八曲目『明かされる真実』
二十体の実験体たちの攻撃を、どうにか捌く。
右から向かってくる鋭い爪を籠手でいなし、正面からの噛みつきを後ろに下がることで回避。着地と同時に後ろから実験体の一人が飛びかかってくるのを感じて、転がってその場から離れる。
「……数、多すぎ」
立ち上がってすぐに拳を構えながら、額から流れる汗を腕で拭う。
反撃する機会はいくらでもあった。素早いけど、その動きに理はない。野生の獣のように本能的な攻撃は隙だらけだ。
だけど、ぼくは反撃出来ない。する訳にはいかない。
すると、ドクターはまた呆れたようにため息を漏らした。
「まったくもって理解が出来ん。自殺願望でもあるのか?」
「……死ぬつもりなんて、ない」
「なおさら理解が出来ないな。なぜ、反撃しない? どうして敵を倒さない? 何があったというのだ、ナンバー398。昔のお前なら、とっくの昔にその程度の敵など片づけているだろう?」
「……敵じゃないから。あと、ナンバーで呼ぶなって言った」
ドクターがなんと言おうと、いくら攻撃されても、ぼくにとって目の前にいる実験体たちは仲間だ。
ぼくの答えにドクターは、額に手を当てて首を横に振る。
「お前から感情論とはな。まぁ、どうでもいいな。この国を去ってからお前が何をしてきたのかなど、興味ない」
つまらなそうに鼻を鳴らしたドクターは、実験体たちに向かって手を払った。
「こんなくだらない茶番は飽き飽きだ。見るに耐えん。さっさと終わらせろ__本気を出していいぞ」
その言葉に、実験体たちは目を見開いて雄叫びを上げる。
ビリビリと研究室全体が震えるほどの雄叫びの後、実験体たちは今まで以上の速度で向かってきた。
「……グッ!?」
力任せに拳を叩き込んできた実験体の攻撃を防ぐと、その威力に体が仰反る。籠手越しに感じる衝撃に、思わず目を丸くした。
そのまま、実験体たちは容赦なく襲いかかってくる。
「<グリッサンド>」
焦るな。そう自分に言い聞かせて、ぼくの固有魔法を唱えた。
向かってくる鋭い爪を、両手に展開した紫色の盾で受け流す。そのまま右手と左手を流れるように回しながら体を半回転させて、次々と襲ってくる攻撃を全て逸らす。
攻撃を受け流す度に響くピアノの音の中、前後左右と飛びかかってくる実験体たちを捌いていく。
「……ガッ!?」
だけど、苛烈な攻めに対応し切れずに、実験体の一人の腕がぼくの頬に直撃した。
それをきっかけに、どんどん攻撃が当たっていく。
「グッ、ア……ッ!」
一人の攻撃を受け流せば、その隙を突かれて別の実験体の爪で肩を引っ掻かれる。
後ろから腕を掴まれ、振り払うのと同時に横から殴りつけられた。
殴られて怯んだぼくの背中が、爪で切り裂かれる。
「こ、の……ッ!」
痛みに顔をしかめながら、振り向き様に殴ろうとして__殴るのをためらってしまった。
その隙に今度は顎をかち上げられ、背中から倒れる。
「ジャアァァァアァァァッ!」
倒れているぼくに向かって跳び上がった実検体の一人が、雄叫びを上げながら爪を振り下ろしてくるのが見えた。
すぐに横に転がって避けると、目標を失った爪が硬い床に五本の爪痕を刻んでいる。
もしもあれが直撃してたら、と嫌な想像してしまった。
額から冷や汗が滴るのを感じながら、床に手を着いて体の反動で起き上がる。
「解放」
そして、魔導書に保存していたアレグロを解放。
「解放」
さらに、次に保存していた筋力強化も解放。これなら素早い実験体たちの動きについて来れるし、衝撃に耐えられる。
だけど、耐えられるだけ。攻撃出来ない以上、ジリ貧だ。
「……シィッ!」
突き出された実験体の一人の腕を掴み、短く息を吐きながら投げ飛ばす。投げた先は、別の実験体の方。
投げられた実験体は他の実験体を巻き込むように吹き飛び、床に倒れる。
すぐに近づいて実験体の体に乗っかり、両手で腕を抑え込んだ。
「ジャアッ! ジャアァァァッ!」
「……暴れ、ないで」
ぼくを跳ね除けようと暴れる実験体をどうにか抑え続ける。ジタバタとバタつかせた足が背中に当たって、痛い。
だけど、離さない。そのまま実験体を見つめて、耐える。
「……ぼくは、敵じゃない。戦いたくない。仲間を、攻撃したくない。だから、落ち着いて。お願い」
暴れる実験体を抑えたまま、必死に説得する。
お願い、届いて。ぼくの声を聞いて。
__ぼくは、仲間だ。
その言葉が通じたのかどうかは分からないけど、実験体の動きが一瞬だけピタッと止まった。
理性のない獣のような目に、ほんの少しだけ意思のようなものを感じ__ッ!?
