238話:世界の情勢
SIDE. Ishtar
まったく、ステルファンのやつは、いつもこうなんだから。尤も、男を誘惑したのは初めてで、いつもは悪戯ばっかなんだけどね。なんでも、生前……と言うか、初めてサキュバスとして生まれて、初めての憑りついた相手が生娘で、男のおの字を「父」くらいしか知らなかった……と言うか父すら男と言う認識ではなく父と言う何か別種の存在であるとしか認識していなかったって話よ。
何でも、その父は、妻を男に取られ、娘には男を誰一人近づかせまいと、箱入り娘も箱入り娘で育てたそうで、それもかなりのお金持ち、所謂貴族ってやつだったから、そりゃもう、徹底して男を近づけようとしなかったらしいわ。メイドはいても執事はいなかったし、庭師も家庭教師も料理人すらも女を雇っていたそうよ。
あまりにも徹底した女性雇用に、国中の女性がそこに雇ってもらおうと集まってきて、女人屋敷とまで言われたくらい。当時の水準では、男尊女卑の世界だったので、女性の就職先と言うのは貴重だったから、かなり女性が集まったのは言うまでもないわね。
ステルファン曰く、ステファニー・ド・ル・ファンスターと言う少女は、男と言うものを知らず、また、本に出てくる「少年」や「男」、「おじさん」、「おじいさん」などの概念について家庭教師に問うても「それはそういう生き物なの」と教えられるだけだった、と言うほどの男に対する無知だった。
屋敷の外には出たことはなく、一生屋敷の中だけで暮らすことを強いられていたが、それが普通だと思い、むしろ、屋敷の外、などと言うものを知らなかった。窓の外に見えるのは塀だけで、むしろ、この屋敷と言う名の世界に住んでいるのだと思っていた。
でも、そんなステファニー・ド・ル・ファンスターと言う少女に転機が訪れた。それが、ステルファン、つまり、サキュバスが憑りついたことよ。サキュバス、夢魔とも言われて、インキュバスと呼ばれる男型もいるようだけど、まあ、とにかく憑りついた相手の生気を奪う……別の物を奪われることもあるらしいけど、まあ、そんな存在なんだけど、それには、まあ、エッチな夢を見させて奪うじゃないの。
ただ、ステファニー・ド・ル・ファンスターは男を知らなかった。だから、夢に男を登場させても意味がなかった。性の知識どころか、何の知識もなかった。だからこそ、サキュバスは、ステファニー・ド・ル・ファンスターから生気を奪うことはできなかったのよ。
ただ、ステファニー・ド・ル・ファンスターは、サキュバスを手放さなかった。その脳は、無意識に知りたがっていた、ってのはステルファンの感覚だけど、無理やりサキュバスを押しとどめ、外の知識を得ようとした。だから、ステファニー・ド・ル・ファンスターは、人からサキュバスへと変貌してしまったのよ。
本来、何も知らなかったのだから「ステファニー・ド・ル・ファンスター」と言う少女にフラストレーションが溜まるはずもない。しかし、そうではないのよ。
人間は知りたいものを知りたがる知識欲と言う欲求を持っているわ。知らないなら知りたい。外は存在しないのなら、屋敷はどうしてここにあるのか、窓は何のためにあるのか。窓を明けると聞こえてくる音は何なのか、声は何なのか。それらを全て、脳が無意識に知らないこととしてシャットアウトしていたとしても、蓄積されていく。知識を求める欲求が溜まっていく。つまりフラストレーションが溜まっていくのよ。それゆえに、彼女は、外の存在であるサキュバスを、自分の足りない部分に補填するために、押しとどめた。
そうして、サキュバスと1つになったことで、ステファニー・ド・ル・ファンスターは、「性」を知り、知識としての「男」を得た。そこからは、あれよ。夜な夜な、こっそりと外へ抜け出して、乱痴気騒ぎして、処女散らして、男を魅了しまくったらしいわ。いつしか、「淫魔ステフ」と呼ばれるようになって、そこから、父に露見したそうで、父は慌てて高名な占い師に、サキュバスを追い払うように頼んだ。しかし、どんな占い師でも不可能だといったのよ。
「彼女は、もう、ステファニーと言う少女ではない。ただの淫魔だ。祓えばステファニーも死ぬだろう」
ってね。結局は、父はステファニー・ド・ル・ファンスターからサキュバスを祓えず、しかも、彼女に、愛したステファニーの母の幻影を見させられながらステファニー・ド・ル・ファンスターを犯され死んだという。
その後、ステファニー・ド・ル・ファンスターは、サキュバスの「淫魔ステフ」としてあらゆる街を放浪し、そこをサンジェルマンと言う錬金術師によって捕まり、サンジェルマンの不老不死の実験のために犠牲にされた、と言うオチまでついてるわ。
サンジェルマン伯爵、ホムンクルスの生成や不老不死を実現したとされる錬金術師で【最古の術師】の中核メンバーの1人ね。
