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七章 懐かしいあの人は(3)

 一通り話を聞き終えると、レイモンドは吟味するように考え込んでから、一つ頷いてこう言った。


「……なるほど。とりあえずニールが悪いな」

「えぇッ、俺!? 誰のバスト・チェックも出来てないのに!?」

「そういうところがダメなんだろ」


 マリア達は、通行の邪魔にならないよう、回廊の壁に並んで寄りかかっていた。


 左から順に、ニール、レイモンド、マリア、ヴァンレット。そして、ニールから一番遠い位置にモルツが配置されていた。


 今の時間は、こちらの回廊を通る人間は少ないようで、話しをしている間に三名のメイドと、二人の騎士が通り過ぎて行った。彼らは、所属先も違う男女の組み合わせにチラチラと目を向けていたが、質問を投げかけてくる事はなかった。


「それにしても、ドM野郎の仲間じゃないとすると……どういう関係なんだ?」


 モツルの趣味仲間ではないと知ったニールが、そこでようやく思い至ったように、胡乱な眼差しをマリアへと向けた。彼は続いて、関係性を確認するようにヴァンレットとモルツを見やる。


 レイモンドも、言われてみればそうだったな、というように首を伸ばしてきた。


 しばらく聞き手に回っていたマリアは、唐突に問われて困惑した。


「……えぇと、友人、みたいな感じですかね?」

「マリアは友人なんだ」

「コレとは友人です」


 マリアが答えると同時に、間髪入れずヴァンレットとモルツが主張した。


 レイモンドが「珍しいな」と、二人の友人をまじまじと見比べた。ニールは興味深そうにマリアを観察したが、すぐに集中力を切らせて深い溜息を吐いた。


「あ~ぁ、それにしても、ひどい目に遭っちまったなぁ……」

「若い時はあっただろうが」

「ありましたっけ? 俺はシめられる前に逃げてるじゃないですか、レイモンドさん?」

「いや、お前はオブライトからは逃げられなかった」


 自分の名前が出てきたが、マリアはすぐに思い出せず、レイモンドへと目を向けた。


 思案するように顔を上げたモルツが、顎に手を触れてすぐ「ああ、ありましたね」と呟いた。


「お前が入隊したばかりぐらいの頃でしたか」

「あ、そう言われてみればそうだった。いやぁ、あの人、本気で怒ると怖かったよな。普段ぼんやりしてるくせに、突然殺気に切り替わるんだもん。ニコリともしないんだぜ?」

「くくッ、その時も大抵、モルツが出て来ていたな」

「だってこの変態、いつも俺らの隊長の拳を狙ってたんすよッ」


 レイモンドが、可笑しそうに肩を震わせた。馴染みの友人と話す彼は、マリアが知る若い頃の砕けた口調をしていた。


 懐かしい友人達の声を聞いて、自然と古い記憶が蘇った。

 マリアは、ニールがあまりにも落ち着きのない新入りだったので、首根っこや胸倉を捕まえて回収し、指導していた事を思い出した。


 確かにオブライトは、ニールに逃げられた事はなかった。そばにはいつも副隊長がいて、後輩教育が苦手なオブライトに「俺じゃ逃走されるから、そっちは頼んだぜ」と言って、サポートしてくれていたのだ。


 副隊長は、一方的に親友宣言をしてきた男だった。オブライトにとって、初めて世話を焼いてくれた先輩でもあり、一番長く共に過ごした仲間でもある。


 それを懐かしく思い起こしたマリアは、ちらりとニールを見やった。


 ニールは何を勘違いしたのか、マリアの視線を受け止めると、突然誇らしげに胸を張ってこう言った。


「お嬢ちゃん、俺が言った『隊長』っていう恰好良い言葉に惹かれたんだな? ふふん、黒騎士部隊って知ってるか? 俺はそこの元隊員で【騙し打ちのニール】って呼ばれていた優秀な男なんだぜ!」

「――おほほほ、よくは存じませんが、そうですのねぇ」


 いやいや、お前、死んだ振りをしていただけだろうが。


 マリアは、作り笑いで本音を隠した。ニールの満足そうな様子を見やったモルツが、マリアへと視線を戻して「お前、目が笑っていませんが」と言い、レイモンドが肯いた。


 二人の視線を、マリアは無視した。

 

「しかも俺、大抜擢で、今は大臣の『専用の手駒』してんだぜ。イかすだろ?」

「あの、手駒って言われるとアレなのですけれど……?」

「はははッ、そんな褒める目を向けるなよ、超照れるぜ!」


 いや、全く褒めていない。というより、自分で手駒といって違和感は覚えないのか?


