九曲目『敗走』
「はい、これでいいですよ」
「……ありがとうございます」
俺の右腕に包帯を巻いてくれたユニオンの職員に、頭を下げてお礼を言う。
どうにか黒豹団から逃げ延び、ユニオンに戻ってきた俺はすぐに治療をして貰った。
氷は砂漠の暑さのおかげで逃げてる途中に溶け、防具服が守ってくれたことでそこまで酷い怪我を負うことはなかった。
だけどもしも凍ったままだったら、下手すると右腕と右足を切断しないといけないところだった。
「タケル、大丈夫?」
治療を終えた俺に、やよいが心配そうに声をかけてくる。少し痛むけど動かせない訳ではないし、多分大丈夫だ。
「あぁ、問題ないよ。少し痛むけど」
「でも、今日は安静にしてないとダメだよ?」
そこに一緒にいた真紅郎が話に入ってきた。
分かってるよ、と頷いて返す。ここで無理してもどうにもならないからな。
ちなみに部屋にはやよい、真紅郎、サクヤがいる。ウォレスとキュウちゃんは外出中だ。
ウォレスは大食い大会で知り合った筋肉隆々な男たちと、飲み会に行っている。
「ま、問題ないだろ! 早く治せよ!」
と、軽い調子で俺のことを心配することなく行きやがった。ま、いいけどさ。
キュウちゃんはアレヴィさんにめちゃくちゃ可愛がられたせいなのか、かなり疲れた様子で外に行こうとするウォレスの頭から離れようとしなかった。
ウォレスについて行った方が疲れる気がするけどな。
「邪魔するよ」
コンコンとドアをノックしてから、アレヴィさんが部屋に入ってきた。
そして、アレヴィさんは俺の姿を見て顔をしかめる。
「手酷くやられたねぇ」
「すいません、取り逃がしました」
「いいんだよ。そう簡単に捕まえられるような相手じゃないからねぇ。でも、ようやく黒豹団の尻尾を掴むことが出来たよ。黒豹団のリーダーは今までずっと、名前すら分からなかったからね」
黒豹団のリーダー、アスワド・ナミル。
氷属性魔法を操り、魔装を持っている男。今まで明かされることがなかった情報が今回の一件でようやく明るみに出たことに、アレヴィさんはニヤリと笑って見せた。
「ま、とりあえずあんたは少し休みな。その怪我じゃ、当分依頼をこなすことも難しいだろう?」
「そうですね。二、三日は様子を見た方がいいかもしれません」
「早く怪我を治すんだね。あんたたちにお願いしたい依頼が、山ほどあるんだ」
そっぽを向きながら、アレヴィさんが吐き捨てるように言う。分かり辛いけど多分、怪我のことを心配してくれてるんだろうな。
それにしても、これからどうしようかな。依頼はこなせないし、やることがない。
すると今までずっと黙っていたサクヤが、口を開いた。
「……ぼく、音楽のこと、知りたい」
音楽。そうか、音楽か。
たしかに、サクヤにゆっくりと音楽を教える機会がなかった。今がある意味絶好のチャンスかもしれないな。
サクヤの申し出にいち早く反応したのは、やよいだった。
「だったら、あたしが教えるよ! 基礎から全部!」
「お、おぉ、そうか。じゃあ、頼めるか?」
「任せて! あ、サクヤがやる楽器はキーボードでいいんだよね? それについても、あたしが知ってる限りのことを全部教えるけどいいよね!?」
「あぁ、頼むよ」
やよいは嬉しそうにサクヤの手を掴むと、スキップしながら部屋から出ていった。
そんなにサクヤに音楽を教えるのが楽しみだったんだな。
さて、サクヤのことはやよいに任せるとして……少し、アレヴィさんに聞きたいことがあったんだよな。
「アレヴィさん、聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「ん? 構わないよ。私も、あんたに聞きたいことがあるしねぇ」
「俺に、ですか?」
「あぁ。でも、先にあんたの用件から聞こうじゃないか」
俺に何を聞きたいんだろう? ま、とりあえず俺の用件を伝えるか。
「俺が聞きたいのは……<魔族>についてです」
俺たちがマーゼナル王国の王様__ガーディによって、この異世界に召還された理由。
この異世界を脅かす存在、というのは聞いたことはあるけどまだ会ったことがない種族、それが魔族だ。
俺たちは魔族を倒さないと、元の世界に帰れないと聞いてるけど……それを言っていたのはガーディだ。
本当かどうかも分からない、不確かな情報。しかも、魔族に出会ったこともないし、本当にいるのかも分からない状態だ。
だから、ユニオンマスターであるアレヴィさんに聞きたかった__本当に魔族はいるのかを。
そのことを話すとアレヴィさんは腕を組み、深くため息を吐いた。
「まず言えることは、魔族は本当に存在する。現に私も遭遇したことがあるからねぇ。だけど、あんたたちが魔族を倒せば元の世界に戻れるかは……ちょっと分からないね」
本当にいるのか。じゃあ、ガーディが言っていたことはあながち間違いじゃないんだな。
だけど、魔族を倒せば元の世界に戻れるっていう確証はないか。そこは、残念だな。
