159話:出会い=再会
あたしは、震える腕を押さえるようにして、涙を拭い、編入生だという青年を見たわ。あの顔、あの姿、あの雰囲気、心を締め付ける様な既視感は間違いなく、あれが零斗だと言っているわ。その【力場】も……、でも、この【力場】……、修学旅行で【零】の眼を使ったときにも……。
ああ、なるほど、あたしにも零斗の血は流れているものね。だからこそ、零斗の転生しなかった分の魂が【零】の眼を発現させた……なんていうのは考えすぎかしら?
それにしても、零斗は変わらないわね。あの馬鹿っぽさも、それに……あー、夜行性なとこも変わってないわね。あたし等は、基本的に仕事は夜にやるから、朝は苦手だし、あの感じだと、仕事やめてからも筋トレしてたのと同じで筋トレ三昧ってところかしら。
それに、忍び足が癖についてるとことかも、相変わらずだったし、間違いなく、あれは、零斗の馬鹿よ。
零斗と、目線が交差して、なんとなく察したわ。そうね、何と言うか、あたし達の暗黙のルールと言うか、再会したらこれをするんでしょうね、ってことが。
――ペシッ、カラン、カラン
地面を転がるボールペンが2本。1本はあたしが、もう1本は零斗が投げたものよ。まあ、これは、久しぶりに会った仲間とか組織の暗殺者が、腕が鈍っていないかを確かめるためにやるものなのよ。
コイツなら、これをやってくると思っていたのよね……。まあ、予想通りで助かったわ。このルールは、お互いに相手の喉を目掛けて櫛やペンを飛ばすものだから互いに同じ場所を狙うか、相手のを打ち落とす軌道を狙えば相殺できるってわけよ。
昔懐かしのそんなことをやってみたけど、おそらく、クラスメイトのほとんどに、何が起こったかは分からなかったわよね。
「うお、何だ、どっから転がってきたんだ……?」
何て、友則がわめいている。他のクラスメイトも何の音だろう、くらいにしか思ってないはずよね。輝と、そして、「燦ちゃん」は別でしょうけど。
「……?」
はやてがきょとんとあたしと零斗を見ながら、隣の席の友則のところに落ちたボールペンを拾って、片方をあたしに、もう片方を零斗に差し出すように伸ばしていた。
「何で、暗音ちゃんと転校生の人がボールペン投げ合ってるの?」
何て聞くはやて。どうやら、はやてにはアレが目視できていたみたいね。……この子も計り知れないのよね。あたしは、両方をはやてから回収すると、あたしのじゃない方を零斗に軽く投げる。
「腕は落ちてないみたいね」
あたしの言葉に、零斗はニッと笑うと、飛んできたボールペンを空中でキャッチして、「燦ちゃん」に返した。
「そっちもな。っと、讃、サンキューな」
燦ちゃんの胸ポケットから素早く抜き取って投げるのは見えていたし、燦ちゃんも気づいていたわね。
「もう、人のボールペンを投げて扱わないでくださいよ。次やったら、斬りますよ?」
と鞘袋を零斗の顎に押し付ける燦ちゃん。あの鞘袋……そこから漏れでいるのは聖気ね。あー、ってことは、天羽々斬じゃないのかしら。
「燦ちゃん、抑えて抑えて。てか、んなもん振りましたら普通に捕まるから……」
輝がなだめにかかった。何か、昔って感じがするわね。……また、ちょっと、泣きそうになっちゃったわね。涙腺が緩んでるのかしら。
「あ~、何だ、面倒な感じだが。面倒だから、今のなかったことにして、ほら、自己紹介しろー」
雨柄が面倒なことは見なかったことにして、編入生の紹介に移ったわ。まあ、さっきから、クラスメイトがあたし等の方を見てるけどね。
「あー、七……じゃねぇ、七鳩怜斗だ。青森から引っ越してきた。そこのとは、まあ、腐れ縁ってーか、あー、腐れ縁はこっちのだな。まあ、ややこしい関係だ」
そこのってのは、あたしのことで、こっちってのが燦ちゃんね。黒板に七鳩怜斗と、文字を書いていく。なるほど、「怜斗」、ね。了解したわ。
「えー、私は、九……じゃない、えと、恐山讃です。光さんとは、……その、あの……、まあ、はい」
黒板に連ねられた恐山讃と言う文字。恐山……青森で恐山と言ったら、恐山のイタコの関係者か何かに転生したのかしら。九浄家も元は九浄天神家で神社を開いてたし。
「で、青葉と、鷹月のことは、知ってるってこたぁー、まぁた厄介そうなのが来やがったってことかい」
雨柄がそんな風に呟く。失礼なことを言うわね。まあ、関係者なのは事実だし、あたし等と同じサイドの人間であるのも確かなんだけど。
「じゃあ、その辺の席に座っといてくれー。誰か席を譲ってやってくれよー」
雨柄が諦めたように適当にそんな風に言うので、2人がこっちの方へ来た。まあ、怜斗と讃ちゃんは、この後《古代文明研究部》に誘うとしましょうか。
「あ、よろしくお願いします。篠宮はやてです」
近くに来た2人にペコリとはやてが挨拶をした。はやての方を少し興味ありげに見ているのは、先ほど、あの速度の攻撃を目視したことが原因でしょうね。普通は目で追えるものではないのだから。
