興味深いからな。
車のドアが開いた。そして、紫炎とともに降りる俺を、その男が観察するような目でじっと見てきた。
「うむ」
そして、何かを納得するように頷いた。明津灘豪児。それが明津灘の今の当主の名前だ。そして、紫炎の父の名前でもある。
「その目、お前、相当できるものだな」
低い唸る様な、獰猛な動物が警戒をしているときのような声で、そんな風に言った。続いて降りてきた木硫を見る。
「負けたようだな。それも、その様子を見ると得意の遠隔で負けたか」
豪児氏は、そう言った。見れば分かるといわんばかりに、そう言ったのだ。まさか底まで正確に分かるとは。
「あら?木硫ちゃん負けちゃったの?」
豪児氏の後ろからぴょこんと顔を出す少女。誰だ、この12歳くらいの少女は。紫炎の妹か?
「あはは、偉鶴ちゃん、面目ない。負けてもうた」
偉鶴?って、確か紫炎の姉さんで木硫の奥さんじゃなかったか?この少女がその本人だと……?!合法ロリか!
「てか、紫炎ちゃん、随分とイケメン連れてきたねぇ」
イケメン、なんていう死語を遣っている時点で見た目どおりの年齢ではないのは分かるが……。
「……ん?くんくん」
何か、鼻をヒクつかせて合法ロリ人妻が近づいてきた。何か匂うのだろうか?ちゃんとシャワー浴びればよかったか?
「何か、たるとぱいの匂いがする?」
タルトパイ?いや、そんなもの食ってないが?
……、待て、「たるとぱい」?確か、少し前に聞いたような気がするんだが……。俺が考えていると、ロリ妻は、紫炎にも鼻をヒクつかせた。
「あ、紫炎ちゃんからもだ」
紫炎と俺から……。俺と紫炎が今日会った共通する人物と言えば……。そして俺は思い出す。
「空美タケルか」
俺の呟きに紫炎が「ふぇ?」と声を漏らした。まあ、空美タケルの正体を知らないわけだから当然か。
「そうそう、タケルちゃん」
「合法ロリ人妻は魔法少女」説が浮かび上がったぞ。奥様は魔法少女ってか?いや、魔法幼女かも知れないし魔法童女かも知れない。
「魔法童女∥たるとぱいとも名乗ってたっけか?バンキッシュ・V・ヴァルヴァディアって言う風にも言ってたし」
俺がタケルの言っていたことをそのまま繰り返すように言った。すると合法ロリ人妻魔法少女は笑う。
「V・V・Vのたるとぱい、かぁ……」
合法ロリ人妻魔法少女がそんな風に呟いた。と、そこで、豪児氏は会話を断ち切った。
「ふむ、偉鶴の友人と知り合いか。だが、積もる話は後にして、家の中へ入ろうではないか」
豪児氏の言葉に、皆が家の中へと入っていく。俺が列の一番後ろである。家は、本当に広く、迷子になりそうなくらいだ。
玄関で靴を脱ぎ、この家の住人達の後を追う。俺の前には、紫炎。その前は偉鶴、木硫、そして、先頭が豪児氏である。
「まずは、あの部屋へと案内しよう」
そう口元を歪ませる豪児氏に、俺は悪寒を覚えた。しかし、豪児氏は、今のところ、俺が遠隔系の《古具》使いだと思っているはずだ。木硫を遠隔攻撃で倒したからな。
「あっ、紳司君」
と紫炎が俺に何かを言おうとした瞬間、俺は、今通っている廊下の横に有る部屋から凄い殺気を感じ取る。
……なるほど、まだ力試しは続いてるってことか。
そう思い、いつでも《古具》が出せるように警戒した。
「気をつけてね。この家は、色々と危ないから」
紫炎がそう言った。危ない、確かに危ないな。殺気だけじゃない。罠もいたるところにある。それも致命傷を負いそうな危険な罠が。
「この部屋だ」
豪児氏がある部屋の前で止まった。それに対して紫炎が意外そうな顔をしている。どうかしたのか?
