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二十四話 過酷な山登りの楽しみ方

 そうして十月のハイキング当日。

 バスで近隣の山に向かうと、俺たち一年生は各々の班に分かれ、意気揚々と山登りを開始した。


 秋に差し掛かり始めた季節の山々は、緑から赤に少しずつ染まり始めていて、今だけしか味わえない独特なコントラストに溢れている。

 その上、若干涼しげになってきた頃合いだからか、半袖と長ズボンの体操服でも十二分に過ごしやすいぐらいだった。


 つまりは絶好のハイキング日和。

 穏やかな気持ちで風景に目を配りながら、ゆったりと足を進めることが出来る……のはいいんだが。


「待て、二人とも。もう少しゆっくり進んだ方がいいだろ」


 呼び止めれば、光理と豪炎寺の足が止まる。

 振り向く二人には不満げな表情がありありと浮かんでいて、苦笑する他ない。


 山道はかなりの急勾配だというのに、こいつらは気にすることなく、まるで走り抜けるかのようなペースで進んでいたのだ。


「……もしかして、ヨースケ、もうへばったの?」

「いや、俺じゃなくてだな」


 細身に似つかわしくない大きさのリュックを背負ったまま、坂道をとてとてと勢いよく駆け下りてくる光理に小声。

 そして、さりげなく手で下の方を指し示した。


 すると、そこにいたのは小清水で、一歩一歩なんとかという様子で昇っている。

 まだ昇り始めて三十分もしていないのだが、遠目でもわかるほど肩で息をしていた。


「でも、このペースじゃあ一番にはなれないよ?」

「光理……。言っておくけど、これは別に順位を競う行事じゃないからな? それに、例え競っていたとしても、全員でゴールしなきゃ無効みたいなものだろ」


 小首を傾げるあいつに、俺はこの行事の趣旨を説いてやる。


 確か、一年生の半ば、高校生活に慣れ始めた時期だからこそ、山登りをすることで改めて自分自身を見つめなおすとかなんとか。

 決して競争が目的なんかじゃない。


 それで納得したのか、光理は「ちぇー」っと小さく呟いて、ある程度スピードを落としてくれた。

 もっとも、血が滾るのを抑えられないのか早足で、少しずつ差が開いていくのは変わりないんだが……。


 ちなみに、豪炎寺は端の方の切り株に腰かけていて、どうやら俺たちが追い付くのを待つつもりらしい。


「……悪いわね。私のせいで」


 そんなやり取りをしていると、小清水がやってくる。

 さっきより息が荒い。


 もしかしたら、置いて行かれるかもしれないと思い、無理にペースを上げたのかもしれなかった。


 ――さて。

 この四人班が作られた経緯を軽く説明すると、まず担任が小清水へ、まだ孤立していたころの光理の面倒を見るようにお願いしたらしい。

 女子同士ということもあり、委員長なんて呼ばれている面倒見のいい彼女が適任だと考えたんだろう。


 すると、光理は俺も同じ班がいいと主張しだして。

 それを受けて豪炎寺も加入し、この四人になったわけである。


 ……俺の意思が全く汲まれていない気がするが、それは兎も角。

 つまりは、体力面の噛み合いなんてまるで考慮されていないメンバーなのだ。


 なので、決して小清水が悪いわけじゃない。

 どちらかといえば、班のメンバーを無視して燥いでいる残り二人に非があると思う。


 その旨を含めて気にしないように伝えるのものの、彼女としてはそうもいかないようで。


「私、身体を動かす行事って苦手なのよ。なんでこんな時期にあるのかしら……」


 顔をしかめて、ぼそりと愚痴を言う。


「うーん、俺は楽しいけどな。足の怪我もあってこういう行事に参加するのが久々なのもあるだろうけど、おかげで普段機会のない相手とも色々話せるし。ほら、今も小清水と話せてるだろ?」

