270話:ミュラーとデート2
ミュラー先輩は、いつもと微妙に雰囲気が違っていた。いつもの脚の露出が高いタイプの服ではなく、ワンピースだった。それも長袖ではなく、エプロンワンピースタイプ。それも、インナーは透け感のあるシースルー素材のシャツなので、ミュラー先輩特有の刺青のように広がる呪印が……赤薔薇が透けて見える状態になっている。腕も同じような素材の長い手袋で覆われている。
金色の髪は、いつものような感じではなくゆるりと巻いた、ふわっとした感じのある髪型だ。他にも少しおめかししたような様子がところどころに見られる。
どことなくお嬢様っぽい雰囲気を醸し出している。これで日傘でもさしていれば完璧だっただろう。
「それで、ミュラー先輩、今日はどこに行くんですか?」
今日は一緒に行きたいところがあるということで呼び出されたはずだ。まさか、どこに行くかも決めていないなんて言うことはないだろうし、とりあえず目的地をはっきりさせたいんだが……。俺の言葉に、ミュラー先輩はにっこりと満面の笑みを浮かべて、俺に向かってこう言うのだった。
「な・い・しょ♥」
その色っぽい言い方で、耳元で囁かれて、思わずドキッとしてしまった。しかし、内緒にされても困るんだがな……。電車に乗ったり、タクシーを使ったりする場合は金がかかるから、流石に卸してこないと。ヤバイほどに金欠ってわけじゃないが、心配ではある。ああ、あと、この場合のタクシーってのは秋世じゃなくて普通のタクシーのことだ。
「じゃあ、行くの」
ミュラー先輩は、そう言って、俺の手を取った。だから、その手をそっと握り返す。まるで恋人同士のように手をつないだ。
「ええ、行きましょうか」
俺とミュラー先輩は、ゆっくりとした足取りで、一緒に居る時間を少しでも長く味わうかのように歩き出した。
駅からしばらく歩けば住宅街だ。木が生えている部分も結構ある。自然が多いと言えばよく聞こえるが、要するに田舎と言うことだ。電車に乗っていれば田畑も見かけることが多いし、実際、少し歩けば畑はいっぱいある。八鷹市の方が畑多いけどな。スイカとか落花生とか、そのほかにも野菜はいっぱい育ててるし。これで、もう少し千葉の方へ寄れば都会じみてくるんだが……、まあ、別にそこまで不満があるわけでもない。
実際のところ、こうして歩けば、ある程度のところで、畑が見える。駅前は花月グループや南方院なんかのビルやマンションが立ち並んでいるにも関わらず、まあ、こんなものだろうか。
そんなことを考えながら、ミュラー先輩の隣を歩く。どこまで行くのだろうか。それなりに歩くのならバスを使ってもいいはずだ。歩いてのんびりっていうのも悪くはないし、俺も断る理由はないんだが……。
「あの……ミュラー先輩……。俺、ずっと聞きたかったことがあったんです」
俺は唐突と言ってもいいくらいに話を切り出した。まだしばらく歩きそうだから、今のうちに聞きたいことを聞いておこうと思ったのだ。
「ん……?何なの?」
ミュラー先輩は、小首をかしげながら、俺の方に優しい微笑みを向けている。別に大したことを聞くわけではない。
「いえ、その、イギリスにも《古具》使いはいたんですよね。日本では《古具》使いが生まれやすい家とかありますけどイギリスではどうだったのかな、なんて」
その問いかけにミュラー先輩はややがっかりとした感じだった。しかし、頷いて答えてくれるようだ。
「そんなことなの。有名なところで言えばファンデルロッシュやヴェスツーヌ、ネルフィルとかなの。まあ、あのあたりの元貴族っていえばわかりやすいの。他にも、ロンドンやストーンヘンジのところとか、そのあたりの人間は《古具》使いになりやすいと言われているの」
日本では京都、恐山、三鷹丘などがあげられる。同様に、アメリカのエリア51、ワシントンD.C.、フランスでのパリやモン・サン=ミシェル、マルセイユ、スイスのレマン湖の南西岸にあるジュネーブ、エジプトのピラミッド、ペルーのナスカの地上絵などと同様に、イギリスでの《古具》の生まれやすい一種のパワースポットのようなものになっていると考えられる。
「そんなことより、あたしも1つ、いいかな?」
ミュラー先輩がにっこりと笑って俺に聞いてくる。何だろうか、別に質問されて困るような内容じゃなければ答えるんだが……。
「ええ、変なことじゃなければ」
俺の言葉に、ミュラー先輩は、決心したようにうなずき、そして、俺の方を上目遣いで見ながら、それを口にする。
「シンジ君は、金髪は嫌いなの?」
何の質問じゃそりゃ。そして、答えは決まっている。嫌いなわけがない。今世に入ってからも、ずっと好きだったし、前世にも普通に金髪は珍しくなかったからな。嫌いなわけがない。
「全然。むしろ、好きですよ?」
