最終話 告白……? 誰が誰に……?
あの遊園地での出来事から4日が経った。
やはりもう日南さんに村田と付き合うつもりはないらしく学校でも話をしている姿を一切見なくなった。それどころか二人が破局したという噂が学校中を駆け巡ったのだ。
そしてどうやら女子達の間であの遊園地の出来事が広まっているらしく村田は女子から少し敬遠されてしまったようだ。
まあ両想いだと思われていた二人なのに話さなくなった上に、破局なんて事になったら女の子は日南さんに事情を聞くだろうしこれはしょうがないな。
……いや、他人の事はいい。現在、俺はある妙な事象に惑わされている。
どういうことか俺とSNSでやり取りしてくれた日南さんの女友達がみんな一斉に俺をブロックしにかかったのだ。……みっちゃん以外は。
俺の作戦も遂にばれたのだと思い他の高校に高飛びでもしようかと画策していたのだが別にそういう訳でもないらしく学校では今まで通り接してくれる。
むしろブロックした事を謝られたくらいなのだ。ただ理由を聞いても苦笑いしながら「もうすぐ分かるよ」としか言ってくれない。
何がなにやらさっぱりだがもう作戦が終わった事だけは確かだろう。
日南さんとはあの和人についた嘘の事情を説明した後で話してない。
というのも彼女と学校で顔を合わすと逃げられる始末だ。一体何をしてしまったのだろうか?
多分避けられているのだろうなと思ったので何となく連絡も取りづらいのだ。
それでもみっちゃんとの交流だけは続いている。だから結果としてみっちゃんとしかやり取りができなくなった。
あんなに女の子の連絡先を持っていたのに全部水の泡になりもう散々……ではないか。
出発は邪な考えからだったけど気の置けない友人が増えた事は正直に言って凄く嬉しい。そんな機会をくれた日南さんとみっちゃん達には本当に感謝をしている。
ぶっちゃけ今は彼女なんていなくてもいいかなって思えてきたくらいだ。みっちゃんに関して言えば前以上に仲良くなったしよく連絡も来るし返している。
……そう思っていたのだが――
『今日の放課後に朝倉君とお話ししたい事があります。屋上で待ってます』
いったい何だこれは一体。今日は帰ってゆっくりとみっちゃんから借りた映画を見ようと思い急いで下校しようと思っていたのだが下駄箱の中のあるかわいい便箋がそれを阻む。
朝見た時にはなかったから帰りに誰かが入れたんだろうがこの後用事ができたらどうするつもりだったんだろうか? 特にないけど。
差出人は不明だがけっこうかわいい字で書いてあるから女の子か?
まあどちらでも構わない。さくっと終わらせて映画を見ようと思い屋上の扉を開けるとそこにいたのは――
「日南さん?」
「待ってたわ」
そこには彼女が、日南さんがいた。屋上に入ってきた俺を認識して不敵な笑みをたたえながら距離を詰めてくる。
爽やかな風が新緑の葉と共に吹き抜けると彼女の艶やかな髪が独りでに舞い踊るのが印象的だ。
「遊園地ではありがとう。朝倉君には本当に感謝の言葉もないわ」
「あまり力にはなれなかったけどな」
俺は二人のデート風景を思い出し少しだけ自嘲気味に答えてしまった。しかし日南さんは「そんな事絶対ないわ」と言って首を振ってくれた。
「あとごめんね。最近避けるような真似をして。こんなに人を意識して顔を合わせられなくなったのが初めてで戸惑ってたの」
「意識?」
顔を赤く染めながら上目遣いで言葉を紡ぐ彼女の姿には見覚えがある。もしやこれはあの日の続きでは?
