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26.こひ すてふ わかなは またき たちにけり

恋すてふ 我が名は 又き 立ちにけり………タイトルはあの有名な和歌の上の句から。友人の市川英視点で。


 少し目の前を見知った人影が歩いているのを見つけて、俺は自分の足を速めた。

「おはよ」

 声を掛けて隣に並ぶと、そいつは眠そうな目をして俺を一瞥した。

「はよ」

「昨日、二年の女子、振ったんだって?」

 緩む口元をそのままに告げると、そいつはあからさまに嫌そうな顔をした。

 ギロリと鋭い目がこちらを睨みつける。普通の奴ならいきなりこんな風に睨みつけられたら、それこそ心臓が竦む思いだろうけれど、生憎、俺には何のダメージもない。こいつと同じクラスになってもうすぐ一年。そのぶ愛想で素っ気ない所にも慣れた。

「お前、これで何度目だ?」


 こいつは基本、無関心・強面で、威圧感があるけれど、そこがクールっぽく硬派に見えていいんだとか何とかで、学内では結構モテた。告白まがいの呼び出しを結構されているってことを同じクラスの奴らならよく知っている。

 こいつに関しては【学内の綺麗どころが玉砕した!】みたいな噂が、結構、出ていた。毎回毎回、それは【こっぴどく】振るらしい。まぁ、噂の真偽なんて当てにならないし、皆、大抵、要らない尾ひれや枝ひれなんかがくっついて、次の日には大げさになってるってのが噂ってもんだから、俺はいつも話半分で聞いているんだけど。まぁ、この顔とこの声で剣もほろろに容赦無く切り捨てられれば、酷い扱いを受けたことのない女の子なんかは、被害妄想的に【こっぴどく】振られたって言う風に変換してしまうんだろうことは、想像に難くない。だけど、こいつの場合、普通なら【最低】の一言で片づけられてしまう様な事が、面白いことに逆に作用してるんだよね。お気の毒に。そんな素っ気ない態度がいいのだとかっていう女子もいるんだから、女の子ってほんと、何考えてるんだか分かんないね。


 去年、文化祭の人気コンテストで一年なのに上位に入賞して、それを【興味ない】の一言でバックれたってことから、余計に陰での人気に火が付いたらしい。

 こいつは今や難攻不落の孤高の(おとこ)

 今時、そんなキャッチフレーズもどうかとは思うけど……。

 まぁ、身近にいる俺としては妙な気分だけどさ。


 そんなことはさておき。当の本人は、いつも飄々としていて、外野が何をどう騒ごうと無関心を通してる。それはそれで、ちょっと凄いと思う。流されない自分。確固たるものをちゃんと持ってるってことだろ? だから、俺はこいつから目が離せない。無口だなんて言われているけど、話題が噛み合えば結構、話す方だ。引き出しも多い。こいつの傍は俺にとっても居心地のいい場所だった。

 勿論、観察対象としても純粋に面白いけどね。ほら、日常にスパイスは必要だろ?


 俺は、内心ほくそ笑んで、いつものように簡単な事情聴取を続けた。

「好みの感じの子、いなかった訳?」

 隣から、不機嫌そうな小さな溜息が洩れた。

「あのなぁ、いきなり、知らない奴に告られて、“はい、そうですか”なんてことになるかよ」

 たしかに、それはそれで一理ある。

「あ? でも、そういう出会いもあるんじゃねぇ?」

 好みの感じだったら、お試し期間というか、そういう前段階的な感じでの関係があってもいいと俺的には思ってるんだけど。高校生と言えばお年頃。まさにそういうことに関心の殆どが行っている時期だろうに。

「こっちにその気がないのに、そういうのは、マジ無理」

 吐きだされた返答に、俺はにんまりと人の悪い笑みを浮かべた。

「へぇ。結構、正当派?っていうか純情派?」

 体の欲求が先行しがちな部分で、そいつは気持ちの方を大事にするという。こういう感じでふとした時に漏れるそいつの本音は、俺をワクワクさせる。外見とのギャップ、というか、周囲の認識とのずれは、大きければ大きいほど面白い。

