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4話 地獄の一人遊園地

 勝負の舞台は日曜日の都内某所の遊園地。ここはそこそこ大きな規模でカップルのデートスポットとしてまあまあ人気があるらしい。


快晴の空に太陽が容赦なく照り付ける中で俺は汗を流しながら日南さんと村田のデートにチーカマをお供に監視していた。


 遠くから見た二人は本当に美男美女の理想のお似合いカップルだと思う。日南さんが白いワンピースで着飾り村田はカジュアルな茶のジャケットを着こなしている。


対して俺は普通のTシャツにチノパン。いくら目立たないようにとは言え流石に劣等感を抱きそう。俺にどんな服が似合うかみっちゃんに教えて貰えないかな。


 何か目に付いた事があったら指示して欲しいとの事なので百メートルくらい距離を取って見つからないよう盗聴器で音を拾いながら適宜インカムで指示出しをしているのだが……。


『それで坂崎のやつがミスしたんだけどそこを俺の力でなんとかしたんだ。あいつには参るよ』

『そうなんだ。村田君すごいね』

「……日南さん、近くにクレープ屋があるから村田に一緒に食べる事を提案して。デートの定番だから一気に距離を縮められる。なんなら手も繋いでくれ。男子高校生なんて女の子のスキンシップでいちころだ」

『村田君、チーカマあるけど食べる?』


 は? チーカマ? 何言ってんだ。聞き間違いだよな。そうだよね?


『……チ、チーカマ? いや、いいかな。それよりもあっちにクレープ屋があるから食べに行かない?』

『ごめんね。私クレープ大嫌いなんだ』


 えっ、クレープ好きだって言ってたよな!? メモにもそう書いてます! いきなり設定変えるのやめてくんない? 


『……』

『……』


 まずい、かなり雰囲気に影響が出てる。は、早く軌道修正を……。


「……クレープでなくていいからそれ以外の物にして。流石にチーカマはデートに適さないよ。後、何でもいいから手を――」

『村田君が見とれてるあの女の人とても綺麗だね。露出も凄いし胸も大きいな。さっきからよく見てるけど男の子はきっとああいう人が好きなんだね』

『え!? いや、あはは……』

「お前らいい加減にしろよ」


 一連のやり取りに思わず愚痴をこぼさずにはいられなかった。


 さっきから何なんだよ。ずっと会話が弾まないしおよそ高校生のカップル(仮)がするであろう甘い展開にならない。これを一瞬でも理想のお似合いカップルと評した自分をぶん殴りたい気分だ。


 チーカマ食べながら監視してる俺が言うのもなんだけど、なんでデートにチーカマ持ってきたの? 村田がドン引きしていたが流石にそれは俺もドン引きですわ。


前におっさん臭いって言ったじゃない。頼むからその考えだけは捨てないでカップル御用達のクレープにしてほしかったわ。


 そして村田は村田で通りがかりの女の人に見とれていたらしい。


ほう、確かに遠目から見ても分かるくらいあの女の人のおっぱいバインバインじゃん。あれは男なら見ても仕方ないくらいのエロさだわ。露出もやばいね。あれは村田はそんなに悪くない。


でも横の日南さんの方がもっと大きいし綺麗だから見とれるならそっちにして欲しいところだな。村田が見るならきっと許してくれるからそうして欲しかった。あれはやっぱ村田が悪いわ。


 ちなみにこの流れは今日もう五回目だ。さっきから村田が綺麗だったりかわいい女の人をチラチラ見ているのだがそれを日南さんがチクりとする流れにそろそろ飽きてきた。


遠目に見える二人の間を行きかう空気がなんだか冷たい。冷気のような物が見える気がする。もうすぐ夏ですよ。おかしいなあ。


 さっきジェットコースターの順番待ちをしてたのだが、村田はずっと自慢だったり自分の好きなスポーツとか自分の話ばかりし続けていた。


それに女の子にいい所見せたいから他の奴を下げて自分を誇示する癖もあるみたいだ。


日南さんが言ってた性格云々はこれの事? 日南さんがその癖を心底嫌っているようにしか見えてならないのは非常にまずい。


 最初は日南さんもそれでも頑張って相づちを打っていたのだが他の女の人に見とれているのに気づいてからはそれも面倒になったのか露骨に沈黙する事が増えた。


 あの二人ははたして本当に付き合う気はあるのか? この時点で分かっているのは一緒にクレープを食べてくれる気もなければ手を繋ぐ事もないという事だ。


 そして俺はと言うと遊園地の中で孤独に一人だ。まあいわゆる一人遊園地と言うやつでしょうなあ! 道行く人達の視線を独占している気がする。人気者ですな、あっはっは!!