「あ、俺は、小暮友則だ。よろしく頼むぜ」
友則もはやてに続いて挨拶をしたが、特に気にされた様子はない。そして、鷹月も名乗った。
「俺は、鷹月輝だ」
と今の名前を名乗る輝に讃ちゃんが頷いたわ。今の名前をお互いに確かめあっているってところでしょうね。仕方がないから、あたしも名乗るとしましょう。
「青葉暗音よ」
この中で、唯一、読み方すらも変わっているあたしは名乗らないとややこしいでしょうから、仕方なく名乗ってあげたのよ。すると、2人が、意外そうな顔をしてこっちの方……と言うより、輝とあたしを見ていた。
「なるほど、今世では姉弟ではないのか」
ああ、そうね。そこも気になるポイントではあるわよね。特に讃ちゃんがややこしいのよね。何でかって、讃ちゃんがあたしのことを何て呼んでたかって言うと、
「あ、じゃあ、義姉さんと呼ぶのもおかしいですよね?」
最初はお義姉様だったんだけど、こっ恥ずかしいからと義姉さんと呼ぶように言ったのよ。でも、いまや他人も他人だからね。でも、
「いいんじゃない。今までどおりの方が何か馴染んでるし」
別に細かいことは気にしなくてもいいと思うのよね。今までどおり、馴染みある呼び方で、今までどおりに過ごせばいいと思うのよ。
「しかし、この面々で、肩を並べるのも妙な気分だな」
そうね、あの頃は燦ちゃんは年下だったし、零斗も1つ上だったものね。でも今は皆同い年で、こうして肩を並べているのよ。それこそ、運命の悪戯ってやつかも知んないわね。
「そだ、あんた、汗臭いけど、また筋トレやって寝落ちしたんじゃないの?汗かいたまま寝ると風邪引くからやめろっつってたわよねぇ?」
あたしは、怜斗にそんな風に忠告するわ。そう、コイツ、前にそれで風邪引いて寝込んだのよ。看病したこっちの身にもなってほしいわよね。零祢の生まれたばっかりで、授乳とか色々忙しいのに、風邪引いたってんで、あたしにもうつらないように気をつけながら、零祢にうつるのが一番大変だから、そこに最も気を張って……ってむっちゃ大変だったのよ。
「習慣なんだから仕方ないだろ?しかも、あの頃は、やり始めたばっかりで、鍛え方が足りなかったから風邪を引いたんだ。風邪を引かない程度には鍛えているから安心しろ」
ホントにこの馬鹿は変わらんわね。あの時も「鍛え方が足りなかったんだ」の一点張りで、聞く耳は持たんし。何で、こんなのを夫にしたんだか。
「暗音ちゃん、七鳩君とはどういう知り合いなの?」
はやてが、話に首を突っ込んできた。どういう知り合いって言っても、ある意味初対面だし、ある意味夫婦よね?
「う~ん、初対面……よね?」
あたしは怜斗に聞いてみる。あたしの言っている意味が分かったのか、「あ~」とか言っている怜斗。
「そうだな、初対面だぞ。少なくとも、七鳩怜斗と青葉暗音は今日、ここで、初めて会ったんだ」
うん、やっぱり、意味は通じているみたいね。そう、怜斗と暗音は、初対面。しかし、零斗と闇音は夫婦なのよ……って、
「何アンタの名前を先にだしてんのよ。普通に考えて地位てきに青葉暗音と七鳩怜斗はって表現にしてしかるべきでしょ?」
普通に考えてそういう風に表現すべきよね?言葉と言うのは、言霊と言うわけではないけど、意味と言うものがキチンと存在しているんだから、順番をちょっと変えただけでも影響がないわけじゃないのよ?
「おまっ、相変わらず細かいところを気にするよな」
アンタも暗殺者なら、細かいところに気を配れっつーのよ。あたしの物言いに、はやてが小首をかしげる。
「やっぱり面識があるんだよねぇ?暗音ちゃんが初対面の人にここまでズケズケと言うなんて……ああ、うん、ゴメン、言うね。でも七鳩君、『相変わらず』って今言ったよね?」
やっぱり、この辺は流石よね。はやても、奇妙な点が多いし、不思議なところが多すぎよ。修学旅行中には予知夢を見たって言うし……。
「だから、今言ったとおり、青葉暗音と七鳩怜斗は初対面だってのよ」
はやては「ふ~ん」、とよく分からなさそうに頷いたわ。いや、あんたが首を突っ込んできたんだからもうちょっと興味を持ちなさいよ。
……いえ、妙に興味を持たれても面倒なんだけどね。まあ、はやてはこの際置いておきましょう。それにしても怜斗が修学旅行明けに編入してくるなんて驚きよね。
近々会えるんじゃないか、とは予感めいてたんだけど、こんなにも早く会えるとは思っていなかったのよね。
「まあ、んじゃ、今世もよろしくね」
あたしは、怜斗に手を差し出す。それをガッと握る怜斗。そして、怜斗はあたしに笑って言うわ。
「ああ、よろしくな」
それが、本当の意味での再会の挨拶。あたし達の再びの祝福を示す握手みたいなもんよ。青葉暗音と七鳩怜斗……八斗神闇音と七夜零斗……かつて、闇夜に蠢く暗殺者であったあたし達が、出会って恋をして、そして、――
そんな騒がしくて慌しくも、心地よかった、あんな頃に再び……。