なぜか心臓の鼓動が屋上全体に鳴り響いている感覚に見舞われた。
「朝倉君、あなたが好きです。私と付き合って下さい」
「!?」
えっ、今なんて言った? 俺が好き? 日南さんが俺を? 今まで告白なんてされた事がないからどうすればいいか分からない。
日南さんは俺への強い眼差しを一瞬たりともそらそうとせずに見据えてくる。そんな姿がとても美しく感じられた。
と、とりあえず言わなければならないのは、えっとえっと……。
「実は罰ゲームでの嘘告白だったりしないよね?」
「罰ゲームじゃないわ。本気の告白」
彼女は俺の失礼な邪推にも一切動じない。恐らく俺が罰ゲームの告白だと疑問を立てる所まで推測してきたのだろう。
しかしどのタイミングで俺の事を好きになったのだろうか。ちょっと信じられないけどやっぱりあれかな?
「もしかして和人を助けたからとかそんな感じで好きになったとか?」
「もっと前。朝倉君と一緒に作戦会議をしながら話している時にはもう意識してたんじゃないかしら。こんなに素を出して話せる人は初めてだったから」
「そんな事でか?」
「朝倉君だって1人で日直やってたのを私が助けただけで恩返ししたいとか言ってきたじゃない。私からしたらそれもそんな事になるわ」
今日の日南さんはなんというか特に強い。全く勝てる気がしない。なんというかこう言葉に力があるというか決然としている。
告白されたのはとても嬉しい。俺なんてすごい単純だからそれだけで相手への好感度が上がるくらいの出来事なのだ。
しかし一方で村田への告白をアシストしたつもりだったのだが彼女の言う通りなら全て逆効果だったようでどうにも後味が悪い。
ただし本人の性格と和人への対応を見る限りでは仮に付き合っても長続きはしなかっただろうし村田の自業自得な面もある。ただそれでも二人の仲を引き裂いた感が否めないのである。
「美里と楽しそうにしてる所を見てあなたへの想いをしっかり自覚して、和人に優しくしてる所を見てもっと好きになったの。……返事を聞かせて?」
彼女の言葉と表情には一切嘘が入っていない。その熱意がこちらにも伝わってきて俺の身が焦がされる錯覚に陥る。
「日南さんの気持ちは素直に嬉しい。ただ日南さんとそういう関係になる事を考えてなかったからどう返せばいいか分からないんだ。それに一つ隠してた事があって……」
「何を隠してるの? 可能なら教えて欲しいわ」
彼女は怪訝そうな顔をして少し身構える。
本当はあの作戦の事を伝える気などなかった。しかしこんなに真剣な彼女に告白された以上は真剣に返すのが礼儀というものであろう。
「実は――」
だから俺も意を決してそれらを全て包み隠さず伝える事にした。ここでそれを隠したまま付き合ってもいい事はないだろうし。
「――と言う訳で日南さんを通じて最終的に彼女が出来ないかなって事で接触したんだ。すみませんでしたっ!」
俺は頭を下げて謝罪の意を示す。……やっぱり言うべきではなかったのかな? 黙っておいてばれなければ誰も傷つかないが彼女に対してはちゃんと話しておきたいと思った
「……それだけなの?」
「それだけです。他にはありません」
「そう……。だったら何で頭下げるの? 普通にしていいわよ」
彼女の声から明らかな困惑の色が聞き取れた。思わず顔を上げると日南さんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
絶対に怒ると思ったのでこちらも同じく拍子抜けしてしまった。
「怒っていらっしゃらないのですか?」
「いい加減その変な言葉遣いも止めて頂戴。薄々気づいてたし、彼女が欲しいから頑張っただけでしょ? 利用する見返りも充分だったし怒る気にならないわ」
「そ、そうなのか。ただ村田と付き合えるように奔走してた奴がちゃっかり日南さんと付き合ったら流石に外聞が悪すぎるしなあ……」
もし俺が日南さんの友人の立場なら俺のやってる事は村田と意図的に破局させて自分と付き合うように誘導する卑怯な人間にしか見えないだろう。
だからどんなに状況が変わっても日南さんにだけは手を出さない事だけはルールとして最初に決めていたのだ。だから正直気が乗らない。
しかし彼女は俺の言葉を聞いてすべてお見通しだと言わんばかりに強気に微笑んだ。
「心配いらないわ。皆にSNSをブロックされたでしょ。ごめんなさい。あれ私が皆に事情を話して頼んだのよ。朝倉君が他の女の子とやり取りして欲しくないから可能なら協力してって」
なんと俺の懸念していた部分はあらかじめ日南さんがクリアしているというではないか。本当に用意周到だ。
ブロックされたのもそういう事だったか。村田じゃあるまいし俺なんて他に誰が狙うのかという疑問はあるがそういう手を使うのもありか。
しかし日南さんの人望はすごいな。皆が日南さんの恋の協力をしてくれるのは日頃の行いと言えるのだろう。……あれ?