「魔族ってどんな種族なんですか?」
「どんな、か。とりあえず言えるのは……常軌を逸した存在だね」
「常軌を?」
頷いたアレヴィさんは椅子に腰掛け、足を組んで話を続けた。
「普通、魔法を使う時は詠唱をするだろう? だが、魔族は詠唱をしないで魔法を行使出来るんだ」
「つまり、無詠唱ってことですか?」
「あぁ。しかも、その魔法の威力が段違いだった。魔力量も化け物で、休む間もなく魔法を連続で使ってくる。分かるかい? 無詠唱でかなりの威力がある魔法を、バンバンと放たれる怖さが」
遠い目をしながら話すアレヴィさん。
無詠唱の時点で一般的な魔法使いよりも魔法を使うスピードが速く、威力もあって、それも連続で使われるんだろ? それはたしかに、恐怖でしかないな。
魔族が恐れられている理由が、少し分かった。
「しかも私たちが戦った魔族は、恐らく尖兵だ。つまり、魔族の中ではまだ弱い方。それに対して私を含めた十人のユニオンメンバーが敗走したんだ。まぁ、相手が一人だけだったのが救いかねぇ? もしも数人でいたら……私はここにいないだろうな」
それぐらいの実力差があるのか。そんな相手と戦わなきゃいけないなんて……少なくとも、今の俺たちには無理そうだ。
とにかく、魔族のことが少しでも分かったのは大きいな。
「魔族の襲撃って、結構多いんですか?」
黙って話を聞いていた真紅郎がアレヴィさんに問いかけると、アレヴィさんは困ったように頭を掻きながら答えた。
「それなんだけどねぇ。過去に魔族と戦ったのは、その一回だけなんだよ。しかも、別にこの国が襲撃された訳じゃない」
「と、言うと?」
「魔族からの直接の被害報告は、マーゼナル王国だけだ。その一回はたまたまマーゼナル王国に来ていた時に、魔族の襲撃があったと報告を受けて現場に行ったんだ。その時に初めて、魔族と交戦したんだよ」
じゃあ一番被害を受けているのは、マーゼナル王国だけなのか?
魔族がマーゼナル王国だけに襲撃しているのには、何か理由があるのか?
また分からないことが増えたな。
「とにかく、魔族について知っているのはそれぐらいだね。少なくとも私たちユニオンは魔族に対して脅威と危険を感じてるし、実際に被害を受けているマーゼナル王国のこともあるから、魔族の討伐はしないといけない。強すぎて、まだ討伐したという報告はないけどねぇ」
アレヴィさんはそう締めくくり、魔族の話は終わった。
それなりの実力者が揃っているユニオンですら、まだ魔族を倒していない。そんな相手に俺たちは戦わなきゃいけないのか。
だけど、現状それ以外に元の世界に戻る方法がない。やるしかないか。
「ありがとうございました」
「別にこれぐらいどうってことないさね。で、次は私の用件なんだけどねぇ。ちょっと、こっちに来てくれるかい?」
そう言ってアレヴィさんが部屋から出る。どこに行くんだろう、と首を傾げながら真紅郎に肩を貸して貰ってアレヴィさんについて行く。
「この部屋だよ」
アレヴィさんが案内した部屋には、自分の体を翼で包んでいる竜の石像。
魔力を通すとどの属性が使えるのか炎の色で教えてくれる、マーゼナル王国のユニオンと<セルト大森林>で暮らしている<エルフ族>が保管していた__<竜魔像>が置いてあった。
「竜魔像、ですか?」
「前にロイドから報告を受けてたんだ。タケル、あんたが竜魔像に魔力を送ったら姿を変えたってね。それを確認したかったのさ」
普通ならあり得ない現象だからな。気になるもの仕方がないか。
王国のユニオンの時も、セルト大森林の時も、竜魔像は俺が魔力を送るとその姿を変えていた。
多分、この竜魔像もそうだと思うけど……やってみるか。
竜魔像に手を置き、ゆっくりと魔力を送り込む。すると竜魔像は翼を広げて首をもたげ、音属性の紫色の炎を吐き出した。
「へぇ……本当に動くとはねぇ」
その光景を見たアレヴィさんは、興味深そうに呟く。
予想通り、竜魔像は姿を変えたな。どうして俺の時だけこうなるんだろう?
疑問に思っていると、アレヴィさんは竜魔像をコンコンと叩いていた。
「こんな石の像がまるで生きてるように動いた。だけど触った感じ堅いし、動く感じはしないねぇ。不思議なもんだ」
「えっと、大丈夫なんですかね?」
「ん? あぁ、別に大丈夫だろ。今まで通り使うことは出来るみたいだからねぇ」
アレヴィさんは満足げに頷き、笑みを浮かべて答えた。問題ないならいいけど。
「私の用件は以上だ。あとはゆっくりと休むんだね。怪我が治ったら死ぬほど働いて貰うから、覚悟しておきな!」
そんなに働きたくないんだけど、アレヴィさんなりの心配の仕方なんだろうな。
早く治して復帰しないとな。真紅郎に肩を貸して貰いながら部屋から出ようとすると、ふと何かの視線を感じた。
チラッと振り返ると、そこにあるのは竜魔像だけ。
翼を広げた竜魔像は__ジッと、俺を見つめているような気がした。




