335話:番外・オルレアンの聖花
※これは、「《神》の古具使い―番外編―」です。読み飛ばしても本編に、さほど影響はありません。
ルーアン……それは運命の地。その地にて、九世界における西暦1431年に齢19の少女の人生が幕を閉じたところから世界は始まった。
その頃、処刑された少女と同じ19歳の少女がいた。名前は、存在しなかったが、ある人より、オルレアナと名付けられた。そして、オルレアナは、少女の処刑と言う事実を知ったとき、自分の非力を嘆いた。
ジャンヌ=ダルク。オルレアンの聖女と謳われ、百年戦争を戦った英雄。多くの人がその名前を知っているだろう。そのジャンヌ=ダルクには影武者がいた。その影武者こそ、オルレアナと名付けられた少女だったのだ。本来、影武者は、代わりに死ななくてはならない、それなのに死ぬことが出来なかった。そのことを嘆き続けた彼女の人生は、悲惨なもの。
少女は、奴隷に身をやつし、こき使われ、それでも働いた。まるで、役目を果たせなかったことに対する償いのように。
働いて、働いて、働いて……、そうして働いた彼女の心の中にあり続けたのは、ジャンヌ=ダルクへの忠誠心だけだった。尽くすこと、それが彼女の根底だったのだ。
それは、オルレアナの娘たちにも受け継がれていく。奴隷であった彼女だが、あらゆる場所をたらいまわしにされて働き続けた果てにたどり着いた屋敷で、世話役の命を受けた。そして、その世話をした相手が後の婚約者の男。そうして彼女は結婚をし、子供が生まれるも、生まれたのは娘ばかり。跡継ぎの男は生まれず、家は没落。しかし、彼女も、その相手の男もそんなことは気にしなかった。そうして、生まれた娘に、没落した家の名前はあげられないし、何より、彼女が大事な人より授かった名前であるオルレアナ、その名を姓として名乗るようになったのである。
後の代までその血は受け継がれる。そうして、世界を越え、オルレアナの血脈は仕える者として広がっていく。そうして、とある世界の果て、クーベルリア禁国。同じ世界には、剣舞王国やパーラクロイス王国、クレイマル聖国などがある世界。その地にて生まれた少女がいた。その名は――シュピード・オルレアナ。後の世に、最強と名高い存在の一角として謳われる「世界の例外」。
クーベルリア禁国は、元はクーベルリア帝国だったが、帝王が禁忌を侵したせいで名前を変えることになった。その国の外れにある1つの屋敷こそ、デュース家の屋敷である。禁国の名の通り、帝王をはじめ、多くの貴族や臣民が禁忌を侵し、禁呪に呑まれ、禁断の存在となるなか、光を宿していた貴族は迫害され、外へ外へと追いやられた。それこそがデュース家であり、時の当主は、レノア・サー・デュースと言う。レノアの1人息子、ライアは、ある日、海岸を歩いていた。クーベルリア禁国は、他国との間に大きな海がある巨大な島国である。海岸など端を歩いていればいくらでもある。
「暇だなぁ……」
ライアは特別な少年だった。生まれながらにして、父を越える才覚を……いや、多くの者を越える才覚を持っていた。そして、カリスマもあり、強さもあった。森で修行をすれば小動物が懐き、どんな猛獣さえも倒すだけの力もあった。しかし、思慮深い彼は、自分が人の前に出ることを許されていないことを察して、決して人前に出ることはなかったのだ。
「へぇ、暇なんですか。いいことを聞きました」
ライアはドキリとした。事前に海岸に人が居ないことは調べていたし、そもそも誰かが好んでくるような場所ではない。だからと言って、油断はしていなかったはずのライアは、急に聞こえた少女の声に慌てて周囲を見渡したのだ。しかし、陸地には誰もいない。そして、海を見たライアは驚きの声を上げる。
「うわぁあっ!」
人生で初めてここまで驚いたのではないか、と言うようなライアの声。そこに居たのは、メイド服を着た少女。しかし、メイドと言う部分ではなく、「そこ」と言うのが問題だ。海にいたのだ。それも海の中ではなく、海の上。
