337話:由梨香VSシュピードSIDE.Lily Pear
SIDE.Lily Pear
あまり考えたくないものですが、ついに、この時が来てしまいました。目の前に立つのは師。圧倒的で、かつ、最強の師です。
「予測はできていましたけど、この塔が、彼の運命の塔……凶兆の塔、夢見櫓なのですね。それにしても、この感じ、……勇者様と魔法使いは下の階、と言うところでしょうか」
そんな風に、何かを懐かしむように、師は下を見下ろします。そこにあるのは床で、実際に、下が見えるわけではないのでしょうが、それでも師は下を見ていました。
「そして、この血脈……、そう、六花信司さん、貴方は彼の息子として生まれたのですか……」
まるで、紳司様の父君を良く知っているかのような物言いをしています。師は、紳司様の父君とご縁があったのでしょう。どうなっていても、もはやおかしいとも思いません。この世界は奇妙な縁が繋がっていて、世界が狭いという言い方はよくしますので。
「王司のことを知っているのか?」
そうおっしゃったのは、紳司様の祖父君でした。息子の知人のようで、そこに興味を惹かれたのでしょう。
「ええ、わたくしが立ち直るきっかけを作ったのが、勇者様……もとい、青葉王司さんと言う青年でした。無限ともいえる、長い時間を主を失った悲しみを背負いながら生き続けたわたくしがたどり着いた夢幻の世界。そこには、わたくしのほかに、夢の中で勇者の役割を負った王司さんとその仲間の魔法使いの役割を負ったサルディア・スィリブロー、第七神醒存在に囚われた姫を担う愛藤愛美さん、そして、そこへと集った第四神醒存在を除くすべての神醒存在。あの場所を経験し、体感したことで、わたくしは、また前を向こうと思い、彼を見届けた後、彼の居たその世界で、弟子を迎えたのです。それが、この由梨香。
その後、わたくしは、主と再会を果たしたのですが、それは割愛いたしましょう。誠様の話をしても混乱を招くだけでしょうから」
そこまでは、自分も聞いたことが有りました。正確には、そこまで詳しくはありませんが、師が自分を拾った経緯だけは聞かされていましたから。名前等も、軽くしか聞かされていませんでしたし。
「なるほど、愛藤愛美……マナカ・I・シューティスターとの出会いの経緯と関係していたのか。それにしても、業と言うのは恐ろしいものだな……」
紳司様の呟き、そののちに、紳司様の同学年にいる空美タケルさんが呟くように何やらおっしゃっています。
「なるほど、CEOの不在の間は、第七神醒存在に囚われていたってことッス?夢見と夢は相性がいいとは言え、あの人もとことん厄介なことに好かれているッスねぇ」
長い髪と美しい肢体を持つ彼女の見た目とは裏腹な、少し変わった言葉遣いは、あまり気にする人が居ません。そも、紳司様は、愛藤愛美さんの業の時にも「魔法少女と言うと」と言う前置きで、タケルさんを候補に挙げていたので、おそらく、彼女もまた魔法少女と言う存在に近しい何かなのでしょう。
「あら、これはこれは、ヴァルヴァディア神族の末裔、神家のヴァンキッシュ様ではありませんか。ネストラーゼのニルド様にはこの間お会いしましたよ。どうやら、その腕も使いすぎてはいないようで安心しました」
師はタケルさんにそのように声をかけますが、ヴァルヴァディア神族とは何でしょうか。紳司様ですら、知らないご様子ですので、一般には周知されていない何かなのでしょう。暗音様も微妙そうな顔をしていらっしゃいます。
「まあ、死なない程度に多用してるッス。死なない程度に」
本当に死なない程度にしか使っていらっしゃらないのでしょう。そこをそこはかとなく強調なさっています。
「そう言って、先代のヴィッフェム様は無理がたたって、時空大戦後に身罷られたのをお忘れですか?」
どうやら、師とタケルさんの御父君がお知り合いのようですね。そして、その名前を聞いて、驚いていたのが、暗音様です。
「ヴィッフェムって……あの、ヴィッフェム・ヴァニキス・ヴァルヴァディア?!【大天の呪腕】の?」
どうやら、暗音様には、タケルさんの御父君の名前に聞き覚えがあったようですね。しかし、かなり衝撃を受けているご様子。
「その名、確か、不破大山を消し飛ばしたっていう、あの【呪腕】か。なるほど、そう言った血脈だったわけか。しかし、その【呪腕】の娘が魔法少女独立保守機構の人間になっているとはな……」
魔法少女独立保守機構、聞くところによると、魔法少女たちが集い、魔法少女たちのためのコミュニティを形成して、その上位にいる「神名」たる加護名……副名を頂戴した者たちがとりまとめいているらしいですね。例えばですが、真名たるものが愛藤愛美さんでしたら、加護名はマナカ・I・シューティスター、Iが加護たる神名の「イリス」を表していますから。【イリスの愛を受けし者】、【アイシスに愛を捧げし者】と言った加護の象徴の通り、その加護を受けていることになります。
「おっと、長話でしたね。そろそろ誠様の元へと戻らなくてはなりませんので、由梨香、戦いますよ。貴方が、あの後、どれだけ強くなったか、と言うのをわたくしに見せてください」