俺の言葉に、ミュラー先輩は、なぜか顔を赤くして俯いている。金……そういえば、【黄金の炎柱】と呼ばれる天使。全てが……【力場】すらも金だという彼女、イシュタルの話によると、【黄金の炎柱】……金翼の天使と俺の息子が結ばれるらしいのだが、それがなんと、七峰剣姫の息子でもあるらしいのだ。七峰青、と言う息子、しかし、イシュタル曰く「七峰剣姫と青葉紳司が結ばれる事実」と言うものは存在しないらしいのだ。要するに訳が分からない。俺と剣姫は結ばれないのに七峰青と言う息子が生まれる。それも、俺とは血が繋がっているという。薄まってなどいなく、直系。
これを聞いた俺と姉さんは、流石に訳が分からなさ過ぎて、予想も立てられなかった。正確には予想に近いものはいくつも出たが、それが正解か考えるとどうしても壁にぶつかる。今のところ一番有力なのは、人工授精により生まれた剣姫の息子、次点でクローン。
「そ、そう……、よかった。あ、ここなの」
俺とミュラー先輩の足が止まる。やってきたのは、天文台だった。そんなに大きな場所ではないし、俺ですら、こんな場所に天文台があることは知らなかった。少し小高い丘の上にあるここは、寂れた人気のない場所だ。
「よくこんなところを知ってましたね」
感心しながらミュラー先輩に言うと、ミュラー先輩は繋いでいる方とは逆の手で、マンションを指さした。あそこは……
「うちからここのことが見えるの。だから、知ってた。それに都万那珂せんせの思い出の場所だって」
都万那珂……?まあ、いいけど、それにしても、ここ、営業中なのだろうか。寂れすぎていて、ちょっと入るのをためらってしまう。
「おや、お客さんかい?」
ぼさぼさの髪と、よれた白衣、そして、黒ぶちの眼鏡が特徴の30歳くらいの女性だった。首からIDカードのようなものを提げているので、ここの関係者だろう。
「……おや、こりゃ、珍しい。都万那珂の件は片付いたはずだろうに、清二」
清二……じいちゃんのことか。……何だろうか、うちの家族はこの辺で顔が利きすぎるが、俺が間違われることも多いな。
「いえ、俺は清二ではなく……」
孫の紳司です、と言おうとしたら、女性は遮って、「ああ」と声を出してから納得したように言った。
「なんだい王司の方かい。全く、あんたら親子は似ててしょうがない」
父さんとも知り合いなのかよ。これだから……。まあ、ウチの家族が絡んでいたなら厄介事があったってことだろう。
「いや、清二の孫で王司の息子の紳司です。青葉、紳司です。なんか、ウチの家族がいろいろと迷惑をかけているようで申し訳ありません」
俺の言葉に、女性は驚いていた。しかし、その驚きも長くは続かなかった。そして、女性は「なるほど」と笑う。
「いや~、親子三代にわたってデートに訪れるとは……。そう言う風習になっているのかい、青葉家では。まあいいさ。あたしゃ、古呉万都千手子。ここの館長をしている」
千手子さんは、そう言うと、俺たちを中に案内してくれた。ミュラー先輩と一緒に、管内のプラネタリウムを見上げる。
「星は……好き?」
「ええ、俺は、好きですよ。ロマンがありますから。星座やその物語、それだけじゃなく、この地球と言う星からものすごく遠くに離れた幾千万の星々が、俺たちの眼に届くまでに光ですら長い時間をかけているんですよ?
アインシュタインの相対性理論によれば、光よりも早いものは存在しない。ニュートリノは、結局のところ、現在では光と同じ速さと言うことになっていますからね。その光ですら、俺たちの元へ来るのに……時間がかかる遠くに見える星、もしかしたら、見上げた時にはその星はないのかもしれない。光っていても、それは来た光が……つまり10前とかの星の姿なんですから。もしかしたら秋世の《銀朱の時》なら、光の速さを越えられるかもしれないけれど、……っと、まあ、こんな風に喋ってしまうくらいには好きです」
俺は、つい、ミュラー先輩に語ってしまった。少し気恥ずかしい。
「あたしも好きなの。あの、星空は、『人々の輝き』……生きた証だから。だから、好きなの」
そして、ミュラー先輩は、……
「でも、それと同じくらいあなたのこともスキ」
俺の頬を両手で挟み、ぐっと俺の顔を自分の顔に寄せて、……口づけをした。
「宇宙に輝くのは過去。そして、目の前にあるのは『今』だから。だから、あなたに『今』をあげる」
俺は、――唇を奪い返す。
「――『今』だけじゃなく、『未来』を俺がもらってもいいですか?」
俺たちは、昼の中の「夜」の星々の下、過去と今と未来を……。
それから、ミュラー先輩との時間は続く、そして、本物の「夜」、その星々の下で、別れ際に、キスを交わして、この日を終えたのだった。
え~、非常に遅くなって申し訳ありません。今回は、ミュラー先輩ルート一直線、みたいな話ですね。




