243話:霊王と九霊と虹の精霊
先ほどの会議から一時間弱、俺たち、つまり、俺、姉さん、昏音、旭璃ちゃん、イシュタルは三鷹丘学園高等部校舎の中にいた。転移を使って、やってきたのだ。ついでに、俺は、サボった……、もとい、この一件に巻き込まれたことでサボったことになった生徒会の仕事をしなくてはならんので、ここにやってきたのだ。まあ、今回の一件で、この時空の穴を開く能力は学習できたんだが、どうやら、同一世界観の移動には使えないようで、別の世界に渡るために使うもののようだ。
「そだ、巻き込んだんだからイシュタルも手伝えよ。あと、姉さんもできれば手伝ってほしいんだが」
そうしたら、すぐに片付く。姉さんの仕事の速度は常人の域を越えていて、俺で20分かかるものを5分で片付けるからな。頭の回転そのものが違うとしか思えない。
そして、仕事の前に片付けなくちゃならないことがある。それが【霊王の眼】の受け渡しだ。そもそも、【霊王】が何か、と言う話になってくるのだが、【霊王の眼】が揃えば、その【霊王】が復活するらしい。
【霊王】……それは、かつて存在した小世界、七界の一つである妖霊界。昼の世界と夜の世界が綺麗に半分に分かれている世界において、王の名を冠する者は無数に存在していた。昼の世界における火の精霊王レンク、水の精霊王スーラ、空の精霊王エーラ、土の精霊王ヴューム、風の精霊王シューティ、時空の精霊王イリューナ、空間の精霊王アンリー。そして夜の世界における影の幽霊王シュレード、斬の幽霊王ヴァルド。そして、それらの統括者にして全ての世界の崩壊をもくろんだのが、【霊王】だそうだ。
【霊王】の持つ鎧や剣、盾、瞳、馬などは、全て妖霊界の物で、七界の解放と共に、死した【霊王】の骸と共にあらゆる世界へと散り散りに飛び去った。旭璃ちゃんは、昏音と共に、それを回収して回っていたそうだ。昏音は大半の場所を発見していたけれど、【霊王の骸】が神域化して、【霊王】しか入ることができないようになっていた。だからこそ、昏音は【霊王】を探し、それが妹だったと知り、あのパーティの日に強制連行していったということだ。
「それじゃあ、って言っても、【眼】の受け渡しなんて特に難しいことはないわよ。ただ、私の眼を見て……」
イシュタルがそう言ったので、旭璃ちゃんが、イシュタルの瞳を覗き込んだ。見つめ合うこと数秒。イシュタルが目を離した。……もう終わったのだろうか。そう思ったのもつかの間、旭璃ちゃんが呟く。
「これは……」
そう、旭璃ちゃんの周りに、9つの光が集まっているのだ。赤い光、青い光、水色の光、茶色の光、緑の光、黄金の光、白銀の光、黒の光、鈍色の光。これは……一体なんだろうか。
「原初の精霊にして火の精霊王レンク、ここに」
「原初の精霊にして水の精霊王スーラ、ここに」
「原初の精霊にして空の精霊王エーラ、ここに」
「原初の精霊にして土の精霊王ヴューム、ここに」
「原初の精霊にして風の精霊王シューティ、ここに」
「原初の幽霊にして影の幽霊王シュレード、ここに」
「原初の幽霊にして斬の幽霊王ヴァルド、ここに」
「原始の精霊王にして時空の精霊王イリューナこと、イリューナ・キレン・フォン・ニック・エリアート・アイナ、ここに」
「原始の精霊王にして空間の精霊王アンリーこと、アン・リー・メイド、ここに」
九つの光が人の形となっていく。そして、九人の精霊がそこに勢ぞろいしたのだった。その中で、金髪の幼げな少女……修道服のような雰囲気の服を着たあどけない感じの少女が、口を開いた。
「お久しぶりです。そして、初めまして。旧き王……霊なる王よ。と、言っても、わたしとアンには記憶にありませんが」
その言葉に、メイド服を着た昏色の髪をした女性が頷いた。しかし、記憶にない、か……。
「ええ、私には、記憶にありませんが、一応、呼名には応じました。しかし、私にとっての王は、あくまで唯一人、私の主人にして魔王、彼の御方以外にはございません」
メイドだから使えている主人がいるんだろうが、魔王……。この場合は、ヴァシュライン・ヴァンデムやヴァルガヴィラ・ヴァンデムなんかとは違う概念の魔王なんだろう。世界が違えば理が違うのも道理と言うやつだ。
「こら、アンリー、イリューナ、いくらお前らが原始の精霊王だからと言って、原初の精霊である我々同様にこのお方に膝をつかねばならぬのは承知だろう。反抗は早計過ぎるぞ!」
レンクと名乗った少女がそんな風に2人対して言ったが、旭璃ちゃんは、対して気にしていないようだ。ふぅ、と息をついて、旭璃ちゃんは9人に言う。
「そう気構え無くても構いませんよ。あくまで、わたしは、霊王の生まれ変わりなのだから。あなた方が仕えた王とは別の人間でしょう?」
にっこりと菩薩のように微笑む旭璃ちゃん。そして、精霊たちも一息ついた。そこまで大仰にしなくてもいいと分かったのだろう。
「……アイナさん、あの方は……?」
アンと言うメイドがシスターのようなイリューナと言う少女に「アイナ」と言う名前で呼びかける。「あの方」?誰のことを言っているんだ?
