192話:龍の集う場所――風の龍
あたしの問いかけに、煉巫は、「あ、はい」と慌てたように、場を取り繕って、あたしに答えを返してきた。
「あ、はい、暗音様。あの扉には別に罠の類はなさそうですから、それを知らせに来ましたわ。どうしましょうか」
なるほど、やっぱり罠はなかったわね。でも、まだ、開けない方がよさそうだし、そうね……。この場合は、なるべく早く、最後の1人を出してから、あの扉を開けていった方がいいわね。じゃあ、人数は……、全員で言っても邪魔でしょうし、仕方がないからあたし1人で行きましょうか。
「じゃあ、あたしが最後の1部屋を開けてくるから、あんたら扉の前で待ってなさい。先に開けて、他の扉が完全に開かなくなっても困るしね。そういうことがないとも限らないから、開けるのはあたしが帰ってきてからよ?」
そういいながら、あたしは隣の部屋へ向かい、残りは全員、扉の方へ向かっていく。外にある気配が脈々と増えていることを考えると、あまり猶予はないと思ったほうがいいでしょうね。
――スッ
蝶番を斬って、ドアを蹴破って入ったわ。すると、部屋の隅で丸まっている、高校生くらいの男が1人。あれが、最後の1人なのかしら。確かに、体の中に、何かが蠢いている気配はあるけど、……それだけじゃないわね。
――ふむ、中々に、するどいようですね
その声は、不意に、あたしの頭の中に響いた。男とも女とも、子供とも、大人とも、老人とも取れる奇怪な声。それは、何か、……何かおかしな存在。少なくとも龍ではないし、あたしの中にいない、奇妙な存在。
――天使、とでも名乗っておきましょうか?
声はそういった。なるほど、天使、ね。父さんのとは違うタイプでしょうね。まあ、いいわ。とりあえず、あの青年には、龍の他に天使も宿ってるってことなんでしょうね。
「えっと、すみませんが、あなたは、どなたでしょうか」
青年があたしに問いかける。なるほど、結構礼儀正しいのね。でも、この制服、うちの高校の男子の制服よね。こんな生徒いたかしら。見覚えがないんだけど……。
「あ、その制服、ってことは、もしかして3年生の先輩ですか?俺、3年生は全然知らないんですが?」
何かしら、何か引っかかるわね、この物言い。でも、その正体はよくわからないわ。弱弱しさからして1年生かもしれないけど。
「俺、2年の篠宮瑠葵です」
同じ2年生、しかも、篠宮ですって?うちの学年には篠宮って名前の生徒ははやてだけだし、それに聞いたことがないわね。
「あたしも2年よ。青葉暗音。失礼だけど、親戚に篠宮はやてって人物はいるかしら?」
あまり考えたくない可能性を置いておいて、あり得るものだけを聞いてみた。これで、否定され、あまつさえいらん情報が来たら、もう、流石にびっくりよね。
「え、うちの学年ですか……?それに篠宮はやて……?
うちの親戚は、もうほとんどいないはずですし、えっと、月叔母さんのところの烈兄さんくらいしか……。あ、でも、日父さん、彗じいちゃん、で、その前が、碧っていう探偵で、その前が無音って人で、その前が無水で、その前が雷無って人で、その雷無って人の母親がはやてって名前でしたよ。家系図的に」
嘘、と聞き流すにはおかしな情報があるわよね。雷無。この名前は、はやてが十月に言われて考えていた名前だし、予知夢ではやてが実際に見た名前でもあるわよね。つまり、少なくとも、あの話を知っているか、もしくは本当に家系図を見て知っている人物。この瑠葵は、未来から来ていることになるのよ。
そう考えると、あたしと同い年なのに、知らないってのも分かる。けれど、鷹之町第二高校って長く続くのね。それに、制服が変わってないってことは、科学技術も全然進歩無しってことなのかしら。
「まあ、その辺はいいわよ。それにしても、天使に龍、厄介なものに好かれるもんね。篠宮の家系ってやつかしら」
はやてははやてで何かありそうだし、それに黒龍の予言、十月の言っていた言葉も気になるわ。「悪魔でも魔女」だったかしら。
「さて、と。んじゃ、冷蔵庫から、龍の瞳の雫だけ回収して、とっとと行きますかね」
あたしは、片手に龍の瞳の雫を持ちながら、瑠葵にそういったわ。瑠葵は、渋々という感じよりも、なんとなく、という感じであたしの後をついてきた。流されるタイプの子なんだろうか。
それにしても、揃っちゃったわね。こういうのは絶対にそろわないとか言っちゃったのがフラグだったのかしら。青葉のあたし、朱野宮の煉巫、篠宮の瑠葵。三神の家系が見事にこの場に集っちゃったじゃないのよ。まあ、揃ったからどうってことはないんでしょうけどね。
「そうとも限らんぞ」
あら、グラム、それはどういう意味かしら。もしかして、三神が揃っていると何かよからぬことがあるとか、そんな迷信でもあるのかしら。それは、あまり好ましくないんだけど。
「迷信というより、ジンクスだな。特に、篠宮には気を付けたほうがいいんだがな」
あら、それは、風評被害にもほどがないかしら。はやてとか無害極まりないじゃないのよ。まあ、無双ってやつはなんか噂だと凄そうだけどね。
「お前も人のことは言えないがな。というよりも、代々、一番無害なのは朱野宮の家系だと言われている。無論例外はいるが」
三神、ね。そういえば、青葉、篠宮、朱野宮以外にも聞くことがあるけど、それってどういうことなの?三神なんでしょ?