 とはいえ、レイモンド達が否定する反応を見せないという事は、彼が大臣側の人間である事は確かなのだろう。特殊な立場なのかもしれないし、詳細については訊かない方がいいように思えて、マリアは深く追求しなかった。

 

 揃った顔ぶれを今一度確認したニールが、ふと首を傾げた。


「それにしても、この面子が集まってるのって久々じゃね?」

「お前以外とは、結構顔を会わせていますが?」


 モルツが、気遣う様子もなく指摘した。ニールが「マジかよ」と呟き、真意を問うようにヴァンレットへ目を向けた。


 理解に遅れたヴァンレットが、数秒の間を置いて、首を右へと倒した。


「うむ。この前はグイードさんもいた」

「え~ッ、俺、もう一ヶ月は会ってないんだけど……」

「お前は、ほとんどこっちにいないからなぁ」


 レイモンドがそう言いながら、複雑な心境を顔に浮かべて頭をかいた。


 ニールは残念そうにしていたが、すぐに復活すると「グイードさんと言えば」と目を輝かせた。


「もしグイードさんがいて、ここに副隊長と腹黒魔王も揃っていたら、『季節外れの肝試し、という名の度胸試し』の主要メンバーが揃う事になりませんか、レイモンドさん?」

「うっわ、懐かしいな。あれだろ、黒騎士部隊が巻き込まれた迷惑極まりないイベントッ」

「発案者は、あのグイード第一師団長でしたからね。とばっちりで、こちらまで巻き込まれましたよ」

「なに被害者ぶってんだ。お前はうちの隊長追ってただけだろッ、このドMの変態やろう!」


 おかげで酷い目に遭ったんだぜ、とニールがモルツを睨みつけた。


 調子に乗ったニールが、強制参入させられたロイドに幽霊の演技でちょっかいを出し、一番に切られたというだけなのでニール自身も悪い。


 マリアはそう振り返りながら、そんな事もあったなと懐かしく思った。


 あのイベントは、ヴァンレットとニールが入隊して、まだ一年も経っていない頃に起こったものだ。グイードの、実に下らない私情によって『王宮の七不思議を調べる』事になり、その場にいた人間が巻き込まれたのである。


 同じように当時のイベントを回想していたレイモンドが、ふと、憐れむような眼差しをヴァンレットへ向けた。


「そういや、『ジーン』も可哀そうにな。一人でお前とオブライトの面倒をみたせいで、『凶悪な鈍感コンビ』の被害を受けたって、しばらく同じ泣き事を聞かされたぞ」

「? 特に何もなかったと思う。副隊長は、一人で楽しそうにしていた」

「お前はバカですか。本物の幽霊が出たと聞きましたが? 『ぼんやりオブライト』のせいで、幽霊の存在感が完全にほったらかしにされていたとか」


 幽霊なんて、出たか?


 マリアは改めて記憶を辿ったが、心当たりはなかった。副隊長が何やら騒いでいた気もするが、結局のところ、七不思議らしい怪談は確認されなかったのである。


 すると、ニールが「そうなんですよ」とレイモンドに向き直った。


「副隊長が言うには、本物の幽霊だったらしいっす。隊長とヴァンレットのせいで、幽霊の方が泣き出したとか」

「さすが『ぼんやりオブライト』だな」

「おい。そもそも誰が『ぼんやり』だ」

「ははは、そりゃ――」


 レイモンドが言葉を切り、聞き間違いだろうかと顔を顰めた。


 男達が揃って同じ方向へ視線を投げた。

 マリアは内心「やべぇ」と思いながら、にっこりと愛想笑いを浮かべた。


「なんの話しをされているのか、分からなかったものですから。つい」

「そうなの? すんげぇドスがきいてなかった? というかさ、お嬢ちゃんって見掛けによらずメッチャ素行が悪い?」

「……」

「あれ? その笑顔って、さっき酷い目に遭った時と似てるような気がする」

「やめろニールッ、というか気付け、目が完全に笑ってないからッ」


 場の空気を察し、レイモンドが慌ててニールを止めた。


 ヴァンレットがきょとんとして首を捻り、モルツが残念そうな息をついて眼鏡を押し上げる中、ニールはレイモンドに「大丈夫、俺は女の子の味方だぜッ」と告げ、マリアと向き合った。


