268話:ユノンとデート2
俺とユノン先輩は、俺にとってのいつものカフェ、紫炎と話したり姉さんと会ったりしたあのカフェに来ていた。結構常連になりつつあるな、と思いながら、席に座って店員に俺がコーヒー、ユノン先輩がオレンジジュースを頼んだ。
「それにしても、紳司って相変わらず謎の交友関係があるわよね」
やってきたオレンジジュースをストローで吸ってからそんな風にユノン先輩が言う。まあ、雷花のことは、不思議な交友関係ではあるのだが……。
「天導さんやそのお友達、妹さん、お母さん、結構親しそうだったけど、天導さんとは仲がいいの?」
む、天導との関係?そんなことを聞かれても困るな。特に親しくもないし、……と言うには御幣があるが、親友とか友達のくくりではないだろう。
「まあ、高校に入ってからの知り合いだしな。同学年でそれに1年の時……まあ、その、なんだ、いろいろとあったから」
あまり口にしたくないタイプのことがあったのだ。しかし、天導は母親の職業のことを死っているんだろうか。三門は二代目以降変わってないはずだから雷花が三門であるはずだ。妹や弟の名前も出ていたが、副隊長の風菜、副隊長補佐の疾風、中隊長の両花、と三番隊の上位陣は、ほとんどが天導家で構成されているはずだ。それなら家族なら、その仕事を知っていてもおかしくはないんじゃないだろうか。
「いろいろって何よ。まあ、言いたくないならいいんだけど」
言いたくないってのは確かにそうだが、まあ、しかし、これも縁と言うものの類なんだろうとは思っている。
「……あれ、そういえば」
そこで俺は気づいた。没落したとはいえ、天導家には、最強と呼ばれる従者がいた。ユーラスディンの聖騎士とマールスディンの魔導師だ。あの2人の話を雷花の管理局入隊以降に聞いていないんだよな。
「まさか……」
邪法転生。正確には、邪法生魂という術らしいが、マールスディンの魔導師が知っているとされる禁忌の魔術で、自分の魂を別の存在に与えることができると聞いたが、……。ライチェル・ユーラスディンとチェッカーゼ・マールスディン、その名前と言い、いや、まさかな。
「さっきから何なのよ。急にうなったりして」
少し拗ね気味にユノン先輩。流石にこれ以上放置するのはあれだよな。今はその考えを他所においておこう。
「なんでもないって。それよりもユノン先輩、買い物はどこに行く?」
俺の問いかけに、拗ねながらも反応を見せてくれる先輩。どこにしようかしら、と頬に指を当てながら考えている。
「そうね、……もうしばらくここに居ましょうか」
あ、コレ、特に買い物とか何も考えてなかったな。さて、どうするか。飲み物だけを頼んであまり長居するのも店に迷惑だろうし、ここは、そうだな……。
「じゃあ、俺の家にでも行くか?」
今日は姉さんは不在だったはず。それ以外の面々の予定は聞いていないけど、別に問題はないだろう。そもそも姉さんがいたところで問題はないのだが、姉さんの場合はユノン先輩の髪色を見たら馬鹿にしそうだという勝手な思い込みがあるからだ。実際、姉さんの場合は馬鹿にしないのかもしれないが……、零桜華やイシュタルはピンク髪を日常的に見ていただろうから抵抗はないって分かるからな。あ、母さんは基本的になんでも受け入れる。
「え、……い、家ってあの家?」
どの家だよ、と突っ込みたかったが、まあ、スルーしておくことにしよう。さて、と、それで返事はどうだろうか。まあ、断られるとは思っていない。男の家に上がるのは抵抗があるかもしれないが、母さんとは面識があるし、実家暮らしなことは知っているはずだ。一人暮らしの家ならともかく実家暮らしで断る理由もないだろう。
「そうだよ。俺の家ならここからそう遠くないし」
まあ、ここ自体通学路の途中だし、学校からも家からも大して離れちゃいない場所だからな。だから、俺の家に行くのは簡単なんだが……。
「え、ええ、いいわよ。うん、行きましょう」
少し嬉しそうであり、それでいて緊張したような顔で頷いたユノン先輩。そんなに何か考えなくちゃならないことがあっただろうか。まあ、価値観は人それぞれと言うし、その辺、俺とは何か感性が違うのかもしれないな。
「じゃあ、出ましょうか」
そう言って、伝票を持って、レジに向かう。会計をとっとと済ませて……無論、全て俺が出したのだが、まあ、その辺はいいとして、カフェを出ると、俺の家に向かった。
俺の家に向かっている途中で見知った顔が2人、ちょうどすれ違いざまに歩いてきた。前々世での姉さんの娘である紫雨零桜華……今は青葉零桜華、それとイシュタル・ローゼンクロイツの2人である。
「零桜華、イシュタル、2人とも出かけるところ?」
俺は2人に聞いた。すると、零桜華は気怠そうに、イシュタルは少し笑いながらこっちを見て答える。
