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24.ささやかな幸福への道標
短いですが。渡良瀬浬の心情場面を一つ。
インターホンを押す時、少し、指が震える。この瞬間は、今でも滅茶苦茶、緊張する。それは、はち切れんばかりの期待と溢れそうになる不安が綯い交ぜになったような酷くもどかしい一瞬だ。
ここを訪れるようになって、一か月。今日は五回目の訪問だ。回数にしてはまだまだ少ない。
週に一度の勉強会。微妙で曖昧な、いつ崩壊してもおかしくない綱渡り。それを今の自分は心待ちにしている。
ピンポーン。
こだまする機械音。ドア越しに感じられる僅かな物音。
そして、重く固い扉の向こうから現れるのは、優しい柔らかな微笑みを湛えた人だ。
真っ直ぐな短い黒髪がさらりと揺れて、その眼差しが暖かく俺を包み込む。その度に、ここに来ることを許されている気分になって、俺はひっそりと安堵の溜息を洩らすのだ。
「いらっしゃい」
「こんにちは」
「どうぞ」
「お邪魔します」
お決まりの挨拶も、ここでは神聖な儀礼に変わる。
そして、俺は敬虔な気持ちに邪な気持ちを隠すようにして、その世界へ、足を一歩、踏み入れるのだ。




