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《神》の古具使い  作者: 桃姫
鍛冶編 SIDE.GOD
208/385

208話:欠片

 俺は、橘先生に会うために、職員室に向かっていた。距離はさほど遠くない。走る必要も、慌てる必要もない。そうは分かっていても、心は急くもので足早に、職員室の前まで行く。すると、俺が職員室の前に着いたときに、中から悲鳴が上がった。


――何事だ!


 そう思いながら、職員室のドアを開く。そこでは、慌てふためく教師たちの姿が見えていた。そして、横たわる橘先生。その周りには、赤い液体。


 一瞬、最悪のことを想像したが、違う。血ではない、インクだ。おそらく、マルつけのための赤い塗料を使った万年筆のインクだろう。しかし、問題はそこではない、なぜ橘先生が倒れたか、だ。


「由梨香」


 俺は小さな声で、俺の頼りになるメイドの名前を呼んだ。スーツ姿の由梨香は、手早く橘先生のもとへ寄ると、脈拍や呼吸を確認して、言う。


「おそらくただの寝不足か、疲労でしょう。自分が宿直室に寝かせてきますので、皆さんは、どうぞ、採点の続きを」


 由梨香の言葉に、男性教員が「俺が運ぼう」と声を上げたが、「インクまみれですからシャワーを浴びせなくてはなりませんので自分が運んだほうが効率的です」と由梨香の言葉に断られた。しかし、実のところ、その理由が違うものだと、俺は気づいていた。

 由梨香は、橘先生にタオルをかけて、宿直室に運ぶ。そのタオルは、インクがこぼれる量を減らすため、と言う名目だが、本当は違う。由梨香は、何かを見られたくなかったのだ。


 俺は教師に見つからないように、先に宿直室へと向かった。橘先生に今、何が起きているのかは分からないが、由梨香があの場でどうすることもできないような状態だった、と言う風に考えると、相当マズい何かが起こっている。


「紳司様、申し訳ありませんが、扉を開けていただけますか」


 由梨香は、俺の声で動いたからな、俺の行動も大体予想していたわけか。俺が宿直室の扉を開けて、由梨香を中に招き入れる。


「容体はどうなんだ?」


 俺の問いかけに、由梨香は、眉根を寄せた。どうやら芳しくないようだ。由梨香がこんな表情をすること自体珍しいからな。てか、表情を変えるのが珍しい。


「はい、これをご覧ください」


 由梨香は、橘先生を宿直室の床に横たえると、タオルを剥いだ。そして、そこには、真っ赤に染まった白のワイシャツの合間を縫うように生えている(・・・・・)柄。そう、生えているとしか形容できない柄だ。

 しかも、俺はその柄に見覚えがあった。その装丁のきちんと仕上がっていない仮の柄は、紛うことなく俺の造ったものだ。


「【神刀・里神楽】……」


 そう、かつて、俺が打ちかけのまま終わってしまった、【神刀・里神楽】の仮柄こそがあれなのだ。間違えるはずがない。


『間違いありませんね。御館様が、【王刀・火喰】を打つ以前から打とうと試行錯誤していた様子を知っていますから、断言できます。あれは、御館様のものです』


 マー子が断言した。ああ、それは俺も分かっている。では、問題は、なぜ、それが、橘先生から生えているのか。


「刺さってるのか?」


 俺は、柄に触れようと手を伸ばした。双丘の間にそびえる柄の先は、深く、めり込んでいる。つまり、刺しているわけではないようだ。


「いえ、不思議なことに、刺さっているわけではないようです。これは、本当にインクで、血では本当に一切出ていないんです」


 由梨香は、そう言って、橘先生を見ていた。不思議、奇異、奇怪、いかようにも表現できるが、本来、起こらないはずの現象だけに、俺は、どうするべきか考えあぐねた。


「そもそも、なんで、【神刀・里神楽】がこんなことになっているんだ」


 持っている経緯は知った。だが、なぜ彼女の胸に深く根を張るように生えているのかが分からない。それに、まるでこの様子は、……


「橘先生を鞘としているかのようだな」


 俺の発言の通りに、まるで、その刀の鞘として、橘先生があてがわれているように見えるのだ。じゃあ、そこから抜けばいいのか、と簡単な話ではない。


 こんな逸話がある。信司(おれ)の友、ナオト・カガヤが死に際に、自分の全ての魔力、魂力、ありとあらゆる力を注ぎこんだ結果、その刀は【神刀】の域を超えた伝説の刀となったが、誰一人、その刀を抜くことはできなかったという。


「つまり、どうにか、説得して抜くしかないってことだよな」


 そう、その刀を説得するしかないってことだろう。俺は、どうするべきか、こういう時に役立ちそうなマー子に聞く。


『そうですねぇ……、御館様、どうにかして、わたくしたちが、その【刀・里神楽】の【精霊神界】につなげましょう』


 今や、【神刀】なのかも怪しい【里神楽】を、マー子は【刀・里神楽】と呼称した。しかし、【精霊神界】につなげるのか……。


『信兄ぃ、大丈夫だぜィ。あっちらもついていくからさァ』


 ヒー子たちもついてくる……。そんなことが可能なのか。いくら刀の精とはいえ、他人……他刀の世界に入り込むなんて。


『お忘れかえ、吾らは、主と一体。刃主一体の関係にあるんえ?』


 そうか、そうだったな。忘れていたわけではないが、そういうこともできるのか。なら、覚悟を決めていくしかないだろう、【精霊神界】に。


「由梨香、俺は、少しの間、この刀の中へもぐる。お前は、ここに人が来た時のために対応できるように待機していてくれ」


 俺の言葉に、由梨香は快くうなずいた。だが、俺の瞳をジッとのぞき込むと、由梨香は、一言だけこういった。


「ご武運を」


 その言葉を聞きながら、俺は、橘先生の胸に刺さる柄に手をかけて、俺の中の3人に呼びかける。


『では、行きます』


『じゃあ、行くぜェ』



『それでは、行くえ』


 3人の言葉を聞き流しながら、俺は、静かに祈る。この刀がどうか……。

 どうか、――幸福を得られるように、と。







 気が付けば、歪な【精霊神界(レイルシル)】にやってきていた。白と黒がきっぱり別れたおかしな世界だ。真ん中で、きれいさっぱりわかれているように見える。と言うことは、ここが世界の中心なのか……?