その瞬間、師の周囲から強い力の波動を感じます。これで、本気ではないのだから末恐ろしいです。自分は、本気で行かなくては、確実にやられるでしょうね。
「紳司様、暗音様、ご武運を……。自分は自分で、やれることをやりますので」
そのように紳司様に告げて、意識を切り替えます。雑念交じりの状態で、師と向き合えば、どうなるか分かっていたので、全てを吹っ切り、前を向いたのです。
「ああ、任せたぞ、由梨香」
紳司様のその声を感じながら、師を見る。あそこにいるのは、おそら世界に3人だけの最強のメイド、スーパーメイドたる師です。生半可で勝てるなら、自分はメイドになっていなかったでしょう。
「さて、では、始めましょうか。……【メイド奥義451・騏驥炎懺】」
いきなり大技のようですね。だからこそ、自分も本気でこれをよけねばなりません。自分が、今、大技のようですね、と言ったのは、自分が教えてもらっていない奥義だからです。自分が師より教わったのは「243」個。そのうち、鞠華にも教えたのは「43」個。しかし、師の技を見るに、もっと多くの奥義があるということでしょう。
「《戦舞の闘歌》ッ!!」
自分の戦闘力を極限まで引き上げます。さて、どのような技が飛んでくるのか、自分には全く予想がつきません。
「由梨香、貴方に伝えたのは243の奥義でしたね。ですが、その多くは、メイドの基礎を基本にした技なのです。そして、244から先の奥義は、魔法に近い要因が必要になるので、貴方には教えませんでした」
そう言う師の方から、素早い炎の馬がかけてきます。まるですべてを焼き尽くすかのように、地面を焼きながら迫ってくるそれを自分は、打ち砕かねばなりません。
「メイド奥義59『主が為に牙を剥く』」
素早く、袖口のナイフを取り出して、構えます。しかし、このナイフでどうにかできる相手ではありません。
「メイド奥義76『時には壁となれ、時には刃となれ』」
炎をナイフで裂く、……と言うよりも、ナイフで振り払うように消し去ります。そして、そのまま、炎をからめとるようにナイフに纏わせ、そのまま投げつけます。
「なるほど、そう返してきますか。ですが、わたくしにそれは効きませんよ」
師は、ただ、一度拍手を叩きました。すると、その衝撃波だけでナイフは勢いを失い、炎も消えて、地面に落ちます。相も変わらず、化け物じみたい方ですね。
「【メイド奥義584・神行法】」
消えた……いえ、あれは、気と魔力で、動きを早くしている歩行術ですね。素が速いので、強化加速すると、さらに速くて見えなくなります。
「メイド奥義19『思いを共にし、いついかなる時も目を離さない』」
本来は、ご主人様から目を離さず、いつ何時もその身を外部の攻撃から守ることが出来るようにするための技です。
「なるほど、そう言う対応をしてきたのですか」
師は不敵に笑います。そして、動きを止めました。その束の間、一歩踏み出し、気が付いたときには背後を取られていました。
「その技、線の動きには強いけれど、点の動き、つまり繋がっていない行動には弱いんですよ。ずっと走り続けているのなら補足できても、止まって動く、って動きの合間に零が入ると途端に補足できなくなるのです」
流石に技の発案者だけあって、弱点も知っているようです。では、仕方がありません。あれをしましょう。発案者は紳司様、協力者は結衣さんと言う、自分の新しい奥義。
「メイド奥義・改番『静かに這い寄る黒い影』」
極限まで、自身の気配を、音を、全てを消し去る技。それも、能力によるものではなく、己のスキルとして身に着ける技ですので、不可解な消し方をするわけではありません。
「これは……面白いですね。ここまで完全に消せるとは……。きちんと成長しているようですね。では、見せましょう。こちらも、少し本当のメイド奥義と言うものをみせたい気分になりましたので」
その瞬間、自分の技が消し飛ばされました。それも能力や技巧の類ではなく、単なる力の奔流に。これは……?
「【メイド最終奥義・紅の月】」
世界は色を失います。突如、部屋が黒色に塗りつぶされるかのような、そんな錯覚に陥ります。それは、偏に、師の放つ【濡れ羽色の力場】が原因に他なりません。そして、その濡れ羽色の中に、輝くものが……。
黄金の瞳が濡れ羽色の中に光り輝き、そして、まるで血のようで、また、火のようでもある紅の髪が現れます。燃え盛るように【力場】で荒れ逆立つように。
「これがわたくしの真の姿。オルレアナが末裔にして、火刑に後悔の念を持つがゆえに、そして、その後、血に染まったがゆえに赤くなったと言われる紅の髪に、神なる者よりいただきし黄金の瞳。影がゆえに、その【力場】は濡れ羽色なのです」
影……火刑……?師は何を言っているのでしょうか。ただ、その圧倒的な強さは、その波動は感じ取れる域をはるかにこえていました。
「さあ、御眠りなさい、由梨香。次に会えるのはいつでしょうか。まあ、娘でもできたら連れてきてくださいね」
師の姿がぼけて見え、そして、自分は……
え~、遅くなりました。今回は、いろいろと忙しいことが重なったために遅くなってしまい申し訳ありませんでした。今年もゴールデンウィークがゴールデンでもウィークでもないので更新できるかは分かりませんがなるべく更新する予定です。




