三十曲目『やよいの決意』
鉄を叩く音、男たちが働く声。地下工房は以前にも増して活気に溢れていた。
修繕作業が始まって七日。ベリオさんの弟子十人が加わったことにより、機竜艇の修繕作業が爆発的に速くなった。
どんどん形になっていく機竜艇に目を輝かせて一心不乱に作業をする弟子たちに感化されるように、黒豹団たちや俺たちも資材運搬やサポートのために一生懸命に体を動かす。
「ーーオラオラオラオラァ!」
ウォレスなんか重い鉄板を雄叫びを上げて運んで一人で二人分働き、真紅郎は弟子たちと設計図を見つめながら話し合いに参加していた。
俺とサクヤは地下工房と外にある工房を行ったり来たりして資材を運ぶ中、やよいはキュウちゃんと一緒に片隅に座って作業している俺たちをぼんやりと見つめている。
やっぱり災禍の竜と戦うことはまだ反対らしい。Realize全員で話し合ってから、ずっとあんな調子だ。
どうにか説得したいけど……災禍の竜と戦うにしても戦わないにしても、まずは機竜艇を完成させることを優先する。完成したら、改めて話し合いをしよう。
そんなことを考えながら外の工房に向かうと、そこではベリオさんとボルクは機竜艇の心臓部に必要な部品作り……鋳造と呼ばれる作業をしていた。
「ーーボルク! 流すぞ!」
「あいよ、親方!」
轟々と熱気を放って燃える炉から柄杓のような物を取り出したベリオさんは、汗だくになりながらボルクに声をかける。
同じように汗だらけのボルクが準備した型に、ベリオさんは柄杓から真っ赤に溶かされた金属を流し込んだ。
ジュウジュウと音を立てながら流し込まれていく金属。離れたところで見ている俺にまで伝わってくる熱気に顔をしかめる。
だけど、一番近くで作業している二人の方が熱いはずだ。それでも二人は気にした様子もなく、楽しげに笑みを浮かべながら作業をしていた。
「……よし、アスワド! 冷やせ!」
「はいはいっと」
型に金属を流し終えたベリオさんが叫ぶと、アスワドはやれやれと肩を竦めながら型に向かって氷属性魔法を使う。
一瞬にして氷の塊となり急速に冷やされた型を、ベリオさんは手に持ったハンマーを一振りして破砕した。
氷と一緒に型まで砕かれ、残されたのは何かの部品のような物。それを手に取って確認しながら、ベリオさんはニヤリと笑う。
「普通なら冷却に時間がかかるが、アスワドがいれば時間が短縮出来るな。これですぐにでも取り付けられる」
「なぁ、おやっさん……手伝うとは言ったけどよ、便利に使いすぎじゃねぇか?」
「フンッ、知るか。使えるもんは王族でも使う、それが職人だ。次やるぞ」
「はぁ……分かったよ」
部品作りの鋳造にこき使われ、ずっと魔力を使い続けていたアスワドは汗を流しながらため息を吐く。自分で言った手前、手伝うしかないからな。ま、頑張れアスワド。
心の中でアスワドを応援していると、俺に気づいたボルクが楽しげに笑みを浮かべながら声をかけてきた。
「あ、タケル兄さん! そこに置いてある部品、機竜艇に運んどいてくれる!?」
そう言って指さした方に目を向けてみると、そこには木箱に入った部品の山が置いてある。こんもりと部品が入った木箱は見るからに重そうだ。
これを一人でか……と顔を引きつらせていると、アスワドがニヤニヤと笑って口を開く。
「おいおい、ボルク。こんなの重くて持てないよぉ、だってよ?」
「……あぁ? 持てるわ。ナメんな」
バカにしたような口調にイラッとしながら、木箱に手をかける。かなり重いけどアスワドの手前、気合いで持ち上げながら鼻を鳴らした。
「ほら見たか? こんなの、楽勝だっての……ッ!」
「楽勝だぁ? その割には辛そうだな? どうする、代わるか? ん?」
「遊んでる暇ないぞアスワド! さっさと冷やせ!」
腹立つ顔で聞いてくるアスワド。これ運んだら一発ぶん殴る、と心に決めているとベリオさんがアスワドに向かって怒鳴り声を上げた。
ビクッと肩を震わせながら渋々氷属性魔法を使って出された型を凍らせるアスワド。
ざまぁ見ろ、と鼻で笑ってやるとアスワドはぐぬぬと悔しげにしていた。
「ちょっとタケル兄さん! 速く運んで! 置き場所ないんだから!」
「……はい、すいません」
そこでボルクからの喝が入り、謝りながら木箱を機竜艇に運ぶ。正式にベリオさんの弟子になってからというもの、ボルクはズバズバと物を言うようになっていた。
ようやく職人の見習いになれたから気合いが入ってるんだろうな。
「重てぇ……ッ!」
地下工房に続く階段を気を付けながら進む。木箱の中に入っている部品は素人の俺には何に使うか分からないけど、多分大事な物だろう。
落とさないように慎重に運んでいると、いきなり木箱が軽くなる。何事か、と目を向けてみると……そこには仏頂面のやよいが木箱を支えている姿があった。
「やよい?」
「……また怪我されても困るからだし。いいから運ぶよ」
目をパチクリさせながら声をかけると、やよいはそっぽを向きながら急かしてくる。何も言わずにそのまま二人で木箱を機竜艇まで運び、部品が傷つかないようにゆっくりと置いた。
「やよい、ありが……」
「タケル、ちょっと話があるから来て」
礼を言おうとする途中で、やよいは不機嫌そうに俺を睨みながら地下工房の片隅を指さす。
なんの話だろう、と思ったけどすぐに察した。多分、災禍の竜と戦うことについてだ。
頷いて返してから、やよいに連れられて地下工房の片隅……作業の邪魔にならない所に向かう。
やよいは俺の背中を向けたまま立ち、どっちも無言のまま静寂な時間が流れる。
「ねぇ、タケル」
それから数分して、やよいから口火を切った。
振り返ったやよいは俺を真っ直ぐに見つめながら、話し始める。
「あたしに稽古をつけて」
「……はぁ?」
災禍の竜と戦うことについて、かと思ったらいきなり稽古?
