七曲目『ためらう拳』
「……ん?」
ふと、起きた。
体を起こすと、薄暗い場所にいた。
「……ここは?」
タケルたちと城に入って、黒い渦に飲まれてからの記憶がない。
寝てた……気を失ってた? よく分かんないけど、起きたら違う場所だ。
「……もしかして、ここ」
目が慣れてくると、どこにいるのか分かった。
懐かしい、思い出したくもない場所だ。
薬液の入った試験管が並んだ棚、散らばった研究資料の羊皮紙、埃だらけの机。
前よりも、かなり汚い。ぼくがいなくなってから、使われてない?
「……てことは、この先には」
立ち上がって体に付いた埃を払ってから、歩き出す。
薄暗い廊下の先には、見覚えのある扉。
扉を開けると、そこには前と変わらない景色。
「……やっぱり」
広い空間に所狭しと置かれた、人一人が入れる大きさの培養容器。
中に入っているのは、人の形をした何か。
見覚えのある、懐かしいこの部屋は……サクヤと名前を付けて貰う前の呼び名。
__ナンバー398としてのぼくが、育った研究施設。
「……人造英雄計画、実験室」
培養容器に入っている人の形をした何かは、ぼくと同じ人造英雄計画の実験体たち。
違う、実験体だった人たちだ。
人造英雄計画の成功事例、ぼくが出来上がった時に実験は終了しているはず。それでも、培養容器に入っている人たちは処分されずに、そのままにしてるみたい。
ソッと培養容器に触れてから、拳を握りしめる。
「……てことは、この先にいるのは」
培養容器が並んでいる通路の先には、間違いなくいるはずだ。
靴音を響かせて向かうと、予想通りその人はいた。
「……久しぶり、ドクター」
部屋の奥にいたのは、薄汚れた白衣を着た痩せこけた男。
机に突っ伏していたその男は、ドクターと呼ばれていた人。
ぼくの__実験体ナンバー398の世話をしていた、人造英雄計画の実験組織の主導者だ。
ドクターはゆっくりと体を起こして、モノクルを押し上げながら眠そうな目で見つめてくる。
「ふむ、ナンバー398か。おかえり、とでも言っておこう」
ドクターはあくびをしながら、面倒臭そうにボサボサの髪を掻いていた。
前よりも、覇気がない。気怠そう。
それよりも、その呼び方はやめて欲しい。
「……今は、サクヤ。ナンバーで呼ばないで」
「サクヤ? はて、それが本名だったか? たしか……いや、どうでもいい。面倒だ」
ぼくの本名は、オリンだ。でも、今はサクヤ。
実験で記憶を失ったぼくに、タケルが付けてくれた大事な名前。
ドクターは怠そうにため息を吐いて、立ち上がる。ポキポキと腰を鳴らすと、ジロッと睨んできた。
「で、だ。お前のような失敗作が、なんの用だ?」
「……失敗、作?」
ぼくが、失敗作?
おかしい。ぼくは、人造英雄計画の成功事例だ。それなのに、失敗作?
首を傾げていると、ドクターは面倒そうに口を開いた。
「疑問か? そうだろうな。たしかに、お前は私が主導していた人造英雄計画の成功事例だ。それは間違いではない。しかし__私の本来の研究成果としては、失敗作に他ならない」
「……本来の? それって?」
「教えてもいいが、説明するのが面倒だ。今となっては、どうでもいいからな」
ドクターは説明する気もなく、あくびをしている。
そして、やれやれと肩をすくめて椅子にドカッと座った。
「もう一度聞くが、なんの用だ? ここに来ても意味がないだろう?」
「……来るつもりはなかった。でも、気が変わった」
いい思い出がない研究施設に、来たくて来た訳じゃない。
でも、今の研究施設を見て、目的を見つけた。
「……この施設をぶち壊す。今も苦しんでる仲間を解放する」
実験が終わっても、ぼくと同じ実験体だったみんなは、今も培養容器に囚われている。
これ以上、ぼくみたいなのを増やす訳にはいかない。ここを破壊して、みんなを助ける。
ドクターはぼくの言葉に、額に手を当てて首を横に振った。
「やれやれ、面倒だ。従順だったお前がそんなことを言うようになったとはな、ナンバー398」
「……サクヤ」
「どっちでもいい。反論するな面倒臭い」
舌打ちしたドクターは「よっこいせ」と言いながら立ち上がると、カツカツと靴音を鳴らして培養容器の方へと歩く。
「それとな、お前は一つ勘違いをしている。こいつらは厳密には、お前の仲間ではない」
「……どういうこと?」
