5話 意外な繋がり
俺は先ほどの男の子と迷子センターで一緒に積み木をしていた。これから職員のお姉さんがアナウンスをしてくれるとの事で一緒に待たせて貰っているのだ。
「今日はお父さんとお母さんと3人で来たの?」
「うん、お兄ちゃんは?」
「俺はちょ、超かわいい、か、彼女と一緒に来たのだ」
本当は知り合いのデートを一人寂しくストーキングもとい監視しながら一人遊園地してるだけなんだよなあ。
しかしそんな事言うのは恥ずかしかったので超見栄を張って彼女とデートしに来た事にしてしまった。まあばれないだろ。
それを聞いた男の子はしゅんとして頭を下げてきた。
「そーなんだ。ごめんなさい、あいびきのじゃましちゃって」
「逢引なんて難しい言葉よく知ってるねえ。賢いなあ」
「えへへ……」
頭をなでてやると男の子はとてもくすぐったそうにしかし嬉しそうにしている。
なにはともあれよかったよかった。これでご両親が来たら一安心だろう。男の子もやっと泣き止み落ち着きを取り戻した様子だ。
そういえばデートは大丈夫だろうか? 先ほどの二人はかなり険悪なムードに陥ってしまっていた。手遅れになっていないといいが。持ち場を放棄する事になってしまい悪い事をした。
男の子も大丈夫そうだしまた盗聴の再開でもしようかな。後ですぐにフォローできるように情報は入れておかないと。
思いにふけっていると唐突に入口の扉が新たな来訪者を告げた。
「朝倉君!! 迷子の子は大丈夫そう!? ――って和人じゃないの!? なんでここにいるの!?」
「うわーん! なんでここにようかいねこかぶりがいるの!? お兄ちゃーん!!」
日南さん!? デートはどうしたの!? ていうかこの子は和人っていうのか。その和人はと言うとその妖怪猫被りを見るやいなや俺の胸に抱き着いてきた。二人は知り合いらしいが余程怖いらしい。
「どこでそんな言葉覚えてきたのよ! お姉ちゃんに向かって何て事言うの!」
「こっちこないでーっ!!」
日南さんは凄い剣幕で俺にしがみついている和人に詰め寄るがそれにつれて和人の抱きしめる力がますます強くなる。しかしまあ……。
「妖怪猫被りかあ……。プッ」
和人の言い草が的確だったので思わず感心して笑いを堪え切れなかった。確かに彼女は猫を被っている事は見て取れるので言い得て妙だ。
そういえば彼女は自分自身の事をお姉ちゃんと呼んでいたがもしかして?
「朝倉君、何がそんなにおかしいのかしら。話を聞きたいわ」
俺の呟きを彼女は見逃すはずもなく矛先をこちらに向けてきた。
「別におかしい事は何も……。そういえばこの子――和人は日南さんの弟?」
「そうよ。確かに今日家族で出かけるって言ってたけどまさか行先が同じだったなんて。……本当にありがとう。朝倉君がいなかったら和人がどうなっていたか分からないわ」
「いやあ、全然気にしないで」
日南さんは深々と頭を下げながらお礼を伝えてきた。しかし俺も驚いたよ。まさか彼女がいるって見栄を張った子供が知り合いの弟だなんて皆目見当もつかんわ。
こんな小さな男の子相手に虚勢を張った事が妖怪猫被りにばれたら失笑されそうで嫌だ。なんか汗が背中をつたってきて気持ち悪い。
「和人も大丈夫だった? ちゃんとお兄ちゃんにお礼言った?」
「あっ! お兄ちゃん、ありがとうございます!」
「ちゃんとお礼言えるなんて和人は偉いねえ」
日南さんに促されてキビキビと和人は頭を下げる。何がとは言わないがかなり怖いんだろうな。とりあえず和人を褒めながら頭を撫でる事にしたら嬉しそうでよかった。
ここまで考えた時に先ほどから残っている疑問が俺を現実に引き戻した。
「そういえばデートはどうした! 村田ほっぽといていいのか!?」
そうだよ、村田だよ! デート中じゃん! 早く戻らないとやばいんじゃないか?
彼女はそんな俺の焦った声を聞くなり皮肉っぽく笑いながら不快な様子を隠そうとせずに口を開いた。
「振ったわよ、あんな奴。そもそも今日はそのつもりで来たんだし」
「振った……? どうして?」
デートの様子から正直そういう結末になってもおかしくないかなとは思ったけどそもそもそのつもりだったってどないして?
「元々性格が合わないとは思っていたけど小さな子供が泣いてるのを聞いて嫌味ったらしく悪態つくような男なんて一緒にいたくないわ! もう最低!」
そっか、あの村田の悪態が二人の仲に止めを刺したんだな。しかも子供が弟の和人だった事でもう取返しはつかないだろう。結果、彼女の告白作戦のフォローは失敗して俺の作戦も失敗に終わった訳か。
俺が告白大作戦の手伝いを持ち掛けなければ彼の嫌な所を見ずに済んだかもしれない。日南さんにも村田にも悪い事しちゃったなあ。
しかし元々村田の事に関しては実際に話してみて気が合わないとかなんとか言っていたので当然の帰結と言えるかも知れないから気にしない方がいいのか。
「やっぱりデート中に他の女の人に見とれている所も減点だったのだろうか……」
「別に村田君が他の女の子を見てた事なんてどうだってよかったわよ。それに関してはお互い様とも言えるわ」
「お互い様?」
俺は失敗の分析をしていたのだが彼女はほんの少しだけど頬を赤く染めながら待ったをかけてきた。
「私だってこのデート中にずっと他の男の子の事ばかり考えていたんだから。……当然の結果だもの」
「ひゃあ」
こちらに近寄り熱っぽく見上げてくる日南さんの姿はとても愛らしいが和人はそんな彼女の姿が怖いようで怯えたように俺の足に巻き付きながら避難してきた。かわいそう。
しかしそうかそうか、それなら仕方ない。ちなみにその男とはいったい誰なのだろう。村田以外でなんだかんだ仲がよさそうな男……もしや!