「__ご、ほッ!?」
横から他の実験体に、思い切り脇腹を蹴られた。
あまりの衝撃に肺の中の空気が全て吐き出され、受け身すら出来ずにゴロゴロと地面を転がる。
「あ、が……」
蹴られた時、ミシッて音が脇腹から聞こえた。多分、ヒビが入った。
重い鈍痛を堪えながら立ち上がろうとして、今度は横っ面を殴られる。
なんの抵抗も出来ずに殴られ、蹴られ、引っ掻かれた。避けようと動いた瞬間に脇腹からの痛みが体全体に迸り、動きが止まって間に合わずに殴られる。
「ジャアァァァッ!」
「かは……ッ!」
そして、トドメとばかりにヒビが入っている脇腹に拳が打ち込まれ、吹き飛ばされた。
地面を跳ねるように転がり、そのまま床に突っ伏す。
間違いなく、今の一撃で肋骨が折れた。痛みで息が出来ない。左瞼は腫れ上がり、額から血が流れている。
「ゼェ、ゼェ……」
意識が遠のきそうになっても、痛みで強制的に意識が戻された。
それでもどうにか体を起こそうとして、力が入らずにまた床に突っ伏す。
早くしないとまた攻撃が、と思っていると、実験体たちが攻撃してこないことに気付いた。
隙だらけでボロボロのぼくに、誰もトドメを刺そうとしない。
どうして、と疑問に思っていると、カツカツと靴音を鳴らして近づいてくるドクターの足が目に入った。
「一つ、話をしようか」
突然、ドクターは言い放つ。
カツカツと床に突っ伏しているぼくの周りを歩きながら、ドクターは語り始めた。
「お前が使っている音属性魔法、それは私が主導で行っていた人造英雄計画による産物。人の手で作られた音属性の魔臓器を移植し、適合させる。そうして生まれたのが、お前だナンバー398」
何を今更そんな話を、と睨むとドクターは小さく笑みをこぼす。
「あぁ、そうだな。そんなこと、その実験の被験者だったお前は分かっていることだろう。だがな、一番分かっているはずのお前が__本当は、一番この実験について分かっていない」
「……何を、言って」
「まぁ、聞け。もう立つことが出来ない、これから死ぬお前に対する世話係だった私からの最後の教えだ。安心しろ、話が終わるまでは実験体たちに攻撃はさせない」
そう言って、ドクターは咳払いしてから話を続けた。
「たしかに、お前は人工魔臓器に適合し、人造英雄計画の最初の成功例となった。だが、本来は人工魔臓器は誰にも適合しない代物だ。この意味が、分かるか?」
「……え?」
人工魔臓器が、誰にも適合しない物? だったら、どうしてぼくに適合した?