「こいつらは、まぁたしかに元は人造英雄計画の実験体だった。しかし、成功事例のお前が出来上がってからは、その用途が変わったんだ」
ニタリと笑ったドクターは、モノクルを押し上げながら言い放つ。
「__こいつらは、私の本来の研究の実験体になった」
そして、ドクターはパチンと指を鳴らした。
すると、培養容器にヒビが入り、中の液体が漏れ出していく。
「こいつらを解放したいと言ったな? ほら、私がしてやろう」
培養容器が割れ、中にいた実験体たちがドシャっと床に倒れた。
ピクピクと痙攣すると、ゆっくりと立ち上がっていく。
「さて。こいつらは私の研究の結果、理性のない獣と同じ思考回路をするようになった。親である私以外を、殺すために動く獣だ」
「……そん、な」
実験体たちはうなり声を上げて、ぼくを睨む。
その目には、理性がない。ただ、獲物を狩る獣の目をしていた。
ドクターはまた椅子に座ると足を組み、ニヤリと笑う。
「お前が解放したいと願ったんだ。私はその願いを叶えただけ。後のことは、面倒だから知らないな」
「……あんたは、クズだ」
「あぁ、そうだ。私の崇高な計画が頓挫してから、私はこの世界の全てが面倒臭くなった。そういう意味では、たしかにクズだな」
拳を握りしめるぼくに、ドクターはクククと小さく笑みをこぼす。
そして、机に肘を着けて頬杖すると、鼻を鳴らした。
「さて、ナンバー398。お前がこの数年でどんな成長を遂げたのか、育ての親として見届けてやろう。せいぜい頑張るといい」
その言葉を合図に、実験体たちが襲いかかってくる。
獣のように四足歩行で走り、涎を垂れ流しながら口を開けて噛みつこうとしてきた。
その攻撃を避け、バク転で距離を取ってから拳を構える。
「……だから、ぼくはサクヤ」
ドクターに文句を言ってから、魔装を展開。
魔導書を浮かばせながら、ぼくを威嚇している実験体たちを見据える。
その数、二十体。今の動きから、常人よりも素早く力も強い。
「……やるしか、ない」
ゆっくりと息を吐き、拳を強く握りしめる。
魔力を練り上げると、即座に実験体たちが走り寄ってきた。
「__シッ!」
飛びかかってくる実験体たちに対して、短く息を吐いて自分から近づく。
そして、振り下ろされた腕を首を曲げて避け、滑るように足を出しながら半回転。
噛みつこうとしてくる実験体の体に腕を添えて、回転しながら受け流す。
「フッ!」
受け流したのと同時にしゃがみ込み、後ろから襲ってきた実験体を躱す。
そのまま前に飛び込み、地面に手を付けて側転して距離を取った。
「ほう、いい動きだ。それに、魔装を持っているとは。少しだけ、興味が湧いたぞ」
「……勝手に、すれば?」
今の一連の動きを見て、ドクターは興味深そうに呟く。
でも、どうでもいい。今は、ドクターを無視する。
「……<アレグロ>保存。<フォルテ>保存」
魔導書に敏捷強化と一撃強化を保存。残り保存可能回数は、八回。
その間に、また実験体たちが襲ってくる。
「シィッ!」
爪での攻撃を、両腕に装着している蒼い籠手で防ぐ。
鋭い爪だとしても、この籠手__ニーロンフォーレルのニルちゃんが残してくれた外殻で作られた、強固な籠手に傷一つ付けることが出来ない。
「……解放」
籠手で防いだ爪を押し返し、実験体が体勢を崩した。
その隙に魔導書に最初に保存していたアレグロを解放し、強化された敏捷性で一気に懐に飛び込む。
そのまま、握りしめた拳で実験体の腹を__。
「……くッ」
殴りつけずに、体当たりで吹き飛ばす。
本当は殴ろうとした。でも、殴れなかった。
すると、それを見たドクターがため息を漏らした。
「茶番だな。結局、お前は甘い。非情になれない。言ったはずだろう、こいつらは厳密にはお前の仲間ではないと」
やれやれと肩を竦めたドクターは、はっきりと指摘する。
「それなのにお前は__殴るのをためらった。茶番だ。飽きた。お前ら、早いところ終わらせてしまえ」
そうだ。ぼくは今、襲ってくる実験体を殴るのをためらってしまった。
敵のはず。でも、簡単に敵として見れない。みんな、ぼくと同じ実験体だった。ドクターが何を言おうと、仲間だ。
仲間を殴ることが、ぼくには出来ない。
だけど、実験体たちは容赦なく襲い掛かる。
どうしたらいいのか、今のぼくのは分からないままだった。