「まぁ出会い頭にコンプレックスを指摘しちまったのは、悪かったよ」

「指摘されていません。コンプレックスでもありません」

「大丈夫、その笑顔とか特に可愛いから! お詫びといっちゃなんだけどさ、十六歳のお嬢さんが喜ぶ、とびっきりの癒し系にご招待してやるぜ」

「とびっきりの、癒し……?」


 マリアが真面目に思案する様子を見て、ニールが「やっぱりな」と確信を持ったように肯いた。


「そうだとも、年頃の女の子が喜ぶものと言えば一つしかねぇ! ヒントはあれだ、第四王――」

「乗った」

「え、即答? そういや、時間はあ――」

「あります。今すぐ行きましょう」


 マリアは迷わなかった。

 ヒントが第四王子クリストファーとくれば、癒しの種類が外れる事はあるまい。

 

 ニールが、時間を確認するようにヴァンレットを振り返った。ヴァンレットが「うむ」と笑顔で肯くと、モルツが「面白そうですので私も付き合いましょう」と付き添いを提案した。


 しかし、レイモンドは、揃った面子を改めて見渡すと、微妙な表情を浮かべた。


「俺としては、やめた方がいいんじゃないかと思うんだがなぁ……」

「時間はかからないですし、レイモンドさんも一緒に行きましょうよ! やっぱさ、女の子は愛溢れるキャッとした感じの笑顔が一番可愛いじゃないすか」

「うーん。俺としてはさ、お前らが全く伝心していないような気がするんだ」

「そんな事ないですって。俺とお嬢ちゃん、まさに完全に心が繋がったみたいな感じっすよ!」


 確信もない自信を溢れさせるニールに背中を押されながら、レイモンドが「そうは思えないんだよなぁ」とぼやいた。


                    ◆


 連れて来られたのは、とあるサロンの一室だった。


 内側にいる人間に悟られない程度に開かれた扉を前に、マリアは完全に沈黙した。


「どうよ。これが女の子の究極の癒しだぜ!」


 威張るニールの後ろで、レンモンドがマリアの様子を見て、年頃の少女らしかぬ反応に戸惑いつつも、「完全にしくじってる」と嫌な予感に冷や汗をかいた。


 動きを止めてしまったマリアの後ろ姿を見て、ヴァンレットがゆっくりと首を左へ傾けた。モルツはサロンに興味が抱けずに、腕を組んだ状態で、次にマリアが起こす行動について逡巡していた。


 煌びやかなサロンからは、成人に達していない中性的な美貌を持った者達の談笑がこぼれていた。女性とも見間違えそうな完璧な美貌と、白い肌、細い肢体。美しい指先に、洗練された仕草……



 そこには、想像を絶する美少年たちの世界が広がっていた。



 マリアの思考が復活するまでに、たっぷり十数秒の時間がかかった。


「お前、ふざけんなよ」

「いてててッ、何この懐かしい感じの殺気と痛み! 首ッ、首が締まるぅうう!」

「どこが究極の癒しなんだ? あ?」

「女の子って、中性的な美形男子が好きなんじゃねぇのッ!?」


 連れて来られたのは、成人前の美少年が多く集まるサロンだった。

 クリストファーやリリーナのような癒し系を期待していただけに、マリアの失望はとても大きかった。


 つまり、全くの徒労であったのだ。

 彼は癒し系を何一つ理解していない、ただのチカン野郎だとマリアは理解した。


 よし、こいつは殺そう。


 左手でニールを締め上げたまま、マリアが右手をゴキリと慣らすと、レイモンドが数秒遅れて「やめんかッ」と駆け寄り、慌ててマリアの右腕を押さえた。


「と、とりあえず落ち着きなさい、ねッ。顔が完全に笑ってないから!」

「その拳と殺意を今すぐこちらに向けて下さい。さぁ、迷わずに一思いにどうぞ、全て受け止めます」

「ひぃッ、変態もいるッ! レイモンドさん俺二重のピンチだよ助けてぇぇえええええ!」

「ちょ、モルツッ、ややこしくなるからお前は黙ってろ!」

「マリア、腹でも下したのか?」

「うわっ、マリア落ち着け! てめッ、ヴァンレットォォオオオオオオ!」



 サロンにいた美少年たちが、レイモンドの叫びに気付いて「何事ッ?」と飛び上がり、その光景に目を止めて硬直した。

 


 そこには、一人のメイドを後ろから羽交い締めにするレイモンドと、彼女に胸倉を掴み上げられて泣きじゃくるニール。瞳を爛々とさせて迫るモルツと、場違いな表情で呑気に傍観しているヴァンレットの姿があった。



 美少年たちは、ごくりと唾を飲み込んだ。


「と、とりあえず、助けてくれる人を呼ぼう」

「そそそうだね、美しくて可弱い僕らだけじゃ何もできないもの」

 

 走る事も不得意な美少年たちは、近くの衛兵を呼ぶため、サロンに備え付けてあったベルを思い切り振り鳴らしたのだった。

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