 それに、一緒に来たはずのマー子、ヒー子、ヒイロの姿は見えない。やれやれ、また厄介ごととかは勘弁だぜ?


 そんなとき、白いほうの世界に、何かがいるのを見つけた。小さく縮こまっているので分かりにくいが、間違いなく誰かがいる。全てが白に包まれた、誰かが。


 ここにいる誰か、ってことは、【神刀・里神楽】の精霊、さと子か?だが、しかし、……。この世界の主がどうして、ああも端っこで縮こまっているんだ?


「【神刀・里神楽】で間違いないか?」


 俺の問いかけに、少女は、顔を上げる。その瞳は、涙に濡れていた。何か、信じられないものを見た、と言うような目で、俺のことを見上げている。

 見開かれた双眸から流れ落ちる涙が地面に垂れた。そして、震える唇で、その口から言葉が紡がれる。


「う、そ……。ど、うして?」


 先に言っておくが【里神楽】は俺のことを知っているはずがない。なぜなら、今の俺は青葉紳司だし、そもそも、俺が完成していない刀の【精霊神界】にくる来ることもないので、前世の俺は【里神楽】とは会っていないのだ。だから、俺……青葉紳司、もしくは六花信司と言う存在に対して驚いているわけでは決してないはずだ。


「わたしに、会いに、来たの?……来れたの?」


 来れたの……どういうことだ。【精霊神界】に入り込める人間がいないから、とかそういう理由ではなく、別の何らかの理由があるのだろう。だが、現に俺は、彼女の目の前にいる。しかし、あの言い方だと、この子は【里神楽】の精霊じゃないのか?


「うん、わたしは、……【里神楽】。【神刀・里神楽】の精霊だよ」


 少女は間違いなく、そういった。つまり、と言うか、やはり、と言うか、やはり彼女こそが【里神楽】の精霊なのだろう。


「でも、わたしは、今、この刀の精霊じゃ、ないの」


 そんなことを言う少女。待て、【神刀・里神楽】の精霊なのに、この刀の精霊じゃないってどういうことだ。矛盾しているじゃないか。この【神刀・里神楽】と言う打ちかけの刀の精霊であるのなら、この刀の精霊に他ならない。


「どういう意味だ?」


 俺の問いかけに、少女は、涙をぬぐいながら、静かに息を吐いて答えを、小さな口から弱弱しく呟く。


「いまや、この刀は、【神刀】を越えてしまったんです」


 【神刀】を越えた……。刀の最高位である【神刀】を越えるなんて本来ならありないことだ。しかし、前例がないわけではない。そう、先ほども、ここに来る前に、橘先生の身体に刺さった刀を見ても考えていた、ナオト・カガヤの伝説の刀。【神刀】の域を越えたそれは、ナオトの魔力、魂力、精力(せいりょく)生力(せいりょく)、文字通り、全身全霊、全てを賭して、その刀を打ったのだ。


 そんな刀と同等の刀に、打ちかけの刀が、なったというのか。そんな馬鹿な。確かに、俺は、【神刀・里神楽】を打ちかけで死んだが、ナオトのように、刀に全てを注いで死んだわけではない。


「どうなって、かは、わたしにもわかりません。でも、わたしは、……いえ、わたしだったあれは、その場の魔力を喰らい尽して、【神刀】を越えてしまいました」


 そうか……。そういうことか。打ちかけなのに、ではない、打ちかけだからこその進化だったんだ。確かに、【幼刀・御神楽】には進化のための成長システムを積んでいる。だが、それは、敵の攻撃などを吸収するというシステムで完成してある。つまり、それ以外ではいかな成長もできない。

 だが、打ちかけだった【神刀・里神楽】のシステムは、火を喰らうでも、魔を喰らうでも、火を吐くでも、成長するでもなく、そして、本来設定するはずだった、「龍を喰らう」と「神格保持」すら、未設定の状態だった。


 そんな状態で、俺の設定を待機したまま、高魔力の空間、つまり、橘先生の実家の場所……どこだったか……日向神峡だ、日向神峡、パワースポットに安置すれば、魔力を吸い尽してもおかしくはない。


 だが、おそらく、その段階で、【神刀・里神楽】は変革を果たし、急激に変化した刀の中には、新たな魔力を取り込んだことで変革された精霊と、そこから切り離された元来の精霊が存在することになってしまったのだ。その後者こそ、この少女。

 そして、刀の実権は、変革された精霊が持っているために、【精霊神界】も向こうにつながる、と言うわけだ。


 それに、この世界の白と黒。それが意味するのは、白は、元の無垢な少女。じゃあ、黒は……?

 え~、どうも、遅くなって申し訳ありません。課題に追われる毎日にてんてこ舞いのあたし、桃姫です。ゴールデンウィークがゴールデンでもウィークでもなく、ただの3連休、しかも課題大量、と言う地獄です。

 それでもがんばって投稿していきたいと思います。ど、どうか、見捨てないでください……

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