366話:和―風の音と雨の音、そして― 始まりの物語
今日も風の音がうるさい。ずっと喚いているようだ。「今日は何か出会いがある」と、ずっと、ずっと。朝からうるさくて仕方がない。俺に何をしろというんだ。あの戦い、アリッサとの戦いから速いもので、もう2年が経っている。中学2年の時に、全てが始まった。幼馴染の茜……雨月茜と共に、祈先輩……師劉祈先輩に誘われて、そして生徒会に入った。その後、良平……早野良平の復学、スノウが留学して来くる、なんてことがあった。その後、九尾と人間のハーフの白金蘭の襲撃とか、吸血鬼のエリアス・サヴァリエに出会ったり、鬼の鬼雷童に襲われたり、学校の外でのことが多く起きたっけか。そして、最終的に、全員で協力して、アリッサ=ィラ・マグナスケセドと戦った。そんな最も濃い中学2年のことがあってから、風はしばらくおとなしいものだった。茜の雨もそうだったが、平穏が続くのだと思っていた。しかし、高校2年に今日からなった、俺の朝は、風による最悪なものだったのだ。
新学期と言うのは基本的には、楽しみなもので、まあ、不安があったり、心配があったりもするもんだが、気分がどことなく高揚するものだ。にも拘わらず、俺の気分は最悪、出会いってのもよくわからないしな。誰と出会うってんだよ。
「おはよう、翔。大丈夫?」
今日は快晴の為か、茜の方の症状は軽いようだ。いい気なもんだな、俺は、風が五月蠅くて大変だってのによ。雨は降ったり降らなかったりだが、風は常に存在している。人が動くだけでも生じるんだからな。
「大丈夫じゃねぇよ。何なんだよ。誰に会うってんだよ」
それが全く分からない。だが、新しく出会うってんだから、編入生か、新入生のどっちかだと思う。
「出会う、ねぇ……、新入生に、何かある子がいるのかもしれないよ?」
まあ、茜も同じことを考えたんだろうけど、しかし新入生か。うちの高校は、ほとんどが付属校からの上がり組、かく言う俺や茜だってそうだ。そして、ということは、新入生の大半は、中学時代の後輩ってことになるだろう。だから、ほとんど知っているから「出会う」ではなく再会なのだ。つまり、高校からの中途入学組に何かがあるってことか?
「ん、あれは……」
少し怪しい足取りでふらふらと歩いている女子生徒がいた。新入生は体育館に集合なので、俺たちが歩いている校舎への直通の道は通らないはずだ。なのにここにいるのは道に迷っているからのようで、地図と周りを睨み続けている。
「迷子、かな?」
茜の問いかけに俺は頷いた。その子の手は、白いシルクの手袋で覆われている。能力の制御の関係上、そう言ったものを付けているのは、この学校では珍しくないことである。
「ねぇ、貴方、新入生、かな?」
茜が声をかけた。すると、女生徒は眼を丸くして、こっちを見た。少しおっかなびっくりという様子で茜を見ている。
「は、はい、そうですけど、……あなた方は?」
茜と俺を含めて「あなた方」という表現をした。それにしてもこの女、どこか、異質な感じがする。一般的な超能力者とは違った、俺や茜に近い、何かを感じる。
「あたし達は先輩だよ。貴方の1つ上」
茜がいつもの人懐っこい表情でそんな風に言った。すると、そいつは、何か変なものを見るような眼で、茜ではなく俺を見た。
「あなたは……、超能力者、ですか?」
「じゃなきゃこの学校にはいないだろうな」
そう返したが、実を言うと、超能力者でもあるだけであって、超能力ではない天然の能力もあるのだから、その2つを併せ持つ存在を超能力者と呼称していいのかどうかと問われると微妙なところである。確かに天然の能力も超能力でもある、というか、本来はそちらが超能力ではあるのだが。
「あなたからはわたしの【殲滅】や偽王の虚殿と似た様な、紛い物ではない本物の力を……【力場】を感じます」
【力場】……【氣】ってやつだな。アリッサなんかが【力場】って言っていたけど、白や鬼が【氣】と呼ぶそれのことだろう。持っているという風には言われるがそんな自覚はないんだよな。
「あなたは、本物の超能力者ですね。それが、どうしてこの学校にいるんですか?」
「いや、その言葉、そのまま返すぞ」
お前も本物なら、どうしてここにいるんだよ。まじで、ブーメランだ。それに茜も天然もののはずだが、雨が降っていないから分かりにくいのか?
