三十話 寝物語の聞き届け方
こうして、俺は光理に看病を任せ、大人しくベッドで横になることにした――
のはいいのだが。
「……なんで、俺のベッドに入ってこようとするんだ」
何故だか光理までいそいそと俺の布団に潜り込もうとしてきて、俺はそれを手で押し止めた。
「え。だって、寒そうだし。でも、流石にこの時期にコタツはないでしょ? なら、人肌で温めるしかないかなって!」
「どんな発想だよ……」
「そっちは川岸で僕をぎゅっとしたくせに! 自分だけってずるくない!?」
……あのとき俺が抱きしめたのは、そうでもして熱を保たないと、命の灯が消えてしまいそうに感じたからだ。
別に、それ自体が目的というわけじゃない。
だというのに、あいつはぷくーっと頬を膨らませ、こちらをジト目で睨みつけてくる。
「うう、意識がないのをいいことに、あんなこと、こんなことをされちゃったんだ……。これは責任を取ってもらわないと……」
「いや、現在進行形で襲われてるのはこっちの方なんだけどな……」
続けて、泣きまねまで。
理不尽すぎて困る。
まあ、その途中でペロッと舌を出してるあたり、本気で言っているわけじゃないんだろうが。
「……というか、どうしてそれを知ってるんだ? あのとき、お前は気絶してたんだから、わかるわけがないだろ。誰か、他に見ていたやつから聞いたっていうならまだしも」
「……カ、カマをかけてみただけだよ? とにかく! 体調が悪いなら身体を冷やしちゃいけないって!」
「はぁ……。わかったよ、もう一枚毛布を増やして冷やさないようにする。でも、お前はあんまり近づきすぎるなよ? 看病してくれるのはありがたいけど、それで感染してたら何の意味もないだろ」
正直、何処か釈然としないものはあるのだが、頭がズキズキと痛むこともあって、深く考えようとは思えなかった。
なので、今は感染予防の方を優先する。
一見元気いっぱいに思えるが、あいつも先日倒れたばかりなのは同じで、決して本調子と言えないかもしれないし。
しかし、そんな言葉に、光理はふふんと鼻を鳴らす。
「心配しなくてもへっちゃらだよ? 今の僕は吸血鬼だもん。人間の風邪になんかかかるわけがないって! ……って、しまった。これをヨースケに言っちゃうと、これからは仮病でずる休みできないや」
「……お前なぁ」
「あ、あはは」
もっとも、俺が向けたのは冷ややかな視線。
だからか、光理は笑いながらポリポリと頬をかいて、俺はそこに新たに思い浮かんだ疑問をぶつけてみる。
「……あ、そうだ。以前使ってくれた回復魔法はどうなんだ? あれなら、簡単に病気なんて治せそうなんだけど」
あの魔法の力は凄まじかった。
何せ、長年痛みと共に残り続けた傷を、文字通り跡形も残さなかったのだ。
完全に人知を超えている。
ならば、単なる風邪なんて相手にならないに違いない。
……そんな俺の予想に反し、光理は
「ごめん、それは無理だよ」
と、きっぱりと。
「ええっとね、回復魔法の原理から説明しなきゃいけないんだけど……。ざっくばらんに言うと、魔力を送り込んで生命力を無理やり活性化させてるんだよ。でも、病気って体内に病原菌が入ったせいで起きるでしょ? だから、そっちまで一緒に活性化しちゃうというか。それどころか、却って悪化しちゃう危険性もあるんだよね」
「……なるほど。流石に何でもかんでも魔法で解決とはいかないってことか」
「うん。だから、一年前、僕に回復魔法を教えてくれた女の子も、『あまり頼りすぎてはなりません』って言ってたんだ」
「教えてくれた? じゃあ――」
つまり、異世界に召喚されてすぐ、光理は魔法を使えるようになったわけじゃないらしい。
いや、当たり前といえば当たり前の話。
勇者としての力を秘めていたとはいえ、それはあくまで資質であって、現代日本においては何の変哲もない中学生に過ぎなかったのだから。
……なら、教えてもらえば、俺も魔法が使えるんだろうか?
知識欲というのだろうか。
そんな考えが沸々と沸いてきて――
「……いや、なんでもない」
やはり、止める。
確かに魔法は便利だろう。
しかし、俺の魔力はあくまで光理に与えるためのものだ。
魔法の勉強にかまけて消費してしまい、肝心なタイミングで与えられなければ本末転倒に違いない。
「? 変なヨースケ。……もしかして、熱が上がって来たんじゃない? やっぱり、一刻も早く温めないと!」
もっとも、突然口を噤んだこともあって、光理は怪訝な顔になる。
それどころか変な勘違いをしそうになったので、俺は誤魔化しがてら別の点を尋ねた。
「あー……。その教えてくれたのって、どんな子だったんだ?」
「……リーリアのこと?」
「ああ。……そうだな。折角だから、異世界に召喚されてからの出来事も詳しく話してくれないか?」
釈明しておくと、これは苦し紛れの質問というわけじゃない。
以前から気にはなっていたのだ。
光理が向こうで誰と出会い、どんな生活をしていたのか。
結局のところ、俺は断片的にしか知らない。
一番最初に説明してくれたのは辿ってきた道筋であって、大幅に端折ったものだったし。
「……それはいいけどさ。でも、そんな長話、聞いてるヨースケが疲れない? 風邪引いてるんだから、大人しくしてないと」
「そのあたりは大丈夫だぞ。今の光理の声、俺は結構好きだしな。聞いていると落ち着くというか……。それこそ、ずっと聞いていたいぐらいだ」
「う……。ヨースケってたまに不意打ち気味に来るよね。実は、今の自分の声ってどうにも苦手だったんだけど……。ヨースケがそう言ってくれるなら、ちょっとだけ受け入れようって思えるかも」
「……そうなのか?」
意外なコンプレックスに俺は驚いた。
随分と高くなった光理の声は、昔と比べるとまるで別人のようなものの、耳に心地よくてなんだか安心すると感じていたのだが。
「うん。……ま、その話は置いといて。じゃあ、何処から話そうかな――」
そうして、光理はゆっくりと語りだした。
あの日――両親と死に別れた翌日。
唐突に勇者として召喚され、力を振るう決意をするまでの話を――。