……待ってこれキツイ。ほんとキツイ。マジで無理。一人遊園地なんて俺以外誰もしてない。何の罰ゲームだよ。はっきり言って周囲から浮いてると言わざるを得ない。


 前回デートの相談をされた時に日南さんに遊園地デートを後ろからサポートして欲しいとの要請があった。


みっちゃんとの約束もあったので彼女に相談をしたら「一緒に遊園地で明日香をフォローしよ」と言ってくれたのだ。優しい。


 だから本来なら今日はみっちゃんと二人で一緒にフォローをしていたに違いない。


 なのに日南さんにそれを提案したら「それだけは絶対駄目!」と言われたのだ。彼女曰く二人もいるとバレるリスクが高まるらしい。それはそうかもしれない。


故に今回はフォローと言う名の一人遊園地の刑という罰ゲームに駆り出される事になったのだ。


 しかしよい面もある。俺に彼女が出来た時にこの二人のデートを参考にして生かす事に繋がるから奇異の目で見られようともやり抜く価値は充分にあるのだ。そう思わないとやってらんない。


 そういえば気になっていたのだが日南さんの素の姿はどちらなのだろうか。


 村田との会話や友人達と話しているのを見るといつも通りおしとやかなのに俺と話す時は凄いハキハキしている。ざっくばらんに言うといつもは猫を被っていると思う。


 前にその話をみっちゃんにしたら「うっそだー!」と笑いながら言われたからみっちゃんにすらその姿は見せていないらしい。


 もし俺と話している方が素ならば残念ながら二人が付き合ってもすぐ別れるだろうな。村田は今日の会話を見た感じ従順な子が好きそうだから絶対合わないわ。高級チーカマ賭けてもいいね。


 だとしたらまた疑問も沸く。彼女が俺に素を見せる理由は何だろうか? 


俺が作戦を手伝う事で親密になり日南さんとワンチャン付き合えるなんて分不相応な夢を見ないようにする為? 合理的と言えば合理的か。


 なんにせよ俺が考えるべき事は二人が付き合う為に全力を尽くす事だけだ。付き合った後の事は付き合った後で考えればいい。


 とりあえずただいまの時刻は正午を過ぎた頃だ。そろそろお昼にしてもいいだろう。なんとか二人の雰囲気改善に使えそうな雰囲気のお店にしたいな。


そう思い遊園地のパンフレットにあった飲食店から候補を探そうと――「お父さーん!! お母さーん!! どこいるのーーーー!!!!」――する事が出来なかった。


 小さな子供のつんざくような泣き声がすぐ後ろから響き渡る。振り返ると幼稚園か小学校入りたてくらいの男の子がいた。


男子が好きそうな特撮ヒーローがプリントされたTシャツに身を包み緑のリュックサックを背負って大声をあげて泣いているようだ。


『――』

『――』


 何かを日南さん達が話しているが男の子の泣き声が大きすぎて内容を拾う事が出来ない。なんか耳鳴りがしてきた……。


これは完全に迷子だな。ご両親と離れ離れになってかわいそうに。ひとまず俺は男の子に近づき彼に目線を合わせながらあやす事にした。


「うわあああああああああん!!!! お腹減ったよーーーー!!!!」

「大丈夫? もしかして迷子?」


 俺が男の子に声を掛けると男の子は泣きながら身振り手振りで状況を伝えようとしてきた。


「あんね、お父さんがどっかであれでお母さんも一緒にあっちでえ……」


 正直泣きじゃくっていて何を言っているか不明なのだがきっとご両親がいなくて困っているのだろう。なら次に取る手は決まっていた。


「そっか、そっか、大変だねえ。お兄ちゃん今ね、手が空いてるから一緒にお父さんとお母さんを探してもいい?」

『うるさいなあ。親はいったい何やってんだ。ちゃんと子供の躾くらいしろよ』


 辛うじて拾えた音声で村田が男の子の泣き声にイラついているようで不満を口にしたのも理解した。向こうまで聞こえるくらいには大きな声だったらしい。


 早くこの子を連れてこの場を離れないと二人のデートに更に支障が出るだろう。もうかなり雰囲気が悪くなっているけどまだ諦めたくないから早めに対処に移ろうか。

 

「うん……! びゃあああああああ!!!!」

『――!』


 男の子はよほど安心したのか俺の胸に抱き着いてまた泣き出した。おー、よしよし。


 日南さんもなんか返したようだけど男の子の声に遮られて全然聞こえないからフォローどころじゃないよ。状況の確認もできない。


 遊園地だからどっかに迷子センターくらいはあるよね?


「悪いんだけど男の子を迷子センターに連れていくからしばらくの間フォロー出来ないわ。許して」


 インカムで日南さんにそう言い残して俺はイヤホンをポケットにしまった。後はこの子を迷子センターに連れていくだけだ。


幸いにも男の子の声を聞きつけたスタッフのお姉さんが近くに見受けられたので事情を説明する事にしたのだ。


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