107話:4日目SIDE.D
あたしは、手に持った【宵剣・グラムファリオ】の切っ先を、目の前の市原裕太に突きつけながら、月も星も出ていない静かな夜にあわせて、静かに言う。
「それで、どうするの?」
どうするのってのは、今すぐにここで戦うのか、場所を移して戦うのか、どっちなのよ、って意味ね。まあ、そのくらい理解できるでしょ?
あたしの問いかけに、3人は沈黙したままだったわ。せめて何か反応しなさいよ、と思っていると、裕太が口を開く。
「いや、まだ戦わない」
……今更、何言ってんのかしら?
この時間にここに来てるってことは、待ち伏せか奇襲、どちらかにせよ、向こうから仕掛けてきたってことでしょ?
この状況で、戦わないって言う権利が、そっちにあると思っているのかしら?
「少し話をしにきた、と言ったら信じるか?」
裕太は、そう話を続けた。信じるかってったってねぇ……。むしろ逆に聞きたいんだけど、あたしが信じると思ってるのかしらね?
「そもそも信じるに値する理由がないじゃない。急に攻撃されないとも限らないじゃない?」
あたしの言葉に黙りこくる裕太。でも、代わりに結衣が口を開いたわ。結衣は、あたしにこう言うわ。
「信じろ、とは言わないですけど、聞くには値すると思います」
結衣の言葉に、あたしは、どうするか考えて、隣にいる、飄々とした態度で紅い布を柄に巻いた大剣を持つ今世の弟、紳司を見た。
まあ、何で、「今世の」などと言う修飾を弟に付けたか、というと、今世ではない弟も存在するからよ。まあ、前世の弟については割愛。
隣に居た今世の弟は、あたしの視線に、ニコリと微笑んだ。今ので大体が理解できているわね。今の視線を意訳すると「俺は聞いてもいいともうよ」でしょう。
美人からの頼みだから、と言うのも少なからずある気がするのは、この弟だから仕方がないことね。
「まあ、いいわ、聞きましょう」
あたしは、【宵剣・グラムファリオ】の切っ先を裕太の喉元から離す。割りとずっとあの態勢ってきついのよ。腕がプルプルしちゃうし。
あたしが剣を下ろしたのにあわせて、紳司の横にいる花月静巴ちゃん、もとい、今世の弟の前世の嫁である七峰静葉なる人物が抜刀していた刀を鞘に収める。
戦意がないことを証明する行動ね。てか、「今世の弟の前世の嫁」ってややこしいわね……。
で、こっちの戦意が失せたことにホッとしながら、裕太が話を始めたわ。
「まず、昨日までの3日ほど、付きまとうようにして悪かった」
そんな謝辞から始まったわ。謝るくらいなら付きまとうなっちゅーの。まあ、あたしよりも紳司の方が付きまとわれてたっぽいけどね。
「それで?
あたしとしては、過ぎたことは、どうでもいいから、これからについて話が聞きたいんだけど」
裕太の言葉に、あたしはそう返した。正直な話、もう、今までの分は水に流すから本題に入って欲しいっていうのがあたしの本心よ。
あたしの言葉に、裕太は続きを言いづらそうにしたけど、結局、語りだす。
「俺達は、市原の当主の条件に《古具》使いであるとあることに疑念を抱いて、《古具》を持たぬ身でも《古具》使い以上に使える人間であることを示すために襲っていた」
その話は、まあ、不知火から聞いていたけど。しかし、疑念を抱いて、ってのはちょっとね。
結局のところ、自分が当主になりたいからだ、と言う話だとばかり思っていたんだけど違うってことなのかしら?
「しかし、打倒《古具》使いのための、この《人工古具》計画には、あまりにも多くの命を奪いすぎた」
亞月……。市瀬亞月は、あたしと紳司が小学校の頃に、たまによく(矛盾した表現だけど、「たまに」と言うカテゴリーの中で「よく」と言う意味ね)遊んでたのよ。所謂、幼なじみというやつで、この市原家の人間にとっては分家の人間ということになるらしいわね。
亞月は、《人工古具》と呼ばれるものを使って暴走状態になって死亡したって聞いてる。トドメを刺したのは、紳司の先輩の市原裕音らしいけれど、彼女は、今、この京都とは連絡を絶ち、単身で三鷹丘にいるらしいわね。
「母と分家とはいえ兄弟も同然に育った者を亡くしている。そんな計画に、これ以上の犠牲者を出すのはダメだ、と俺達の中で、そう結論が出た」
随分と都合のいい話ね。散々、襲ってきておいて、犠牲者を出さないと結論が出たとか言い出すなんて。
「だから、決闘をしないか」
決闘……。普通に「けっとう」って読むわよ。決して「デュエル」と読むわけではないわよ?
いえ、正確に言えば、デュエルは日本語で言えば「決闘」だし、別に「決闘」を「ディエル」と読むこと自体は間違ってないけど、この場面で「決闘」を「デュエル」と読むようなカードゲーム漫画のようなことはないってことね。
「決闘、ね。あたしは別に構わないわよ」
あくまで、「あたしは」と言ったのは、紳司の意見をまだ聞いていないからだ。まあ、でも紳司もこの状況で拒否はしないでしょうね。
そう思いながら、隣にいる紳司へと目を向けるわ。すると、あたしの眼を見て、フッと微笑む紳司。
「俺も構わないさ」
やっぱり紳司も断らなかったわね。予想通りと言うか、何と言うか。まあ、この状況を断って変にこじらせるよりは、決闘でも何でもしてすぐに決着を付けたいじゃない?
