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過去編1 

まずはおさらいです

 ――事故の知らせを聞いた翌日のこと。


 やけに朝早くに目覚めてしまった僕は、よたよたながらもなんとか起き上がると、すぐに最低限外に出られる格好へと着替えた。


 ……昨日の別れ際、ヨースケは「話がある」って言ってた。

 そして、「明日、話す」とも。


 だったら、それを聞かなくちゃ。 

 色々考えるのは、それから。


 僕は、それ以外のことを出来る限り考えないよう、自分に言い聞かせると――まるで、無性にがらんと感じられる家から逃げ出すかのように――玄関のドアを開けた。


「……行ってきま――え?」


 聞く人も、答える人もいない挨拶。


 でも、最後まで言い切ることは出来ずに呆けた声が出る。


 ……だって、スニーカー越しに僕の足へと伝わってくるのは、コンクリで作られた廊下の固い感触じゃない。


 とてもあやふやで、僕の体重を支えてはくれない――水だ。


 例えるならそれは、どっきりか何かでいきなりプールに突き飛ばされたみたいな。

 悲鳴をあげる暇もなく、僕の身体はどぶんと沈み込んでいた。


 目が、開けていられない。

 口から漏れ出るのはガバゴボという意味のない響きだけで、息苦しさも相まってパニックになる。


 だというのに、流れは容赦のない激しさで、僕は大渦へと飲み込まれていく。


 ……幸い、荒れ狂う水にもみくちゃにされても、身体に痛みはなかった。

 むしろ、不自然なほど、優しい。


 でも、ぐるんぐるんと、洗濯機でかき混ぜられるみたいな感覚は、意識をもぎ取るに十二分だと言えて。


 お父さん――。

 お母さん――。


 ヨースケ――。


 心の中で助けを求めながら、驚くほど僕はあっさりと気を失った。





「ゲホッ、ゲホッ……!」


 意識を取り戻したのは、固い床にどすんと叩きつけられたから。

 

 うう。

 その衝撃でむせこんでしまって、喉がとっても痛い。

 生理的な涙が出てきて、視界が滲んでしまう。


 でも、息ができる。

 なんとか溺死は免れたみたいだと、ホッと一息をつけた。


「だ、大丈夫ですか!?」


 ……そんな僕に、慌てて誰かが駆け寄ってくる。


「う、うん。なんとか」


 涼やかで優しい声色。

 僕よりも少しだけ背の高い――つまりは、平均的な身長の女の子だ。


 彼女は手を差し出してきて、僕は服の裾で涙を拭うとそれを取った。

 当然、僕と彼女の目が合って。


「わぁ……」


 思わず、僕の口からは感嘆の声が漏れ出ていた。


 ――その瞳は深く、それでいて何処までも澄み切っていて、よく晴れた夏の海を思わせる鮮やかな水色だった。


 一方、髪は背中にかかる程度で、少しだけ緑がかった青。

 服装は、純白の僧衣にところどころ金の刺繍が施されていて、女の子の持つ雰囲気も相まって、同じ年ぐらいなのに、なんだかとっても大人びて感じられた。


「あ、あの……。そんなに殿方に見られると、困るのですけど……」


 ……どうやら、ぽけーっと見惚れてしまっていたみたい。


 白い頬を朱色に染めて、女の子は視線を逸らす。


「ご、ごめん。ええと、あんまり見たことのない髪と目の色だったから。君が助けてくれたの?」

「……はい。『あなたをここ(・・)に連れてきた』という意味なら、そうなりますね」


 もっとも、僕の方も気恥ずかしい。

 なので、払拭も兼ねて質問してみたのだけど、返って来たのはなんだか回りくどい言い方だった。


「……ここ?」


 そういえば、ここは何処なんだろう?


 僕は、ただ玄関を開けただけのはずなのに。

 次の瞬間には溺れていて、気が付いたらここにいた。


 意味が分からな過ぎて、住人である(?)女の子に失礼だとは思いつつも、ついきょろきょろと辺りを窺ってしまう。


 ……今、僕がいるのは体育館ぐらいの広さの巨大な部屋だ。

 床は一片の曇りもない真っ白な石で出来ていて、辺りには数えきれないほどの石柱が立ち並んでいる。


 中心には小さな泉みたいなプールがあって、どうやら、僕はそのすぐ傍に倒れていたみたいだった。


 うーん……。

 どことなく荘厳な雰囲気は漂っているけど、それ以外はさっぱりわからない。


「なーんか、ゲームに出てくる神殿みたいなところだね。もっと奥には、伝説の剣とか封印されてたりして」


 だから、僕としてはちょっとした冗談のつもりで口にしたんだけど。


「よ、よくわかりましたね。流石です、ミコト様。いえ、これが勇者様の持つという、異世界の知識なのでしょうか……」


 女の子は口元を押さえ、青い瞳を驚きで見開いていた。


「……へ?」


 ちょっと待って。


 僕、名乗ったっけ?


 っていうか、異世界?

 勇者様?


 いやいや、そんな僕が好きな漫画みたいな。

 普段なら、こういう冗談を言って親友に呆れた顔をされるのは僕の役目なのに。


 でも、彼女にはふざけている様子はなくて、顔つきも真剣そのものだった。


 呆気にとられる僕に構わず、女の子は厳かに――まるで、神様に祈りを捧げるみたいに跪いて告げる。


「私たちの住む世界は危機に瀕しています。勇者様。どうか、お救い下さい――」


 と。


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