275話:宴とデート1
紫炎と夏祭りに行った翌日、鷹之町市にある北大路邸に訪れていた。無論、遊ぶため……などではなく、勉強を教えるためであり、夜宵と2人きりの個人授業と言うことでもなく、残りの2人である大森檀と西園雅も一緒である。昨日の夜、無料通話アプリのグループでのやりとりにて、みんな勉強に行き詰っていることが判明した。その後、個人の方に通知が入り、檀、雅、夜宵の3人から似た様な「勉強を教えてほしい」と言う旨の連絡がきたので、結果としてグループにて「3人とも勉強を見てほしいみたいだからどこかで勉強会を開こうか」と送った結果がこれである。
「あ~、ここか……俺も小学校の時に苦戦したなー」
そんなことを言いながら俺は、彼女たちに勉強を教える。今教えているのは2次関数だ。このまま、微分積分とか、線形代数とかも教えようかと思ったが、それは進む進路次第だろうしやめておく。
「しょ、しょーがくせいでコレやってたの?」
何を驚いているんだろうか、とは流石に言わない。そのくらいの常識はあるつもりだ。尤も、姉さんは普通に「なに驚いているのよ」と言いそうではあるが。
「別におかしな話ではないだろ。それよりもしっかり勉強しないと三鷹丘に受かるのは難しいぞ、たぶん」
俺は難しいと思わなかったから分からないが、周りの連中は割とそう言っていたので、そうなんだろう。そんなことを考えていると、部屋のドアが開かれた。
「あら、今日は男の方もいらっしゃるのね」
そう言って入ってきたのは、夜宵の母なのだろうが……その顔には酷く見覚えがあって、俺は、めまいがしたような気分になった。
「キャステル・ジグレッド……?」
俺は恐る恐る、小さくその名前を呟いた。キャステル・ジグレッド、通称【湖の夜風】と呼ばれた【銃使い】である。その高名は広く知られていて、辺境世界の端っこだった剣帝王国にもとどろいていた。警務、と称し、悪鬼を退ける最強の武士と。実はそこのリーダーに刀を打ってほしいと頼まれたこともある。断ったがな。リーダーは【刀使い】だった。そして曲者なのが【糸使い】。他にも【毒使い】や【棒使い】など、その道のマスターが勢ぞろいしていたのだ。
「……?ヤヨママは日本人だよぉ?」
雅がそう言う。しかし、まあ、奴らはほとんど日本人顔だったからな、その辺のことは気にしていない。言語なんてものは世界によって違うのだ。名前もそれぞれだろうし、表現できる文字であらわしているだけで、それが適格とも限らない。
「あなたは、どうして、私がキャステルなどと言う名だと思ったのですか?」
夜宵の母であろう人物が少し真剣な瞳で俺に訴えてくる。俺は、少し引き気味に、その質問に答えることにした。
「いえ、かつての知人……クシャルデ・コンコータと言う人物の部下に貴方がよくにていらっしゃったものですから」
クシャルデ・コンコータ。保安警務委員会のリーダーを務める。そして、この人物こそが件の【刀使い】でもある。5振りの刀を扱うもので【陽刀・鳴雷】、【陰刀・鳴雷】、【鬼刀・煉鉄】、【邪刀・邪血】、【梦刀・永劫】を使う。おそらく、彼は真に使い手と認められているであろう。
「天狗君のお知り合いですか?」
天狗君……?確かに奴は【霧山の天狗】と言う通称があったが……。
「なるほど、そこまで親しい交友関係はなかった、と言うことでしょうね」
「ええ、それに幾分昔のことですからね。まだ、局の形ができ始めたころでしたし、局に対する抑止力となるために6振り目の刀を打ってほしいと頼まれた程度の間柄です」
俺の言葉に、彼女は押し黙る。その右手は、僅かに宙を彷徨いながらも、引き金を引くような形で止まっている。
「一応、言っておきますけど、本当のことですから【榮銃・バルドステイン】を呼ぶのは勘弁してくださいよ」
キャステル・ジグレッドが愛用したと言われる4丁の銃、【榮銃・バルドステイン】、【魔銃・バンドベル】、【奇銃・メロネスボルテ】、【暗銃・ハイステン】。このうち、威嚇に用いられたのが【榮銃・バルドステイン】であることが多いことから、そうだろうと予測して言ったのだ。
「の、ようですね。娘の手前もありますが、こちらが折れましょう。初めまして、北大路夜風です。昔は、あなたのおっしゃるように警務の仕事をしておりました。まあ、あの頃からの現役は私以外の全員でしょうが、何人かはやめかかっていますがね。
それにしても、このようなところであなたのような方に会うとは。それも娘と一緒に居るとは思いませんでしたよ。信司さん」
信司と言う意味でのニュアンスで俺を「シンジ」と呼んだ。
「さん付けはやめてください。今は小童同然ですからね」
俺の言葉に、夜風さんは微笑んだ。3人組は置いてけぼり状態だが、まあ、仕方がないだろう。おそらく意味は分かっていないんだろうな。
「そうですか……では信司君と呼びましょう。それにしても、ここは、凄い地のようですね」
凄い地、と言うのはどういう意味だろうか。魔力が溜まっているとか、夜風さんと俺がいるとかそういう意味だろうか。
「暁君も時期にこの地へと足を踏み入れるでしょうから。今から20年もしないうちにでしょうね。とある人物を捕まえるために。そんな彼女と、そして、あなたがいる、なんて悍ましい世界でしょう」
彼女……。20年後のこの地に何がいるってんだろうか。結構恐ろしいんだが……。また、青葉家関係だろうか。
「『悪魔でも魔女』。それを追って暁君はこの地へとやってくるんです」
「悪魔でも魔女」。姉さんに聞いたことがある。篠宮はやてさんの娘、篠宮雷無のことで、黒龍と言う龍と契約し、体内を悪魔と化すとかなんとか。
「それにしても暁君……ってことは【暁の古城】レヴァッサ・ジル・レヴァーノフか」
件の曲者な【糸使い】がこのレヴァッサだ。糸を使った変則的な攻撃で、おそらく常人では太刀打ちできないだろうとされている。俺も実際に会ったことはないから分からないが、そんな人物が篠宮雷無を追うのか……?