あたし達の返答に満足したように裕太はホッとした笑みを浮かべた。ちょっとイラつく笑みだったわ。
「では、決闘についてだ。今夜の……11時でどうだろうか。念のために10時くらいに迎えに来よう」
10時なら抜け出せる時間ね。紳司の方も同じらしく頷いていたわ。でも、決闘とは言ってもねぇ。
あたしは疑問に思ったことを裕太に問いかけたわ。
「それで、決闘のルールは?
まさか、デスマッチ、なんてことはないでしょうし。武器の持ち込みはいいのか、誰が戦うのかも全く決められてないんだけど」
少なくとも向こうは3人いるわ。それに対して、こちらは、あたしと紳司だけになるわ。一応、花月ちゃん、もしくは静葉って人もいるけど、彼女の実力は分からないし、紳司と同室であるなら避けたいわね。
もし、紳司の部屋に誰か来ても、2人とも居なかったらどうすることも出来ないし、変に勘ぐられる恐れがあるからね。もし、片方が入れば、適当な言い訳をすることができるし「トイレ行ってます」とかね。
後は、ウチの学校からなら輝くらいしか戦力になりそうな人物がいないわよね。雨柄は戦えるのかわかんないけど、どうせ手を貸してくれないし。
向こう……紳司の方は、いくつか心当たりがありそうだけど、どうなるかは分からないわよね。
「1対1の試合を3回だ。正直なところ、戦うのは俺だけか、俺と結衣だけでいいと思っていたんだが、華音がどうしても、と引かなくてな」
裕太が肩をすくめて、そう言ったわ。すると、今まで一言も発していなかった華音が口を開いたわ。
「ユタ兄とユイ姉だけが戦うなんていいわけないじゃん。だから私も戦うってわけよ」
ふぅん、中々にいい心掛けじゃないの。でも、その判断は本当に正しかったのかしらね……。あたしの予想じゃ、まあ、……。
「いいの?」
あたしは念のために問いかけてみる。けれど彼女は決意の固そうな眼差しであたしを見て言う。
「もちろん」
いいお返事ね。ここで、あたしの予想を、一応、言ってみるけど、まあ、決意が揺らがないことを祈るわ。
「たぶん、紳司と戦うことになって、十中八九、おっぱい揉まれるけど、それでもいいの?」
あたしの予想だと、あたしと裕太、誰かと結衣、紳司と華音って対戦表になる気がしてるんだけど。
「うっ……」
華音の顔が歪む。ついでに決意も歪む。まあ、そりゃ、そうなるわよねぇ……。
その場に居た全員が、紳司をジトっとした目で見る。紳司は慌てて弁明を始める。
「え、いや、そんなことしねぇよ?今までの何回かだって偶然だし!意図して揉んだことはないし!揉みたいと思ったことなんてないしっ!……いや、ゴメン、揉みたい」
煩悩と性欲に正直な弟に、正直頭が痛くなるわね。てか、普段、頭の回転は速いくせして、弁明すると立場が悪くなるのは何でかしらね。
「まあ、信司は、昔から大小構わず乳好きで有名だったしね」
静葉って人が肩を竦めてそう言うわ。なるほど、昔の嫁が言うなら信憑性が凄く高いわね。
「はぁ、ゆ、有名だったの?マジで?!
え、てことはだ、英司も、もちろん俺のその話を聞いたことがあっただろう?それにいつもこっそり見てた向かいの家のマリーシャさんとか花屋のロズマリーさんとかも?!」
どんだけ胸見てたのよ。前世からこんな弟だったとは流石ね。流石すぎて、呆れて言葉もでないわ。
「てか、噂の発信源はマリーシャよ?
あと、花屋はロズマリーじゃなくてロズラルベルよ」
名前間違えんなっ!てか、やっぱり見てたのモロバレじゃないのよ!恥ずかしいわねぇ……。
「なんてこった……。どおりで、視線が冷たいわけだぜ……。鍛冶師って偏見あるよなぁ……って思ってたけど、視線が冷たい理由はそっちだったのか。
あれ、でも、ユースタルとかビヨリムラとかは、優しい視線を投げかけてたけど?」
あ、一応、話しかけてくれたり、優しい視線を投げかけたりしてくれる人はいたのね。よかった。
「あ~、あれ……。ははっ、気を落とさないでほしいんだけどね、あの2人、ニューハーフよ?」
あ、紳司が地面に突っ伏した。知らんかったのね、いや、まあ、知ってたらあんな反応はしないでしょうけど。
「いや、でも、たとえ元男でも、アレだけ美人なら……」
あ、ダメだこいつ。華音も、すっごく蔑む目で紳司のことを見下してる。まあ、そうなるわ。
「で、でも、私は戦うわ。うん、ど、どうにかして、戦うわよ!」
あ、華音の意思が固まった。流石ね、自分の意思を貫くなんて、なんて偉い子なのかしら。
「……まあ、何だ。ドンマイ?」
裕太が紳司に慰めの言葉をかける……けど、逆効果ね。
「あぁ……、とりあえず、そういうことで、10時に迎えに来る」
そう言って3人は走り去っていくわ。……逃げたわね。