「ええ、わたしも同じことを感じていました。アン、貴方も彼女からそれを感じたんですよね。まるで、そう……あの人と、黒真ちゃんと同じ、温かみのある血を」
黒真ちゃん……、その人が、アンとイリューナの共通の知り合いの人物なのだろうか。でも、「彼女から」と言うことは、俺は除外され、旭璃ちゃんもこの状況では除外だろう。となると、残るは昏音かイシュタルか姉さんなのだが、ここは普通に考えて……姉さんだよな。
「……あなたは、何と言うお名前で?」
そういって、アンが訪ねたのは、予想通り姉さんだった。姉さんは、面倒なものを見るような目で2人を見て、そうして呟く。
「青葉暗音よ」
2人に怪訝な表情が浮かぶが、姉さんの方がもっと怪訝な顔をしていた。どうやら、頭の中を検索したが、この2人は出てこなかったようだ。
「あなたの言っていた黒真って言うのは、苗字は何?」
ああ、青葉か蒼刃の姓だったら血縁だろうしな。でも、それだったら、姉さんだけってのはおかしいな。俺は……?
「紫藤黒真様です」
その名前を聞いた姉さんの顔は驚愕に満ちていた。初めて見るな、ここまで動揺した姉さんの顔は。その苗字に聞き覚えが会ったのだろうか。でも、それがあり得ない名前だったってことか。
紫藤、俺には聞き覚えがないな。正直に言って初めて聞く。いや、そりゃ志藤さんとか志渡さんとか同じ読みをする人には会ったことあるけどさ。
「そんな……でも、その苗字は……、紫の予備。でも、あたしが生きていて、そして、零桜華も生まれていたのだし、紫麗華も完全にあの世界から去って次のフェイズに移っていたのに、紫藤の血縁が存在するわけが……。まさか、別の道……ルートがあってそっちの関係。それとも……」
姉さんの考察が始まったのだが、紫の予備?零桜華?紫麗華?なんのこっちゃ。
「あら、面白い集まりですね……。本物を見るのはいつぶりですか、精霊王たち?」
突如、虹色の光が来訪した。まるで、光の柱のごとく七色の光を放つ光の束が廊下に広がったのだ。そして、収束する。2つの形……虹色の小さな影と紫の大きな影。まるで、少女と高校生くらいの人影に見える。
「……【虹色洗礼】のアデューネ?!」
それを叫んだのは、9人のうちの誰か、ともかくそんな風に叫んだのだった。その少女、眩い七色の髪が地面につきそうなほどに伸び、不思議な雰囲気を醸し出している妖艶な少女。その背後に控えるように立つのは、紫色の羽を広げた青年だ。
「あら……?あらあら、貴方は、あの青葉王司さんの血縁ですか。そちらの女の子も。これは偶然ですね。私は、王司さんとも面識があるんですよ?」
父さんの知り合いだって?まあ、父さんは無駄にいろんなところに交友関係がありそうだから別におかしなことはないだろうが。
「どうも、アンさん、アイナさん、じいちゃんがいつも世話になってますね」
一方、青年の方は、アンとイリューナにそういって声をかけていた。と言うことは、先ほどの紫藤黒真の孫にあたるのか、この青年は。だが、どう見ても天使にしか見えないんだが。
「あんた、天使ってことは、父さんの中の天使とも知り合いなの?」
姉さんが青年に問いかけた。父さんの中の天使、サンダルフォン……ゲームなどで一度は耳にしたことがあるであろう名前。
「じゃあ、王司さんの息子さんと娘さん。静さんとソウジさんの旅も終わったらしいし、帰ろうと思ってたのに、ここに寄ったのは正解だったかもしれませんね」
……え、その2人は、その2人の名前を俺は知っている、と言うか、会ったばかりだ。そう、俺の種違いの娘である静とその夫こそが、静と蒼司。そういえば、蒼司も天使だし、静も半天使化しているそうだしな。
「って、ことは普段からウチの娘夫婦が世話になってるってことか。いつも娘が世話になっています。静の父の六花信司です」
学校の先生に会った気分だな、これ。俺の言葉に少し驚いたようだが、さほど衝撃はなかったように見える。
「第三楽曲夢零神奏……第三典神醒存在の私でも、流石に、貴方の家のように転生を繰り返す様子には開いた口がふさがりませんね。神の曲に目醒めた私なんかよりもよっぽど不思議な存在ですよね」
何か呆れられてしまったようだ。しかし、神醒存在、ね。もう、いろいろまとめて出てくるとわけが分からないな……。
「さて、と、まあ、挨拶も済んだことですし、私は帰ります。行くわよ、紫色」
そういって、再び虹色の光と共に、彼女は姿を消した。精霊たちも、旭璃ちゃんの解散の号令で消えていった。
さて、仕事をするか……。