どういうことかと首を傾げると、やよいはギュッと拳を握りしめながら話を続ける。
「どうせあたしが止めたって、災禍の竜と戦うんでしょ?」
そう言われて何も言い返せない。やよいの心配は分かるし、理解もしてるけど……俺の中では、戦うと決めてしまっているから。
かなり危険な戦いになるし、どうしても反対するならやよいだけでも置いていこうとまで考えてたけど……それを察していたのかやよいは呆れたようにため息を吐く。
「正直、あたしたちの中でタケルが強い。そして、一番弱いのはあたしだと思ってる」
「それは……」
「いいの。あたしのことはあたしが一番分かってるから。もしも災禍の竜と戦うってなったら、足を引っ張るのはあたしなのは間違いない」
やよいは自嘲するように笑う。Realizeでたった一人女の子のやよいは、戦うことは得意とは言えない。
だけど、それは別にいいんだ。やよいは無理して戦う必要なんてない。前線を張るのは男たちでやればいいんだから。
すると、やよいは深呼吸してから決意が籠もった眼差しで俺を見つめる。
「でも、あたしはみんなと戦いたい。一緒に戦いたいよ。辛いことも苦しいことも分け合う……それが、Realizeでしょ?」
クスッと小さく笑いながらやよいは胸に拳を押し当てた。
「だから、あたしは強くなりたい。いつまでも守られてるだけじゃイヤだから。災禍の竜との戦いは危険だし、みんな怪我するかもしれない……特に、タケルはね」
危険な災禍の竜との戦いは、無傷で終わると思っていない。だけど、大事な仲間を傷つけたくない俺は、多少無理してでも守ろうとするだろう。
それが分かっているからこそ、やよいは強くなりたいと願った。
「タケルがあたしたちを守りたいと思っているように、あたしもタケルを守りたい。足手まといにいなりたくない。だから、タケル……あたしに稽古をつけて。少しでも強くなるために」
「やよい……」
「それに、今時の女の子は守られてるだけじゃないんだからね? むしろ戦える女の子がトレンドだから!」
そんなトレンド聞いたことないっての。
やよいの精一杯の強がりに、肩の力が抜けた俺は苦笑いを浮かべて頷いた。
「分かった、いいぞ」
「……なら、災禍の竜と戦うことはもう反対しないよ。でも、絶対に無理しちゃダメ。死んでもダメ。出来るなら、怪我をするのもダメ」
「それは、難しいかもな」
「だろうね。でも、ダメだから。怪我する前に、あたしが守ってあげる!」
ニシシ、といたずらっ子のような笑みを浮かべるやよい。
今まではたった一人の女の子のやよいだけは絶対に守らないと、って思ってたけど……この異世界に来て色々経験したやよいは、知らない間に強くなってたんだな。
いや、元の世界の時からやよいは強かった。体じゃなく、心が。
一人でRealizeのメンバーを集め、今までボーカル&ギターをやっていたのに俺にボーカルを譲り、ずっと俺たちを支えてくれた。どんなに辛い状況も、苦しい状況も笑って一緒に頑張ってきた。
そんなやよいの決意を、無駄には出来ないな。
「んじゃ、夜にやるか。機竜艇の作業も残ってるから、結構キツいぞ?」
「分かった! 頑張る!」
ムンッと気合いを入れるやよいに思わず笑みがこぼれる。これでRealize全員が災禍の竜と戦うことに賛成してくれた。
やよいだけじゃなく、俺も……みんなも強くならないとな。
俺も気合いを入れ直し、作業の続きに入る。
あとは、機竜艇が復活するのを待つばかりだ。