「修行で海の上を歩いていましたら、面白い方を見つけられました」
平然と「修行で海の上を歩く」などと言ってのける少女は、そのまま、海の上を歩きながら、ライアの元までやってきた。
「貴方は……、ふむ、中々に、雄々しい雰囲気を持っていますね。決めました!」
少女は、ガシッとライアの手を取る。ライアは思わず振りほどこうとしたが、思った以上の強さにほどけない。
「なっ、何だよ!」
ライアは声を荒げるが、少女はちっともその手を放そうとはしない。それどころか、よりいっそ強くライアの手を掴み、自分の方へと引き寄せた。
「わたくしを、貴方のメイドにする気はありませんか?」
ライアは困惑した。デュース家には、今は、もうメイドはない。「今は、もう」と言ったように、昔は7名ほどメイドを雇っていたのだが、辺境へと追いやられるにつれ、メイドは減っていき、今では、デュース家にはライアとレノア、リリア、スーノンの4人しか住んでいない。
「俺はデュース家の人間だぞ。メイドを雇うのは無理だ。うちには金が無いし、そもそも、ウチの名前を聞けば事情は分かっただろう?」
「無償で構いません。それに、貴方がどこのどなたで在ろうとも、お仕えすると決めたのならば、それを貫き通すまでですよ」
こうして、少女、シュピード・オルレアナと主人、ライア・デュースは出会ったのだった。その後、7年の月日が流れ、レノアとスーノンが天寿を全うし、屋敷に残ったのは、ライア、シュピード、リリアの3人だけとなった。リリア・デュース。ライアの義妹である。リリアは、孤児院の娘であり、海外に売られそうになったのを助けた縁で、レノアが引き取ったのだ。
「そう言えばお兄様、知っていらっしゃいますか?」
可愛らし気にライアと話すリリア。禁国では忌み子とされる金髪を持った少女だった。金は光の色として、クーベルリア禁国では忌み嫌われている。
「何を、だ?」
ライアは、シュピードに紅茶を淹れてもらいながらリリアに問いかけた。リリアは話を聞いてもらえたのがうれしくて、喜々としてライアに語った。
「昔、孤児院の友達に聞いた話なのですが、なんでも東の大陸には、二大刀匠をも超える腕の持ち主の刀鍛冶がいるそうですよ?名前は確か、……シンジ・リッカと言うはずです」
この時代、つまりは、7年後、クーベルリア禁国はもはや、魔物の巣窟と化していた。禁忌に手を出した者たちが魔物となって、国を闊歩し、我が物顔で過ごしているのだ。だから、リリアは、武器が必要だ、と思い、こんなことを話したのである。
「刀……か。ふむ、気が向いたら依頼でもしようかな」
ライアの言葉に、シュピードは頷いた。この国をどうにかするためには、もはや、武器でもなんでも使える物を取り入れて、国を統べなくてはいけないだろう。
「では、少々お待ちください」
「あ?」
ライアはシュピードの言葉の意味が分からず、首を傾げた。が、つかの間、シュピードの姿は屋敷のどこにもなかった。それもそのはずだ。シュピードはその時、既に猛スピードで東に向かって海の上を走っていた。そして、パーラクロイス王国を通過して、たどり着いたのが剣帝王国だった。シュピードは別に、ここに目的の人物がいると知っていたわけではなく、剣帝と言う存在がいる国ならば、凄腕の刀匠の話が簡単に仕入れられると思ったからである。
「お、あそこのメイド、相当できるわね……。ちょっと、手合わせしない?」
腰に提げた連星剣に手をかけて女性が嗤う。まるで挑戦する相手を嘲笑うように、けなすように。しかし、シュピードは挑発には乗らない。
「いえ、時間が無いのでまたの機会に。それよりもリッカ・シンジと言う刀鍛冶を知りませんか?」
女性は、毒気を抜かれたように、剣から手を放し、ため息を吐いた。そして、肩を竦めながら、女性は言う。
「向こうの方に、一軒だけ建ってる家があるわ。そこに住んでるのよ。六花信司っていう鍛冶師がね」
シュピードはそれを聞くなり、すぐさま、その家へと向かう。その背中を女性……初代剣帝、七峰静葉は、見ているだけだった。