「む、何なの、と聞かれてもな。三神の中でも天辰流篠之宮神だけは特別でな。今は、4……、いや5番目だったか。ほら、転生が唯一できる存在だったといつか言ったはずだ。その転生の数だけ、家の数も増えるってことだ」
なるほどね、三神っつても3家だけじゃないってことなのね。でも、たとえばどんな家があるんだったかしら。
「お前の担任の家系、廿日の本家である雨月家とか、【氷の女王】の希咲とかだな」
へぇ、そうなんだ。てことは、雨柄も三神の家系だったりするのかしら。どうなのかしらね。
「いや、雨罪と茜は完全に血が繋がってないからそれはないな。ただ、雨罪の子孫でも一部は、茜との血縁を持ったものがいるからな。全てがそうとは言えないがな」
ふぅん、まあいいわ。雨柄なんて、元からどうでもいいもの。それで、もう1つの家が……
「希咲、ね」
あたしの呟きに、瑠葵が思いっきり顔を上げた。そりゃあ、もう、すっごい勢いで。え、何か変なことを言ったかしら。それとも、希咲の名前に、何か?
「暗音さんは、紫蘭を知ってるんですか?!」
え、いや知らんけど。誰よ紫蘭って。初耳にもほどがある名前に、あたしは、どう反応したらいいのか困っていた。本当に、知らないってか、かすりもしないんだけれど。
「俺は、紫蘭に会わなきゃいけないんだ。マリューシカの前で会った紫苑のやつが、ここを乗り越えれば、紫蘭に会えるって」
え、紫苑……?母さんのこと、じゃないわね。同名……いえ、でも、紫苑って確か、母さんが昔、会ったことのあるって言ってた人よね。あの雪美流忍術の椋落としって技……あたしと紳司が教わったあの技の使い手、紫苑、または、希咲深蘭?
「その紫蘭さんは知らないわね。紫苑さんの方は、あたしの母と旧知の間柄らしいけど」
正直な話、よくは知らない。でも、その紫苑さん……深蘭さんは、とても強くて、母さんでも手も足も出ないほどだったと聞いてるわ。武術はかなり凄くて、しかも武術だけではないっぽく、他にもいろいろできそうだったって話だから、正直言って万能なんでしょうね。
「万能というのは、そいつではないな。むしろ、その姪か何かに当たる希咲雪美のことだ」
希咲雪美って、さっき言った雪美流忍術の雪美なの?それなら、まあ、深蘭よりも万能ってのは分かるけど。
「そうではない。希咲雪美が雪美流忍術という独自の忍術をくみ上げたのは事実だが、奴はそれだけではない。【氷の女王】の名の通りに氷の魔法を得意とした魔術、持ち前の器用さと能力を組み合わせた武術、抜刀術から短剣術や剣術も統合した我流剣術、槍術、棒術、呪術、戦術を組み立てる能力、指揮術、騎馬術、妖術、幻術、多彩な力を持っていた彼女に敵うのは、どの世界でも類を見ないだろう。
しいて、彼女に勝てる者を上げるのならば、息子の【血塗れ太陽】くらいだろう。それでも、全盛期の【氷の女王】……最強の称号【帝華】と謳われた奴に勝てるかは分からないがな」
何それ、なんてチート?全ステータスがマックスのチートキャラじゃないのよ。さすがのあたしでもそこまでいってないわよ。
「ああ、異常者だ。それだけに、【夜の女王】は極端に嫌っていたようだがな。まあ、もう今となっては故人だがな」
あ、死んでるのね。まあ、それだけ強くても、いずれ死ぬってことかしら。死因とか結構気になるけどね……。
「まあ、死んだのは肉体だけで、お前と同じように転生して魂だけは現存しているだろうがな。何せ、二代目天辰流篠之宮神だからな」
……っ、苗字からして親戚かと思いきや、本人だったのね。てか、てことは【血塗れ太陽】は、その直系、あたしたちと同じく、三神の力を持つ者ってことね。あんたが言ってた最強の血統種ってそういうことなのね。
「いや、違う。最強の血統種にはもっと複雑な意味がある。特に先祖返りという意味で、だがな」
そんな風に意味深に笑うグラムを怪訝に思いながらも、あたしは、瑠葵を扉の方へと連れて歩く。
「あなたのお母さんのお知り合い、ですか」
ああ、そうね、そんな話をしていたところだったわね。そう、深蘭……紫苑さんはあたしの母さんの知り合いよ。
「ええ、同じ紫苑つながりとか言ってたかしら。それに破壊者」
母さんから聞いたことを適当につなげて話す、いつものように上辺の知識でのハッタリを発動したわ。
「破壊者……。そして、俺は、起生者」
何やら呟く瑠葵を連れて、あたしは、扉の前で待つ面々のところに着いたのだった。てか、そんなに距離ないし。