「わたしの場合は両親に無理やり入れられた、というのが正しいでしょうね」
そんな風に言った。まあ、超能力を生まれながらに持っていることが分かれば、それをその開発のための学校に入れてどうにかしようと親が考えるのも分からなくはないな。
「……勘違いしているようなので言いますが、両親は別に、わたしの超能力に気付いたから入れたわけではなく、その前から気づいていましたし、この力も両親からの遺伝の様ですから。特にわたしは母の力を引き継いでいるようで、だからと言って、静姫が父の力を引き継いでいるか、といわれると分かりませんけどね」
そんな風に苦笑した。つまり、両親は、天然の超能力者だった、そして、その娘も天然の超能力者だということだろう。じゃあ、なんでここに入れられたんだろうか?よくわからんな。
「よくわからないけど、貴方もあたしや翔と同じ天然ものなんだね。っと、名乗り忘れてたわ。
あたしは、この学校で生徒会の副会長をしている2年の雨月茜。天然の能力は《雨に未来を見れらる力》。能力開発高校での開発っていうか付属中のときの開発で身についたのは『水雨雲』だよ」
茜が自己紹介をした。そう、俺らにある2つの能力についてのことも含めてな。ついでに俺も紹介しておこうか。
「俺はしの……風音翔だ。能力開発高校2年で会計。天然の能力は《風の声を聴くことが出来る力》で、開発ものは『風翔飛』っていう」
俺たちの紹介を聞いた新入生も、俺たちに対して自己紹介をする。
「わたしは青葉姫聖。青い葉っぱに姫が聖と書きます。特に名前は難読なので、ひめせいやきせいなんて読まれることもありますが『ひめき』といいます。能力は、相手の体内に【力場】を構築して肥大させ、崩壊させる【殲滅】と九番目の王……偽モノの王の遺産である『偽王の虚殿』ですね」
姫聖。確かに分かりにくく難読な名前だと思う。珍しいとかそう言うレベルじゃないだろう。てか、そう言う風に読めるのかどうかも微妙なレベルである。
「それにしても天然の能力者ってことは、親が先祖に妖怪とかそう言うのがいるのか?」
少なくとも俺や茜を除いた天然の能力者は、基本的に妖怪そのものか、先祖にいるタイプしかいない。
「いえ、わたしはその様な人外の特性を取り入れたものではありません。まあ、先祖に魔王がいると、とうさ……父は言っていますが、本当かどうかも怪しいですし、少なくとも人外の特性はわたしに現れていません。先輩方と同じように、人間に発現するタイプの天然ものですよ」
他にもいるかも知れないとは思っていたが、実物を見るのは初めてだな、俺たち以外の人間の天然の能力者。
「それにしても、雨月……三神の末裔、それも三神と同名の人物、ですか……。とうさ……父が聞いたらなんと言うでしょうかね。これも、また、世界のルールが壊れ始めている影響でしょうか」
何やらイタい子みたいな発言をしだしたぞ?世界のルールが壊れ始めている、だと、何を言っているんだろうか。もしかしたら姫聖はちょっとアレな奴なのかもしれないと思えてきた。
「三神ってのは何か知らないけど、あたしは、雨月家の巫女で、そのずっと昔の頭目に同じ名前の人がいたらしいね」
そう言えばアリッサも同じ話をしていたっけか?幼くして死んだ雨月茜と言う最強の存在の話を。
「っと、そろそろ、入学式が始まってしまいますね。先輩方、体育館はどこでしょうか」
姫聖はそう言った。確かに、もうじきに時間が迫っている。しかし、姫聖……こいつが風の言っていた「出会い」ってやつなんだろうか。
――人と人、それは出会ったときには運命という螺旋が絡んでいるモノ。面白いモノだよねぇ、人って。君もそう思うでしょう、風音……ううん、篠宮翔。始まりの風を告げ、終わりの風を殺す者、天上の道標にして地下の墓標。三桜の導きし、新たなる風。五条天韻の風神。全ての風の原点たる存在。そして、青葉姫聖。全てを破壊する【殲滅】の子にして、九番目の王の遺産を分かちし……夜威啓鳥の対になる片割れ。幻想の果てに帰着する原初の破壊者。これから、この物語はどうどうかれるのかな。楽しみで仕方がないと思わない?【狭間の魔女】さん