「客間はむこうや、おとん」
いつもとは全く違う紫炎の口調に、笑いを禁じえなかったが、何とか堪えて、平常を保つ。
「黙っとれ。まずはここで見てもらうんや」
豪児氏も紫炎につられて関西弁で返した。しかし、何の部屋なんだ?何かを見る、みたいな会話だけど。
「せ、せやけど、紳司君には刺激が強すぎへん?」
刺激が強い?マジで?何かヤバイ系の現場か何かか?
そんな風に緊張する俺だが、豪児氏は言う。
「大丈夫や。男はむしろ血涌き肉踊るもんや」
男がメッチャ興奮する?何だ、いやらしい系か?確かにそっちの耐性はあまりないが、大丈夫だろう。
「俺も初めて見たときは、興奮でよー寝付けませんでしたよ」
寝付けなかった?マジか、そんなにヤバイのか。ど、どんなもんがそこにあるのか気になってきたぞ。
「まあ、入ったらわかるだろう」
豪児氏がそうやって部屋の中に入って行く。紫炎たちも入っていくので俺もついて入った。そして、部屋に入った瞬間、懐かしい感じに体が震えた。
「こ、これは……」
部屋中に飾られた刀の数々。あらゆる名刀、神刀、妖刀がざっと50振り以上飾られている。俺は興奮を隠せず近場の刀を見る。
「ほぉ、それに目をつけるとは中々だ。儂のコレクションの中でも自慢の1振りだ」
その刀を俺は知っていた。いや、六花信司は知っていた。懐かしさをかみ締めながら、かつての友人が打った刀の銘を呼んだ。
「【妖刀・梔子】」
【朽ち無し】の言葉にかけられて打たれたレン・オオミの刀。何年使っても錆びや刃毀れどころか、傷一つないとされる刀だ。
「その刀が銘を知るか。お前も刀が好きか?それとも剣か?」
その言葉とともに、豪児氏が近くに飾っていた唯一の剣を放り投げた。俺は、飛んできたそれを掴み取る。こ、これは……
「ま、【魔剣・グラフィオ】!」
レン・オオミとともに二大刀匠と謳われたシーゼル・フュー・フォン=ガレオンの3つの剣の中の1つ。性格にはガレオンさんは4本造ったらしいが、現存しているのが3本だけなのだ。
「これほどの刀や剣をよく集めたものだ……」
俺は思わず呟いてしまう。だが、豪児氏は笑っていた。まだ、何か他にも凄い刀があるというのか?
「これらの刀よりも、儂が気に入っている刀が1振りだけある。その刀を抜くことが出来れば、儂はお前を紫炎の《陰》として認めよう」
そう言った。刀を抜くことができれば、だと?つまり、俺には抜けない刀だとでも言うのか?
「かく言う儂ですら、この刀の抜けた姿を見たのは1度きりだ。数十年前にやってきた1人の男、蒼紅瑠菜と名乗っていたか?その男が、先祖から伝わる刀だが自分には無用の物だ、と預けてきたのだ。そのときに一度抜かれたのを見たきり、儂は抜かれたのをみたことがない」
なるほど、特殊な人物にしか抜けない刀、か。ナオトの最期の刀みたいだな……。ナオトってのは、六花信司の同期で優秀な刀鍛冶だった。そのナオトの残した最後の刀は、誰にも抜くことは出来なかったというが。
「何、安心しろ。抜けずとも、《陰》として認められる別の方法がある。それで認められたのが木硫だ」
なるほど、ようするに、腕試しみたいなものか。コレで抜けたら一発合格、抜けなかったらきつい試練があるぞ。まあ、抜けないだろうから試練しましょうね、ってことか。
「では、その刀を持ってくる。暫し待っていろ」
さて、どんな刀を持ってくるのやら。俺は楽しみ半分、怖さ半分の気持ちで豪児氏ガ戻ってくるのを待つ。
そして、10分ほどして、豪児氏が刀袋に入った刀を持ってきた。そして、俺は、驚いた。刀袋に入っていても分かるほどの一品に。
そして、感じる。あの刀のことを。
「さあ、これがお前に抜いてもらう刀だ」
豪児氏が刀袋から刀を取り出した。その瞬間、俺は理解した。己が過去の片鱗を見よと言う言葉の意味を。