「それってみっちゃんにもお願いしたの?」
「勿論よ。美里にはいの一番に頼んで了承して貰ったわ。折角仲良くなってたのに邪魔しちゃって本当にごめんなさい。でも美里にだけは朝倉君を取られたくなかったのよ」
頼んだ上に了承までして貰った……? 日南さんの認識ではそうだが、実際にみっちゃんとは普通にやり取りをしている。
なんならこの4日間はみっちゃん以外とはSNSのやり取りをしなくなった分だけずっとみっちゃんとやってた。
もしかすると二人して俺をからかう悪質ないたずらを仕掛けているのかもしれない。しかしそうでないのであれば……?
何か空寒い物を感じた。もうすぐ夏ですよ。おかしいなあ。
「そっかー、まあそういうこともあるよね、しゃーない。うへへ」
「だ、大丈夫? もしかしてそんなに美里とやり取りできなくなったのがショックだったの?」
「いやあ、もんだいないからしんぱいいらないよお」
これはあれだな。俺が勝手に掘り起こすべき内容じゃない。人生は正直に話す事だけが美徳ではないのだ。ここだけは壊れたふりをして全力でごまかそう。
幸い日南さんも特に怪訝な様子を見せず逆にこちらを心配くれているようなのでバレてないはずだ。……折を見てみっちゃんにそれとなく聞いてみるかな。
「それで返事は……どうかな?」
「悪いけど断らせて貰いたい。正直そういう目で日南さんを見てなかったからすぐには付き合うって気持ちになれないかな」
「誰でもいいから彼女が欲しいんじゃなかったの? だったら私でもいいじゃないの!」
日南さんが声を上げる。俺の回答に納得できないようで俺が誰でもよかったと言っていた点を突いてくる。
そう、元々その為にこの計画を始動したんだ。誰でもいいから彼女が欲しいからなりふり構わずに動いたんだ。しかし……
「その通りだ。でも日南さんはそうじゃないだろ? 軽い気持ちで付き合ったらいつか村田と同じように俺が日南さんを傷つけると思う。折角仲良くなれたのにそれは嫌だ」
俺の現状の彼女を作りたいという想いはお試しで付き合ってみて相性が悪いなら別れればいいじゃんってくらいには軽い。
だから相手の女の子もそれくらい割り切っていてくれないときっと認識の相違で傷つけてしまうだろう。
日南さんはきっとそういうタイプじゃない。どう少なく見積もっても俺よりは真剣に考えて告白しに来ている。
「そんなことない! 和人に優しくしてくれたあなたを私は信じてるし今だって私の事を案じてくれてるじゃない! やっぱり美里がいいの? 私じゃ美里には勝てないの?」
彼女の悲痛な呟きが俺に罪悪感をねじ込んできた。まるでこの世の終わりかのような落ち込み具合だ。
なぜそんな考えに至ったのかは不明だが俺がみっちゃんを好きだっていう誤解は解いておきたい。
「みっちゃんでも同じように返すよ。そもそも俺と彼女は友人でしかない。それにどっちかって言うと俺を好きだって言ってくれた日南さんの方が……好きかな」
「今好きって言った!? 言ったわよね、聞き逃してないわ!! 美里より好きって言った! これは実質両想いって言えるでしょ!」
「誤差くらいの差しかねーよ」
何気なく言った俺の言葉で日南さんは先ほどまで沈んでいたのが嘘のように満面の笑みを取り戻した。あまりにも都合のいい部分だけを切り取りすぎではないでしょうか。
しかしなぜこんなにもみっちゃんに対抗心を燃やすのだろう。そんなにあの日二人で話をしていたのが仲良く見えたのだろうか。
「それならまだまだチャンスしかないわね! だったらまずはお友達でいいから! それで私を絶対に好きになって貰うから!」
「……分かったよ。もし俺が本気で好きになってその時に日南さんがまだ飽きてなかったらその時は付き合って欲しい。これでどうかな?」
