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二十話 吸血鬼の生態の学び方

 話はそれで終わり?


 光理(みこと)からそんな視線を投げかけられて、俺は首を横にして否定する。


「いや、もう一つあってな。以前、言いかけてたことについても教えてくれないか? 確か『血奴隷(サーヴァント)』とか言ってただろ」


 ――『血奴隷(サーヴァント)』。

 それは、初めて吸血された夜に聞いた、何やら耳慣れない響きの単語。


 あのときは、空腹の光理に遮られてしまったが……。

 どういう意味なのか、俺はずっと気になっていたのだ。


「あー、そういえばそんなことも言ったっけ……」

「て、適当だな」


 もっとも、光理はすっかり忘れていた様子で、誤魔化すようにぽりぽりと頬をかく。


「ごめんごめん。でも、今はまだ伝えなくてもいいかなって思ってさ」

「……俺が言うのもなんだけど、大抵そのまま忘れるだろ。どうせなんだ、今のうちに教えてくれよ」

「むぅ……。じゃあ、言うけどさぁ……! 『血奴隷(サーヴァント)』っていうのは、吸血鬼の種類のことなんだよ」


 そして、若干渋々と。

 吸血鬼は全部で三種類いるのだと続けた。


「まずは、『真祖』――。これはわかるよね?」

「ええっと、光理が戦ったっていう親玉だよな? お前を吸血鬼にしたっていう……」


 光理はこくり。


 『真祖』とは、異世界に現れた最初の吸血鬼にして、文字通り全ての眷属の祖らしい。

 不死とも呼べる寿命を以って次元を渡り歩き、気が遠くなるほどの年月の間、赴くままに魔力を蓄え続けてきた。


 莫大なまでのその力は、軽く腕を一振りしただけで大地が裂け、海が真っ二つに割れるほど。

 故に、ただの人間が太刀打ちできるはずもなく、瞬く間に世界の半分以上を支配してしまったのだとか。


 逆にいえば、相討ちとはいえ、その『真祖』を討ち取ったというんだから――


「今更だが、お前って本当にすごかったんだな……」

「へっへーん、もっと褒めてもいいよ?」


 向けられるのは、鼻高々できらきらとした真っ赤な瞳。

 頭を撫でろと要求してくる。


 ……さっき、軽くとはいえ、その力で俺に攻撃しようとしていたことは忘れておこう。

 想像するだけで、怖い。


「で、次は?」

「『通常種』――。まあ、所謂、普通の吸血鬼だね。とはいっても、決して侮れないんだけど……」


 『通常種』は、人間が血を吸われ、同時に吸血鬼の体内の穢れた魔力を注ぎ込まれた場合に生まれるのだという。

 『真祖』の魔力を受け継いだ、人間でいう子供のようなもので、性質自体に大きな違いはないと光理は言い切った。


 ただし、明確に異なる点が一つ。


 『通常種』は人間がベースだからか、『真祖』と違い、百年程度の寿命しかないようだ。

 だから、『真祖』ほど魔力を溜めこんではいないし、魔術の習熟も格段に劣っている。


 おかげで、歴戦の勇士(・・・・・)一匹(・・)圧倒的多数(・・・・・)でかかればなんとか対処が出来るらしかった。


「……ふと思ったんだが、元が人間なら、『真祖』を裏切った奴とかいなかったのか? 日の下を二度と歩けない体にされたんだ。恨みを抱いていてもおかしくはないだろ」


 つい、疑問を口にする。


 それこそ、俺と光理のような関係性を築けば、無理に人間と争う必要もないんだし。


「……中々鋭いね、ヨースケ。でも、吸血鬼に改変されるときって、尋常じゃない魔力を流し込まれるんだよ。魔力は魔法に使うだけじゃなくて、記憶や精神にも影響のある、魂の一部のようなものだから……。殆どは狂気に呑み込まれちゃって、吸血鬼(・・・)になっちゃうんだって」


