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十二章 黒騎士部隊の四人(4)下

 得体の知れない新しいタイプの悪寒を覚え、マリアは、堪え切れず小さなくしゃみを一つした。


 ジーンは、随分低い位置で揺れた彼女の頭部を、ちらりと見降ろした。大きく声を立てない、あっさりとした小さなくしゃみも全く同じなんだなぁと考えつつも、もしや身体が華奢になった事で免疫が弱くなっているのだろうか、と心配して声を掛ける。


「おいおい親友よ、風邪か?」

「……いや、今も風邪一つ引いた事はない、が……なんだか悪寒がしたような」

「ははっ、なんだそうなのか。俺も一瞬な、なぁんか猛烈に有り得ない方向に誤解されたみてぇな感じがしたんだが。――気のせいだよな?」


 鼻先を擦ったマリアは、先程より一層怒り立ち始めた若い男達へと目を戻した。彼らの前を走るニールが、「やっべぇ!」「どうしよっ」「どうしたらいいっすかぁ!?」と、こちらに向かって指示を仰ぐように叫んでいる。


 詳細は不明だが、その光景を目にした瞬間から、マリアとジーンの取るべき行動は決まっていた。


 二人は再び上と下から目配せすると、きょとんとするヴァンレットの手をそれぞれ握り、思い切り踵を返して走り出した。ニールを完全に見捨てる方向で、マリアとジーンの咄嗟の判断と意見は一致していた。


「昔から思っていたがッ、あいつ悪い方向に引きが強過ぎないか!?」

「うーむ、最近は落ち着いたと思っていたんだけどなぁ」

「なんで逃げるんですか、ジーンさん?」

「「後ろの非友好的な空気ぐらい察しろッ」」


 さすがに、コレに気付かないというのも戦慄するレベルで危機察知能力が低過ぎる。マリアとジーンは、思わず声を揃えてヴァンレットを叱っていた。


 内密な偵察だというのに、ここで騒動を起こすのは避けたいところだ。マリアは、注意してもきょとんとしているヴァンレットを見て、緊張感がまるで伝わっていない事に頭を抱えたくなった。思わず、「畜生」と少女らしかぬ罵倒を口の中にこぼした。


 しっかりしろよ、元隊長補佐!


 改めて思い返すと、ここには黒騎士部隊の隊長であったマリアと、副隊長のジーン、隊長補佐のヴァンレットと、主に副隊長のサポートを務めていた【騙し打ちのニール】がいるのだ。十六年前まで、この四人で請け負った任務はきちんと遂行出来ていた覚えがあるが……


 そこまで考えた時、マリアは不意に、何故かその全貌が思い出せない事に気付かされた。



 結果は良好であっても、記憶が吹き飛ぶぐらいに、その過程は蛇行していたような気がする。気のせいとは思いたいものの、『騒ぎがなかった任務』の方こそ、全く覚えがない。



 つまり、そういう事なのだ。

 マリアはそう察して、乾いた笑みを浮かべた。


 逃げ足だけは一流のニールが、「俺の足よッ、伝説を築くんだぁぁああ!」と最後の力を振り絞るように叫び、マリア達に追い付いた。無意識にマリアの隣に付いたニールを、ジーンが、ヴァンレットと彼女越しに首を伸ばして見やり、「あのな」と呆れたように眉を寄せた。


「前々から口酸っぱく言い聞かせているけどさ、お前、行動する時は後先の事を考えてから――」

「俺はいつも慎重ですしッ、後先も考えて行動していますよ副隊長!」


 冗談を返す余裕もない必至な顔で、ニールが素早く断言した。


 日頃を思い返したジーンは、もはや矯正も修正も不可能な重症なのだと察して「マジかよ」と、思わず口に手をあてた。この部下に、他になんと言葉を掛ければ効果があるのか、ちっとも思い付かなかった。


 マリアは目頭を揉みこんで、「ぐぅ」と呻きをこぼした。ここで説教でもくれてやりたいところだが、そんな暇はないとは分かっている。今は、状況を少しでも早く把握するべきなのだろうが、ニールに関しては、またしても下らない理由が原因であるような予感もして、話を進めたくないような気もした。


