210話:囚人
「……はい?」
勢いよく返事をしたサト子は、そのあとに、急にそんな妙な声を上げた。何か変なことを言っただろうか。別に普通のことしか言わなかったはずだが。ちょっと格好をつけすぎただろうか。自分でも地味に恥ずかしいと思っているだけに、他人にもそこをツッコまれたら、かなりダメージがでかそうなんだが。それとも、別の何かだろうか。
キョトンとしながら、辺りをキョロキョロと見回しだしたサト子を、俺は不審そうな感じで見ている。なんだ、何か妙な気配でもあったか?俺には感じられんが……。
「あの……サト子とは、どなたのことでしょうか?」
ああ、なるほど、流れで返事したはいいけど、聞き覚えのない名前に、誰のことか、と周囲に他に人がいるのではないかと思い見回していたんだな。いや、どう考えても、俺とサト子しかいないんだがなー。
「お前だ、お前。お前の、名前だよ」
てか、いまどき一般人にサト子なんて古風な名前の人間がそうそういるとは思えないから、誰かいたとしてもおかしいだろ。いや、いないわけじゃないがな。
「わたしの……名前?」
無名の精霊には名を与えることで形とする。名前を与えるということは存在を確証させるということでもある。すなわち、サト子は確実に存在していると言える状態にまで昇華しているのである。
「その、……わたしなんかが名前をいただいても、いいんでしょうか」
ふむ、ここまで嬉しそうにされると、もうちょっと名前を考えた方がよかった気がしないでもない。だって、いまどき一般人につけない名前だって言ってんのに、それをわざわざつけてるんだからな。
まあ、いいか。衆目に晒すことなんて、まずないだろうし。マー子、ヒー子、ヒイロも適当だったしな。まあ、漢字を付けるとしたら里子だろう。何だろうか、このあふれ出る昔の名前感。決して里子さんをディスっているわけではないが、いまどき、娘に里子なんてつける親はいないだろう。てか「~子」が減っている気がする。
「もちろん、いいに決まってるだろ」
俺は、サト子の頭をなでる。これ以上の魔力補填が行われないのは、もう半分が、もう1人の精霊に任されているのか、切り離されたサト子では容量不足だったからか。まあ、どうであれ、関係のないことだ。どのみち、もう一方の「龍を喰らう力」は、もう一人に渡すつもりだったのだから。
「あ、……ありがとう、ございます」
顔を真っ赤にして俯くサト子。そんなに名前を貰えたのがうれしかったのだろうか。さて、そろそろ、もう一人の方へ向かいたいんだがな……。
「……ハッ。で、では、そ、そろそろいきましょうか」
自分が呆けていたことに気付いたサト子は、我に返ると、慌てて、俺を案内するように移動を始めた。
「あとどのくらいかかるんだ?」
俺の疑問に、サト子が、「う~ん」と可愛く唸りながら考え、答えを導き出した。
「もう少しですね」
考えた割にふわっとした答えだった。まあ、具体的な時間が出てきても、ホントか怪しくは思うが、ふわっとしすぎだろう。20分くらいです、とか1Kmくらいです、とかならまだしも……。
「でも、いつもよりも、何か、気配が多い気が……」
気配が多い……、ああ、マー子、ヒー子、ヒイロはあっちに飛ばされたのだろうか。まあいい、行ってみればわかることだろうしな。そう思って、進もうとしたときに、サト子の言葉で足を止める。
「いつもより4人も多いですね」
4人、と言った。あと1人は誰だ……。由梨香、か……?いや、違うはずだ。あの時に巻き込まれたようなことはなかったはずだからな。じゃあ、もう1人ってのは誰なんだ?
「本当に4人なのか……?」
念のための問いかけに、サト子はゆっくり頷いた。間違いないようだ。じゃあ、他にもこの【精霊神界】に入っている人物がいるってことか?
