二十二話 親友の尊厳の護り方
……図書室で待っていると告げたものの、俺の足は違う方向を向いていた。
光理ではないが、人気のない場所。
とはいえ、薄暗くじめじめしていて、到底、告白に向いているとは思えない――
つまり、体育館裏である。
「なぁんだ。お前も駄目だったのかぁ」
「そりゃないっすよ! あばずれだから、粉をかけたらすぐついてくるっていったの先輩じゃないっすか!」
すると、低い馬鹿笑いの声が聞こえてくる。
数は十人より少し多いぐらいか。
全員、男子のものだった。
「……やっぱり、先輩たちが原因だったんですね」
物陰から、彼らの前にゆっくりと姿を現すと、俺は一言。
途端、誰もが慄いていて、信じられないような目で俺を見つめていた。
「てめえは、仁田じゃねえか……!」
そんな雰囲気を打ち払うように、『先輩』と呼ばれていた大柄な男子が恨めし気に吠える。
頭は若干くすんだ金髪で、胸元にはチャラチャラとしたアクセサリー、耳には大量のピアスが施されていた。
……光理の告白騒動についての心当たり。
それが、彼らだった。
何故かといえば、当人から聞いていた、呼び出してくる男子の特徴が原因だ。
北高にはガラの悪い生徒がそれなりにいるものの、その殆どが同じグループに所属している。
往々にして、そういう男子は髪色やアクセサリーなど、容姿に特徴があるもので――。
少し話を聞くだけでも、ピンと来たのだった。
「よく俺の前に顔を出せたもんじゃねえか。お前が俺にしたこと、忘れたとは言わせねえぞ。……覚悟は出来てんだろうなぁ」
「……それは、こっちの台詞なんだけどな」
『あぁん?』とドスの効いた言葉でメンチを切られ、ついぼそり。
なんか、如何にも俺が彼らを傷つけたように言われているが、単なる逆恨みである。
物事は、一学期――それも、高校に入学して早々の頃に遡る。
俺がいつもの様に光理を探していると、街中の路地裏の方から争いあう声が聞こえてきた。
何かあったのか。
心配になり向かってみると、そこにいたのは、『先輩』たちのグループと、殴る蹴るの暴行を受けている一人の少年だった。
警察を呼ばれては敵わない。
そう考えたのか、『先輩』たちの矛先は俺へと向いた。
だが、俺も『はいそうですか』と殴られるわけにもいかず……。
結果、返り討ちにしてしまい、それ以来、眼の仇にされているのである。
ちなみに、その際に助けた男子が豪炎寺。
曰く、彼らは強引に女性を連れ込もうとしていて、その邪魔をしたところ、憂さ晴らしとばかりにリンチを受けていたのだとか。
そして、その光景をたまたま通りかかった大人に通報され――。
喧嘩の場所があまりガラの良くない地域だったこともあって、停学処分が明けた頃には、不良同士の抗争だという不名誉な噂が広まってしまっていたのだった。
「おい、やるぞぉ!」
「あ、ああ!」
発破をかけられ色めき立つ不良たちの数は、以前、俺が相手をしたときよりも多い。
恐らくは、そのため強気になっているんだろう。
とはいえ、個人的には、話し合いで解決したいと思う。
あんまり痛い思いはしたくないし。
「……ちょっと待ってください。先輩、今まで俺の足が上手く動かなかったって知ってますか?」
「ああ……! そんな奴にやられたせいで俺らの面子が丸つぶれなんだろうがぁ!」
……光理に治療してもらうまでの俺は、激しい運動が出来なかった。
なら、彼らをどうやって蹴散らしたのか。
答えは簡単で、襲いかかってくる相手を、動くまでもなく一撃で仕留めればいい。
世の中、足が不自由な人間に目を付ける小賢しいやつもそれなりにいるもので、そういう輩に対抗するために身につけた戦法だった。
勿論、『先輩』たちもそれで一度やられた以上は理解しているはずで、今度は一斉にかかってくるつもりらしい。
こちらから攻められないとわかっているなら有効な戦術だ。
なので、先手を打つことにする。
「……俺、この夏休みで足の怪我が治ったんですよ。だから、普通に走ったり跳ねたりできるようになりまして。その意味、わかりますよね」
「……マジか」
証明がてら、軽くジャンプしてみれば、それだけでニヤニヤ笑いが凍りついた。
「ええっと、先輩が俺のことを恨むのはわかります。でも、光理にちょっかいを出すのは止めてください。それは、見過ごせません」
その隙を突いて、素直にお願いを。
光理は異世界から帰ってきて、ようやく平穏な日常を手に入れたのだ。
学生生活を変に騒がせず、そっとしておいてやって欲しいというのが人情だろう。
「俺の女に手を出すなとでも言いてえのか……?」
だというのに、何を勘違いしたのか、『先輩』はこちらを睨み付ける。
……いや、そういう意味じゃないんだが。
しかし、豪炎寺の言葉が頭を過る。
確か、『らしさ』が足りないとかなんとか。
もしかしたら、今がそのときなのかもしれない。
「……そうです。俺の恋人に手を出したら、絶対に許さない。死ぬほど後悔させてやる」
◆
「はぁ……」
『先輩』たちが立ち去って、自分以外誰もいなくなった体育館裏で、俺は大きく息を吐く。
本音を言おう。
もし、あのまま殴り合いになっていたら、勝てていたか自信がない。
というか、多分あっさりとやられていた。
何故なら、俺が出来るのはワンパターンなカウンター戦法だけなのだ。
漫画じゃあるまいし、怪我が治っただけでそんなに強くなるものか。
そもそも、前回は油断を突いた面が大きいし……。
「疲れた……」
倦怠感から、つい独り言が漏れる。
勿論、ハッタリを押し通したことによる気疲れもある。
しかし、それ以上に俺を打ちのめしたのは、『先輩』相手に切った啖呵の内容だった。
……口にして、後悔した。
あれはとても恥ずかしい。
親友を傷つけられたら許さないのは嘘じゃないが、恋人だなんて。
人目が少ない校舎裏だったからまだ耐えきれたものの、多分、他の場所だったら赤面してのた打ち回っていたに違いない。
当人が見ていたら、死ぬ。
もっとも、その甲斐あって、『先輩』たちは渋々とだが引き下がってくれた。
俺は益々、目を付けられてしまったかもしれないが、少なくとも光理の呼び出しは激減するはずだ。
と、思考を続けていると後ろでガサリという音が。
心臓が飛び出そうになるのを抑えて振り向けば、一匹の蝙蝠が『キィキィ』と声を上げてバサバサと飛んでいく。
「……こんなところに蝙蝠って珍しいな。って、しまった。光理を待たせてたんだった」
腕時計を確認して、焦る。
そろそろ、呼び出しが終わっている時間だ。
下手に遅刻して訝しまれても困るので、俺は図書室へと急ぐことにした。