超スピードでノックを済ませつつ返事を待たずに家に入ったシュピードは、そこに1人の男を見つけた。
「おいおい、なんだよ。急に入ってきやがって、どこのメイドだ?」
男、六花信司は急に入ってきたシュピードを見るなり、ため息を吐いた。そして、その次の瞬間には、六花信司は空を見ていた。それも、ものすごい勢いで引っ張られながら。時には足が水に突っ込まれて濡れながらも、超高速で、引っ張られていく。声も出なかっただろう。
「お連れしました」
そして、30分もしないうちに、シュピードは信司を連れてデュース邸に帰ってきた。信司は気を失っている。
「おいおい……。気が向いたらって言っただろうが……」
ライアは呆れてものも言えなかった。こうして出会った信司とライアは、別段、仲が良かったわけでもないが、悪かったわけでもなかった。
「チッ、しゃーねぇ。打ってやるよ。適当なのをな。ゲン担ぎ程度だと思ってくれよ?」
こうして、信司は、1本だけ、刀を打った。デュース縁の工房で、自分の名も入れずに。だから後世で、彼は、自分の打った刀として、それを数えたことは一度もない。
そんな出会いを経て、ライアとシュピードは、本格的に国を治し治めることを決めた。魔物の巣窟と化した廃国を救うべく立ち上がり、そして、圧倒的な強さを持つ主人とそれをも上回る圧倒的な力のメイドが全てを制した。その後、デュースの名は世界中に轟き、また、クーベルリア帝国が復活したのである。そう、帝国だ。全ての皇帝の血が禁忌に染まったわけではなかった。唯一、……唯二つ、染まらなかった少女、アリア=ウィンザー。その少女とライアの出会いこそ、本当のライアの物語の始まりだった。
ライアはアリアと手を取り、国を治めると、その後、それを全て、リリアに一任した。リリア・デュース。生まれたときの名をリリア=ウィンザーと言う。
そうして、リリアが皇帝となり、名の打たれぬ刀は、その国を救った刀として祀られるようになった。ライア、アリア、シュピードは、世界の垣根を越えて、そうして、不死鳥……フェニックスと呼ばれる世界へとたどり着く。フェアリーライフと呼ばれる異世界から流れ着いた武器を使い機関の人間が闊歩する、そんな世界へ……。それが、後の大戦で例外と呼ばれる2人の戦いを巻き起こす原因となることは、まだ、誰も知らなかった。
大戦は、多くの犠牲を出しながらも集結し、【血塗れ太陽】と【月光神紅】の死亡と言う大きな犠牲を負ったそれぞれは、瓦解寸前だった。組織としての形を取り持つ世界管理委員会などの多くの戦力を保有していた時空間統括管理局側は無傷とは言わずとも、すぐに復旧したが、フェニックスは最大の戦力であるシュピードが主人を失ったことを原因に脱退したのを起因として完全消滅した。
次にシュピードがたどり着いたのは、夢の中だった。幾年もの間をぼーっと過ごした彼女が如何なる要因でそこにたどり着いたのか、と言えば、それは運命か、神の導きに他ならないだろう。メイドとして、勇者と魔女を姫の元へと送り届ける夢だった。ライア以外の主人が不満だったが、彼女は、久々に仕えることが出来て満足だった。「アーノル」と何度も間違えられながら、旅をして、城までたどり着き、夢から覚める。優しい気持ちだった。シュピードは、久々にやる気を取り戻し、夢で仕えた青年のことを見送ると、その世界で、1人の少女を育てることに決めた。その者こそ、桜麻由梨香と言う。
由梨香を育てた後に、彼女は、世界を渡り……そして、……!
「……?」
渡った世界で初めて目にしたのは、アリアによく似た少女と、ライアによく似た青年だった。少女はアロウス=ウィンザー、青年は宵邑誠。こうして、3人がであったとき、再び物語が動き出した。
え~、大学の課題が最初っからたんまりでたので、遅くなっています。その関係で、本来は、335、336話の後にいれる予定だったのですが、先に半分ほどできていたこの話を335話として書きました。本編の続きは少々お待ちください。