「分かったぞ、日南さんは俺の事ばっか考えていたんだな!」
「!?」
「まさかこんな綺麗な子に好かれているとはなんてラッキーな男なんだ、俺は! 神様、ありがとう!」
「き、きれい……。あ、あうぅ……」
俺はなんとなく軽い冗談を言ってみただけだ。なのに日南さんが顔を真っ赤にしてモジモジしながら口ごもる。
俺たちの間に微妙な空気が流れる。えっ、何この空気は。正直こんな空気になるなんて予想してなかった。実はツッコミ待ちだったのにこれからどうすればいいのだろうか。
お互いの視線が絡み合う。彼女の綺麗な瞳に磁石の如く吸い寄せられてしまい、瞬きすら許されないような感覚に陥る。
どれくらい見つめ合ったのか分からないがやがて彼女は桜色の唇を震わせながら言葉を絞り出した。
「あ、あのね、私と一緒にこれからクレープを――!」
「ねえねえ、お兄ちゃん」
彼女の言葉は残念ながら俺の袖が弱弱しく引っ張られる事で遮られてしまう。そちらに視線をやると和人が申し訳なさそうに俺を見ていた。
日南さんは中断が入って不服そうではあるが先に和人と話すように促してきたのでしゃがんで彼と目線を合わせた。
「どうした和人。お腹減ったのか? チーカマならあるけど食べる?」
俺はかばんからお徳用チーカマを取り出して和人に差し出した。和人は嬉しそうに受け取りながら口を開いた。さっきお腹すいたって言ってたからなあ。
「ありがと。……あんね、お姉ちゃんはかわいいけどなかみはただのきょうぼうゴリラだからのりかえるのはやめたほうが――いひゃい、いひゃい! ほっぺひっぱんないでー!」
「和人、あんたさっきからお姉ちゃんになんか恨みでもあんの!?」
「だってお兄ちゃんちょうかわいいかのじょとあいびきちゅうっていったもん! お姉ちゃんみたいなこわいのにかまってるひまなんかないよ!」
和人は再度俺の足に巻き付きながら日南さんに反論する。普通このくらいの年頃だとお姉ちゃんを取られるのが嫌で知らない男から引き離そうとしそうだがこの姉弟はそうではないようだ。
「朝倉君、超かわいい彼女って何? まさか私のフォローをしながら裏ではやっぱり美里とイチャイチャしてたんじゃ……!」
あっ、まずい。彼女の怒りの矛先がこちらに向いてしもうた。さっきの下らない見栄が裏目に出たばかりでなくイマジナリーみっちゃんとデートしてた事になってしまいそうだ。
「そんな事してないさ。みっちゃんだってこの遊園地に来てないしそんな関係でもないし」
「じゃあ超かわいい彼女ってのは誰なのよ!!」
日南さんの怒りは止まる所を知らない。全く納得してくれる素振りもない。
もう察してくれよ。一人遊園地してたの言いたくないだけなんだよ。でも和人に見栄張っちゃった以上引くわけにはいかないんだ。かっこ悪い所見せたくないんだよ。
しぶとい彼女への言い訳を考えていると入り口の扉が開かれ二人の男女が迷子センターに慌てて入ってきた。
「「和人!!」」
「「お父さん!! お母さん!!」」
日南さんと和人の口ぶりから察するに二人の御両親だろう。
和人はとても俺の足から離れとても嬉しそうに御両親の所へ向かう。これでもう大丈夫だろう。そして俺は入れ替わりに入口の扉に手をかける。
「じゃあ俺はこれから超かわいい彼女とデートに行くからまたな和人、もう迷子になるなよ! 日南さん後で事情は説明するから!」
「またねー!! やさしいお兄ちゃん!! がんばってねー!! ありがとー!!」
「朝倉君待ってよ! 私も……!」
「明日香じゃないの!? あなたなんでここにいるのよ?」
「お母さん!? ……もう、朝倉君! 今度ちゃんと説明してよね!!」
猛スピードで迷子センターからの脱出に成功した。なんとか和人の前で一人遊園地をした事を言わないで済んだ。SNSで日南さんに説明しておくか。
結局俺はあの後そのまま自宅へ帰り、日南さんは家族で遊園地を楽しむ事になった。
超かわいい彼女の件について弁明したら「安心したわ、変な事言ってごめんなさい」と返ってきて俺も安心だ。もう一人遊園地なんて苦行はこりごりである。和人にも黙ってくれるらしい。
みっちゃんに一人遊園地の苦行を赤裸々に告白したら「今度は一緒に映画にいこうね」と返ってきて今日の苦労など吹っ飛んでしまった。我ながら現金なものだな。