 茶化した俺に取りあうことなく、そいつがポツリと言った。

「面倒臭ぇ」

 その【らしい】セリフに思わず苦笑い。一度、こいつが熱くなったり、焦ったりする姿を拝んでみたいものだ。

「相変わらず、つれないことで」

「つうか、英、お前、人のこと言えんのかよ」

 思わぬ逆襲に、俺は誤魔化すようにヘラりと笑みを浮かべた。

 相当、機嫌が悪いのか、今朝の反撃は容赦がない。思わぬところで、こちらに矛先が向いて、俺は話題を転換すべく、視線を横に流した。


 とそこで、そいつの首に巻かれているマフラーに気が付いた。いつもしてきているのと色が若干違う。俺は早速それに飛びついた。

「あれ、お前、マフラー変えた?」

 俺的には前の奴は色が綺麗な若草色で、そいつに似合ってるって思ってたし、そいつも随分と気に入っているようだったから、ちょっと意外だった。

 結構、こいつは自分の持ち物に妙な拘りがあったりするのだ。アパレル関係に勤めている兄貴の影響なのかは知らないけれど、センスもいい。気に入った物を丁寧に長く使うタイプだと見ている。

「ああ、これ?」

 そいつは、マフラーの端を掴むとふっと微笑んだ。

 首を一重して下に伸びているのは、薄い緑から萌黄色のグラデーション。いかにも春らしい、優しい色合いだ。


 ………ていうか。

 俺は内心ギョッとした。そいつが余りにも嬉しそうに、マフラーを見ているから。

 普段、余り表情を変えない奴が、いきなり微笑んだりすると、やっぱり、それなりのインパクトがある。ふざけ合って、笑ったり、怒ったりする顔をそれなりに見てきた俺としても、今のは、不意打ちで、その、かなり、意表を突かれた感じだ。正直、吃驚した。


「なに、その気色悪い顔」

 引き攣る俺の顔を余所に、そいつは口元をだらしなく緩めた。

「んー? 思い出し笑い?」

「キャー、浬クンたら、ス、ケ、ベ。で、何を思い出してるわけ?」

 あからさまにからかってみても、ニヤリと笑うだけ。いつもなら、この辺りで大抵、ムッとして口をへの字に曲げたりするんだけど。どうしちゃったんだ。


 そういうことなら、ここは搦め手から攻めるしかない。

「つうかさ、前のヤツどうしたんだ? 俺的には結構、気に入ってたんだけど」

 人のモノに気にいる、気に入らないもあるかとは思うが、一応気を引く為にそう言ってみた。

「ああ、交換した」

「は? 交換? 兄さんと?」

 あっさりと告げられた答えは、俺には全く意味不明だった。


 姉妹や母娘で持ち物を共用したり、交換したりっていうのは聞くけれど、それを兄貴とやっているわけなのか。こいつとは全く正反対といっていい程の柔らかで優しい面立ちの、それでもやっぱり兄弟だからなのか、無駄に顔立ちの整った兄の顔をふと思い浮かべる。あり得なくも……ないか。でも、こいつなら、人のものなんて余程のことがない限り嫌がりそうだけどな。

「いや、違う」

「え? 誰と?」

 質問を重ねる俺に、そいつはマフラーに顔を埋めてから、目を細めた。口元は隠れて見えないが、この空気、きっと気味が悪い位にニヤツいていることだろう。うう、鳥肌が立ちそうだ。

「んー? 知り合い?」

 そいつが、何かを思い出すように微笑んだ。

「なに、知り合いって。随分、意味深な感じに聞こえるけど?」

「今は、知り合い……としか、言いようがないし」

「ふーん?」

 つうことは、希望的観測は違うってことだよな。

「なんだよ?」

「いや。俺的には、あっちも綺麗だと思ったけど、それもいい感じじゃん」

 グラデーションのマフラーは、色合いもデザイン的にも余り見ないもので綺麗だった。素直に褒めると、そいつは途端に嬉しそうな顔をした。

 ガキみてぇ。

「だろ?」

「てか、よく交換なんてしてくれたな。それ、高そう」

 手触りもよく、厚みがあり、高級そうな感じだ。ひょいと裏返しにタグを見ると、カシミア100%と記されていた。ブランドもののロゴも入っている。

「確かに。それは俺も思った。でも俺が持ってたやつの方が、色が良いんだと」

「へぇ、随分、気前がいい人なんだな」

「それは……そうかも」


 鼻先を掠める微かな匂い。お香のような桧のような、清々しくて、何処となく甘い匂いだ。

「あのさぁ、それって、……女物、だよな」

 それは漠然とした“勘”だった。いい匂いの付いた、恐らく移り香だろう、優しい色合いのマフラー。その後ろにおぼろげに見えてくるのは、女の影だ。

 俺の言葉に含むものを敏感に察知したのか、

「さあな」

 そう言って、そいつは実に不敵に微笑んだのだった。

 俺がその影の正体を知るのは、もう少し後の話だ。


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