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二十三話 これまでと、これからの展望の組み立て方

 思い出すのも恥ずかしい『先輩』への直談判から二週間――つまりは、光理(みこと)が転校してから、早くも一月近く経過した頃。

 流石にそれだけ経てば、夏休み明けのテストが返ってくる。


 そのせいで、昼下がりの教室の空気は悲喜こもごもなのだが――。


「今回のテスト、仁田にしては中々良かったじゃないか。夏休みの間、随分と頑張ったみたいだな」


 俺へと答案を渡す教師の顔は明るかった。


「ほう、どれどれ」

「……なんで豪炎寺が見るんだ」


 席に戻ってみれば、当然の権利とでも言いたげに俺の答案は毟り取られる。

 そして、酷く胡乱げな視線でこちらを睨み付けていた。


「き、貴様、仁田君ではないな!? 俺の知る彼は、赤点争いをする良きライバルだったはずだ!」

「豪炎寺、そういうのは良きライバルなんて健全な言葉に当てはまらない。泥沼の付き合いっていうんだ」

「し、しかしだなあ……」

「ふっふっふ、全ては僕のおかげだよ。うん、ヨースケにしては上出来なんじゃないかな?」


 納得いかない様子の豪炎寺に、後ろの席から声が飛ぶ。

 窓際の席は、豪炎寺、俺、光理の順で縦に並んでいて、おかげで授業中だろうが会話に参加しやすくなっているのだ。


「ふむ。アーディガンさんのおかげとは?」

「だって、僕がマンツーマンで教えてあげてるんだもん。そりゃ、出来ないはずがない!」


 光理は、仁王立ちで堂々と。

 それを受け、豪炎寺は「ほう……、二人きりでの勉強会か……甘酸っぱいな……」とぼそぼそと呟いていた。


 ……怪しげな反応は兎も角、俺が光理に勉強を教わっているのは事実である。


 あいつが一年分の遅れを取り戻すのは、驚くほど早かった。

 その勢いは、まるでスポンジが水を吸うかのよう。


 勿論、中学三年生までの基礎が出来ていたのもあるんだろう。

 その上で、母さんがスパルタ気味だったのも。


 しかし、当人曰くは『頭の出来が違う』だそうで。

 事実、一週間もすれば追い抜かされてしまったのだった。


「まあ、光理には感謝してる。おかげで母さんに小言を言われなくて済むしな」


 幼馴染なので、どんな反応が来るかは大体読めている。


 誇らしげなドヤ顔に違いない。

 『もっと褒めていいよ!』――みたいな。


 そんな確信を持って、俺はあいつへと視線を移すのだが――。


「……まあ、今までヨースケの成績が悪かったのは、僕のせいでもあるんだけどね」


 予想とは違い、目を伏せるだけだった。


 ……お前が気にすることじゃないだろう。

 あくまで、俺が探したくて活動していただけなんだから。


「ミコトさーん! わたしにも勉強教えてよー! どうして間違いなのかわかんなーい!」

「りょーかい、ちょっと待っててね!」


 だが、それを口にするよりも早く、光理は女子に呼ばれると、大きく声を張り上げてそちらへ行ってしまう。


「……ふーむ、アーディガンさんは驚くほどあっさりとクラスに馴染んだなあ。初日がまるで嘘のようだ。いや、間違いなく喜ばしいことなんだが」


 すると、豪炎寺。

 口ぶりに反し、何処か名残惜しげな表情である。


 ……こいつの言っていることは事実で、今では光理はすっかりクラスの人気者だ。


 初日の冷たい視線なんてなんのその。

 明るく人懐っこい性格もあって少しずつ友達が増えていき、一月もあれば悪評をすっかり覆していた。


 ありがたいことだと思う。

 性別が変わってしまったとはいえ、学校生活を楽しめているようだし。


「仁田君、ごめんね~。愛しの彼女を取っちゃって~」


 そんなことを考えながら光理を眺めていると、入れ替わるように女の子がやってくる。

 最近、光理と仲の良いうちの一人だった。


「いや、別に……」

「あはは、照れてる。でも、あんまりからかうとミコトちゃんに嫉妬されちゃいそうだから止めておくね~」


 もっとも、長く話しかけるつもりはなく、軽くからかいに来ただけらしい。

 ポリポリと所在なさげに頬をかく俺を笑うだけ笑って、すぐにまた別の席へと立ち去っていった。


 ……彼女を見ればわかるように、俺もこの一か月で、少しずつではあるがクラスでの立ち位置が変わっている。

 

