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十五章 序&それぞれの思惑と迷惑な1日(5)上

 日中の王宮を出歩いているルクシアを見て、廊下を歩く人々が珍しいものを見るように「第三王子だ……」とチラチラと視線を寄越してくる。


 ルクシアは慣れているのか、目を向ける様子さえ見せず、サイズのあわない大きな白衣の裾を揺らしながら堂々と歩いていた。マリアとアーシュは、彼を間に挟むような形で両側に付いて歩調を合わせ、それについて行くようにニールが近くを陽気に歩く。


 グイードが先頭に立って案内する中、マリア達は王宮関係者の仕事用の通路を進んだ。離れの薬学研究棟から一番近いこの廊下は、使用人が多く利用している移動用の道でもある。


 廊下の幅は、三人であれば横一列で並んでも余裕で歩ける程度くらいしかない。ガラスもはめられていない窓から差し込む光だけが、ひっそりと廊下内を照らし出しており、正午にもなっていない時間帯のせいか人の気配も少なく静かだ。


 二人の男性使用人が通り過ぎた後で、ルクシアが思い出したように顔を上げた。


「そういえば、父上の絵は他国の王に比べるとかなり少ないですね。私は留学した際に王城等も見る機会がありましたが、至るところに飾られていて驚いた事があります。そもそも、どうして若き頃の姿絵が隠されているのですか?」


 マリアは、グイードに質問するルクシアの横顔を見やった。よく王宮に絵師が呼ばれて、着飾ったアヴェインがじっとポーズを取っていたそばで待ちながら、彼と話した事を覚えている。


 姿絵は結構描かれていたように思うが、飾られていたのは、王の間等の一部の場所に限られていた気がする。展示されている絵画に目を向ける事はあまりなかったから、自信はないけれど。


 するとグイードは、ルクシアの質問に対してさりげなく視線を逃がし、「うーん」と数秒ほど時間を稼ぐように頭をかいた。


「――あなたのお父上は、あまり容姿も変わりませんし。まぁ、それもあって、ご本人が気分で表に飾り出していないのではないですかね? あまりそういうところにこだわらない方ですから」


 結婚前というか十六年前の絵だけなんだよなぁ……と、グイードは独白を口の中に隠した。当時オブライトを知っていた者たちで、表からは見えない位置に飾り直した事を知る者は、ほとんどいないだろう。


 その時、ニールが欠伸を一つこぼしてこう言った。


「グイードさん、俺、結婚前の陛下を知らないんすよね。あの人めっちゃ若作りですし、どうせ今と同じ感じでしょ?」

「少しは変わったぜ? 勝利を収めた祝いの場で、唐突に『お前、隊長をやれ』なんてのも言わなくなったし?」

「あ、それ隊長のやつっすよね? ジーンさんが大爆笑で語ってました」

「おいおい、ニール。あいつが発端みたいなもんだからな?」


 グイードとニールの会話を聞いて、マリアは、そんな事もあったなと遠い目をした。あれは黒騎士部隊や騎士団だけでなく国民を含む大勢の人間がいる前での、出会い頭一発目のアヴェインの発言だったからだ。


 あの時、彼の前に立つなり先に口を開いたのはジーンだった。その発言が発端で場が騒然とし、それを聞いた国王陛下(アヴェイン)が面白そうだという顔をして、開口一番オブライトにそう言った。そして、ジーンが「んじゃ、俺が副隊長で」と答えて初対面は終了となった。

 それは流れるような、呆気ないほど短い間のやりとりだった。

 オブライトは唖然として、一瞬何かの冗談かと思ったのだが、その日から隊長と呼ばれるようになり、その後日、ポルペオ・ポルーと同日に隊長就任式を迎え、正式に隊長【黒騎士】になったのだ。


 同じようにやりとりを聞いていたアーシュが、「こいつはやっぱり元軍人なのか……」とニールをチラリと見やった。しかし、台詞に出たキーワードが気になりつつも、口を挟む勇気とタイミングがみつからない様子で視線を泳がせる。



 廊下を出た先は公共区で、役職勤めの人間が多く出入りしていた。


 そこはぽっかりと開けた円系上の空間となっており、有名な芸術品や絵画などの一部が展示され、壁や柱も黄金に装飾されている。



 グイードはマリア達を連れて、その一角へと向かった。壁に掛けられた大きな絵画の横にある巨大な支柱まで進むと、「こっちだ」とマリア達を呼んでその後ろに回り、何かを隠すように引かれている一枚の白いカーテンをめくった。


 そこには、王座に細い肢体を寛がせてゆったりと腰掛け、ふわりと微笑する美しい青年の立派な姿絵があった。淡く輝くような配色で描かれた癖のない金髪、宝石のように澄んだ金緑色の、王としての威厳と深い知的さを感じさせる強い瞳。


 描かれていたのは、二十三歳の頃の国王陛下アヴェインの姿だった。


 その微笑と雰囲気は、普段の悪戯好きな輝きを完全に潜めており、完璧な『国王モード』の表情である。自分(オブライト)が十九歳の頃に出会った時の絵であると気付いて、マリアは懐かしいなと思って目を丸くした。


 カーテンを開いたグイードの横で、ルクシアが無表情のまま食い入るように絵を見つめた。アーシュが馴染みがなさそうに眺める後ろで、マリアの横にいたニールが首を捻り「やっぱり今とたいして変わってなくね?」と自身の率直な感想を呟く。


