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二十九話 風邪の日の、ちょっとした甘え方

「み、光理、やめろ……!」

「な、なにっ、ヨースケ!? 僕、まだ何もしてないよ!?」


 叫びながら飛び起きた俺を見て、悲鳴を上げてパッと飛びのく光理。

 その目は驚きに見開かれているのだが、俺にはそれを気にする余裕はなくて、胸元を押さえ、バクバクと跳ねる心臓を落ち着けるので精いっぱいだった。


「朝……か……」


 汗で背中がぐっしょりと濡れていて、酷く目覚めが悪い。

 それでも、窓から差し込む光を見ていると気分が落ち着いてきて、俺はぼそりと呟いた。


「え、もうお昼だよ?」


 すると、光理は時計を指し示しながら。

 確かに時刻は昼食の時間を過ぎたあたりで、その言葉が真実なのだと告げていた。


「昨日は体調悪そうだったから、無理に起こすのはよくないかなって思ったんだけどさ……。あんまり起きてこないと今度は心配になっちゃって。それで部屋に行ったらうなされてて、起こしてあげようと思ったんだよ」

「わ、悪い……」


 つまり、寝ぼけていたとはいえ、良かれと思って来てくれた相手を怒鳴ってしまったということか。


 寝坊したバツの悪さも手伝って、俺は頭を下げる。

 もっとも、あいつに気にした様子はなく、俺の頭に手をやって、そのまま額と額をコツン、と。


「うわっ、やっぱり凄い熱! 絶対これ、昨日より上がってるよ!」


 ……言われてみると、頭痛は昨晩より増しているように思えるし、秋口だというのに布団を被っていても肌寒い。


 だとすると、先ほどのおかしな夢も、熱に浮かされていたのが原因なのかもしれない。


 時間が経つにつれ落ち着いてきて、そんな風に考えるのが自然に思えてくる……のだが。


「……なぁ。光理は昨晩、外出したりはしてないよな?」


 どうしても奥底にこびり付いたような違和感は拭い去れなくて、馬鹿げていると自覚しつつも問いかけてしまっていた。


「……ずっと、家にいたよ? だって、出かける理由がないもん。それに、僕みたいな美少女が夜中に一人で出歩いてたら、変態さんに襲われてもおかしくないでしょ?」

「そうか。そうだよな……。悪い、変なこと聞いて」


 返ってきたのは、臆面もない答え。

 とはいえ、それがいつもの光理らしくて、ついつい俺はホッとする。


「むぅ。なんか失礼なこと考えてない?」


 まあ、そんな考えをお見通しなのか、光理はむぅと唇を尖らせてしまうのだが……。

 




 さて。

 あの後、体温計で測ってみると、熱は三十八度。

 物心ついたころから殆ど風邪を引いた覚えのない俺にとって、中々経験したことのない高熱である。


 しかし、ありがたいことに食欲がないわけではない。


 なので、適当に台所から余りものを見繕おうと考えたところ、


「駄目だよ、それじゃ! 消化に悪いし、きちんと栄養が付くものを食べないと!」


 と、光理に止められてしまう。


「……なら、どうすればいいっていうんだ?」


 タイミングの悪いことに、母さんは俺が起きる少し前にスーパーへと出かけたらしい。


 よって、この場で料理が出来るのは俺一人。

 選択肢はないだろうと思うのだが、光理は平坦な胸をドンと力強く叩く。


「ふっふっふ。そのあたりは抜かりないよ? 僕が美味しいご飯を用意してあげるから! だから、ヨースケはゆっくりと寝て、身体を休めててよ!」


 それだけ言うと勢いよく部屋を飛び出してしまった。


 ……正直いって、かなり不安だ。


 切り傷や火傷は回復魔法ですぐに治癒できるとはいえ、痛みは決して消せないのだし。

 もし、火事にでもなったら洒落にならないだろう。


 戦々恐々。


 なんとも休まらない思いでベッドに横になっていると、予想に反して今にも腹の虫が鳴いてしまいそうな香りが漂ってくる。

 程なくして部屋に運ばれてきたのは、土鍋に入った卵がゆだった。


「ほら、あーんして」

「……なんでだよ」


 子供じゃないんだから、流石にそこまでしてもらう必要はない。

 差し出されたスプーンを奪い取って、俺はパクリと一口。


 ちょっと、熱い。

 それでも漏れ出たのは


「……美味い」


 という素直な感嘆だ。


 鼻が詰まっていて正確な味がわかるかと言えば嘘になるが、それでも塩味自体は利いていて、体調が悪くても食べやすい。

 和風の出汁と卵のまろやかさが相まって、なんというか、病床でも安心出来る、素朴で優しい味だった。


「本当!? よかった!」

「いや、嘘ついても仕方がないだろ。本当に美味しいぞ。これならいくらでも食べられる」


 証明と言わんばかりにペロリと平らげれば、光理はパッと顔をほころばせる。


 そして、


「……お母さんがさ。僕が病気のとき、よく作ってくれた味なんだよ。でも、病気だとどうしても心細くて、部屋に一人で寝ていようとは思えなくて。だから、無理を言ってリビングで寝てたんだけど、そうしたら、料理は下手でもこれだけは作り方を覚えちゃったんだ。うん、それがヨースケの口に合ったのなら、とっても嬉しいな」


 と。


 ……なるほど。


 光理が風邪でダウンしたときは毎回見舞いには行っていたが、負担がかかってはいけないと考えて、決して長居はしなかった。

 なので、これは俺が知るはずのない、光理とその両親だけのエピソード。


 やけに幸せそうな顔をしているのも、きっとそれを褒められたからに違いない。


「看病するのもされるのも、相手がいなきゃ出来ないことだもん。独りぼっちじゃ駄目なんだよ。だから、ヨースケは僕が責任をもって看病してあげるからね!」


 裏付けるように、あいつの言葉は静かな決意に満ち溢れていて。


「……無理はするなよ?」


 断るのも心苦しい気がして、俺はそれに、ありがたく甘んじることにした。

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