 ジーンとしても、悪い方に引きが強い性質と、それなりに賢いニールの慌てぶりから面倒な予感を覚えていた。後ろを追い駆けてくる男達の正体について、彼の頭の中では、なんとなく予想も付き始めていた。


 それぞれ二人が悩ましげに考える中、右手と左手をマリアとジーンに握られたままのヴァンレットが、遅れてニールへと視線を向けた。


「どうして追われているんだ?」

「よく聞いてくれたッ、もしかして誰にも聞かれないとかいう悲しい結末を想像して、ゾッとしたぜ!」


 途端に調子を取り戻したニールが、事のあらましについて言葉早く語り始めた。


 マリアとジーンは、こいつの報告って無駄な感想が多く混じるからなぁ、と長期戦を予想したものの、ひとまずは黙って一通りは聞いてやる事にした。

 


              ✿✿✿✿✿



 マリア達と別れてすぐ、ニールは、ハーパーの屋敷に居座っているらしい用心棒達が通っているという、夜は酒屋にもなっている小さな食堂を訪れた。良くないタイプの人間が多く出入りしているせいか、狭い店内には他に客の姿はなかった。


 腹がいっぱいだったので、ひとまず水を一杯注文し、さて店員を捕まえて情報収集でもしようかと思ったところで、タイミング良く、それらしい人物達が店にやって来た。


 露骨にチンピラ風情の恰好をした男達は、全員が二十歳そこそこだった。彼らはかなり目立ったスキンヘッド等の頭をしており、使い古された大小の武器の携帯と所持が目に付いた。


 ニールは、彼らの防具宛てやベルトにされている焼き印を見て、数年前、別の町で警備隊が苦戦していた、未成年の傭兵集団で構成された組織『灰猫団』の一味であると気付いた。


 元々『灰猫団』は、素行の悪い十代の少年グループの集まりで、結成当時は、ギルドで次世代の勢力団になるのではと注目を集めていた。彼らは、リーダーグループにあたる『灰猫団』を筆頭に、子分グループを傘下に加えるという新しいやり方で、裏ギルドでも数では目立っていた。


 ようやく二十代になったばかりの『灰猫団』は、現在、犯罪グループの護衛、逃亡の手助けに窃盗、と手っ取り早く裏ギルドだけで金を稼いでいた。集められたチームも全員、二十代そこそこと若輩でありながら、完全実力主義世界の裏ギルドで腕を買われるぐらいに有名――らしいと、元傭兵であるニールは、風の噂で何度か聞いていた。


 とはいえ、とりたてニールは脅威には感じていなかった。

 傭兵のランク付けなんて馬鹿らしい、と彼は思うのだ。


 派手に動かなければ目に止まる事もないし、自身で誇張しなければ知られる事もない。つまり、淡々と仕事をこなしているような、一見して普通の傭兵が、物凄くバカ強い事も珍しくない世界だ。


 国境沿いの小さな町にいて、後に【黒騎士】となった傭兵が良い例だろう。


 食事を始めた若者達の話を聞いていると、どうやら、彼らは最近『灰猫団』の子分グループに加えられた新参チームであるらしかった。ニールは早々に知れた、彼らのチーム名らしい『ピーチ・ピンク』という妙なグループ名を聞いて、吐きたくなった。



 自分だったら、そんなグループ名になった時点で脱退する。名前の暴力だし、そのグループ名が一番誇らしいと口にしている、屈強な若者達の感性が理解出来ない。俺、多分、歳かもしれない……



 けれどニールは、現在ハーパーの屋敷に居座っているらしい『灰猫団』の情報を得るため、頑張った。吐き気を堪えて、十五から十七も歳下の彼らの話に耳を傾け続けた。その間、自分がもっとも格好良いと思う『黒騎士部隊』という名前を、何度も胸の中で唱えた。



 妹、ピーチ、妹、ピンク、ピーチ・ピンク最高、妹は天使、多分リーダーは空も飛べるはず、つまり全部かっけぇ――……



 早く必要な情報をこぼせよぉぉおおおおおお!?