「まあ、ヴィサリブルによると『悪魔でも魔女』よりも彼女の育てる3体の吸血鬼の方が脅威になると。夜威綺桐、夜威啓鳥、そして東雲彰。これらを育てる彼女の暖かさと言うのが余計に恐ろしい、とヴィサリブルは言っていました」
ヴィサリブルと言うのは【ヴィサリブルの芙艶】ズッチェル・マキイータのことだろう。それにしても、東雲……篠宮の分家はまだ育てる理由として分かるものの、夜威って家の2人を育てるのは、何か事情があったんだろうか。兄弟だろうかな。
「吸血鬼ですか……、そういえば、警務は吸血鬼も警戒していましたよね」
「ええ、特に暁君が。彼も……訳ありだから。それよりも、その暁君からの情報だと、滅びの刻を待つ者がこの辺で活動をしようとしているらしいけど、何か分かってます?」
おっと、ここで、あの話が来るのか。【滅びの刻を待つ者】。天兇の魔女が率いる時空間にある魔法組織の1つだ。9月にこの地で、俺たちを狙って動くらしい。
「まあ、ある程度は。心配せずとも、ターゲットは、俺の方ですからね。あくまで俺らの問題、警務が首を突っ込む案件じゃないですよ」
そう、これは、あくまで俺たちの問題だ。だから、警務も局も護国組織も決して介入を許さない。そうでなければ、俺は……
その時、俺は、ただ、数日前に史乃さんに言われた「■■■■のことを思いだしてあげて」と言う言葉が頭に浮かんでいた。
「まあ、そう言うのでしたら暁君たちには私から伝えておきます。そうだ、それと、フィーラ・ブレッセンド=スプリングフォールの娘には気を付けておいてください。私たちですら、その存在がつかめていないのですから。名前は……フェスタとかだったと記憶していますが」
存在がつかめていない、か。まあ、なんとなくそうではないか、と思っていた。無理もないだろう、一般人ではないとはいえ、完全に注意しなければ、あいつの存在を見つけるのは不可能に等しいだろう。ただ、本人は見つけてほしい、と言うような意図の発言もしているから、自ら見つからないようにしているわけではないのかもしれないがな。
「無理もないでしょう。いくら三神の1柱の創った木端世界のルールとはいえ、神のルールが適用された力、普通は見抜けないのも無理はないんですから」
そう、薄々勘付いていた。だから、俺は、壁の方を見ながら、静かにその人物へと語りかける。
「なあ、春秋宴、……いや、フェスタ・ブレッセンド=スプリングフォール」
スプリング、この場合はバネではなく「春」。そしてフォール、この場合は落ちるとかではなく「秋」。その二つをつなげて「春秋」。フェスタは祭り、すなわち「宴」。よって「春秋宴」。
「バレてた、と言うべき?」
染めた青い髪を持つ、夏だというのにマフラーを巻いた謎の少女。三鷹丘学園高等部3年X組、特別授業免除生。そして、フィーラ・ブレッセンド=スプリングフォールの娘。――その人物が立っていた。
本来、この275話を持って恋戦編は終わる予定でしたが、全キャラクターが無駄に2話とかに分割している関係上、あともう少し伸びる予定です。276宴2、277、278由梨香、279、280鳴凛、281、282イシュタル、283、284■■■、285不穏の予兆と言う形で、あと10話を予定しています。イシュタルの次の人物は、まあ、全体のエピローグ、トゥルーエンドの関係ですかね。話数調整で入れる予定です。
更新速度の低下、まことに申し訳ありません。これからも《神》の古具使いをよろしくお願いいたします。