 何故かといえば、光理はクラスメイトの前ですら平然と俺をイジってくるのだ。

 それも、気を許しているのか、仲のいい相手の前であれば特に。


 その結果、


『話してみると思っているほど怖くない。それどころか、ちょっと情けない奴』


 まだまだ狭い範囲ではあるが、根付いていたイメージがそんな風に塗り替えられるのも当然のことだった。


「……光理はそんなことで怒らないと思うけどな」


 誰に向けてと言うわけじゃないが、席に着いたままついぼそり。


 俺と光理の関係は、あくまであいつに付く悪い虫を払うため偽装である。

 ただの親友なのだから、嫉妬なんて向けるはずがないだろう。


 だというのに、豪炎寺は何を勘違いしたのか、


「自信満々なのは結構だが、うかうかしていてはその隙に掠め取られてしまうかもしれんぞ? 気を引き締めるべきだろう。それこそ、アーディガンさんは今日も屋上に呼ばれるぐらい引く手数多なのだからな!」


 と厳しく言い含めてくる。


 ……そう。

 光理の告白問題は、依然として解決していない。


 一応言っておこう。


 直談判の甲斐あって、『先輩』のグループの人間はちょっかいを出してこなくなった。

 それどころか、何か恐ろしいモノでも見たかのように、俺たちとは目を合わせすらしない。


 おかげで一時期は呼び出しのない日が続き、光理はえらくご機嫌だったほどなのだ。


 では、どうして呼び出しが再開したのか。

 それは前述の光理の人柄に起因する。


 端的に言えば、悪戯で告白するのではなく、本当に光理のことが好きな男子が増えてきた。


 ――例え、彼氏がいても関係ない。むしろ、脅されて無理に付き合わされているのではないか……?


 曰く、ここ数日呼び出してくるのは、以前の豪炎寺より強い決意を持った男子ばかりなのだという。


 そういう手合いは、思い込みが激しい分、真っ直ぐに想いを伝えてくる。

 だからこそ、どうしても断るのが心苦しいらしい。


 もっとも、中には彼女がいるのに手を出そうとする不埒な輩もいて、その場合はストレス解消がてら、こっ酷く対応していると笑っていたが。






 ……色々と考え込んでいると、どうやら豪炎寺は、俺まで寂しがっていると勘違いしたらしい。


「せ、折角同じ班になったのだ。今度の校外学習で、好きなだけアーディガンさんとイチャイチャすればよいではないか! 一学年合同なのだし、二人の仲睦まじさを見せつければ、ちょっかいを出してくる輩も減るはずだ!」


 と慌てて言い出した。


 ――校外学習。


 それは、十月の最初の週のイベントで、山へハイキングに向かうというもの。

 

 各班四人で、メンバーは俺、光理、豪炎寺――そして、小清水となっている。


 まあ、豪炎寺の台詞じゃないが、光理から目を離さない必要があった。


 あいつはこういうイベント事になると、テンションが上がりすぎるきらいがある。

 それについても、俺は身をもって知っているのだ。


 その上、似た性質の男が一人セットである。


 燥いで歩き回っていたら遭難だなんてならないよう、俺と――できれば小清水で、どうにか手綱を取らなければならない。 


 とはいえ、俺はそのとき、自分のことも含めて、学校生活が予想以上にうまくいっているのに安心しきっていて――。


 だからこそ、クラスの中にそれが気に入らない人間もいるなんて、微塵も考えていないのだった。

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