「いい笑顔でしょう。あなたが知る今の父上の容姿よりも、少し幼さがあるかと」


 しばし眺めた後、グイードが気さくな笑みを浮かべたまま、自分よりもかなり下にある第三王子――友人アヴェインの三番目の息子の顔に目を向けた。


 ルクシアは、冷静な顔で「そうですね」と答えた。


「実はこの時、俺の相棒と後輩がひどい目に遭っていました」

「酷い目……ですか?」

「はい。よく一緒にいる事が多かったポルペオという男がいるのですが、俺の相棒と後輩を含めたメンバーで、大乱闘が始まってしまいまして。絵師が『いつ巻き込まれるか』という極限状態で真っ青でした」


 おかげで陛下はここ一番の楽しそうな笑みだった、とグイードは爽やかな笑顔でさらりと語った。


「いやぁ、改めて思い返しても、凄いとしか言えません。俺と友人は大爆笑だったのに、陛下は完璧なこの微笑みようでしたからね! はっはっは、俺には真似出来ません」

「…………それは……あまり聞きたくなかったですね」


 よく分からないものの、なんとなくその状況を想像したらしいルクシアが、なんとも言えない表情でそっと視線をそらした。


 マリアは話を聞きながら、あいつの性格上仕方ないよなぁ、と当時の状況を思い返した。唐突な真剣試合が始まった際、アヴェインは隠れながら泣いて訴える家臣の悲鳴に対して「構わん、許す」と言って、抜刀を止めなかったのだ。


 あの時、絵師は極限まで追い込まれたのか、今までにない速さで、これまでになく素晴らしい絵を仕上げるという偉業を達成して褒められた。その場に居合わせたオブライトとレイモンドは、公式の場で褒美をもらう絵師の顔に生気がない理由を察して同情したものだ。


 記憶が確かであれば、精神的なダメージから抜け切るのに一ヶ月はかかった、と聞いた覚えがある。絵の展覧会の予定がそのためにずれたのだと、夜会の席で友人の誰かが話していたはずだが、――はて、誰だっただろうか?


 その時、ニールが「グイードさん」と声を掛けた。


「一緒にいたのって隊長と副隊長っすよね? またヅラ師団長が怒ったんすか?」

「お前、調子に乗った時にポロッと口から出てるけど、今は『副隊長』じゃないからな?」


 グイードがすかさず言い、後輩オブライトの、そのまた後輩であるニールを困ったように見た。しかし、ふと思い出したような顔をして「そういや」と顎をさする。


「きっかけは全く別だったな。あの例の双子、最年少の十二歳で司書になったばっかりで、あいつらがポルペオに――」


 そう口にし掛けたところで、グイードは、肝心のルクシアが黙り込んでいる様子に気付いて言葉を切った。頭をかいて「しまったなぁ」と口の中で呟くと、父親と過ごした時間がかなり少ない第三王子に向き直った。


「あ~っと、ルクシア様? あなたのお父上は偉大です。長き戦争の時代を終わらせ、今も平和のために死力を尽くしていらっしゃいます」

「――知っています。時には冷酷、時には身勝手な王だと口にする者もいましたが、私は幼い頃から、戦友(とも)を信じ、助けるために手を差し伸ばす事を躊躇しない父上の話を、誰よりも信じ尊敬してきましたから」


 冷静な顔でそう言い、ルクシアは改めて絵へと目を向けた。


「私は兄弟の中で一番、父上と過ごした時間は短いでしょう。けれど、国と人を想う父の背中を、私は同じくらいに理解()ってもいるのです」


 少ない交流の時間、父上はいつも友はいいものだと話されていた……思い出すようにルクシアが呟いた。


 ニールが「え、どんな話?」と空気も読まずにひょうきんな声を上げたので、マリアはルクシアを見守る表情のまま、彼の足を思い切り踏みつけた。アーシュがその様子を呆れたように見てから、「一匹狼のジークとは全然違うんだなぁ」と独り言を口にして、親友ジークフリートの父親の絵を見やった。



 あまりにも『独り』だったから、皆あなたを心配しているんですよ。


 グイードは、微笑と共に言葉を飲み込んだ。ルクシアを知らない自分が言うべきではないし、もう変わり始めてもいる賢王子に、あっさり答えを教えてしまうのは助けにはならないだろう。


「さて、そろそろ移動しましょうか。図書資料館の途中までお供させて頂きます」


 そう言って、グイードは形ばかり胸に手を当て、にっこりとした。


             ※※※


 図書資料館へ向かうため、途中の道まで同行すると口にしたグイードを連れて、マリア達は片側に開けた外の景色を眺められる廊下を進んだ。


 ちょうど中腹まで進んだところで、どこから窓ガラスが砕け散る軽快な音が響いた。歩いていた通行人を含め、マリア達も異変の音に気付いて足を止めた。一体何事だろうかという思いが掠めた瞬間、、



「ぎゃぁぁぁああああああ! 大臣がまた外にッ」



 恐らく階上の辺りからだろうと思われる距離感で、そう叫ぶ男たち悲鳴が降って来た。


「は?」


 大臣、というキーワードを聞いたマリアとグイード、ニールは、揃って間の抜けた声を上げた。軍人特有の騒々しい日々からは遠いルクシアとアーシュが、廊下に居合わせた他の人々と同じように警戒し身体を強張らせる。


 マリア達が外側へ目を向けた時には、土を半ば抉るような激しい着地音と共に、そこに見慣れた長身の男が降り立っていた。

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