「……そう。そういう考え方もあるかもしれないわね」


 気休めにもなるかも怪しい一言。

 とはいえ、意外と小清水の反応は悪くないようで、彼女はふふっと微笑んだ。


 それもあって、俺は続けて話しかけようとして…… 


「……でも、残念ながら、ちょっと今お喋りする余裕はないわ。だから、もう少し後にしてくれる?」


 そういえばそうだった。

 息も絶え絶えにきっぱりと断られてしまい、それきり登頂の間、話しかける機会は与えられなかった。





 山頂にある拓けたキャンプ場についたのは、腕時計で十一時を回ったあたりだった。

 ちなみに、俺たちは最後尾。


 とはいえ、無理のないペースを保ち続けたおかげで、身体は心地良い倦怠感に包まれていた。

 小清水も、無事完走出来たからか、眼鏡を取って汗をぬぐいながら満足げな表情で息を整えている。


「よ、ようやくついた……げほっ、げほっ……」


 一方、豪炎寺といえば酷いもので、最初のハイテンションがたたったのか中腹ですでに息切れを起こし、山頂に着く頃には死に体である。


 そもそも、知らないとはいえ、吸血鬼である光理の体力について行こうとしたのが間違いなのだ。

 単にペース配分を考えていなかっただけであって、豪炎寺はそれほど運動が得意な方じゃないんだし。


 結果、とっくの昔に水筒を空にしてしまったらしい。

 仕方ないので、こんなこともあろうかと用意しておいた予備のペットボトルを手渡してやる。


「しかし、これからどうするかな」


 山頂に辿り着いてしまえば、昼食の準備までは自由時間。

 その間なら、童心に返ってかけっこをしようが、持ち込んだ遊び道具で何をしようが個人の自由だ。


 もっとも、殆どの生徒にそんな気力はなく、地面にへたり込んでなんとか体力を回復しようとしている状態なんだが……。


 どうやら光理は違うようで


「ねえねえ、ヨースケ! ちょっと行きたいところがあるから、ついてきてよ!」


 と、俺の手を引いてくる。


「行きたいところ?」

「うん。途中で山川を見つけてさ。そこでやりたいことがあるんだよ!」


 ……木々が生い茂っていることもあって、俺は周囲に目を凝らしていたのに全く気が付かなかった。

 しかし、光理はえらく自信満々で、それほど遠くもないので迷うはずがないと告げる。


「ええっと、行ってきていいか?」


 一応、班のメンバーに問いかけてみる。

 自由時間とはいえ団体行動なのは間違いなく、万が一にでも点呼に間に合わなければ迷惑がかかるからだ。


「ええ。流石についていく気力はないけど、お昼ごはんの準備までに戻ってくるなら気にしないわ」

「右に同じだ! こっちのことは気にせず、好きなだけ遊んでくるといい!」


 ……小清水は兎も角、豪炎寺の親指を立てたポーズは一体なんなんだ。


 まあ、許しも出たので、ありがたくそれに従わせてもらうことにする。

 変に光理を一人で向かわせると、いつまで経っても帰ってこない可能性があるし。





 光理の言葉は真実で、山川に到着したのは十分足らずでのこと。


 若干、流れは速いものの、せせらぎの水音が心地よい。

 水面も澄んでいて、より一層涼しげに空気が感じられた。 


「で、こんなところで一体何をするんだ?」


 まさか、泳ぐとか言い出さないだろうな。

 流石に水の中に入るには寒すぎる。

 それに、吸血鬼である以上は無理なはずだろう。


「ふっふっふ。これを見てよ!」


 だとしたら、釣りか何かか。

 しかし、そんな時間があるとも思えない……。


 と、考えていると、光理は自慢げにバッグの中身を見せつけてくる。


 さっきまで後生大事に背負っていたそれの中には、大量の赤、赤、赤――。


 リンゴが限界まで敷き詰められていた。

 

「……なんでわざわざ? 昼食は自分たちで作ることになってるけど、食材は向こうが用意してくれてるはずだろ。いや、デザートはないかもしれないけど」

「ふふん、ヨースケは知らないの? リンゴには果糖が沢山含まれていて、冷やすと甘味が増すんだよ?」


 ……いや、確かに驚きはしたんだが、答えになってない。


 とはいえ、何故その発想に至ったのか、推測することは出来た。


 それは、先日見たドラマでの出来事だ。


 主人公は、都会から田舎町に里帰りした少年たち。

 彼らはもてなしとして川で冷やした果物を祖父たちに与えられ、とても美味しそうに頬張っていた。


 テレビなんかに影響されやすいあいつのことだ。


 見ていて、つい真似したくなった。

 大よそ、そんなところだと思う。


「旬だからかな。結構安くて、ついつい買いすぎちゃったんだよね。でも、他のクラスメイトにもおすそ分けすればちょうどいいと思わない?」

「にしても、涼しいとはいえバッグに入れたままって……。痛んでそうな気がして怖くないか?」

「そのあたりは安心していいよ。氷魔法でバッグの中をキンキンに冷やしておいたから。つまり、冷蔵庫みたいなもので痛むはずがないんだよ!」


 なるほど。

 手を突っ込んでみればひんやり爽やか。

 魔法は便利だなと、改めて思い直させられる。


 確かにこれなら、かつて語っていたようにもし山に住むことになったとしても、ある程度快適に暮らせるのかもしれない。


 ……って、ん?


「いや、光理。それなら十二分に冷えてるんだし、わざわざ川で冷やす必要ないんじゃ……」

「……あ」


 どうやら、あいつはそんなことは全く考慮していなかったらしく……。


 しばしの間、お互いに無言だった。

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