とうとう俺は彼女の提案に了承した。しかし不本意な約束にはさせない。彼女の押しの強さにやられた形ではあるが俺が好きになったらという最後の砦は守る。
それに彼女と話すようになって短い期間しか経っていないが一緒に過ごす時間を楽しく思っているのも事実だ。だからもっと一緒に過ごせばきっと彼女を好きになれるはずだ。
「ええ、末永くよろしくね! じゃあまずは名前! 私の事は明日香って呼んで! 私も朝倉君の事は博って呼ぶから! いいよね、博!」
「勿論だよ。改めてよろしく、明日香」
絶対に親密にならないと決めていた彼女と名前で呼びあうのはなんだかむず痒い。しかし末永くって俺達は結婚でもするのだろうか。早速価値観の違いが出ているじゃないか。
そして明日香は息つく暇もなく俺の右手を自分の両手で包んできた。温かくてやわらかい。
「じゃあ行きましょ」
「行くってどこに?」
「クレープを食べに行くのよ! 和人に邪魔されちゃって行けなかったけどやっと博と一緒に行けるわね。カップルの必需品なんだから!」
「そんなに慌てなくてもクレープは逃げないよ。だから手を引っ張んないでくれ、痛い、痛い!」
明日香は強引に指を絡ませながら手を繋いできた。嬉しいんだけど結構力が入っていて少し痛い……。とりあえず絶対に離さないという強い意志だけは感じる。
なんか妙に明日香の息遣いも荒いし顔もだらしなくにやけてるけど大丈夫だろうか? こんな明日香は初めて見た気がする。
そしてこの力強さから見るに和人が明日香をゴリラと言っていたのはもしかして比喩ではないのか?
「今週の土日は暇? まずは映画に行きましょ? 遊園地でもいいわよ! どっちにする?」
「映画にしようかな。明日香は見たいのはある?」
「恋愛系とかだといいなあ……。あっ、当然二人きりだからね! 美里とか連れてきたら絶対に駄目よ!」
「そこまで空気読めなくねーから! 俺なんだと思われてんの!?」
「警戒して当然よ! 私より先に名前、しかもあだ名で呼んでたのよ! 絶対に美里だって博に想いを寄せてるわ! 話を聞いたら付いてくるに違いないわね!」
「ねーよ」と言いたい所だが、明日香が俺を好きだと言う予想外の出来事があった以上そんな事があってもおかしくないのかもしれない。
さらに明日香が自信満々に所見を述べているのが謎に信憑性を感じさせるのだ。そうかなあ。どうなのかなあ。なんか面倒な事になりそうだからそうじゃないといいのかなあ。
でも今だけは彼女とのこれからに想いを馳せよう。彼女が出来たら映画をみたいと思ってた。クレープを楽しんでみたいとも思った。なんなら手を繋いでみたいとも思ってた。
これは予想してた結末ではないけれどそれでも彼女と仲良くなれたのは凄く嬉しい。たとえ相手が高嶺の華だとしても臆する必要なんてない。
空を見上げる。相変わらず若葉が舞っている。それは夏の到来を思わせる青々とした緑のはずだ。しかし俺には何故かそれが桜色に染まったように見えた。
◇ ◇ ◇
この先も俺は様々な出来事に出くわす。実は俺の事をずっと好きだった幼馴染がいたとか明日香の危惧通りみっちゃんにも惚れられていて修羅場になったりとか。
でもそれは俺と明日香にとってあまり意味をなさない事なので話はこれでおしまい。この先の俺達がどうなったかは各々のご想像にお任せしようと思う。
最近はクレープを二人で食べる事が増えた。これが意外と美味しい。たまに映画を見ながら食べたりする。そして俺の右手が暇を持て余すことも一切なくなった。……つまりそういう事だ。
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