 ……恐ろしい話で、つい身震いしそうになる。


 とはいえ、それは一般人の場合であって、魔力の扱いに長けた者であればまた事情が変わる。

 実際、光理のように、吸血鬼に変えられてなお自我を保ち続けた者も少数だがいて、そんな彼らは血を分け与えてくれる相棒とともに反旗を翻し、『英血(えいけつ)』と呼ばれ人間から尊ばれた――


 と光理は付け加えるんだが。





「で、最後が『血奴隷(サーヴァント)』なんだけど……」


 そこで一端区切ると、光理はどういう字で書くのか教えてくれる。


 血に奴隷……。


 正直、字面だけであまりいい予感はしない。

 そして、それを肯定するかのように、この話になった途端、光理の面持ちは何処か昏いものを帯びていた。


「……吸血鬼にしても血が吸えるようにする方法、って僕が言ったの覚えてる?」

「あ、ああ……」

「『血奴隷(サーヴァント)』がそれなんだよ。人間の姿を保ったまま、眷属にされちゃうっていうか。……まあ、悪い言い方をすれば、家畜、かな」


 最後の一言は、まるで踏ん切りをつけるように。


 続く説明を纏めるとこうだ。


 『血奴隷(サーヴァント)』は吸血鬼の呪法によって生み出され、奴隷の字が指し示す通り、人格は認められず、主人には決して逆らえない。


 彼らは血を吸うことが出来ず、いわば、ただただ血を提供するためだけの所有物。

 その命は常に主人と共にあり、許されない限り決して死ねず、逆に主人が死ねば道連れに命が失われるだとか。


「救いがなさすぎるし、ぞっとしない話だな……」


 思わず、ぼそり。


「うん……。でも、僕は何人も、『血奴隷(サーヴァント)』の姿を見てきたよ」


 同意を示すように、光理も目を伏せる。


 ……あいつが言うには、『血奴隷(サーヴァント)』が生み出されるのは、吸血鬼が対象に――好意か悪意かは兎も角――余程の執着を抱いた場合らしい。


 何故なら、同族を生み出すには、ただでさえ膨大な魔力を消費するのだ。

 『血奴隷(サーヴァント)』となれば尚更で、単に血を求めてだけでは効率が悪すぎる。


 例えば、永劫、手元に置いておきたいような美貌だったとか。

 例えば、決して癒えない傷や屈辱を負わせたとか。


 その末路は、一生愛玩動物として飼われるか、死すら許されないまま憎悪をぶつけられるか。

 どちらにせよ、悪趣味極まりない話だと思った。


 情報を整理するため、つい黙り込む。


「……そんなに心配しなくても、前にも言った通り、ヨースケを無理やり『血奴隷(サーヴァント)』にしたりしないよ?」


 そんな俺に、光理はわざとらしいほど明るい声で。

 どうやら、俺が『血奴隷(サーヴァント)』について怯えていると勘違いしたみたいだった。


「いや、そうじゃない。というか、光理がそんなことするなんて考えてもいないぞ」

「……そっか」


 そもそも、メリットがないだろう。

 宣言した通り、光理が望むならいつでも血をやるつもりなんだから。


 どちらかといえば、俺が気になったのはまた別の部分。

 ほんの微かな違和感なんだが――。


「あーあ。話し疲れたせいか、なんだかニンニク酔いがぶり返してきちゃったなぁ」


 光理はぐったりとした様子で、ベッドにダイブ。

 そのまま抱き枕をぎゅっとして、猫のように丸くなってしまう。


 ……確かに、さっきのように光理の顔は少しだけ青白くなっている。


 もしかすると、俺からまだニンニク臭が抜け落ちていなくて、その影響もあるのかもしれない。

 だとしたら、長居するのはあまりよくないだろう。


 こうして俺は、


「……じゃあ、俺は自分の部屋に戻るから、光理はちゃんと着替えてから寝ろよ。そうじゃないと、制服が皺になって母さんが怒るぞ」


 と言い残すと、そそくさと退散することにした。

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