265話:静巴とデート1
秋世とデートをした日の夜、静巴から電話がかかってきた。次は静巴の番であるというのは聞いていたので、そのことだろうと思って電話を取った。
『青葉君、明日は、一緒にデートしませんか?』
別に断る理由もないし、そもそもそう言う約束なのだから問題なくうなずいて、そして、翌日の朝10時に鷹之町中央駅前で待ち合わせと言うことで、昨日と同じ時間に起きて、同じように朝食を取っていた。
「今日も早いですね。まさか、今日も天龍寺先生とデート、なんて言いませんよね?」
そんな風に母さんが言ってくるので、俺は苦笑しながら母さんに昨日のことをそれとなく言うことにした。
「母さん、近々、《チーム三鷹丘》の方に連絡が入ると思うけど、なにか大きな事件が起こりそうだから、気を付けておいて。昨日、秋世と出かけて、それを聞いたんだよ。天龍寺家本家でね。姉さんに言うと姉さんだけで突っ走りそうだから極力最後まで黙っているようにしといて。
ああ、あと、今日は、前世の嫁とのデートだから」
これで秋世とのデートがこの話のため、と勘違いしてくれたら嬉しい。それとさりげなく今日の目的も言っておいた。話の前半を意識させて話を逸らす作戦だ。
「暗音さんに内緒で、と言うことは、その一件に、《チーム三鷹丘》と紳司君と暗音さんが関わっているということでいいんでしょうか?」
よし、話の前半にばっちり食いついた。さて、どうやって説明するか、あまり長く説明していると時間が無くなりそうだしな。
「詳しくは天龍寺家の紅紗さんか深紅さんが説明してくれるはずだ。《チーム三鷹丘》には、今日か明日には連絡が入ると思うから。ただ、1つ言えるのは、俺と姉さんは絶対に無関係ではいられないことになりそうってこと」
そう言うと俺は、席を立ち、自分の部屋に戻るのだった。誤魔化しと警告を両方同時に済ませた俺は、さっさと着替えていた。昨日よりはまともな格好で行かないと静巴に失礼だろう。前世の彼女はそう言ったことを気にする正確ではないが、静巴なら気を遣うに越したことはないからな。前世での静葉とのデートと言えば、いつも英二と一緒だったからな。これと言って2人きりのデートと言えば、鍛冶場で静葉が見学しているときくらいなんだよな。
だから、こうして、2人きりのデートと言うのは実質初体験なのだが、どんなデートになることやら。楽しみな反面、不安でもある。
そんなもどかしいことこの上ない気持ちを胸に秘めたまま、午前9時35分着の電車を降り、鷹之町中央駅を出て、待ち合わせの場所に着いたのは午前9時40分前後だった。まだ、待ち合わせまでは20分ほどの猶予があるのだが、少し緊張してきたせいかそわそわしてきた。
「あ、青葉君、待たせてしまいましたか?」
腕につけた時計を見たときだった。そんな風に声をかけられ、思わずドキリとしてしまい、少し慌てるような挙動で声の方を見る。
「もう、どうしたんですか?確かに予定よりは早いですけどね」
違う、そんなことではない。いや、そんなことではあったのだが、今はそんなことで生死しているわけではない。
静巴は、制服でもドレスでもなく、少し気合を入れているのであろう、かなり可愛い服を着ていた。白地のキャミソールワンピース、菱形と交差線の入った艶のあるストッキングをはいて、白のパンプスを履いていた。全体的に白い印象を受けるが、それが静巴に儚さと言う印象を与えていた。
メイクもナチュラルメイク……もしくはメイクをしていないのかもしれない。そう思うほど過度ではなく、自然な感じだった。ただ、よく観察すれば、うっすら化粧をしているのは分かるがな。髪も少しアレンジしているし艶もある。前髪も僅かに整えられているし、美容院にでも行ったのだろう。ナチュラルなメイクとすこしカールのかかった淑やかな髪型が服の印象ともマッチして、……つまり、凄く綺麗だった。
「おはよう、静巴。その服、よく似合ってるじゃないか。無論、髪もな」
「おはようございます、青葉君。どうもありがとうございます。ほめてもらうと、やはり、嬉しいものですね。ところで、まあ、いつまでも『青葉君』ではやはり他人行儀でしょうし、『信司』と呼んでも構いませんか?」
別に構わない、と言うかむしろ大歓迎だ。これで、静葉のように言葉を崩してくれたらもっと気が楽なんだけどな。その辺は、前世と今世の育った環境の違いってやつが顕著に出ているのだろう。
「ああ、てか、もっと気楽にしてくれてもいいんだぜ?」
俺の言葉に苦笑いの静巴。あまり言葉を崩せないのだろうか。まあ、どっちの静巴も可愛いからいいんだが。
「別に口調を戻してもいいんだけどね、人目があるところであんま、この口調でいると、知り合いに聞かれると困るのよ。特に、この近辺だと、うちの生徒の他にも、結構な有名な知人とかもいるしね」
と、そんな風に静巴が静葉の口調で言った。昔の静葉と静巴が重なったが、昔は決してこんなにめかしこんだりしなかったので、そのギャップに心を打ち抜かれたような気分になった。
「ああ、そうか。そう言った事情もあるんだな」
「ええ、まあ。それよりも昨日の秋世とのデートはどうだったんです?」
おいおい、そんなことを聞くのか?答え方にはいろいろと悩むんだが、……仕方がないか。ちょっと誤魔化す感じで行こう。