初めて聞く話に目を丸くしていると、ドクターは予想通りと言いたげにニヤリと笑みを浮かべる。
「当たり前と言えば当たり前だ。先天的に魔臓器が機能しなくて魔法が使えない者もいるが、この世界の全ての生物に例外なく魔臓器は備わっている。そこに、人工的に作られた魔臓器などという異物を移植して、適合するはずがない。必ず、拒絶反応が出る」
「じゃあ、なんで、ぼくに……?」
「そう、適合しないはずの人工魔臓器が適合した。それがどうしてなのか」
ドクターはカツカツと靴音を鳴らして離れると、埃だらけの黒板を引っ張ってきた。
そして、そこにスラスラと文字を書いていく。
「魔臓器とは、簡単に言うと魔力の心臓だ。魔臓器から生まれた魔力は血液のように体を巡り、詠唱することで頭の中で魔法式を組み立て、魔法名を引き金に集めた魔力を魔法として放つことが出来る」
今までの気怠そうな雰囲気から、まるで取り憑かれたようにドクターは黒板に図式や人体図、文章を休むことなく書き連ねていった。
最後まで書いてから黒板を強く叩き、口角を歪める。
「さて、さっきも言った通り魔臓器は魔力の心臓。つまり、他の器官と同じだ。しかも、かなり繊細で取り除けば死ぬ、改造すれば死ぬ。先天的に魔臓器がなければ別だが、そのような事例は今までない。つまり、適合するはずがないというのが結論だ」
ほとんど息継ぎなしで説明したドクターは、「しかし」と話を続けた。
「例外がある。それこそがお前であり、フェイルだ。フェイルのことは知っているだろう? あいつは、言わばお前の先輩。音属性の人工魔臓器に適合し切れず、半端に終わった失敗作だ」
フェイル。人造英雄計画の失敗作で、音属性の魔法が使えない代わりに消音魔法って言う相手の魔法を打ち消す魔法を使えるようになった男。
ドクターは白衣のポケットに手を入れると、ぼくに近づいてくる。
「フェイルの場合は魔臓器に適合し切れず、お前は適合した。結果は違うが、過程の部分でお前とフェイルに共通点がある」
「共通点……?」
「あぁ、そうだ。それは、お前たち二人がダークエルフ族だと言うこと」
たしかに、フェイルはダークエルフ族だった。そして、ぼくもダークエルフ族だ。
それがどうしたのか、という疑問にドクターはここからが本番だと言いたげに興奮した面持ちで言い放った。
「フェイルに人工魔臓器が適合しそうになった時、私は気付いた! ダークエルフ族の血筋に何かがあると! だから私はダークエルフ族について調べ上げ、研究した! そして、ガーディ……いや、闇属性と出会ってようやく分かった! なぜ、人間には適合しないのか! どうしてフェイルには適合しそうになったのか!」
狂気に染まった表情で笑ったドクターは、黒板に走ると勢いのまま文章を書いていく。
「それから私は三十年前、ダークエルフ族の里で一人の子供のことを聞いた! その子供はある儀式で竜魔像からどす黒い魔力が出たことで、忌み子として扱われていたらしい!」
その話を聞いて、ぼくは唖然とした。
「すぐに私はその子供を連れてくるように指示した! その子供を調べていく中で、私は確信した! やはりそうだと、だからフェイルは適合しそうになったのだと!」
その子供は、ぼくだ。幼い頃の、ぼくだ。
「そして! 私の思惑通り、その子供は音属性の人工魔臓器と適合し、新たな英雄が生まれた! それがお前だ、ナンバー398!」
興奮し過ぎて息を荒くさせたドクターは、ゆっくりと深呼吸してから口を開く。
「さて、ここで問題。なぜ、フェイルに人工魔臓器が適合しそうになったのか? どうして、適合しないはずの人工魔臓器がお前に適合したのか? 分かるか?」
分からない。分からないはずなのに、本能が理解していた。
「そう、お前が適合した理由。それは__お前の先天属性が、闇属性だったからだ」
ドクターが言ったその言葉に、頭が真っ白になった。