 テーマも不明なうえ、全然まとまりもない男達の話に、ニールは激しく頭を抱えた。これだったら、ヴァンレットの方が断然可愛いし、ニールとしても、世話はかかるが可愛い後輩の相手をしているほうが数千倍マシである。


 この筋肉ムキムキで傷跡もある若造共は、刈り上げやモヒカン頭で一体何を考えてそう口にしているのか、三十七歳のニールには理解出来なかった。


 その間にも続く若造共の話には、ちょくちょく「可愛いは正義」という言葉も出てきたが、テメェらはちっとも可愛くねぇよ、とニールは手で顔を覆って心の中で泣きながら突っ込んだ。マジ泣きして、このまま逃げ帰ってしまいたい。


 やべぇ、久しぶりに心が折れそうな仕事だ。


 拾い上げる男達の会話の単語が、彼らの容姿には全く不似合いな「ピーチ」や「ピンク」や「天使」や「妹」といった摩訶不思議なキーワードで彩られ、ニールは、今すぐ彼らの息の根を止めてしまっては駄目だろうか、と本気で頭を抱えた。


 動揺からショックへ、衝撃から泣きへ、そして苛立ちから耐え難い怒りへと変わり、「チクショー俺が情緒不安定ッ」と今にも叫びだしたくなった時、ニールは、ちょっと待てよ、とふと冷静さを取り戻した。


 もしや、と思って少し考えたところで、一つの事実に気付いた。俺は三十七歳、相手は二十歳そこそこだ。つまり――



 これが大人になった俺と、ガキの間の溝ってやつじゃね!?



「…………」


 難しい事は分からないが、多分、世代の違いとかそういう感じなんだと思う。確かグイードさんが口にしていたし、隊長が『不慣れな頃に色々と教えてもらった事もある先輩だ』と言っていた人だから、恐らく、間違いはないはず。


 大人と子供の違い、――

 それはそれで、なんだか恰好良いような気がする。


 ニールは、真剣に彼らの話に集中する事にした。すると、現在ハーパーの屋敷には『灰猫団』を筆頭に、二つの傘下グループがある事が分かった。

 

 次のオークション開催まで、新加入で初仕事となる少人数グループの『ピーチ・ピンク』と、中堅で右腕に数えられている中型クラスの『ストロベリー・ダイナマイト』が居座るらしい。つまり、三チームの総勢五十名を超える、十代後半から二十代なりたてのメンバーが揃っている事が知れた。



 というか、癖のある子分グループ名、多くない?


 『ストロベリー・ダイナマイト』って、これ、絶対十代の頃に付けてそのままってパターンじゃね? つか思春期の黒歴史とかなんじゃ……



 他にも『灰猫団』の傘下にいるであろうグループについて、その名前を今後一切知る事がありませんようにと、ニールは、心の底から願って合掌した。

 

 人数でいえば厄介かもしれないが、『灰猫団』を筆頭に、その下に名を連ねている集団のイメージに警戒を覚えられなくなってしまった。多分、それなりに実力はあるだろうが、黒騎士部隊(うち)の強敵には、どう考えてもなれそうにもない。


 そうニールが緊張感を失くしたところで、一つの新しい騒ぎが起こった。


 若い男達が、二十代の女性店員にちょっかいを出し始めたのだ。彼らが「胸を揉ませてくれよ~」と冗談で騒ぎ立てる声を聞いた途端、ニールは、これまで彼らから一方的に受けたストレスもあって、ブチリと切れた。


 こればかりは無視出来るものではない。大人として、ガツンと言ってやらなければ気が済まず、ニールは椅子を蹴る勢いで立つと、椅子に片足を乗せて「おいコラ!」と、彼らに人差し指を突き付けた。


「いいかッ、よく聞け若造共! 直接服の上から触って何が面白いというんだ! パンツも下着も、覗き見て中身を想像して、くふくふと楽しむもんだろうがぁぁああああ!」


 堂々と触る事を求めるなんて、言語道断である。

 覗き主義に反するし、外道だ。



 つまり情報収集の件がバレたわけではなく、存在を怪しまれて仕事に失敗したわけでもなく、ちょっとした意見の相違が、若者達とニールの間に大きな亀裂をうみ、今回の騒動を引き起こしたというわけだ。



              ✿✿✿✿✿✿



 ニールが得意げに回想を終えた時、マリアとジーンは、完全に沈黙していた。


 話の流れをよく掴めなかったらしいヴァンレットが、自分よりも背丈の低いニールを見降ろして、「つまり喧嘩したのか?」と、きょとんとした様子で、ゆっくりと首を右に傾けた。

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