まあ、サンジェルマンの話はおいておくにしても、ステファニー・ド・ル・ファンスターと言う少女は、サキュバスに憑りつかれてサキュバスとなってしまうまでの話は、こんな感じだったのよ。
それで、私がその目を宿すまでの間、何人かに宿ったらしいけど、全て、女性にのみ宿り、その人物の身体を使って、あらゆる男を犯し魅了する生活を送っていたらしいわ。まあ、私の居た場所に男はほとんどいなかったし、ある程度ならセーブできるから、こういった男を襲うようなことはなかったんだけどね……。てか、むしろ襲わせた、かしら。
それにしても、彼も彼で、あのくらいの呪いは跳ね除けられたでしょうに。むしろ、押し倒す気満々だったのかしら?って、そんな訳もないわよね。
さて、そろそろ、本格的に、移動を始めないといけないわね。兄たちも来るでしょうから。兄、クリスチャン・ローゼンクロイツがね。
兄と私は8歳差で、クリスチャンはキリスト教の信徒のことを指して、イシュタルは……まあ、性愛の女神よ。うん、非常に気に入ってないわよ。当然でしょ、何よ性愛って。
兄が【最古の術師】として、数多の錬金術師、魔法使いと協力しだしたのは、異世界と言うものを発見してからだった。発見したのは、サンジェルマン伯爵よ。しかし、いまだに謎の多い人物で私もいまだに直接の面識はないわね。
兄は、【最古の術師】と言う集団を立ち上げて、世界を神から……【彼の物】の手から手放させようとしてる……らしいわ。
でも、私は知っている。【彼の物】は増えすぎた膨大な因果をまとめられずにいるってことを。その象徴こそが、彼と彼の姉。本来なら存在しないはずのありえない存在達。
それに、希咲雪美。彼女だけは、本当に規格外だったのよ。天辰流篠之宮神と言う超越存在でありながら、おそらく、本当に【彼の物】を越えたのは、雪美と無双、そして春場の3人だけ。それ以降がどうなるかは知らないけど、雨月茜は、きっと越えられなかった。
篠宮無双は、武と言う点と、そして、抜け道をつくような契約により神の座へと自分を昇華させる点で越えているけれど、雪美は違う。
雪美と言う存在は、死んだ者は生き返らないという原則からして無視をする。春場はもうじき死ぬけれど、その死の間際に、その力を使って、雪美はこの世界に甦る。
人工数列種計画。雪美が現役の頃に行われた時空間統括管理局の計画であり、そして、第六龍人種以外の数列種を……正確には第七■人種もだけれど、それらを除く五つの人種のクローンにより人工的に生み出すことに成功したのよ。そして、自分のクローンである希咲瑠璃を生み出したけれど、その際に密かに、本当に自分と寸分たがわぬ、劣化しているけれどその体を作り出したのよ。その時には、研究者が何のために、と聞いていたけれど、雪美は
「念のためよ。刹那の予言が確かだったときのために、ね」
と答えたそうよ。そして、もうじきその体に、魂の一部を移して甦る。予言では、その後に、自分の娘である雷帝のいる世界で弟子を取るそうだけれど、限定結界を持つ弟子をね。
限定結界。私の眼よりもレア度は高いかもしれないと言われているその人物固有の能力で、有限の無限回廊なんかが有名だけれど、その弟子が持つのは、氷の……すべてを無に帰す魔力を持つ者の天敵とも言うべき能力。
さて、話しが逸れたけれど、兄たちの目的は無意味ってことよ。徐々に世界は彼女の……【彼の物】の手から零れ落ちようと……いえ、少しずつ零れ落ちだしているのよ。でも兄たちはまだ気づけていない。だから、彼と……できれば彼の姉にも協力してほしかったんだけどね。
でも、兄も、直面すれば気づくはず。私が如何に【彼の物】の加護を受けていて、そして、彼らが、いかに【彼の物】のルールから外れているかを。そうよね、デュナン。……【彼の物を汚せし者】。
かつて、神に仕えた4人の天使、【彼の物を汚せし者】、【彼の物に背きし者】、【彼の物を選びし者】、【彼の物を見通す者】。現在の天使とは違うこの4つのうち【彼の物を汚せし者】に選ばれたことで【汚染眼】すらも宿してしまっているのよ。もっとも【彼の物】に近かった存在に、選ばれたってことは、いろいろ知っているってことなのよね。
まあ、そうでなくても世界の異常には気づくこともあるでしょうね。特に世界の深部にいる神醒存在や【彼の物の眷属】なんかは、特にね。
さあ、そろそろ、魔法少女たちもヤバそうなことですし、彼を連れて、戦場へと行きましょうか。魔法の飛び交う、魔戦場へ。
え~、前半はともかくとして、後半は、割と桃姫世界の核心をつく表現がいくつかありますね。それと雪夜の魔法での【氷の女王】は、このクローンの雪美になりますね。