「ええ、今から、ちょっと買い物に……」
「叔父さん、ちょーど、父さんも、ばあちゃんもいないからゆっくりできるわよ」
零桜華の言う「叔父さん」と言うのは無論俺のことである。姉さんの弟であるから正しい……はずだ。あとばあちゃんと言うのは母さんのことな。
「必要なら、外に泊まってくる来るくらいの気遣いはしてあげるわよ?」
「いらん気遣いすんなっての」
イシュタルが変なことを言うから、そう言って、そうして、そのまま2人の背中を見送った。そうして、そのまま、ちょと2人のことを気にしているようだったユノン先輩を連れて俺の家へ向けて再び歩き出した。
そして、家に着くと、鍵を開けて、ユノン先輩を中に上げた。前に来たのはミュラー先輩と由梨香くらいだっただろうか。あとの面々で、この家に入ったことがあるのはほとんどいなかったはずだ。ああ、秋世はこの間来てたけど、あいつの場合は、俺が生まれる前にもここにきてそうだしな……。
「お、お邪魔します」
ユノン先輩が恐々とした態度で、靴を脱いで家へと上がった。リビングに通してもよかったが、ここは、俺の部屋に通すことにした。
「ここが、紳司の部屋……」
何の変哲もないただの部屋なのだが、何やら興味津々と言った様子で室内をキョロキョロと見回していた。
「いろいろと……凄い部屋ね?」
なぜ疑問形、と言うか、凄いも何も特に何の変哲もない部屋のはずなのだが。簡素でも雑多でもない普通の部屋と言うべきだろう。片付けてないわけでもない……と言うか、最近は由梨香が定期的に訪れて勝手に掃除をするし、母さんも勝手に掃除をしているんだからな。
「……あれ、あの写真って」
ユノン先輩の眼がある写真立てで止まった。有名なキャラクターが手に持っている形で写真を置ける写真立てだ。そこに飾られているのは、子供の頃の写真。
「俺が子供の時のだな」
子供が4人、全て男。あの時は姉さんもいなかったしな、ちょうど男子たちで遊んでいるところを撮られたのだ。
「へぇ……、あれ、この子って……」
ユノン先輩が写真を見て、そこで俺も気づいた。4人のうち1人が俺、そしてもう1人は市瀬亞月、俺の幼馴染にしてユノン先輩の親戚だった。他にも桜見統太、菜々木秀が映っていて、写真を撮ったのは桜見母である。
「亞月だよ。俺の幼馴染だった」
どこか懐かしそうではかなげな顔をしたユノン先輩は、写真を眺めていた。統太と秀と亞月で騒いでいた日々、一緒に秘密基地を作ったり、サッカーをしたり、そんな日々は今でも覚えている。子供の頃は、……小学校の頃にはもう高校の教科書に手を付けていた俺と姉さんだったが、プライベートでは本を読んだり、母さんから技を教わったりしていた。その影響であまり放課後にまで遊ぶようなタイプではなかったんだ。しかし、この3人とは例外だった。特に亞月は姉さんともよく遊んでいたしな。
「亞っくん、楽しそう……。そっか、こんな風に遊んでたんだ……」
その懐かしそうな呟きに、俺は何とも言えなくなった。そう、亞月を殺したのはほかならぬ、このユノン先輩自身なのだから。のっぴきならない事情があったのは知っている。誰も彼女を責めてなどいない。いや、唯1人いるとしたら、それは彼女自身ではないだろうか。
「ねぇ、亞っくん、君は天国で元気にしているのかな?……お墓は市原本家にあるからいけないけど、まあ、亞っくんのことだからどこでも元気でやっているわよね。もしかしたら、天国でお母さんに会ってるかもしれないけど、まあ、お母さんもお母さんで大丈夫だと思うけど……」
そんな風にかすれるような小さな声でつぶやいたユノン先輩。その目には少し涙も見えた。俺はそっと彼女の肩を抱いた。
「し、……紳司……?」
俺の眼前のピンクの髪が揺れた。振り返るユノン先輩の顔がすぐ間近にある。ピンクの睫毛が、ピンクの瞳が、赤い唇が。
……まるで吸い込まれるように俺は、その唇に俺の唇を重ねていた。涙にぬれていたユノン先輩の眼が大きく見開かれて、驚いたような顔をする。
「んぅ……」
唇を離して見つめ合う。まだ、唇の感触が残っているような気がしている。再び唇がくっつこうとして、ユノン先輩が俺を押しとどめた。
「ダメっ……、これ以上はみんなに悪いもの」
みんなが誰かは分からない、けれど、拒まれているわけではないのだろう。
「だから……私を選んだときに続きをやってもらうわ」
だからの後は小さな声すぎて聞こえなかった。ユノン先輩は、そのあと、笑顔を取り戻し、しばらく遊んだ後に帰ったのだった。
え~、遅くなりました。続きです。秋世、静巴とそこまで恋愛描写よりもストーリーに絡む話の方が多かったですが、このユノンの話は結構進展ありな感じにしました。次は、ミュラーです。