「デートでするような話じゃないと思うんだがな……」
俺の言葉に、苦笑いの静巴。これには2つの意味が含まれるんだが、それを勘違いさせるような言い方をした。
「まあ、当然、女の子とのデートで別の女の話はするべきではないんでしょうけど」
そう、こういう話だと誤解させて、そして、まあ、楽しいデートの話から逸らす。母さんにしたのと同じように、ってことだ。
「あー、そうじゃなくてな。暗い話になるが、まあ、どのみち後で話すことにはなるだろうし、言っておく。9月に俺たちは、大きな戦いに巻き込まれるだろう。正確には俺、なんだが、戦力は多いに越したことはないだろうからな。生徒会のメンバーはおそらく強制参加だ。紫炎やタケル、律姫ちゃんなんかも、たぶん参戦するだろう。
ターゲットは俺と姉さん。前世がらみの因縁とかではなさそうだが、世界管理委員会も当てにならないし、結構ヤバいと思う。って話を昨日秋世の家で聞かされたんだ」
母さんと同じように、話を合わせたまま逸らしていく。静巴は、その話を聞いて、「ふむ」と軽く考えるようにした。
「なるほど。まあ、了解です。……それで、そのあと秋世とデートをしたんですよね。誤魔化すってことは結構進展があったんですかね」
誤魔化せなかった。流石は妻、と言ったところだろうか。ため息交じりに、とりあえず、駅前ゆっくりと移動する。道端に落ちている新聞の大見出しの北海道で3人の高校生が行方不明だとか、そんなのに意識を逸らして、さっそく足取りの重くなったデートをどうしようかと考える。
「ねぇ、信司。わたしは、実は、あの頃から、貴方に一途だった、と言ったらどうします」
よく言うよ、俺、二番手の癖に。そう思ったが、口にはしなかった。
「あの頃のわたしは、貴方の鍛冶に打ち込む姿に一目ぼれをして、でも素直になれなかった。まあ、妙にプライドと言うか、女であることにある種の誇りとでも言うべきものを持っていましたからね」
駅前のパン屋、コンビニ、不動産屋、薬局、弁当屋、花屋と次々と過ぎて、散髪屋の前の信号で止まる。
「恋が分からない、恋が認められない、そんな感情にさいなまれた時に、英司に『試しに付き合ってみない?』って持ちかけて、流れでやって静ができたんです」
んなふうに言ったら静がかわいそうだろう。それに静がいなきゃ、今の俺はいないしな。俺も……この青葉紳司と言う存在も静の子孫だからな。っと、信号が変わった。ゆったり横断歩道を渡り、食堂、塾、クリーニング店、駐車場と並ぶ道を歩く。
「それで、静が育って、そんなときに、信司に『結婚しない?』って聞いたんです。ほら、あの時、英司は渋る様子を一切見せなかったでしょう?それは、元からわたしが信司のことを好きだって知っていたから、了承済みのことだったんですよ」
なるほど、確かに英司を見て「こいつ独占欲が無いのか?」と思ったことは今でも覚えている。しかし、そんな理由があったとは。
「そうして、わたしは、ついに、貴方と結ばれ、紳と言う息子を授かったのです。しかし、世間的には剣帝と剣王の方が話題性が高く、静を放っておける状態ではありませんでした。貴方との時間は、取れなかったんです」
再び信号が変わり横断歩道を渡る。塾、老舗の食堂、コンビニと通って、総合運動場の横を過ぎていく。
「ようやく時間が取れるようになったのは人生の折り返しを過ぎた後、静は蒼司君と結婚して蒼子と蒼衣を産んでしばらくしてからでした」
そう、その頃には、英司は……。いくら命があっても足りない自然と戦いながら生きなくてはならない世界。
「そう、その頃には、ナナナ・ナルナーゼやアルデンテ・クロムヘルトのような宮廷魔導師とも知り合い、連星剣も静に託して、貴方に【神刀・桜砕】を貰い、あの最後の時まで人生を謳歌していましたね」
ああ、最後まで楽しそうな人生だった。残された俺は我ながら女々しいと思うほどに、心にぽっかり穴が空いたがな。
「そうして、わたしという人間は、貴方と共に歩みこそしましたが、決して『素直』には慣れなかったんです。だから、静巴は素直に生きようと思います。決して貴方を『誰にも譲りたくはない』。これは、素直なわたしの気持ち。前世から変わらぬわたしの気持ちです」
いつの間にか、俺たちは、足を止めていた。いつからだったかは分からない。何の話をしていたときかも分からない。それでも、いつの間にか、俺たちは、話に集中していたのだ。
「その気持ちは嬉しいし、俺も誰にも静巴を渡したくないよ。別に、君が俺だけの物だ、と言い張るつもりはないし、君だけを見ているとも言わない。気持ちがふらつくこともあるだろうけど、でも、君が好きなのは前世から変わらないよ」
こうして、この話は終わる。デートは楽しむものだ、いつまでもこんな話を続けるのもどうかと思ってな。さあ、デートの続きと行こうじゃないか。
え~、遅くなりました。課題が……課題がっ!そもそもおかしいでしょ、サマーセッションでほぼ夏休みの前半を潰しておきながら、課題が大量だから休ませる気なんて毛頭ないんじゃないの、と憤慨している桃姫です。
静巴とのデートは1話完結のつもりが2話分に……これ、ちゃんと15話に収まるのか心配になってきました。