だが、ここに入れるのは、製作者の俺と、【里神楽】が持ち主と認めた人間だけのはずだ。他に入れる候補は……。
そこまで考えて思い至った。この世界に入ることのできそうな人間が、もう1人だけいたのだ。……橘先生。
そう、橘鳴凛先生……いや、日向神鳴凛ならば、その刀の持ち主となっていてもおかしくはないはずだ。何せ、立原の人間から直々に授けられたのだから。
「なるほど、あの4人か」
マー子、ヒー子、ヒイロ、橘先生の4人。ふむ、状況が状況だけにどうなっているかは分からないが、橘先生を除けば、恐ろしいほどに好戦的だからな……。まあ、サト子……もとい、もう1人の【里神楽】相手に仕掛けたりはしないだろうけどな。
「お知り合いですか?」
サト子の問いかけに頷きながら、足を進める。流石にいつまでもちんたらしていられないので、先に進むことにしたのだ。
「ああ、まあな。俺の刀と知り合いの教師だ」
刀と知り合いの教師。教師、と表現するのは微妙だし、担任でも副担任でも、元担任でもない、そんな彼女をどう称せばいいか、と言うのは、非常に難しいものだ。ちなみに、なぜ、教師と称するのが微妙かと言えば、「教師だ」と言ったところで、関係性が曖昧だからだ。担任も教師だし、一度も授業を受けたことのないどこかの学校の教師も教師だ、関係性の幅が広すぎるんだよ。担任、副担任、元担任、校長、教頭、美術の教師、と言った具体性があればいいが、橘先生の場合は、ちょうどいい言葉がなかった。それゆえに知り合いの教師、と称したのだ。
「そ、そうですか……教師が3人、刀の精が1人ですか?」
ああ、なるほど、「刀」と表現したのが悪かったのだろう。その勘違いの理由が分からないでもないだけに、彼女を責めることはできない。
たとえば、刀達と知り合いの教師と言っていれば、おそらくのところ「教師が1人か2人で、刀が2本か3本」と思ったのだろう。
しかし、正確なところ、俺の言うところの刀は一振りだったがために、俺は、つい、「刀」と言ったのだ。この場合は、刀が一振り、すなわち刀の精は1人と考えてしまうのも無理はない。そうなれば残りの3人が教師と言うことになり、サト子の言葉もそういう意図なのだろう。
「あー、違う。刀の精霊が3人、教師が1人だ。少々変わっていてな。【王刀・火喰】は、今のお前のように、精霊が3分割になっているんだ」
まあ、正確には、サト子は2分割だが、どちらも大した違いはない。そのことを伝えると、サト子は驚いたような顔をしていた。
「そんなこともあるんですか?」
まあ、他の刀……【時雨落とし】なんかは、精霊が1人だけだしな。あと【幼刀・御神楽】も同様にそうだ。
【時雨落とし】とは、現在は【血塗れの月】と呼ばれる英雄が持っているそうだ。確か、彼女の名前も時雨と言うそうで、その縁で使うようになったとか。そう、確か……雨月時雨と言って、天月神社とも関係のある家の出だそうだ。その為、【天月流剣術】、【雨月流剣術】を会得しているらしい。両方、読みは同じで、ほとんど同一の家の剣術らしいが、技の継承方法が微妙に異なっているらしく、それだけ。つまり、どちらも相違ないということだ。
三大剣術にも数えられるが、どちらのことを指しているのかは不明。ちなみに三大剣術は、「藍那流」、「雨月流」、「飛天神冥流」の3つである。これに「無双流」を加えると四大剣技となる。
「藍那流」は「大逆の剣士」や二代目一門「希咲雪美」などが愛用したと言われていて、暗殺などに特化している。その源流は、忍びの暗殺剣技とされる。
「雨月流」は、五王族の一家である天月の流れをくんだ、古流剣術。基本的には一子相伝だが、【血塗れ太陽】のように例外として受け継ぐものもいたらしい。
「飛天神冥流」は、飛天と呼ばれる場所で広く流通している剣術。飛天姫は、この剣術の達人だったらしい。大元は、京都のどこかの家らしく、なぜか、飛天に流れつがれたようだ。
「無双流」は、「初代一門」篠宮無双が使っていたとされる双剣技、双剣術のことで、彼女以外の誰にも使いこなせないと言われている。
これらが、剣術についての説明で、主だったことは全て前にマー子から聞いたことなんだがな。その他の諸流派に俺や英司の「天冥神閻流」や明津灘家の「明津灘流」などが数多存在しているようだ。
そんなことを考えているうちに、どうやら、もう1人の【里神楽】の精霊に近づいてきたようだ。俺ですらわかるほどの魔力の波動が、、向こうから流れている。
「あの辺だな……」
そして、その魔力の反応のせいで分かりづらいが、マー子たちの【力場】もしっかりと感じ取れる。間違いなく、あそこに全員が揃っているのだろう。
「ええ、やはり分かりますか?」
サト子は、俺にそう問いかけた。まあ、分かるんだが、「やはり」って何だ。俺が刀鍛冶だからって話か?
「あの猛々しく禍々しい魔力の叫びが……」
……ああ、確かに、禍々しい。そう感じる。だがな……、やはり、悲しみも感じる。雄叫びと言うより、あの魔力は慟哭しているようにしか感じられないんだよ。
「泣いている……。間違いなく、あの魔力は泣いている」
俺は、思わず、足を止め、その魔力を感じ取り、吟味した。そしてわかる。寂しいのだ、と、悲しいのだ、と、愛おしいのだ、と。
何に対して寂しい……、打かけで捨てられたこと、ずっと一人だったこと。
何が悲しい……、一人で存在し続けている今が、悲しい。
何が愛おしい……、この刀を打ち、完成させる人が愛おしい。
それゆえに、彼女は、待っている。それゆえに、彼女は、希望が見れない。それゆえに彼女は、サト子を切り捨てる。
それゆえに、彼女は……悲しみに囚われている。悲しき囚人だ。
え~、昨日更新しようと頑張ったのに、間に合わなかった桃姫です。
冒頭のやり取り、「未完成人形の永久機関」で見覚えのあるやり取りですね。書いてから気が付きました。故意ではないです。まあ、自分の作品なのにパクリもパクられも関係ないんですが……。
そういえば、ですが、今までは、誰かの視点で書いてきて、まあ、それを心掛けていたんですが、今章の最期と次章の最初は、三人称視点になるかもしれません。無理やり誰かをあてがうこともできるんですけどねぇー。ちょっと無理がありすぎる感があるので。と、構想まではできていても、全然書けてないって言う、この現状……打破するためにも頑張ります。




