十一曲目『キュウちゃん』
「__え? 何これ?」
いや、毛玉じゃない。これは……狐か?
白いフワフワとした綺麗な毛。ユラユラと揺れる大きな尻尾。クリッとした丸い目と、透き通るような蒼い眼。体は小さく、多分だけど小狐だろう。
一番目を引くのは額に引っ付いている眼と同じ色の蒼い楕円型の宝石だ。
これ、なんだろう? こんなモンスター、見たことがない。
首を傾げていると、横にいるやよいが体を震わせていた。
「か、かか、可愛いぃぃぃぃぃぃ!」
感情が爆発したやよいはその白い小狐を素早い動きで抱きしめ、頬ずりしていた。
「え? 何これ? マジで可愛い……」
「きゅう?」
「はぁぁ……天使。これ天使だよ、絶対」
「いや、狐だろ」
俺の言葉を無視し、だらけきった顔で小狐を抱きしめるやよいに呆れてため息がこぼれる。
危険なモンスターじゃないみたいだけど……こいつ、本当になんなの?
「なぁ、リフ。これ、なんて言うモンスターなんだ?」
「え? タケルさんが連れてきたんじゃないんですか?」
「いや、俺も今気付いた」
「そうですか。んー、僕も初めて見るモンスターですね」
リフも知らないのか。てことはこの森に住んでるモンスターじゃないのか?
やよいが抱きしめている謎のキツネに首を傾げていると、ユグドさんと一緒にウォレスたちが近づいてきた。
「ヘイ、タケル! お前らも戻ってきてたんだな! ん? なんだ、それ?」
ウォレスが小狐を指差して声をかけてくる。どう説明したもんかな……。
「俺も分かんない。気付いたらついてきてた」
「なんだそりゃ? で、食えるのか、それ?」
「__は?」
ウォレスの言葉にさっきまでだらけた顔をしていたやよいが、ギロリと睨みつける。
「え? 何言ってるのウォレス? もう一度言ってくれる?」
「ちょ、やよい? どうしたんだ、怖いぞ?」
「いいから、もう一度言ってみてよ。この子を、どうするって?」
「えっと、その……」
「言え」
体から魔力を迸らせながら一歩ずつウォレスに近づいていくやよい。ウォレスはその圧力に冷や汗を流し、後ずさりしていた。
どんだけその小狐を気に入ってんだよ。
「ご、ごめんなさい」
「謝るんじゃなくて、あたしはもう一度言えって言ってんの」
「ちょ、待て待て、やよい!」
今にも泣きそうになっているウォレスをかばう。さすがにウォレスが可愛そうだ。
「そんなに怒るなよ。ウォレスだって悪気があって言った訳じゃないんだからさ。な、ウォレス?」
「はい」
「……分かった。次はない」
俺のフォローでどうにか怒りを収めるやよい。ウォレスはガタガタと震えて涙目になっていた。それほどまでに、やよいの威圧感が半端なかった。
そこでサクヤが口を開く。
「……食べないの?」
「さ、サクヤ死にたいのか!?」
怒りが収まったやよいの眼がギラリと光を放つのを見て、慌ててサクヤの口を手で押さえる。
ムー、ムーと何か言っているサクヤの耳元に顔を寄せた。
「サクヤ、少し黙れ。死ぬぞ?」
「……ムー」
渋々サクヤが頷いたので手を離してやる。どうしてこうもサクヤは空気を読めないのか。
ため息を吐いているとユグドさんが興味深そうにキツネを見つめているのに気付く。もしかしたら、ユグドさんなら分かるかもしれない。
「いや、ワシも初めて見るのう」
「まだ口に出してないんですけど……」
長生きしているユグドさんですら知らないのか。本当になんなんだ?
正体の分からない小狐の謎が深まっていると、真紅郎が小狐の頭を撫でながらやよいに問いかける。
「可愛いね、この……狐? まぁ、いいや。大人しいし、飼うの?」
「うん、飼う!」
「じゃあ、名前を決めないとね」
「ふっふっふ、実はもう決めてるんだ!」
やよいは小狐をギュッと抱きしめながら、いつの間にか決めていた名前を言い放った。
「この子の名前は__キュウちゃん!」
瞬間、時が止まった。
誰もがその名前……キュウちゃんと命名された小狐と満足げに胸を張るやよいを見つめる。
最初に我に返った俺が、やよいに聞いてみた。
「……どうして、キュウちゃんなんだ?」
「え? きゅうって鳴くから」
あ、安直だぁぁぁ!?
薄々分かっていたけど、やよいにネーミングセンスは皆無だ!
だ、だけどそれを指摘しちゃいけない。指摘したら、多分……殺される。
「い、いいんじゃないか? なぁ、ウォレス!」
「え!? あ、あぁ! いいネーミングセンスだぜ! なぁ、真紅郎!」
「そ、そうだね。うん、いいと思うよ。分かりやすいし……ね、サクヤ?」
「……お腹空いた」
サクヤさーん、空気読んで下さーい!
俺たちがそう言うとやよいは「でしょ!」と満足げだ。うん、やよいがいいなら、それでいいんじゃないかな。
小狐……じゃなくて、キュウちゃん? のことはとりあえず置いておこう。
「ウォレス、お前らの方は何を狩ってきたんだ?」
「オレたちはホーンブルが一頭とアルミラージが三羽だぜ!」
「じゃあ俺たちのを合わせると、ホーンブル一頭とアクリスが一頭、アルミラージが六羽か。ユグドさん、どうですか?」
俺たちの狩りの成果を報告すると、ユグドさんは満足げに頷いた。
「うむ、充分じゃよ。すまんの、客人にこんなことをさせてしまって」
「お世話になってますし、これぐらい全然ですよ。明日も狩りしますか?」
「そうして欲しいのう。重ね重ね、申し訳ない」
「いやいや、いいですよ」
まぁ、この集落には子供も合わせて三十人近くいるからな。これだけじゃ一週間も持たないだろう。今日のところはこれぐらいにして、また明日頑張るか。
ふと、ユグドさんが思い出したように口を開く。
「おぉ、そう言えば。タケル殿はケンタウロス族に会ったようじゃな」
「……誰かから聞きました?」
「ホッホッホ」
わ、笑って誤魔化された。まぁ、今に始まったことじゃないし、気にしないでおこう。
「はい、会いました。すいません、間違ってケンタウロス族の領域に入っちゃって」
「いやいや、教えなかった我らが悪いんじゃ。で、タケル殿はケンタウロス族のことをどう思ったかの?」
どう思った、か。
リフが言うには野蛮な種族らしいけど……そんな感じはしなかったんだよな。
そこでキュウちゃんを頭に乗せたやよいが、話に入ってきた。
「あたしは優しい種族だと思ったけど」
「ホッホッホ。そうか、優しい……そう思ってくれるのじゃな?」
「俺もそうですね」
ユグドさんは俺たちの答えに嬉しそうに「そうかそうか」と笑みを浮かべる。
あれ? エルフ族とケンタウロス族は仲がよくなさそうなのに……ユグドさんはそうでもないのか?
一頻り笑うとユグドさんは俺たちをジッと見つめた。
「……どうかその純粋な心、忘れんでくれ。あやつらも、悪い種族ではないのじゃ」
ユグドさんはそれだけ言うと背を向けて去っていった。
少なくともユグドさんはケンタウロス族に対して悪い感情を抱いてないようだ。よく分かっていないやよいを横目に、ふぅと息を吐く。
エルフ族とケンタウロス族。それと、エルフ族とダークエルフ族のわだかまり。
どうにかしたいなぁ、と思いながら、一日を終えた。




